第三章 008 策士
「今の声なに? 悲鳴だったよね? 猿、瞬間移動したン??」
「いや……別の奴が暴れてんだと思う……増援だよ……」
最悪な状況だ。また同じ様な遣り口でいけるか……? いや、もう爆弾が無い。船長の炎はどうだ……いや、炎に爆音のイメージは無いな。試すだけ試すか? いやしかし、下手な手を打てば船長の命が危ない。確証が無いなら天羽以外は利用できないな。それはそれで、中々鬼畜な考えだが……この際は勘弁して欲しい。
「策練ります! でも今頭ん中めちゃくちゃなんで、船長! 整理お願いします!」
船長は目を丸くした。唐突に何だ。という様な顔だ。この投げやりな頼り方は、ある種仕返しじみていた。何の仕返しだろう。よく覚えていない。
「にとリン、目、パキっちゃってるよ?」
「ごめんホントマジパニック!」
「……音をかき消す作戦は上手くいったね。流石だった」
「あざす」
「……しかし倒した途端にまた別の個体が暴れ始めた。ならば同じ手段を用いれば良いよね……けれど、私はそう思わない」
「え」
「私は”それではキリが無い”と考えた。どうかな?」
「あ、あぁ……ボスラッシュ形式か……もしくは”伝統のスープ形式”」
”スネア音猿”を倒しても、また別の”スネア音猿”が継ぎ足しされる。
もしくは”音猿”に代わる別の怪物が現れる可能性も……いや、それは無いな。だって”音猿”は、カスタネット型が大量に闊歩してるから……。
上位互換だからカスタネットに打ち勝てる。しかし恐らく”馬頭タウロス”では、カスタネットの防御無視の攻撃には敵わない。
だから音猿以外は開放されない。多分。
「……”大型猿”って、同種の猿以外は攻撃するんすかね?」
「……というと?」
「あぁ、えっと、俺たちは勿論攻撃されるんすけど……その辺で飼育されてる生物が目の前に歩いてたら、攻撃するのかなぁ? って思って……」
「……猿は二階の生物を警護する側……仮にそうとするなら、確かに攻撃する事はありえないだろうね」
船長の言う通りだ。猿が”二階の生物”を攻撃する事とは、いわば、警察官が、立て籠もり犯を対処する為に、人質に無遠慮で銃を発砲する様なもの……ちょっと違うか。
「まぁ、怪物に道徳とか合理性求めんのは、何か変っすけどね……」
「しかし面白い作戦だ。無害そうな生物を解放し盾としよう。開錠はどうしようか」
「……俺のゲーム機なら硬さとか施錠とか関係ないんで、ソコは大丈夫っす」
さぁ、作戦開始だ。これで音猿が無差別で攻撃してくる様なら万策尽きる……いや、ダメならまた考えればいいか。今の俺なら、何でも出来そうだ。そんな、全能感があった。成功体験は、まるでドラッグだな。
「は、ははは……」
「何笑ってンの? お~い」
「え? へへへ、いや、はは……多分、疲れたんだと思う」
まずはどの生物を開放するか吟味しよう。無害そうな奴だ。そうであれば何でもいい。
豚みたいな蛙みたいな豚を見つけた。ブクブクと太って、それで身動きが取れないのか、ひっくり返って腹を掻いている。口元にチューブが伸び、ただ惰性で、ソコから栄養を補給しているらしい。いや出来てないな。口の端から液が漏れ出ている。
「こいつにするか……」
コイツは、何のためにこの施設に居るのか。”馬頭タウロス”や”音猿”の様な警備役には、とても用いられる見た目ではない。ただ守られる為にココに居るのか?
……まぁ生前の俺も似たような感じだった。貶したってしょうがない。当時の俺だって、”何故生きてるんだ”と言われても、大して心には響かなかったんだし。何より、この豚蛙は幸せそうだった。
「にとリ~ン! 猿居ンだけど!」
「え?? おっけぇおっけぇ! すぐ豚連れてく!」
「あ、違う違う! 中に居ンの! 壁の中!」
「は……? あ、あぁ」
実は、豚蛙や馬頭タウロスの子供と同様に、音猿もアクリル板の中に入れられているのだ。大型猿の方だ。恐らく、スネア音猿を殺すか、または消してしまうと部屋から出てくるのだ。二階には常に一体だけが居続ける。一体以下にも以上にもならない。
つまり、閉じ込められている奴は危害を加えてこない。今は気にする必要は無い。
「でもさぁ、猿また消したら、コイツら出てくんじゃね?」
「だから無力化だけするつもりだよ……”楽器”だけを収納する」
そうすれば恐らく音猿の継ぎ足しは起きない。これは推測だが、俺の中では割と筋が通った”賭け”だった。
「よし。じゃあまた“囮”頼むわ」
「おっけ!」
本当にコイツはどうしてこんなに臆さないんだ? 死ぬってのがどれ程痛いのか、俺は記憶にない。しかし、そう何度も耐えられる痛みではない筈だ。
そんな事考えてもしょうがないか。今は死んでも平気そうな、そんな彼女の体質を、存分に生かさせてもらおう。
「じゃあ、この豚先導してってくれ……俺の見立て通りなら攻撃してこない!」
「ふ~ん。まぁ、ウチはムズイ事一つもわっかンないからさ。気にせず使ってよ」
「あ、あぁ……そう」
何だか調子が途端に狂ったな……まぁいいや。
ともかく”スネアドラム”を奪う。したら音猿を無力化できる。
それにスネアを奪えば、カスタネットも無力化出来るのだ。スネアを鳴らせばカスタネットの音をかき消せる。それは前例で証明されている。
「どうど~う……いい子いい子~」
天羽は、何故か動物の手懐け方が巧かった。獣人だからか、前世でそんな感じの職に就いていたのか。
さぁ、遂にスネア音猿と豚蛙を引き連れた天羽が相まみえる。廊下には、豚蛙の鼻から鳴る鳴き声だけが響く。音猿は撥を構えるが、決してスネアを打ち鳴らさない。
「おぉ~。にとリ~ン! コイツやっぱ攻撃してこンっぽいわ~!」
「……ふぅ~……よっしゃぁ」
天羽に導かれ、俺はゆっくり音猿に近づいた。そして、スネアドラムだけを回収した。その時、俺は耳を澄ました。開錠の音は、何処からも聞こえない。音猿の継ぎ足しは起こらなかった。つまり作戦は完璧だったのだ。
「お疲れ様」
「あ、あざす……ふ~つかれた……」
船長の声は落ち着く。そういったパワーがある。もっとガンガン褒めて欲しいし労わって欲しい。しかしそんな事、とても面と向かって言えない。俺はわざとらしく疲れた顔を見せつけた。そのくらいしか行動出来ない。
「……あの楽器は鳴らしても大丈夫なのかい?」
「あ、はい、天羽に使わせて実験済みっす。猿が鳴らさないと危害は無いんで大丈夫……」
「そうか。流石用意周到だ」
「い、いやいや~」
「そう言えば、上へ昇る機械……”えれべぇたぁ”だったかな? ソレを見つけたんだ。早速向かおう」
「え? あ……え? あ、はい……え、早くないっすか?」
……元々音猿を倒そうと思ったのは、エレベーターを探すのに邪魔だったからだ……。しかし、こうもあっさり見つかるなら、倒す必要無かったのかもしれない……。まさか無駄骨??
「はっはっは! すまないね」
「い、いやいや、見つかったんなら結果オーライでしょ! は、はは、ははは!」
では、船長が見つけたという場所に向かおう。これで三階へ、つまり”最上階”へ行ける。
「天羽くん! 楽器を打ち鳴らそう! 冴根くんは歌でも歌ってくれ!」
「おっけです~! マジぶち上げちゃうよ~!」
「う、歌……? え、キツ」
道中には小型猿がチラホラ居た。カスタネットを俺たちへ向け打ち鳴らす。しかしスネアドラムで簡単にかき消せた。猿たちの音色は、もはや祝福の音色だった。コングラッチュネーション。そんな文言が表示されそうなくらいには、賑やかで晴れやかな時間だった。
恐らく、船長は俺たちの恐怖を打ち消そうと言うのだ。俺はまんまと陽気な気分になった。天羽はそれ以上に快活で晴れやかだ。船長の思惑は、簡単に達成されているのだ。俺の策士っぷりはまだまだだ。そう、いよいよ思い知らされた。




