風の勇者フジキ
「ほう、我が最強の配下を打ち倒した者がどんな豪傑かと思いきや、
よもや貴様のような冴えない若造だったとはな……
ふん、まあいい 貴様は今こうして我の前に立っている
それこそが強者の証! 今更疑うことになんの意味がある!
さあ、どこからでもかかってくるがよい! 風の勇者フジキよ!」
魔王の口上が終わり、風の勇者フジキは聖剣を構えた。
これが最後の戦い……ラストバトルだ。
ここで自分が負けたら、この世界の人々は魔王軍に支配されてしまうだろう。
絶対に負けられない。絶対に負けたくない。
前世では、こんなにも誰かのために熱くなったことなんて一度もなかった。
それも顔も名前も知らない、会ったこともない赤の他人のためにだ。
日本にいた頃は親のカードでスマホゲーに50万円注ぎ込むようなクズだった。
だが、この世界で成長した藤木疾風はあの頃のクズ高校生とは違う。
彼は今、勇者であった。
「うおおおおおお!!」
先陣を切ったのは頼れる兄貴分、戦士ライオスだ。
突然の異世界生活に戸惑っていたフジキを支え続けた最初の仲間であり、
魔法が使えない代わりに最強の肉体を持つ、典型的な前衛キャラだ。
彼の存在がなければ絶対にここまで辿り着けなかっただろう。
それは女僧侶エナと女魔法使いコロンも同じ気持ちだった。
一番槍という言葉通り、ライオスは柱のように太い槍を右脇に抱え、
左手には大盾を構えながら魔王に向かって突撃した。
あんなにも重たい装備を左右同時に扱えるなんて、
やはりライオスの筋肉は異常だと思う。同じ男として憧れる。
しかし、彼の槍は魔王には届かなかった。
勇者を待ち構えていた魔王が無防備であるはずがない。
『スーパーバリヤー』という名の防御魔法だ。
物理・魔法問わず攻撃を確実に1回だけ無効化する防壁を、
魔王は既に張っておいたのだ。
だが、ライオスはそれを見越していた。
その防壁を打ち砕くことこそが彼の狙いだった。
防壁の破壊と共に、ライオスの槍が崩れ去る。
それはただ装備品の一つが壊れただけではあるが、
フジキたちにとっては心苦しい光景であった。
これまでの冒険で数々の強敵を屠ってきたカルドランス。
それは、ライオスの父が遺した唯一の形見だ。
誰よりも情に厚い彼が、大切に思っていないわけがない。
それほどの武器を、ただ一瞬の隙を作るためだけに犠牲にしたのだ。
フジキたちは思わず泣きそうになるが、
ライオスはひたすら冷静に徹して懐から素早く剣を抜き、
魔王への初撃として518ダメージを叩き出した。
「ぐはああああああ!!」
想定外の威力に魔王は思わず悲鳴を上げた。
その一撃で、魔王は全てを把握してしまった。
この戦士はレベルがカンストしている、と。
適正レベルならせいぜい150ダメージ程度のやり取りで済む計算だ。
しかし、その3倍以上の威力を彼は与えてきたのだ。
それもクリティカルではない、ただの通常攻撃でだ。
魔王は急いで防壁を張り直そうとするが、
ライオスの猛攻がそれを許さない。
ライオスは短剣二刀流に持ち替え、魔王の詠唱を妨害しつつ、
連撃による細かいダメージを積み重ねた。
合計で1080ダメージ。きっつい。
こうなったらもう仕方がない。奥の手を使うしかない。
魔王は、第二形態になるまでは使わないと決めていた氷のブレスを吐き出した。
それは全体に300程度のダメージを与えつつ凍結の状態異常を付与する、
ラスボス特権の反則的な攻撃パターンだった。
だが、ライオスは耐えた。
しかも仲間が受けるはずのダメージを全て請け負った状態で耐え切ったのだ。
300×4なら1200ダメージになり、人間種の最大HP999を超えるはずだが、
ライオスは属性耐性装備を固めていたおかげで凌げたのだ。
アクセサリーの効果で凍結の状態異常も無効化することができた。
そして、魔王が与えたダメージは特級薬草一つで完全回復された。
魔王はもう逃げ出したい気分だった。
この勇者パーティーはあまりにも強すぎる。
しかしこれは勇者と魔王の最終決戦。逃げるわけにはいかない。
「喰らえ……っ!!」
魔王は防壁の展開を諦め、手にした杖で白兵戦に挑んだ。
なにも魔王は魔法でしか戦えないわけではない。
腕力においても最強クラスの魔物であり、
力ずくで魔界の王座を奪い取った存在なのだ。
10メートルを超える巨体から放たれるその重い一撃は、
並の戦士ならペシャンコになっていただろう。
だがそこは人類最強の戦士ライオス、この攻撃も耐え切る。
見れば彼の装備は全身更新されており、
この世で最も硬い金属で作られた重厚な鎧を纏っていた。
更に両手には大盾が2枚。完全な防御態勢を取っている。
魔王の攻撃を見てからの素早い着脱技術。
そしてそれを可能にする確かな判断力。
人の身でよくぞそこまで鍛え上げたと褒めてやりたい。
魔王は攻撃の手を緩めず、大盾の上から叩き続けた。
最強の防具を身につけているとはいえ、
最強の魔物の攻撃を一方的に受けているのだ。
これにはさすがのライオスも苦悶の表情を浮かべる。
女魔法使いコロンは助太刀しようと杖を構えるが、
ライオスが首を横に振り、目で『やめろ』と訴えかける。
なぜ彼は加勢を断ったのか。
女僧侶エナの魔力分析によるとこの部屋には罠が仕掛けられており、
それは魔王以外の者が攻撃魔法を使った場合、
その威力を倍にして使用者に与えるという内容だった。
危ないところだった。
ライオスが気づかなければコロンは自爆していただろう。
四天王との戦いで経験した、あの悲劇を繰り返さずに済んだのだ。
「うおおおおおお!!」
防戦一方だったライオスが反撃に出た。
大盾を1枚捨て、背中から取り出した棍棒で魔王の杖を弾く。
角度、スピード、タイミング。
そして何よりもパワー。
全てが上手く噛み合い、魔王の杖は粉々に破壊された。
ライオスはそのままの勢いで2発目の攻撃を放った。
「くっ……!!」
魔王は532のダメージを受け、後ずさりした。
まさか人間の戦士如きにここまで苦戦させられるとは思っていなかった。
こうなったらもう第二、第三形態をすっ飛ばして最終形態になるしかない。
体への負担は大きいが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「ウガアアアアアア!!」
魔王の叫びで部屋全体が激しく揺れ、
全ての窓が割れ、壁や天井に亀裂が入る。
魔王の巨体は更に膨れ上がり、倍程度の大きさになる。
大きさだけでなく角や翼、腕の数までもが倍になり、
ただでさえ高い攻撃力が更に上がったのは一目瞭然だ。
想定していたよりも早く形態変化を遂げる魔王。
ライオスはこの隙を見逃さず、特級薬草でこれまでのダメージを回復した。
ここからが本番だ。
「うおおおおおお!!」
ライオスは弓矢に持ち替え、相手の急所を狙って放ち続けた。
一流の戦士は状況に応じてあらゆる武器を使いこなせるのだ。
明らかにパワーアップした魔王相手に、不用意に近づくのは危険だ。
まずは距離を取って様子を見ることに徹しようという判断だった。
叫ぶ必要は無かったが、それだけ気合が乗っているという証だろう。
「グアアアアアア!!」
強引な変身の疲労で動けなかった魔王は14発の矢を浴び、
クリティカルを含めて合計4197ダメージを受けた。きっつい。
追い詰められた魔王が放ったのは自身の最強の攻撃手段、
その名も『スーパー氷のブレス』だった。
凍結効果は失うが、全体に500ダメージを与えるという大技だ。
仲間を庇えば合計2000ダメージ。さすがにこれは耐え切れまい。
しかし魔王は忘れていた。
ライオスには高速装備変更という技術があったことを。
物理防御を捨て、属性耐性装備に切り替えたライオスは耐え切った。
そしてすぐさま特級薬草を頬張り、完全回復に至る。
魔王はもう泣きたい気分だった。
勇者パーティーは平均40レベルくらいで挑んでくると想定していたのに、
事もあろうにカンストクラスのダメージを叩き込んでくるのだ。
今の彼らならきっと、裏ボスさえも余裕で倒せるだろう。
それでも魔王は諦めなかった。
正攻法では勝てないと悟った彼は、
最後の手段『スーパー即死魔法』を放った。
それは敵1体を確実に即死させるという反則的な魔法であり、
『不死鳥の羽』というアクセサリー以外では防げない攻撃だった。
だが、ライオスはそれを装備していたのだ。
「うおおおおおお!!」
ライオスの斧が、魔王の胴体を真っ二つにする。
数字にして4339ダメージ。
それは、彼らの冒険における最大のクリティカルダメージであった。
最後の賭けに出たのは魔王だけではない。
戦士ライオスも長期戦を避け、短期での決着を望んだのだ。
斧という武器種は基本威力こそ高いものの、
命中率が低いという理由で冷遇されている武器でもあった。
しかしその分クリティカルダメージが高いという、
いわばロマン武器として一定の人気を持つ枠なのだ。
戦士ライオスは、この斧をこよなく愛用していた。
「グアアアアアア!!」
魔王の断末魔が響き渡り、その体が崩れ去ってゆく。
だがライオスはまだ斧を構え、第三形態に備えた。
「……やったか!?」
フジキが魔王に駆け寄ろうとするも、
ライオスがそれを制止した。
死んだふりをしているだけかもしれない。
ここは慎重になるべきだ。
……。
魔王はピクリとも動かない。
エナの魔力分析によると、どうやら完全に死んだようだ。
彼らはついに、魔王討伐という偉業を成し遂げたのだ……!
──魔王が死んだという朗報は瞬く間に世界中へと広がり、
王国に凱旋した彼らは英雄として持て囃された。
宴は100日間続き、急性アルコール中毒で4万人が死んだ。
此度の戦果によりフジキは次期国王の座を約束されたが、
彼はその権利をあっさりと放棄し、辺境の村での静かな暮らしを望んだ。
「この勝利は、僕だけの力によるものじゃない
冒険の中で出会った人々、そして仲間たちの支えがあってこその勝利だ」
その謙虚な姿勢がますます民衆の心を掴み、
風の勇者フジキの名は未来永劫語り継がれることとなった──。