植物と機密事項
玉座の間から離れた俺とエドワードさんは暫し無言のまま歩いていた。その際にも俺の頭の中にはアルベロとの会話が再生されていた。
「まだディオラさんの事が気になっているのですか?」
背を向けて歩いているエドワードさんが沈黙を破って会話を始めた。
「いえ、ディオラの事はもう大丈夫です。アイツなりに色々苦労してたって事がわかっただけで十分です。それよりも俺が国王様の下僕って、何をするんですか?」
「それは、この扉を開けた先に答えがある」
無言で歩いてた先には機械仕掛けの巨大な扉があった。何十、百個の歯車が絡み合い、無数のパイプが扉に繋がっている。エドワードさんが通路の壁のレバーを押し下げると、ガシャンと音と共にゆっくりと歯車達が回り始めた。歯車が回り始めるとマフラーのような構造のパイプから紫の煙が排出され、巨大な扉はゆっくりと開き始めた。
「では、行きましょう」
扉が完全に開くと、エドワードさんは歩き始めた。扉の先はさっきまで居た城内とは打って変わって、暗く埃も立ち込めていた。エドワードさんは傍に置かれていたランプを手に持つと暗闇の奥を照らす。その先は窓1つとして無い閉鎖空間、長く続く螺旋状の階段が地下へと繋がっていた。エドワードさんはその螺旋階段をゆっくりと下って行った為、転ばないよう早足でエドワードさんに続いて階段を下る。その際にもエドワードさんとの会話は全く無く、俺も無言で彼の背中を追い続ける。
最深部へ辿り着いたのか、光が徐々に見え始めて来る。そして、階段を完全に降りると、そこにはまるでパイプオルガンのような無数のパイプが天井に突き刺さり、そのパイプの根元には人間が1人繋がっていた。
「これは…っ!」
「彼の名はロビン・ゲブラー。元、国軍兵です」
そのロビン・ゲブラーと呼ばれる人物は俺達が来た事に気が付くと、完全に窶れた顔を持ち上げ、不敵に笑う。そんな彼に少し恐怖を覚え、1歩引きそうになるが固唾を呑んで彼に近づいて行く。エドワードさんは俺の前を歩き、徐々に彼に近づいて行く。
「ロビンは元々、自分の部下でした。とある事情をきっかけにこんな状態になってしまいましたが」
「よぉ…エドワードパイセン。相変わらず気持ち良さそうなお身分じゃぁねぇか…。ソイツは誰だ」
目の前まで近づくと、ロビンさんはガスガスの声で喋り始める。ロビンさんの身体は半身が機械で出来ており、上半身が裸体の為、その実に痛々しい金属と皮膚の接合面が丸見えになっている。顔は半分は一般男性の顔だが、その顔は完全に窶れており、痩せ細っている。顔のもう半分は機械で作られ、目玉の所には赤い瞳孔のような物が埋め込まれている。その両手両足に鉄パイプが取り付けられており、紫色の煙が接合面の隙間から少し溢れている。まるで人とは思えない程に残酷な状態である。
「この人は亜巧徹。今日からお前に魔力を配給する者だ」
「えっ…?」
魔力を配給するという一度聞いただけじゃ理解不可能な文字図に思わず声を上げてしまう。エドワードさんは俺の方を見て着いて来いと手招きをする。その際も窶れた顔で不気味にニヤつくロビンさんが俺達を見送る。
「あの、魔力を配給するってどういう事なんですか…?」
「ロビン・ゲブラー、彼は元軍兵と言いましたが、彼もグレッグ・ディオラさんと同様、クリフォラ教団に魂を売った者です。彼は真面目な軍人で、どんな時でも笑顔の明るい男でした。クリフォラ教団に魂を売った者は二度と普通の生活をおくることが出来ません。処置として罰を設けました。その罰が今、彼が繋がれている『魔力吸収装置 フォンス』です。私はこんな事を彼にしたくないのですがね…」
エドワードさんは立ち止まると此方を振り向き、後ろにあるロビンさんに繋がれた巨大な装置を見上げた。ゴウンゴウンと重い音を立てながら動いている装置は、歩いた先にある操作盤に繋がれていた。操作盤には手のひらサイズのレバーがあり、そのレバーをエドワードさんが押し下げると、電気がパイプを伝ってロビンさんへと流れて行き、ロビンさんは激痛に雄叫びを上げて体の内側から紫色の何かが流れ出ていく。
「クリフォラ教団への信仰心は体の中にある魔力量と比例していると言われています。微量でも魔力があれば彼はまた…」
思わず目を背けてしまう光景にエドワードさんは解説を加えるが、そんな言い伝えは本当なのかどうか怪しい。一通りロビンさんから魔力を吸い上げたのか、レバーを引き上げると、ロビンさんは前のめりになって俯く。そんな光景に俺は口を割らずにはいられなかった。
「え、エドワードさん、さすがにやりすぎなんじゃないんですか…?これは人道に反してます!いくら魔力が残ってようでも、こんな事ならいっその事楽にしてあげた方がマシとも言えるんじゃないんですか」
「私も思ってました…。だが、私は軍隊長です。これも私の宿命であり、仕事なのです」
イカれてやがると思ったが、仕事と言われるとどうしても向こうの世界と同じ闇を感じてしまうのは人間の性なのかもしれない。向こうの世界で俺は社畜でパワハラだらけの世界で…どんな人生だったのか上手く思い出せないのは恐らくこの世界に5年間も居続けたからだろう。
結局、この5年間、何が目的でこの世界に飛ばされたのか分からないままだった。突然に別世界に飛ばされ、不法侵入で逮捕、謎の人物に助けられたと思ったら、その人物は闇に手を染めていた。その人物と親しみ過ぎた結果、自分からまた投獄、その挙句の果てに拷問を見せつけられている。何度ロビンさんを見ても自業自得よりも、慈悲が勝つのはディオラに近づき過ぎた結果なのか、分からない事だらけで俺の頭が混乱する。
「君がこれから行う仕事は今私が行った事です。彼から魔力を絞り出して町の魔力源の復旧作業を行ってもらいます。異論は認めません。明日から宜しくお願いします」
そう言うと、エドワードさんは踵を返して暗闇へと去っていく。足音が遠のいていくまで待ち、ロビンさんへと近づいていく。相も変わらず、無理矢理魔力を吸い上げられたロビンさんの体はボロボロになっていた。ロビンさんの目の前まで行くと、ロビンさんはゆっくりと顔を上げて泣きそうな顔を俺に見せてくる。
「アンタも…俺を痛めつけて来るのか…。いいぞ、思う存分痛めつけてくれ…」
耐えきれなくなったのか、嗄れた声で涙をボロボロと零しながら話してくる。俺はそんな彼に声もかけれず、只々無言で彼の体を痛めないよう優しく抱いてあげた。ロビンさんは元軍人の男とは思えない子供のように泣き叫び、俺の抱擁を受け入れた。
地下の拷問室から上がってくると、大扉の外にエドワードさんが待っていた。ついてきてくださいと一言告げると、そそくさと歩いて行く。俺もそのエドワードさんについて行くと、とある部屋の前で止まった。
「ここがこれから君が寝泊まりする部屋です。1日中監視してる訳ではありませんが、仕事を放棄するような事があれば、国王様へその旨を告げて別の処分へと下ります。その際には私は何もする事が出来ませんので、ご注意下さい。では、明日から宜しくお願いします」
それだけ告げると、また何処かへと歩いて行った。仕事熱心な人物なんだろうと感じるが、熱心過ぎて逆に怖いまである。
扉を開けると、中は普通の洋室といった所で、キッチン、トイレ、風呂、ベッドは常備されており、流石は城の一室ではある。下僕の一室とは思えないが、そこは気にしない事にした。疲れが溜まっていた為か、真っ先にベッドに倒れ込み、枕に顔を埋める。
「はぁ…」
色んな事が起きすぎて頭の中がほぼパンクしかけてた為、思わず大きな溜息が出てしまった。ディオラはスパイとして教団に入っていたのが分かったのは良いが、引っかかる事が山程ある。本当に同意の元、スパイとして教団に入ったのか、それとも誰かに弱みを握られたのか分からないが、確信的な事は1つ明らかになっている。あの拷問のような魔力吸収装置フォンス、あれは紛れも無く常軌を逸している。この国には裏がある。
そんな事を考えながら、ベッドから立ち上がり寝る支度を整えて就寝する。今日は夢を見なかった気がする。
ゴオンゴオンと鳴り響く、謎の鐘の音で目を覚ました。恐らくこの国のチャイムみたいな物だろう。見慣れない天井、今日から俺は国王様の下僕として働いていく事になる。朝の支度をした後、扉を開けると眩い日差しが目に入るが、逸早くあの地獄のような仕事をする為歩を進める。
地下に幽閉されているロビンさんの元へ行くと、ロビンさんは既に目を覚ましており、虚ろな目で何かブツブツと呟いている。何を言っているのか分からないが、これも仕事の為、装置のレバーを押し下げる。装置が起動し、ロビンさんは雄叫びを上げて魔力が吸い上げられていく。耳も塞ぎたくなる雄叫びに目を逸らしながら、暫くの後レバーを戻す。流石に拷問後の相手に声を掛ける気力はなく、ゆっくりと戻ろうとする。
「なぁ…」
後ろから声が聞こえ、振り返ると痛みに耐え虚ろな目から涙を流しているロビンさんが話しかけてきていた。その目は焦点が合っていなかった。
「この拷問は…いつまで続くんだ…」
「…すまない。俺にも分からない。でも、一つだけアンタに伝えておくよ。俺はアンタを救いたい、その思いで一杯だ」
発せられた彼の本音に俺もその思いに応えるよう本音を彼に伝えた。すると、気のせいか、彼の口角が少し上に向いた気がした。
「今日の取り分は確認しました。有難う御座います。明日も宜しくお願いします。困った事があれば、お聞きしますがよろしいですか?」
地下から離れ、エドワードさんのいる国軍兵本部隊長室へと訪問していた。地下へ行く前にエドワードさんとすれ違い、取り分が終わったら隊長室へと来て欲しいと伝えられ、ここへのルートを示した紙を渡されていた。
「この後は何か仕事はありますか?」
「いえ、ありません。ご自由にどうぞ、城下町で買い物をしてもよし、城内を見学しても良いです」
「有難う御座います。じゃあ…」
そうして来たのは、書斎である。ディオラの家には幾つか本が置いてあったが、俺の魔法の基礎でもある植物の本が1つも置いていなかった。その旨をエドワードさんに伝えると、笑顔でこの書斎の前まで案内してくれた。
書斎の扉を開けると、中には大量の本が、浮かんでいた。
「えっ…は、は?」
大量の本が宙を行き来しており、まるでここにある本は1つも読ませないと言いたげな速度で飛び回っている。飛び回っている大量の本の下には、1人の女性が忙しなく手を動かしていた。その女性は丸眼鏡を掛けており、銀髪ロングが綺麗な文学少女的な女性だった。その女性が此方の存在に気付くと、怒った表情で此方に近付いてきた。
「あの!ここは関係者以外立ち入り禁止です!」
「え!?すみません!えっと…エドワード・カトラスさんに案内されてここに来たんですけど…」
「エドが?はぁ…今日は良いですけど、明日エドに会ったら言っといて下さい。勝手にこの書斎に人を入れさせないで下さいって。それで?ここに来たって事は本が必要って事ですよね?何の本お探しで?」
エドワードさんとは仲がよろしくないのか、溜息を吐きながら少々怒り口調で尋ねてきた。
「植物の図鑑っぽい物ってありますか?どうしても必要で」
「植物の図鑑?貴方軍人ではないのですか?ん?あーちょっと待って…話聞いてた…。例の国王様の下僕さんですね。珍しくヘルバ・アウクトゥス使う人って聞いてます。そのヘルバ・アウクトゥスでクリフォラ教団の1人を倒したとか何とか…その話本当なんですか?どうやって倒したんですか?てか、そもそもなんでクリフォラ教団と鉢合わせたんですか!?」
怒涛の質問ラッシュと共に目の前まで顔を近づけられる。彼女の睫毛や綺麗なピンクの瞳がよく見え、純粋な俺の心臓の鼓動が早くなる。
質問に夢中で気づかなかったのか、顔を真っ赤にして俺の元から離れていく。本が大量に入っている木箱の後ろに隠れ、その奥からペチペチと聞こえてくる。赤くなっている頬を叩いて誤魔化しているのだろう、何だか兎を見ているようで微笑ましい。
暫くすると木箱の後ろからゆっくりと出てきて頭を深々と下げた。
「すみませんでした!私、魔法とか植物とか魔道機械とか大好きで…その話になると夢中になって周りが見えなくなっちゃうんです…。お見苦しい所を見せてしまってすみません…」
「いえいえ!誰でも好きな物はあります。他人が他人好きな物を否定する資格はありませんよ。自分も植物が好きで、この魔法に誇りを持ってます。それに、この魔法は俺の恩人と一緒に習得した物なので」
ディオラと過ごした日々が俺の脳裏を過ぎる。3年前、あれは俺がこの世界の言葉をようやく覚えた頃だった。その日は農園の仕事は直ぐに終わり、グイルアルバシタにある魔法局に来ていた。魔法局では、魔法の修得、魔道機械の契約等、多岐に渡る前の世界で言う市役所みたいな所だ。市役所みたいな所と言っても、前の世界のようなしっかりとした設備ではなく、ただ木製のカウンターが外に出ているだけ。
カウンターの上には水晶のような物が置かれており、カウンターの係員に促され、その上に手をかざすと水晶から光が伸び、近くに置いてある紙に文字が書かれていく。
「ヘル…バ…アウク…トゥス…?」
「ほう、これまた珍しい魔法が選ばれたね」
横に立っていたディオラが紙を覗き込んで来る。【ヘルバ・アウクトゥス】、ディオラによると植物に纏わる事は何でも出来る魔法で、決して戦闘用魔法では無い。生成、成長、枯死、生から死まで何でも出来るが、植物の知識が無いと殆ど魔法が発揮出来ず、すぐに魔法が切れてしまうそう。
「違う魔法にも変えれるが…どうする?」
「いや、コレでいいよ。俺にはピッタリだ。幸いにも植物の知識は誰にも負けないと自負出来るくらいにはね」
そう言うと、ディオラは優しく微笑み返してくる。そこで記憶が途切れる。
「そう、そんな事があったのね」
ディオラとの過ごした時間を話すと悲哀の表情を浮かべ、女性はブツブツと何かを呟きながらその場から歩き去ってしまう。暫くすると、角で殴ったら失神しそうなくらい分厚い本を持って戻ってきた。
「どうぞ、コチラが植物図鑑になります。あ、自己紹介してませんでしたね。ここ、書庫の管理をしている『アイオール・マナ・ドラガナズ』と申します。マナと呼ばれてます」
「マナさん、これから何回かお世話になります。亜巧徹って言います」
互いに自己紹介が終わると笑顔で図鑑を手渡してくれた。大量の本が浮かび続ける書庫の中央に机と椅子が置いてあり、そこで読んでも良いと促され、早速椅子に座って本を開く。
この世界の植物は基本的には元の世界と同じようで、樹木、草本、葉状植物、茎葉植物等、分類ごとに分けられている。例えば58頁に書かれている草本植物の『リクペリア』という植物は、薬草として重宝されているらしく、苗状態から約数十年経過すると草本植物ではなく樹木へと変化し、その樹液には毒が生成されるらしい。
「そんなに面白いですか?」
真剣に見ていると横からマナさんが顔を覗かせて来た。覗いてきた瞬間、マナさんの綺麗な銀髪が揺れ動き、女性特有の甘い香りが俺の鼻孔を刺激する。5年間、まともに若い女性と接してなかったからか、俺の心臓が高鳴り始める。
「あのー?そろそろ書斎を閉めたいんですけど…」
マナさんの声に気が付くと、周りを見渡す。窓の外から橙色の陽射しが差し込んでいた。軽く6時間以上は夢中に植物図鑑を眺めている事になる。時間の流れに気付くと俺の腹の虫が鳴き始めた。
「あ、すみません!これ返しますね。魔法の勉強になりました」
「こちらこそ、お力になれて嬉しい限りです」
埃が舞う書斎は、埃達が夕陽を反射し、まるで雪のように俺達を見ている。そんな舞う埃に巻かれるが、太陽より眩しいマナさんの笑顔を見ていると、埃が汚物として見れなくなっていた。
「あの?どうかしましたか?」
「い、いえ。なんでもないです。また、明日も来ても大丈夫ですか?まだ読み足りないので」
「構いませんよ。久しぶりにちゃんと会話出来たので楽しかったです」
そう笑顔で言うと、マナさんは乱雑に放り出されている本を魔法でしまい始める。そんなマナさんを背に俺は書斎を後にした。
部屋へと戻ると、ベッドに突っ伏し、今日の事を考える。今日だけでこの城内は明らかにおかしいという疑問が浮かんできた。まず1つとして、歩いている人が見当たらないのが疑問だ。城内を歩いていて、出会ったのはエドワードさんのみで、エドワードさんに書斎へ案内してもらう最中にも人とすれ違う事はなかった。2つ目は、マナさんの最後の会話だ。「久しぶりにちゃんと会話出来た」、この言葉に少し引っかかる。エドワードさんの事をエドと呼んでいる辺り仲は悪くは無さそうだが、書斎に入った時と最後の言葉、明らかに何か裏がある。
まだ確信は付けていない事が山ほどある。調べる事は多そうだ。