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「…君達、教室に来ないで何をやってるんだい?」
研究生らしき男性に廊下の反対側から声をかけられる。 その言葉で移動している最中だったことを思い出す。 周りを見ると、クラスのほとんどの子達がその場にとどまり、私達に注目していた。
先程見ていた方向へ向き直ると、婚約者と名乗らず令嬢はすでに消えていて、名乗らずの友人ふたりは私をひと睨みした後、パタパタと走って行ってしまった。
名乗らなかった令嬢に廊下を走る令嬢、それに婚約者以外に迷いなく触れる伯爵令息。
なんだ? クラス3には紳士も淑女もいないのか?
クラス分けによって配布色が違うスカーフを確認した私は、同じ色の彼らを信じられない気持ちで見送る。
「…行きましょう?スカーレット様」
クラスの友人に声をかけられる。短く返事をして歩き出すと「…心中、お察しいたしますわ」と言われた。
その言葉で、自分が傷ついていることに気が付いた。
⭐︎
授業が終わり、研究生に片付けの手伝いをしてほしいと声をかけられた。 なぜピンポイントで私?とは思ったが、先程のことでまだ注目されそうだったので、正直助かった。 友人には先に戻ってもらい、一緒に使った教材を片付けながら、今日の授業内容のことを聞く。質問にとても分かりやすい言葉を選んで説明してくれるあたり、優秀な研究生なのが伺える。
「ホワイティ令嬢も色々開発していると聞いています」
「あら、ありがとうございます」
なぜ知ってるのだろう?とは思ったが、母主催のお茶会では、商品を話題に出し、勧めることも多い。きっとどこからか耳に入ったのだろう、と流す。
家族以外に褒められることは珍しいので素直に嬉しい。私の前世の再現物は、『ホワイティ』の名前で全て出しているので、父か兄が作ったものと思われていることが多いのだ。だから面と向かって「あなたがすごい」と言われることはあまりない。『家がすごい』『家族がすごい』と聞くだけで。
そう考えて、また先程の婚約者と名乗らず令嬢のことを思い出す…。
ジクジクと、胸の辺りが変な感じだ。
本当に疑問符だらけの発言だった。デビとは入学式以降、きちんと会話ができていない。そもそも婚約してからしっかり話ができていたか?と聞かれれば、できていなかったようにも思えてくる。 それに、名乗らず令嬢のように扱ってもらったこともない。あんな風に言葉をかけてもらったのは昔の旅行の時だけだ。
再会してから私へのデビの態度。今日の名乗らず令嬢へのデビの態度。出た答えはひとつ。
(…心変わり…?)
あぁ、私も前世の悪役令嬢のように断罪されてしまうのだろうか。悪いことをせずに断罪を回避しようとしても物語の強制力で結局ストーリー通りになった話を思い出す。でも家の都合で婚約続行……は、無理にしなくても平気な気がする…。
(…家ではなく、私の問題ね…)
昔の思い出を大事に抱えている心が痛い。今でもキラキラした瞳は色鮮やかだ。でも人は心変わりするもの。それが当たり前。前世の物語にだって書いてあった。だから、わかってしまったー。
(デビは…私のことが好きじゃない…)
視界がぼやけそうになり、ここが学園なことを思い出す。必死で涙を隠しているとドアが開く音が聞こえてきた。反射的に音のしたドアを見ると、そこにはきれいな男の子が立っていた。
(わぁ…素敵な人…)
背が高く、金髪に緑の瞳。
(…同じ翠眼でも、こんなに印象が違うなんて…)
最近のデビは深い森を思わせる緑だが、目の前の男の人はキラキラ光っている木漏れ日を思い出させた。
(この人、昔のデビと同じ瞳の色だわ…)
つい見入ってしまう。瞳の色がよく見えるのは相手も目を見開いてるからだったのだが、この時の私は気付かなかった。
「…ディビット」
しばしの沈黙の後、研究生の声で我にかえる。しまった、初対面の人に挨拶もしないでガン見してしまった…。
「…し、失礼いたしました。昔の友人に似ていたもので…」
こほん、と気を取り直し。
「はじめまして、私スカーレット・ホワイティと申します」
少しでも印象をよくするように、と言うかガン見した失態を取り返すように、いつも以上に意識した淑女の笑顔と、体に染み付くまで練習したカーテシーを披露した。
…のだが。
………ん?無反応?
頭を下げたままなので相手の顔は見えない。もう一度研究生が男の人らしき名前を呼ぶ声が聞こえる。その声でやっと金髪翠眼イケメンの声が聞こえた。
「あ、あぁ…は、はじめまして」
あら、声も素敵。顔を上げると戸惑いながらも笑顔が見えた。
「私は、ディビット・ソフラ……と申します」
ソフラ…?聞いたことがない家名だ。 私の疑問が分かったのだろう。金髪翠眼イケメンは隣国の出身だと説明してくれた。研究生も隣国出身らしい。
「移動する物がたくさんあったから来てもらったんだ。ディビット、これを頼む」
「わかった」
授業に使ったものを待ち、先生の部屋まで移動する。研究生は大学の助手のようなこともしているみたいだ。でもご友人らしき男の人にきてもらったら私が持つのは資料数枚になってしまった。
どれだけ貧弱と思われているのだろう。それとも、この世界の令嬢は重たいものを持たないってことかな。前世でも「箸より重たいものを持ったことがない」なんて言葉もあったし。
…だとすると、ますます私が選ばれた理由が分からないな。
「ありがとう、とても助かったよ」
色々思案していたら、いつの間にか先生の部屋に着いていた。
「とんでもないです」
役に立ったかも疑問レベルなのでお礼は逆に恐縮してしまう。
「遅くなってしまったね。良ければ一緒にランチでもどうだい?」
「え?」
意外すぎる提案。この研究生とは、何度か授業をご一緒したことはあったが、ここまでフレンドリーなのは知らなかった。
「ね、ディビット。どお?」
「…うん、そうだね。良ければ、ぜひ」
金髪翠眼イケメンにも誘われてしまった…。
「ご一緒したいのは山々ですが…」
婚約者がいる身で男性と食事はちょっと…。
そう思い、断ろうとしていると「おや?あれは…」と研究生が目線を窓の外に移した。なんとなく同じように窓の外を見ると
「!……ぁ、」
婚約者と名乗らず令嬢がそこにいた。
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