第三章 003 交流
俺を抱えたまま、ソイツは歌を歌った。鼓膜が破れる程に五月蠅い。下手ではないが、ただただ声がでかい。何故今の俺は、そんなに呑気な考えが出来ているのだろうか。やはり、俺は落ち着いていた。
なんせどんな豪傑であっても、ゲーム機に収納してしまえば良いのだ。
ゲーム機はポケットに入っている。俺はサッと手を伸ばした。
「オイ!」
「うわ……な、なんでしょう」
妙な行動を取っているのがバレたか。俺は手をワナワナ動かし誤魔化した。
「てめェ……」
「ぅゎ。す、すいません! 何でもないです!」
「”何でもねェ”じゃねェよ! 案内しろっつってんだ!」
え、え~……?
アンタが口抑えてっから喋れなかったんすけど。元々案内する気ないし。つーか、何処に案内しろというんだ……。考えなしにも程がある……。
「ど、何処に行きたいんすか?? 先に教えてくださいよ……」
「あァ?」
「ぅゎ……」
「……おォそうか! 忘れてたわ! わりィわりィ!」
「えぇ……?」
「で? 何処に居んだ? バケモンはよォ」
「……いや、そんなの知るわけ……」
その時、俺は慌てて口を結んだ。というのも、今ここで”知らない”とか、”案内できない”と言えば、俺はどうなるだろう。そんな事を懸念したのだ。もしかしたら殺されるかもしれない。この人は、そういう事には見境無さそう。
いやしかし、適当に嘘をついて、もしバレたら……余計に殺されるだろう。”余計に殺す”って何だ。
「おォい。何黙っていやがんだ。オラ」
「ぅゎぁ……し、知ってます! 知ってますけど……一先ず仲間に合流させて欲しいっす!」
「あ? なんだ。おめェ仲間いんのか?」
「は、はい……」
「ちっ。フハハハ! まァいい。どうせ心変わりするさ! フハハ!」
「こ、心変わり……?」
「おう。で? おめェの仲間は何処に居んだ? 早く教えやがれ」
「……多分、もっと奥に行っちゃってるんで、そこまで運んでもらって……」
この人は、基本的に人の話を聞かない。早とちりするタイプだ。今、この瞬間も、俺の話は半分程度で走り出したのだ。それはもう、凄まじいスピードで、だ。此方の朝の苦労など知った所ではないらしい。風圧により俺の髪は、寝ぐせみたくボサボサになった。
「オラオラオラ! おォ? オイ! アイツらか??」
不意にそんな事を聞かれた。しかし俺が前方の人影に焦点を合わせる間はない。まして返答する前に、この大男は前方の人の群れを軽く飛び越え、急ブレーキをかけた。
そして彼らの方に向き直った。
「え、えっと……し、しらない人たちです……ゴホッうぇ」
「んだよ」
「な、なんだ? お前達は……」
「先ほどの船には居なかった気が……」
「おう! わりィわりィ遅れたんだわ! よろしくなッ!!」
「……ほお。そういえば、”マルクス”が一隻来てない船があるって言ってたな……」
「あぁ、そう言う事か……まったく、驚かせやがって……」
一隻来ていない……あぁそういえば、船長もそんな話をしてた気がする。じゃあ、この大男は仲間? 良い奴?
「あ? 何ジロジロ見てやがんだ? オラ」
怖。やっぱ目つきが信用ならない。
「で? おめェらは”バケモン”が何処に居んのか知ってんのか??」
「あ……? 知らねぇよ。上には居るらしいが……」
「んなのは知ってる! どうやって昇んだ??」
「……化け物退治が目的なら、他の二隻の方を頼るんだな。俺たちは戦う気なんてねぇ」
「は?」
「そ、そうなんすか……?」
「……俺たちはただ、この施設の資源を研究しに来ただけだ。ハコブネが全部、怪物退治の生業と思うな」
「あァ? そうなのか? おい、どうなんだ」
「痛い痛い。いや、初めて知りましたよ」
「……俺らはな、前世が職人や研究家だった奴等の集まりなんだ。こういう未知の世界に来ると、どうにも胸が躍っちまう。見てみろ。この液体は何だ? この樹木は何だ? この鉱石は? ははは。何に応用できるんだろうな……んでよぉ、未知の物質を別の世界に運んで、そこを発展させるのが仕事なんだよ」
「へぇ……」
「あ? おいおい難しい言葉使ってんじゃねェよ。分かりやすく言え!」
「彼らは戦う気は無いらしいっすよ」
「おォ何だ。じゃあ興味ねェや」
正直すぎるだろ。ヒヤヒヤするわ。
この大男の発言を聞いて、彼らは難しそうな顔をしてコチラを睨む。俺にも誘導した罪がある。ごめんなさい。
「お、おい……後ろの馬は、何だ……?」
「馬?」
後ろを向くと、確かにソコには”馬みたいな生物”が立っていた。馬、というよりは、”馬頭”の様だった。上半身は人間で、頭は馬。そして下半身も馬だ。ケンタウロスだ。
「そ、それもアンタらの仲間か??」
「……いいや? こんなの知らねェよ。おめェの知り合いか?」
「いやぁちょっと知らないっすね……鬼なら居るんすけどね」
「ホントか!? 後で紹介しろ!」
「えぇ……」
そんな感じで、その馬を蚊帳の外にしていると、ソイツは慌ただしく土埃を上げ始めた。鼻息も荒い。目をゆっくり見開く。何処までも漆黒で、白目は見えない。
「あの……逃げませんか? なんか……」
「…………フハハ……いや、囲まれてるなァ」
大男はそんな事を言った。俺は今更気づいた。他の人達もだ。数は十体程。林の中が途端に騒がしくなって、皆狼狽え始めたのが分かる。一体いつから囲まれていたのか。
「お、おい……アンタ! 化け物をどうにかしろ!」
「あァ? いや、もう遅ェだろ」
「は?」
そんなやり取りの最中、突如、生首が宙を舞った。人の首だ。”馬”の内の一体が、痺れを切らして突撃して来て、軽々と首を引き千切ったのだ。そして”馬”は、そのままの勢いで此方に突進して来る。不味い。俺も死ぬ。余りにもな窮地。しかし、そんな俺の注意は、馬からすっかり逸れていた。宙を舞う首に、思わず視線を奪われていた。
よそ見。俺は死んでしまっただろうか。
「ととと……ヘイヘェイ、ストップ、ストォップ」
「はぁ……はぁ……」
大男が、片手で”馬”を止めてみせた。そして一捻りに首を捥いだ。血飛沫が上がる。今度はそっちに視線を奪われた。
「よォし。とっとと離れようかァ。フハハハ」
「はぁ……はぁ……ほ、他の人達も助け…………」
「だァかァら! 遅ェって言ってんだろォ?? 全員死んだわ! ボケェ!」
「はぁ……はぁ……はぇ? あ」
大男の言った通りだった。他の人達は、他の”馬”達に踏み潰されたり腹を貫かれたり……。
それら惨状の全てを認識する前に、俺は大男に力強く抱き上げられる。大男は、そのまま高く飛び上がった。
「フハハハ! いいねェいいねェ! ああいう骨のある奴が欲しいんだよ!」
「はぁ……はぁ……おぇ……」
「おいおい! 野郎が死ぬのなんざ、見慣れてんじゃねェのか? どうだ?!」
「……さ、流石に目の前で死ぬのは……」
グロ耐性は、割とある方だと思っていた。しばらくハコブネに乗っていて、すっかり鈍ったか……いや、これが普通なんだろう。俺はマトモに戻ったんだ。
こうなると、はたして船長達は大丈夫なんだろうか……そんな事を、ただただ考え始める他なかった。
「ん? んだよ。おめェら両想いかァ??」
「な、何が?」
「フハハハ! 追って来てんだよ! さっきの馬頭がなァ!」
「あ。ほ、ホントだ……」
大男は俺を抱えたまま、等間隔に生えた木々の上を次々飛び移って移動していた。そんな彼の足を掴もうと言うのか、さっきの怪物達は手を掲げ、そしてもの凄い馬力で追いかけて来る。
この人は、何故戦わないのだろう。流石に分が悪いのか。いや違う。そうか、これは……俺が、邪魔になってんのか……。
「あ、あの! 俺邪魔なんだったら船に戻らねぇっすか!? そっちなら仲間も居るんす!」
「その必要はねェ。フハハ! 見てみろ。強そうなのが居るじゃねェか」
「え」
大男は、俺が正面を向ける様に、わざわざ抱え直した。”強そうなの”ってのは、まさか更なる怪物じゃないだろうな……。一抹の不安を抱えながら、俺は前方になんとか焦点を合わせる。
「あれは……ほ、炎……?」
周囲の木々に、何ら遠慮をしない火の玉が、此方に接近して来ている。その中心には、見慣れた燕尾服の人影が見えるのだ。
「フハハ! おォい! あれは味方で良いんだろォ!?」
「……は、はい! あれは……船長です!!」