19〜婚約者デビside〜
「え? ホワイティ侯爵が来る?」
家に帰ると、父から手紙が届いたことを聞かされた。 スカーレットの父親である侯爵家当主から正式に届いた手紙には、夏の長期休暇の間に、スカーレットの兄で後継者であるジェームス侯爵子息と共に、領地へ来たいというもの。
スカーレットからなにか聞いて抗議をしに来るのか? と思ったが、違うらしい。 事業について相談したいのだ、という。
「穀物しかない上に、侯爵家からの援助がなければ冬も越せないような領地に。 どんな事業の話を?」
訝しんで聞くと、父もわからないという。
「とにかく領地を見せてくれというんだ。あと作っている穀物も…」
(穀物も?……一体何を企んでる?)
馬車で怒鳴ってからというものスカーレットとは、一切会わなくなった。
次の日から数日間は体調不良、その後は家の都合で学園に来なくなったからだ。
その行動の理由が、あの出来事なのは明らか。
スカーレットの今までにない反応に、少しの罰の悪さを感じたが、それ以上に興奮を覚えたのは、記憶に新しい。
意外と繊細? 案外可愛いな。 だが、これで少しは大人しくなるだろう。
そう思っていたところに、来訪の連絡がきた。やはり面倒くさい女だ。 だが手紙は正式なものな上、事業の話と言われては断れない。
「詳しい話は顔を見てから伝えるとのことだ。 お前の同席も希望されている、そのつもりでな」
「…わかりました」
やり手の侯爵と後継者。貧乏伯爵とその子息。
情けなさと嫉妬、でもそんなホワイティ家があるからこそ領地に恩恵がある。 これ以上ないほどの悔しさを感じて唇を噛んだ。
あと2週間もすれば夏季休暇、というところでスカーレットが学園に来たらしい。
らしい、というのは噂を聞いただけで会ってないからだ。 馬車の迎えも断られたままで、帰りも一緒にならない。
夏季休業前に話がしたいと手紙を書いたが、断りの手紙が返ってきた。時間がない? なぜ? まだ拗ねてるのか? ここまで来ると可愛さを感じなくなってくる。
「デビッド様、どうかしましたか?」
今日もランチを用意してきてくれたシャルレと共にベンチに座る。
「いや…なんでもない」
「…また、あの婚約者さんのことでお困りですか…?」
シャルレは聞き上手だ。 こちらの気持ちを汲むのも上手で心地がいい。 つい、今まで溜まっていたスカーレットへの不満を吐露してしまった。
家に行けばいつも研究室で何かやってること。 昔から『選ばれし技術』を使わずに開発したいと与太話をすること。
スカーレットは口がうまく動く。 その与太話を信じる人間が出るくらいには。 だから、優しいシャルレが傷つかないように、近づかない方が良いとも伝えておいた。
(…勢いに任せて、つい要らぬことも言ってしまったが…)
”どうせテストも、カンニングしたんだろう”
確かに疑った、オレより優秀なんてありえないと思った。だが、きっとそんなことはしないとどこかで思っていたのに。
目の前の女の子に対しての虚栄心から出てしまった。
確証なんてなかった。 あったのは願望。現実を直視できず、そうであってほしいと…。
ふと、人が嘘をつく時は自分に劣等感があるからだ、と誰かが言っていたことを思い出す…。
(………オレは、あいつに劣等感を抱いていたのか…?)
馬車でのスカーレットの顔が浮かんでくる。
………少し…強く言い過ぎたかもしれない…。
(次に会ったときは、今までより優しくしてやろう…)
そう思っていたのに。 スカーレットに会うことがないまま、夏期休暇に入ってしまった。
⭐︎
「ようこそ、いらっしゃいました」
わかりやすく媚びた笑顔の父。 息子としてはあまり見たいものではないが、この父は『なぜだ? 笑顔で仕事がもらえるなら安いものだろう?』と平気で息子の前でも披露する。 今日は今までの中でも最高級に近い笑顔だ。
「歓迎していただき感謝する」
相変わらず、貫禄の塊のようなホワイティ侯爵。 これで騎士じゃないらしい、本当か?
「快く迎えていただき、ありがとうございます」
歓迎の言葉を続けた父に、弧を描いた口で答えるジェームス侯爵子息。 その様子は慣れたものだ。 当たり障りのない挨拶を自分もした。
夕食にはまだ早い時間。 早速で申し訳ないが、という言葉と共に応接室へ向かう。
父は先を歩き、ホワイティ侯爵と話している。 必然的にオレはジェームス侯爵子息と歩くことになった。
あぁ、居心地が悪い。 きっとスカーレットから色々聞いてるに決まってるんだ…。
いつものように、嫌味を言われることを覚悟していたが、意外にも何も言われなかった。 むしろ「良い領地ですね」と見たこともない笑顔を浮かべている。 一瞬、何を言われているのかわからなくなるくらいテンパった。
……何も、聞いてないのか?
頭の整理ができないうちに応接室についてしまった。 使用人にお茶を用意してもらう。
まず、お茶を飲んで…落ち着こう。
そう思って客人である侯爵家が先に飲むのを待った。 のだが……なんだ?
ホワイティ侯爵もジェームス侯爵子息も驚いた顔をしている。
こちらが待っているのがわかったのだろう、ハッとして「…いただこう」とホワイティ侯爵が口をつけるとジェームス侯爵子息も口をつけた。それを確認してこちらも喉を潤す。 あぁ、やっとひと心地つけた…。
「…本日は、事業の話ということですが」
待ちきれずに父が話を切り出す。
「あぁ、まずはこれを見てもらいたい」
ホワイティ侯爵によって出された紙。綺麗に整ったままテーブルの上に出されたそれは、提案書だった。
「そちらの領地で取れる穀物を使って事業がしたい」
話を聞けば、穀物からお酒が作れるという。 蒸留酒というらしい。 できる酒によってはアルコール度数が高くなる。 好みにもよるが割って飲めるものができれば、広く楽しめるようになるだろうと説明を受ける。
蒸留酒にできない穀物なら、取引先は限られてくるが、医療等に使える消毒用のお酒にすることもできる、とジェームス侯爵子息が続けた。
「まず明日にでも領地の穀物がどんなものかが見たい、それによってどう進めるかが変わってくるから」
…案はすごい、これが実現すれば確かに領地は変わっていくだろう……ただ…。
「て、提案はとても嬉しいのですが、お恥ずかしいことに我が領地には事業を起こせるほどの蓄えがなく…」
そう、事業を起こすのには金が必要だ。ものを集めるのも人を動かすのも無料じゃない。 うちが新しいことを始められない理由のひとつだ。
「その件に関しては侯爵家が全面的に出させていただく」
「え!?」
驚く父。 オレも驚愕する。 どれほどかかるかもわからないのに…。 それを…全部……?
「ただし、この事業ができそうなら、です。穀物の状態によってはできない可能性もありますから。ですので確定は穀物を確認した後になります」
戸惑っているのを感じたのだろう。ジェームス侯爵子息が条件を付け加えた。
「そ、それはもちろん! で、ですが良いのですか? 全面的支援など…」
「もちろん、こちらにも利はあります。事業運用開始後は流通も価格も優遇していただきます」
開いた口が塞がらない。 まだやってもいない事業で? 利益が出るかもわからないのに? その利益を理由に支援するというのか…。
「確かに、侯爵家とは将来、息子と縁を結ぶことになっておりますが…ここまでやっていただくには過分ではないでしょうか?」
汗をかきながら、申し訳なさそうに言う父。 そうだ、これを受けたら、オレは…。
「ご安心ください。息子さんの件とは別です。あくまで事業ですから。 こちらとしても利益が見込めないことをするつもりはありません。 ですから、穀物を確認してからと言ったのです。言わばこれは投資ですよ」
だから気にしないでください。と、ジェームス侯爵子息が廊下で見せた笑顔で答えた。 その顔はなぜか、父の笑顔に似ている気がした…。
⭐︎
2週間後。すでに工場は着手された。次の日に穀物を見せたら、想像よりも条件が良く、とても良い酒ができそうだと言っていた。良い酒ができれば、利益が出て、もっと良い穀物を作れるよう予算もかけられる。その穀物の数も増やせば、また良いお酒が作れる。そんな良い循環ができるんだ、と職人によって作られていく建物を見ながらホワイティ侯爵は言った。
思いもしなかった…。 穀物は穀物のまま売ることしかしてこなかった。売れなかった穀物は領地で消費して…。
ホワイティ家から援助をもらう前は、冬を越せない領民も多数いたのに…。
(その援助がなくても、過ごせるようになる…?)
…まだわからない。まだ、うまくいくか、わからないんだ…。自分に言い聞かせる。 だが、体は正直だ。 心臓が忙しない。 これは”期待”と”興奮”だ。
そんなオレを他所にホワイティ侯爵は、資料を元に慣れた様子で指示を出している。 侯爵は時々子息と確認をしているようだ。 あの資料は子息が書いたのか?
さらに、3週間後。お酒を作り始めていた。 早すぎる展開に頭が回らない。
「…侯爵家が注目されるわけだなぁ…」
以前のオレなら、この父のつぶやきに、頭の中で悪態をついたろう。でもこの時ばかりはできなかった。
工場の場所選びから、設備の材料、着工、蒸留酒を作る設備の諸々設置。
侯爵家の頼みなら、と笑顔で仕事をする職人達。 ひとりひとりのやる気が高いせいか仕事も早い。
領民達も興味津々で、かわるがわる覗きに来る。
「ホワイティ家が? うちの領地で?」
「あの婚約者様の家か! そりゃあ楽しみだ!」
「ホワイティ家が関わって豊かにならなかった領地はないって言うよ」
「ありがたいねぇ」
市井に出している店も、ホワイティ侯爵家がやっていることは周知の事実。 工場を作り、商品を売り出せば、雇用が生まれ、領地は潤う。結果、平民も恩恵を受ける。
……あぁ、スカーレット、お前が言っていたのはこういうことか…。
『大事なのは自分達で食べれるようにすることよ』
あの時は理解できなかった意味を、やっと実感する。 まだ屈託のない笑顔を見せていた婚約者を、久しぶりに思い出した。
⭐︎
お酒を作り、熟成させるものとすぐに売り出すものを分けた。 名前を決めて、ラベルを貼って…。
「まずは我がホワイティの領地で扱わせてください」
「それは、もちろん。ありがたいです。ありがとうございます」
今回売り出すほとんどを買い上げてくれた。 これで笑顔で春が迎えられるだろう。
取り決めをして、契約を交わす。今この瞬間から、婚約だけではなく仕事上の取引先にもなった。
領地が豊かになる、それは素直に嬉しい。 これで冬が怖くなくなる領民も増えるだろう。…でもこれで逃げられない…。
(これで一生、侯爵家にも婚約者にも頭が上がらなくなるな…)
複雑な気持ちだ。 だが不思議なことに悪い気もしない。 とにかく早くスカーレットに会いたくなっていた。 初めての感情に戸惑うがわくわくもしている。これが終わったら、手紙を書いて、会いに行って…。
「ーーッド……デビッドっ」
名前を呼ばれハッとする。考え事をしているうちに話が進んでいたようだ。3人に注目され「し、失礼しました」と非礼を詫びた。
「では、話を進めるが………娘との婚約を解消して欲しい」
「え!?」
え?
驚く父。一瞬、何を言われているのか理解できずに動けなくなったオレ。
「本人の意思は聞いたと娘からは言われている。懇意にしている令嬢がいるから、とも。…このまま継続してもお互い良いことはないだろう?」
「なっ…!? おっお前! スカーレット嬢と言うものがありながらっ!!」
隣にいるオレに向かって怒鳴る父。 その父にジェームス侯爵子息が軽く手を上げて止める。
「どうぞ、そこまでに。その件に関しても、妹の中では納得済みですので」
…納得済み…?
「解消をすると…スカーレット、さんが…言ったのですか…?」
やっと動き出した口で、信じられないとばかりに聞く。
「……そうだ」
無表情で頷くジェームス侯爵子息。
「そんな、そんなはずは……っ それに…シャルレとは、そういう、関係では…」
「……シャルレというのですか…」
はっとする。 しまった、名前………いや、それよりも……。
「……ほ、本当に…婚約、解消を…?」
「… そうだ」
ホワイティ侯爵が首を縦に動かす。
…なぜだ、だって…だってあいつはーーー。
⭐︎
「おいっ!」
夏季休暇が終わって1週間ほど。 久しぶりに学園を歩いているスカーレットを見つけた。 急いで追いかけて肩を掴む。
「…なにか?」
冷めた表情。初めて見る顔に反応ができなくなった。 この時初めて、スカーレットがいつも笑顔だったことを思い知る。 見たことのない顔に反応が遅れた。
「……こ、婚約を解消すると聞いた…」
「…えぇ、父がそのように進めているはずですわ」
冷めた顔のまま答える。
なぜ平然としている? オレと離れて平気なのか?
そう思った瞬間、頭に血が上った。
なぜだ、なぜそんな平然と口に出す?婚約解消だぞっ?オレと一緒にいられなくなるぞ!?領地を豊かにしたじゃないかっ!婚約を続けるためにやったんじゃないのかっ!?だってっ
だってっ
だってお前はっ!
お前はっオレのことが!
オレのことがっ!
ーーー好きなはずだろ?!!
バシンっ!
その瞬間、オレの手を弾く音がした。
ここまで読んでいただき、本っ当にありがとうございます(♡ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾
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