第三章 002 船長
ハコブネが岩礁と芝生の間に不時着した。近くには、既に二隻の船がある。甲板にはゾロゾロと乗り組員が居て、皆コチラを窺っている。向こうさん同士は既に打ち解け合ってるのか、何か物資の交換をしている途中だった。
「さぁ行こうか。翠蓮」
「えぇ」
そう言って船長と翠蓮は岩礁へ降りる。足場を出そうかとも思ったが、二人には必要なかった。どれほどの高さか。それはもう、校舎の三階くらいから飛び降りる様なものだ。だのに二人は船首から軽くジャンプして降りて行った。
さて、二人は何をしに行ったか。それは挨拶。ただの挨拶。これから仕事を共にするんだ。当然。
ただしそれが一般社会人同士なら、俺はこんなにソワソワせずに済む。
しかしそういう訳にもいかない。向こうさんの事を、俺はただ遠目で見ただけだったが、それだけでも中々柄が悪そうに感じてしまった……。
「手前の船に十五人。奥には十一人乗っておるでござるな」
「結構多いんすね……」
俺らと合わせて三十三人も……。
今回の案件がどんだけエグくて巨大なのか……嫌な予感がするなぁ。まぁこれだけの施設を管理する奴だ。出来れば戦いたくもないし、会いたくもない……。
それから直ぐに二人は戻って来た。今度は地面から一気に船首に飛び乗って来る。その状態から、俺たちは船前方へ集められた。
「ゴホン。先程も話した通り、これより間もなく合同任務へ取り掛かる。まだ一隻来てないらしいけれど、もう彼らが待ってられないというのでね……」
向こうの船は、だいぶ先に着いていたらしい。あんなにメンチを切っていたのも、そう言う事かと腑に落ちた。
「では、今回の任務への参加者を発表する」
「…………え? 全員で行かないんすか?」
ついそんな事を尋ねてしまった。何となくか。いや多分、俺の心の中で、”俺は行かなくていいかも。よかった。”と、少し希望を抱いたのだろう。俺のゲーム機程度じゃあ、この巨大施設をどうにも出来ない。
間違いない。俺は駆り出されない。そしてこの思いは、ある種叶ったのだ。
「全員では行かない。留守番は必要だし、何より少数精鋭の方が動きやすいからね」
動きやすい……それはそうかも知れない。でもだったら、合同任務なのが矛盾するよな……”大所帯でも問題なし”。”むしろ多勢が向いている”って、お偉いさん方が決めたんなら、それに従った方が良い気もする……。結局俺は行きたくないけれど……。
俺は、特にそれ以降発言する事も無く、心の中でグチグチとしていた。船長はゆっくり首を振り、俺たちを見渡す。そして、最終的に一点を見つめた。
「任務には私と、天羽くん。二人だけで行くよ」
「……え?」
「ふ、二人……?」
少しざわついた。二人とは……少数が過ぎないか? しかも天羽? まだ目覚めたばっかだぞ? ま、まぁいきなり仕事させるのは、活動に慣れさせる為だろうが、しかしそれでもどうして?
「では行ってくるよ。ハコブネを頼むね。翠蓮」
「えぇ。お任せを」
船長はニコリと笑い、そして天羽を連れて行った。天羽は事の恐ろしさを、特に気にもしていない。
まぁ、他の船からは沢山船員が出向いてるし、そもそも船長が居るなら大丈夫だろう。多分。そういえば、船長って強いんだろうか? そういえばよく知らない。
「翠蓮もついて行けば?」
「船をどうする」
「ネロも篤さんも居るんだぜ?」
「ネロの暴走と御柳の酒乱を止める役が必要だ」
「……何も言えねぇわ。残ってくれてありがと」
「む~……」
「……何だ? どうしたメア」
「さっきからず~っとおかしいんだよ」
「おかしくないで~すよ~! も~……」
どうしたんだ? 俺と翠蓮は同じような角度と速度で首を傾げた。誰がどう見ても変だろ。
ともかく俺たちは暇になった。
「冴根殿~! 酒樽を運ぶのを手伝っていただきたいでござる!」
「何処にっすか~?」
「何時の世も交流深きに悪徳なし! 些細な気持ちであっても表現するのが肝心でござる! わーっはっはっは!」
「酔ってんな……」
「……お前は残っていろ。私が行ってくる」
「良いのか?」
「手前の船は職人気質な方々が乗っている。頑固でなんとも気難しい。対して奥は軽薄で無配慮でいけ好かない奴等だ。お前が出向けば舐められる」
「えぇ……そんなんに愛想良くしなくていいって……」
「……御柳の言う事に一理ある。交流は肝心。それに向こうの船には知り合いが乗っている。心配はいらない」
へぇ……他所の船に、知り合いとか居んの? そんな事ありえんの? 可能性としては前世繋がり……それがたまたま同じ境遇で同じ任務に参加するとか、どんな運命だよ。俺が今この瞬間、同級生と再会するみたいなモンだろ。え、嫌だな。嫌な運命だ。
「あ。いってらっしゃ~い……」
「うむ」
そうしてまた、二人で船を離れた。さっきまであんなに騒がしかったのによぉ。なんか寂しいじゃん。そういえば、ネロがやけに静かだな。
「ネロ~? 部屋に居んのか~?」
そんな調子で船内散策。もうそろそろ、船の部屋配置や、通路を覚えて来たな。あくまで自分の生活環境周辺に限るけど……。
「あ。寝てんのか……」
ピーピーと音を立てながら、ネロはベッドに伏していた。鼻でも詰まってんのか? 風邪は引かないタイプだと思っていたが、そんな事ないのか? まぁ高熱になっても走り回りそうではあるけど。
「じゃあちょっと暇するかぁ」
とはいえスマホは無い。慣れたものだ。こういう時は大抵船内を散策している。しかし今日は見張り当番の任もある。ならば、あまり甲板から離れるのもよくないだろう。
そういえばだが、”ゲーム機”にまだ試していなかった機能があった。それの実験でもしてみるか。少し躊躇う様な機能だが……。
「やるか……やらないか……う~ん」
なんの機能か。それは”ログアウト”である。
一度ログアウトしたら、再ログインは簡単に出来るのだろうか。出来なかったら、俺のゲーム機はゴミになる。しかし、こんな旧型みたいなゲーム機に、パスワードを保存する仕様がある筈はないか……?
「…………ん?」
豪快な野太い歌声が聞こえた。何処からだろう。篤さんの声ではない。彼は隣に酒樽を分けに行った。
翠蓮が口ずさむ軍歌でもない。それに、その歌は上空から聞こえるのだ。
「フハハハハ! 何じゃこりゃあ面白れェ!!」
「は? ……はぁ??」
船だ。小さな船が降って来た。
甲板に衝突すると、小舟は勢いよく弾け飛び、木の破片になる。幾つかこちらに飛んで来て、危うく激突していた。何だなんだと、俺は混乱した。
「どォゥ!! フハハハ! あァ~あ、ぶっ壊れちまったァ」
「だ、誰……? 何やってんだ……アンタ……」
「ん? よォガキ。ココで当ってっか?」
「な、何が……?」
「質問してんのはコッチだぜェ? てめェ舐めてんのか?」
筋肉ダルマの様な風貌。厚手のコートに腕を通すことなく肩にただ羽織り、露出した焼けた肌には濃い毛が並んでいる。巨大で青色がハッキリした三角帽を被り、腰にはジャラジャラと太い鎖を携えている。
そんな荒々しい感じだが、宮廷服の様な物を中に着込んでいる。ファッションセンスはよく分からん。そんな、大男だ。
何か、ヤバそうな奴……。しかし今更目を合わせない様にしても手遅れ……そうだ、ネロを起こそう。俺の思考は冷静だった。
冷静だったのに、及ばなかった。
「おォい、何処行く気だァ?」
「わ」
速い。俺が一歩退く前に、男部屋のドアノブに手をかける前に、俺の身体は抱え上げられた。そして口を抑えられ、声も出せなくなった。
「フハハ! よォし、てめェが俺を案内しろ! 頂点に居んだろ?? 稀代のバケモノがよォ!」
歯茎までをむき出しにし、ソイツはニヤリと笑った。臭い。痛い。何なんだコイツは。
そんな事を考えたのと同時くらいに、ソイツは俺を抱えたままハコブネから飛び降りた。何処に連れて行く気だ。それも分からぬまま、俺は抵抗も虚しく誘拐されたのだった。




