第三章 012 管理
「”住民になる”って……どうやンの?」
「分からん。引っ越しとか? 住民票移すとか?」
「え。ナンか急に現実的になったンだけど」
「ま、まぁ……」
十六歳ごろから引き籠もりになった俺は、もちろん万年実家で暮らした。役所には行った事すら無い。異世界での引っ越しの流れなんてわかる筈もない。
「ねぇアリババ。ウチらココに住むわ! 住み方教えて!」
「ぼ、ボクに言われても困るっすけど……」
「あの、ほら、役所とかねぇの?」
「役所か……行ったことねぇんすよね」
「あぁ俺も俺も」
「……取り敢えず街を案内するっす……一緒に探しましょう」
「さんせーい! さっき観光出来ンかったし!」
「まだ観光はする気なんだな……」
早速街に出た。エレベーター周辺から、離れれば離れる程、つまり街の中心部へ近づけば近づく程、ビルはより背が高くなる。ついでに人通りも増えた。
……やっぱアリババみたいな布一枚の奴は居ないな。だからと言って奇異な目で見られることも無い。無関心なんだろうか。
「あんましジロジロ見ない方が良いっすよ……」
「え? あ、あぁ……なんでだ? 通報される?」
「……いや、それと理由は別ですけど……ココの人らは普通じゃないんで……」
お前が言うかと言ったトコロだが、まぁ確かにちょっと不躾だった。異世界に来るといつも、”原住民”のあり様を見定めてしまう。妙な癖が付く前に自制しなくちゃな……。
そうして目線を下に向けた。その時、一人の女性とぶつかった。さわやかな香りがする、美しい女性だ。
俺は思わず”ワッ”と声を出す。
「あ、あはは、す、すみません……あ、あれ?」
そんな風に謝ってみたが、相手の女性は、俺をすっかり無視して通り過ぎて行った。
……どうやら彼女は、隣の男に夢中らしい。彼氏だろうか。恋人つなぎで身を寄せ合い、同じような歩幅で過ぎ去って行った。
「な、なんだよ……はぁ」
深くため息をついた。何だか自分の非モテさを、思い知らされた気分だ……。向こうが幸せなだけで俺は不幸になる。美男美女。なんて羨ましい事だ……はぁ~あ。
「ナニやってんの~? はよ行かン?」
「なぁ。やっぱ顔って重要?」
「え? う~ん……自信ある人の方が好きかもしれン」
「……はぁ」
自信ねぇ~……自信持つためにはルックスが必要なんだよなぁ……ったくよ~……。
「あれ? てかにとリン。怪我してんじゃん」
「え?」
「ほら。肩に血」
「あ……」
言われてすぐに、自分の肩へ触れてみる。ホントだ。ベッタリ血が……いやでも、怪我なんてしてないし……。
自分の肩を直に触れてみる。やはり怪我はしていない。そんな事を確認した拍子に、先ほどの美男美女に異変が起きた。男の方が、突如、生首だけになった。空中で一回転半しながら固いアスファルトに落下して、鈍い音を立てた。
「え」
「え? は? どゆこと……?」
首の切断面から血が溢れる。恐ろしい光景だが、先ほどの女性は特に気にした様子はない。そこまでも無関心なのか。
「あ、あの……! 彼氏さんが……!」
俺は思わず声を上げてしまった……。
女性が振り向く。彼女は、そうして手を合わせ、深くお辞儀をする。悼んでいるのか……? しかしやはりすぐに、彼女は去って行ってしまった。男性の頭は、未だ転がったままであった。
「は……? 何かヤバくない……? さっきの子……」
「あ、あぁ……」
「……よくある事っすよ」
「え? ど、どゆこと?」
「……分からないっす……けどよくある事なんすよ。気にしてなければ、その頭もいずれ消えます。早く”役所”探しましょ」
アリババもまた、何処か無関心で歩いて行った。
かくいう俺も、驚きすぎてそこまで恐怖しなかった。いや、もしかしたら、死んだ奴がイケメンだったからかも知れない。……それは、よくない思考なのかもしれない。
「この街ではよく人が亡くなります。さっきみたいにね」
「亡くなり方ってもんがあるだろ……あんな急にって……予測とか出来ねぇの?」
「……する必要ってあるんすか? よく分からんすけど」
「……なんだそりゃ……な、なぁアリババ。ココに居たら、俺らも死んじゃうとか無いよな?」
「分かりません。客人は初めてなんで」
やはりこの層も危険なのか……? 急に、あんな風に死ぬとか……。本当に対処法が無いなら、二階よりも大分キツい……まぁ天羽は大丈夫だから、あっけらかんとしているな……。
「あ。ほら、それっぽい場所」
しばらく歩いて行った末、アリババはそんな事を言って、指差しをした。
目線の先には確かに”それっぽい場所”がある……。あれがこの街の役所か。まさに日本の市役所や町役場の様な施設が見えた。質素な外観だ。どう考えても、ビル立ち並ぶ大都市にどうもミスマッチで……あまりにも不気味だ。
「……な、なぁ! ちょ、ちょっと待ってくんねぇか?」
「え? なに? どしたの?」
その時、俺はつい足を止めてしまった。俺は、今、ビビっている。これ以上、この街に干渉し過ぎたら、さっきのイケメンみたいに、急に殺されてしまうんじゃないか……。そう思うと、どうにも前のめりになれない。
……しかし、ギンモウの情報を収集するなら、まして撃破を目指すなら、上に行く他ない。この街に、干渉する他ない……。
そもそも、天羽だけに責任負わせんのはあまりに酷な話だ。新人なのに、仲間の為に、死に相当する痛みを何度も覚悟してくれる様な奴だぞ……。コイツを良いように使っておいて、肝心な時に逃げんのは、おかしい。
「……めろんさん。行きましょう」
「え……? あ、う、うん!」
「あっ、ちょっと! 待てよ……!」
アリババが先頭に立ち扉を開けた。そうして天羽も続いて施設に入って行く。
「はぁ……ま、待てって……」
俺はやや遅れながら、無機質な扉をこじ開けて進む。
「はぁ……ふぅ……あ、あれ? 何だココ……」
扉の先には、決して”役所”とは言えない景色が広がっていた。まるで、何処かの”理科室”の様だった。
鉄製の棚が壁際にズラリと並び、そこにはホルマリンで満たされた瓶がさらにズラリと並んでいた。薬品の様な、はたまたプールの様な香りが鼻を襲う。真っ白な照明が必要以上に備わっていて目が痛い。
「あ、あれ……? な、なぁアリババ! ココで合ってんのか!? ホントか?! 俺、ビビってるぞ……!」
室内には誰も居ない。何の気配も感じない。受付の人どころか、天羽もアリババも居なくなっている。
「はぁはぁ……ビビらせんなら俺、外出とくぞ……き、気分悪ぃな……」
その頃、俺は嫌な予感がしてきていた。何か取り返しのつかない、マズい事が起きている、そんな気がしていたのだ……。
恐る恐る振り返る。今の状況を、受け入れたくなかったのだろう。
「……はぁはぁ……ね、無ぇじゃん……扉……扉、無ぇじゃんかぁ……」
背後には扉があった筈だ。俺はさっき、扉を開けて入って来た。だから背後には、扉がある筈だった……。しかし無い。代わりに後方には、見慣れないタイルの通路が伸びて、終いには突き当りを作る壁まである。
何処かに迷い込んでしまったのか……?
と、ともかくココを出よう。易々出れればの話だが……。
「……なんだこりゃ」
”理科室”からは易々出れた。出れた、がそれ以上の問題が生まれた。外の景色に見覚えは無く、やはりココが何処だか分からない。これじゃあ、抜け出さなくてはならない領域が広がっただけだ……。
”理科室”から出た先の、その眼前に広がる景色は、まるで近未来都市の様だった……少々俗っぽすぎる表現だな……。
あぁいやしかし、見た事も無い様な巨大な円柱状の高層ビル、タワーが立ち並び、その建造物の合間を細い線が結ぶ。その線はコンベアらしい。その上を、淡々と物資が進んでいる。
俺のやすい言語野では、この光景を近未来都市として形容するしかない。
まるで映画の中に飛び込んだ様な感覚だ。俺は、自分の状況も大して理解できないままで、やや心を躍らせていた。
「……さっきまで居たトコじゃねぇよな……」
こんなに巨大な建物は、三階には一つも無かった。どれもこれも、見上げるだけで足元がふらつく程の高さだ。いずれも六百メートルなんて優に超えている筈。
そして、中でも特に巨大なのは、遥か奥に見える”煙突”だ。二本ある。両方とも、太さや高さは随一か……。一目で分かるな。その煙突からは、絶えずモクモクと、凄まじい量の黒煙が上っがている。
「あんなん倒れてきたら、災害なんてもんじゃ済まないだろ……危ねぇから建てんな……」
ついつい差し出がましい心配をした。なにせあの”煙突”、グラグラと揺れているのだ。地盤が緩いのか、はたまた元々建付けが悪いのか。
俺はただ、揺れ続ける二本の煙突を眺めた。
「……あれ? あんなに動くか……?」
煙突は、先程まで揺れるばかりだった。だのに、今、大きく左に移動した。そしてまた、その場でゆらゆらと揺れる。そして今度は、右へ大きく移動する。そんな事が何度も繰り返された。
いや、まさかな……。俺は妙な考えをする。
「ありゃあ、まさか……”生物”、なのか??」
”上”にはギンモウが居る。そしてギンモウとは怪物だ。人工知能と融合した、この施設の”原動力”とされる怪物。要は機械と融合した生物なのだ。
あの煙突が生物なら……ギンモウの特徴に全て合致する。
恐らく言って間違いないだろう。あの煙突が……ひいてはあの煙突を体に融合させた超生物が、すなわち今回の退治対象である”ギンモウ”なのだ。




