第三章 001 仲間
この日、俺は船長に頼りにされていた。飯を皿に盛り付け、厚手のテーブルクロスを整え、船員それぞれの趣味趣向を反映した食器を並べる。
誰でもできる簡単なお仕事とも思うが、船長は、”君にしか頼めないんだ”と言う。う~ん、やっぱあの人騙したな。何だか昔を思い出す。
「あ! 冴根さん、私も手伝いますよ!」
「わーはっはっは! 良い香りがするでござるなぁ。今晩は”しちゅう”というものでござろうか?」
「シチューなの!? やった~!」
「さぁ皆席に着いて……紹介したい子がいるんだ」
船長はシルクハットを外し、それを背もたれに引っ掛けた。
皆そんな感じで、次々に堅苦しい上着や装備を外し、そして次々に着席する。俺もだ。ただ、翠蓮がまだ来ていない。しまったなぁ、多分さっきの子を連れて来るのにてんやわんやなんだろう。俺が手を貸しに行けばよかった。しかし今更立ち上がったら、逆に変に思われる。
俺にはもう、わざとらしくシチューを飲む事くらいしか出来ない。
「えっと、紹介したい子って……もしかして」
「はっはっは。やはりメアは察しが良いね」
「は、はい……えへへ」
メアもわざとらしかった。わざとらしく頭を掻いた。何で照れくさそうだ?
しかし、察しが良い、というのはそれはそうだろう。彼女は英雄室の世話当番だ。どんな奴が居て、誰が目覚めていないか、というのはよく把握している筈だ。いつ頃目覚めるか、も見当がついていたのだろう。
「おや。来たかな?」
ダイニングキッチンの出入り口に備わった扉、そこに備わった小窓。そこに翠蓮の影が浮かび上がった。翠蓮だけではないらしい。人影はもう一つ。さっきの子だ。
「失礼します」
そんな堅苦しい声と共に扉が開いた。その時、まず先に入って来たのは獣人娘の方だった。飛び込んでくる程の勢いだった。
……勢いが良すぎたんだろう。その子は思いっきり、前のめりに転げた。”英雄室”で起きたばかりでは、自分の身体なのに巧く動かせない。そうとも知らず……。
「だ、大丈夫かな? ははは」
「ー-ー! ー~ーにコーッ! ーずッ!!」
獣人娘は元気よく笑う。鼻血を垂らしながら……。
鼻血は、彼女の豊満な胸に落ちた。ややピッチリしたスーツが汚れた……俺はもう、こういう子と対峙すると、そんな事にしか目がいかない。多分病気なんだと思う。
他に特徴的な点と言えば、やはり獣の様な耳と尻尾だろう。俺にはかなり特殊に見える。アニメや漫画で見たような姿だ。髪色は薄い緑。船長やメアに慣れて、派手髪はそこまで気にならなかった。
「彼女の名は“天羽めろん”という。皆、これから宜しくしてやってくれ」
「私メアって言います! よろしくね。天羽さん」
「ーーぴ〜!」
「拙者、姓は御柳、名は篤丸と申す」
「僕ネロ!」
「はっはっは。まぁゆっくり馴染んでくれたまえ」
「サエネーも挨拶しなよ!」
「あ。冴根仁兎です……なんでお前呼び捨てなの?」
まさかネロにそんな事注意されるとは……社会性ではコイツの方が上か。そりゃそうか。引き篭もりと英雄じゃあ天と地の差。
「サーラン殿。本日だけは特例、酒をもう一本頂いて良いでござろうか?」
「はっはっは。えぇ構いませんよ。ただし、お仕事に支障が出ない程度に済ませて下さいね」
「あ、ーーもーー」
「あ、天羽さんはダメだよ! まだ寝起きだし……」
「ーーメーーまじー~」
「……なんか、もう大分喋れてるな」
こりゃあ意思疎通まで秒読み段階か? 俺の時は呂律回るまで、起きてから丸一日かかったのに。
「ごほん。皆を集めたのは彼女の紹介もそうだが、ココで“アマツモ贈呈式”を執り行おうと思ってね」
「篤さんのっすか?」
「そうだね。あと、天羽くんのも」
「へぇ。もう渡すんすか?」
「うむ」
「……目覚めるまでに時間のかかった者は、逆に世界に馴染むのが早い」
「ふ~ん」
「さぁまずは御柳さん。コレを」
「これは……“和紙”、でござろうか?」
「詳しい名称は、恐らく御柳さんの方が詳しいだろうね。私の世界には“そういった物”は無かったから」
「わーはっはっは! では、有難く。この御柳、これまで以上の躍進を約束致す」
「頼りにしてます。それと、天羽くん」
「はいは~い!」
「え」
「おや……? はっはっは。そうか、もう喋れるんだね。君にはコッチ」
「え? マジなにコレ! めっちゃかわいンだけど!」
「よく喋るなぁ~……」
「えへへ。ホントだね。それって……羽ですか?」
「『勇気の翼』さ」
「マジ?! ウチ羽ばたいちゃう系な感じ?? つーか鬼ちゃん、紙とかマジ渋じゃん!」
「……騒がしぃ~」
「はっはっは! 元気がある事は良い事さ」
「如何にも! これから宜しく頼むでござるぞ天羽殿! わーはっはっは!」
「わ! “殿”とかウケんだけど! てか笑い方ヤバッ! アハハ!」
とんでもない奴が加入したな……俺の肩身は狭くなるぜ……。なんか、前にも予想していた気はするが……まさかココまでの陽キャが加入してくるとは……。
彼女の胸を揉んだのは今は昔。次は肩でも脚でも揉まされるんだろうな。
「ごちそーさまでしたぁ」
俺は食うのが遅かった。手を合わせ、ボソッと感謝を述べる。この頃には、いつも食卓に一人になっている。皆の声が扉の向こうから聞こえてくるので、寂しくはない。
「食べ終わった?」
「あ、はい……え?」
ビビった。俺の目の前には天羽が居た。何故気づけなかったのだろう。彼女はいたずらっぽく笑い、そうして、ダイニングをトコトコと歩き回る。
「な、何か用……ですか?」
「え? 何か固くね? ……ねぇねぇ! ウチと友達にならん?」
「な、何でいきなり……」
「え、だって、君友達いないっしょ?」
「え」
そ、そんな事ない! と、思いたい。事実は分からない。
よく考えてみれば、確かに周囲には恵まれている、それだけなのかもしれない。俺自身はコミュ障である。その事を忘れるくらいには、他のメンバーがコミュ強で友好的だ。
「あ。ゴメ、言い過ぎた!」
「はぁ……はぁ……な、なんか浮いてる風に見えました? え?」
「うん。もち」
「あぁ……そ、っすか……はぁ」
食器を洗い、俺はトボトボと男部屋に向かった。そういえば、結局なんであの人はダイニングに残っていたんだ? そんな疑問をふと思い起こしたが、どうにも気分が乗らないんで、忘れる事にした。もしや俺目当て? 俺はこの期に及んでポジティブだった。
「でさぁ、”翼”使い方分かんないンだよね。飛べんのかな??」
「なんで男部屋について来るんすか……」
「メアぴの胸揉んでたらさ、スイくんに追い出されちゃったんだよねェ~」
「何やってんだ」
ネロと似たタイプだ。俺は馴染めないタイプ。そういえば、翠蓮も苦手だな。やはり俺は浮いている……?
「ねぇ! 聞いてンの? 使い方教えてや」
「お、俺も知らんすよ……もう帰ってください……」
「わ! なんで泣いとん? ヨシヨ~シ!」
「俺も頑張ってんだよぉ……」
「……何をやってるのかな? 二人とも」
「あ。船長。違うんです」
「おっ! 船長さんじゃ~ん! ねぇコレどうやって使うん?」
「ははは……君は、もう既に知ってるよ。それより到着した。甲板に来てくれたまえ」
「とーちゃく? ドコに?」
「怪物退治の現場っすね。ほら、俺らって”天使”でしょ?」
「え! なになに、どゆこと!? ウケんだけど!」
「あぁ話すとややこしいな……」
絶対翠蓮とか船長の方が詳しいしなぁ……でも翠蓮に何か聞くの、新人はビビるだろうし……。
「も~冴根さん? 早く来ないとー。ホント私が居ないとダメなんですか、ら……え、うそ……」
「なんで全員勘違いすんだよ」
「あ! メアぴだ! アハハ!」
男部屋を後にし、外の世界を一望した。ハコブネは未だ上空にある。眼下には岩礁が広がる。ただし海は無い。
そしてその奥には、やけに太い木々が、等間隔に生えている。まるで人の手が加わった林の様。
虫や鳥の鳴き声は一切しない。不気味なまでに静寂した世界だった。しかし何より不気味だったのは……。
「あ、アクリル板……? でけぇ……」
まるで、この静寂を外界から護るが如く、巨大で半透明な壁が聳え立っている。幅も高さも見える限りに果ては無い。
この壁、明らかな人工物……現代じゃあ、どれ程資源と人手と時間を掛けても完成には至らないだろう。そもそも作ろうと思う奴がいない。一番近い物で言えば万里の長城か。
「ココには”ギンモウ”と呼ばれる”怪物”が居る。今回のターゲットはソイツだ」
「そ、それは良いんすけど……この壁なんすか? 自然物……じゃ、ないっすよね……?」
「あぁ。ココは巨大な”塔”の中なのさ。ギンモウが最上階から徹底管理している”施設”。今目の前に広がる岩礁や木々も、すべて人の手が加わっているね」
「と、塔? 施設? これ全部??」
「通称”神の管轄外”。長らく天界では禁足地とされてきたんだけれど……”大天使”様方が、とうとう対処に本腰を入れようと言うんでね」
「本腰……それで、私たちが呼ばれたんですか?」
「私達だけではないよ。見てごらん」
「え?」
「あ……あれって……もしかして”ハコブネ”??」
「今回は合同任務さ。これより彼らと合流する」