第二章 013 任務・急
篤さんに背負われ現場に向かった。手遅れにはなっていないだろうか。いや逆に、もしかしたら、もう勝っていたりして……? わざわざあんな作戦を考えたのに……。
「冴根殿! 見えて参った! 何処で下ろすでござる?」
「しばらくこのままで! ”マップ”見ます!」
この方角だと、人間村を巻き込むかもしれない。逆向きだと船長たちを巻き込むし……。
「冴根殿??」
「あぁすいません……! えっと、ジャーポンを誘導したいっす」
「御意」
俺は、呑気に考え過ぎていたのかもしれない。ジャーポンは想像以上に強かった。
「翠蓮!? ネロ!?」
「うぉううぉう。うぉううぉう」
「はぁ……はぁ……冴根? なぜ来た……」
翠蓮は上着を失い、また局所と鞘に泥を付着させられていた。あぁなると身動きは取り辛い。
一方のネロは、”聖剣”を振り回していた。
「うりゃぁっ!!」
「うぉううぉう! ぎゃはは! 無駄だって言ってんだろガキ!!」
”無駄”。ジャーポンの言う通りだった。実際、聖剣はジャーポンに命中しているが、結局貫通するだけで意味を成さない。おまけに物理攻撃には泥のプレゼントが付く。聖剣は泥をみるみる纏い、巨大な丸太の様になっていた。
「図体が僅かに縮んでいると見受けられるでござるが」
「あの泥はジャーポンの一部っすからね……あのまま削り切れれば……」
それは現実的ではない。早業の翠蓮とネロが交戦して数時間。それで”僅か”に削れただけ、となると、現実味は低い。
「翠蓮! ネロ! そのままじゃ埒が明かねぇから、ちょっと誘導手伝ってくれ!」
「おっけー! え~何するんだろ??」
「知らん。そもそも何故大声で言うのだ。この豚に聞こえてしまうだろ」
作戦決行するなら、とにかく人里離れた所が良い。少なくとも結構場所の一直線上に、生物が居ない様な場所が良い。そんな事を念頭に置いて”マップ”を凝視、吟味する。
「……巧く誘導出来ているようでござるな」
「え? 分かるんすか?」
「拙者の”仙業”は生命体の位置把握も可能。村を迷わず行き来できたのも、冴根殿やメア殿、船を発見できたのもそのおかげでござる」
「へ、へぇ……どのくらいの大きさまでわかりますか?」
「虫程となると些か難儀でござるが、所望とあらば」
「じゃあ、この辺で動物が全くいない場所、探せますか?」
「やってみよう」
俺はえり好みをしていた。その判断が不味かった。
「うぉううぉう……うぉううぉう……篤丸~ぎゃはは!」
「む? 来たか……!」
「ち、近いっすか?」
「目の前でござる」
「え」
その時、篤さんの腹部から勢いよく血が噴き出した。篤さんの横っ腹が、ジャーポンの攻撃で勢いよく抉られたのだ。
「ぐっ……!」
「と、篤さん!?」
「な、何のこれしき……」
俺を背負っていたせいだ。両手が空いていれば受け流す事くらい出来ただろう。早く手当てをしなければ……。
「と、篤さん……止血だけでも」
「容易い。こんな時の為にも”仙業”は有るのでござる」
「し、止血も出来るんだ……」
「うぉううぉう、もう逃げねぇのか? 往生際がわりぃねん」
「ふぅ……ジャーポンよ。我らは、似た者同士でござった」
「あ?」
「理解し合えた、そう思っておったでござる」
「ぎゃはは! そうか! オレもだ! ぎゃはは!」
「…………冴根殿」
「なんすか」
「この先、一切の友好生物おらず。これにて幕引きでござい」
「……了解っす」
ジャーポンは最後まで笑っていた。俺には不気味だとか、腹が立つだとかしか思えなかった。篤さんがただ俯き涙を流す意味が、分からなかった。
「さらば。友よ」
「……轢き殺せ。これでお終いだ」
俺はゲーム機の画面をジャーポンに向けた。そして、例のコマンドを実行する。
<具現化コマンド実行 『ハコブネ』を具現化します>
「……な、なんだねん?? 船?! と、止まれぇ! うがぁぁぁっ!!」
けたたましい轟音と激震を生み、森の中をハコブネが進行した。ジャーポンを下敷きにしながら。
俺の作戦は至極シンプルだった。ジャーポンをいくら物理攻撃しても僅かにしか削れないなら、”一撃で削り切れるぐらいの物理攻撃”を喰らわせようと。
「サエネー! ごめーん! 追い抜かれちゃった!」
「い、いいよいいよ……結果オーライだったし」
「誘導させたのはこの為か……」
「そうそう。なぁ翠蓮」
「なんだ?」
「篤さん運んでやってくれ。俺、ちょっと寄りたいトコがあってさ」
「……良いだろう。ネロはどうする?」
「アイツは護衛に欲しい」
「サエネーと冒険!? やったー! 何処行くのどこどこ?」
「いや、ホント”ちょっと”だから。近くに”宝箱”があってさ……」
道中、”マップ”を見まくっていた時、たまたま発見した。それこそ誘導中は、そんな事言っている場合じゃなかったしスルーしていた。
その時雨が降った。ネロの聖剣に付着した泥や液体が流される。翠蓮も。
「よぉし、行こうか」
「いえ~い! ごーごー!」
それから宝箱のトコまで行って『回帰の雫溜り』を回収した。そして”あの時の少女”に使う。身体に練り込まれた泥や血液は取り除けなかったが、これも雨で流れるだろう。前もそうだった。
少女は、傷が治るとすぐに雨を浴びに行った。これまた嬉しそうに駆け回る。そして一しきり楽しんだ後に俺の所に走って来て飛び込んできた。後方に尻もちをつき、そのまま仰向けになる。背中は泥まみれ。
きゃっきゃっと楽しそうにしている少女を、自分の胡坐の中に収め、メアの贈り物を付けてやった。リボンの結び方の勝手が分からない。少々歪な、布が偏った結び方になる。
「ありがと!」
「……あぁ。どういたしまして」
雨だ。雨のせいだ。俺は泣いてなんていない。
「あれ? ねぇねぇサエネー、何で泣いてるの?」
「うるせぇな……お前には分かんねぇ悩みだよ」
「う~ん……やっちゃったね」
「船、直るっすかね……? 無理?」
船長は、船を見ながら難しそうな顔をしていた。俺も同様だ。
実は、先日の作戦に俺がハコブネを使ってしまったが為に、船の前方が見るに堪えない程、傷だらけになってしまったのだ。
船長は修理を任せられる者は限られているらしい。それもかなり著名で優秀な方だそう。わざわざ呼び付けるのは、彼女であっても尻込みしていた。
俺の“直るっすかね?”なんて言葉に対し、船長は苦笑で答えた。
「ははは……どうだろうね。技工士殿は呼んだから修理諸々は任せる事になる……けど、まぁ怒られる、かな」
「その人、コワいっすか??」
「う~ん……ははは……う~ん」
「えぇ」
適当にはぐらかされた。そうして船長はさらに浮かない顔をする。俺はもっと浮かない顔をする。船長は立ち会いはして欲しいと言う。ヤダなぁ、怒られるの。
船長が言うには、その技工士さんが来るのは当面後と言うので、それまではこの森、ないし村で過ごす運びになるという。
そもそも、俺達にはまだ仕事が残っていたのだった。