第二章 010 友達
「捨て子を育てたのか……よく見たら、ご丁寧に個々の寝床まで作ってあるっすよ」
「彼は、子育てに関しては誠に真摯潔白。拙者も感銘を受けた」
「へぇ……」
何だか印象と違う。ジャーポンってのは村を襲った怪物だ。それは本当だし、許されない事だけど……子供は真面目に育ててるってのは……何だかなぁ……。
「あ、あの御柳さん?」
「如何なさった?」
「なんで、ジャーポンの肩を持つんですか?」
「……ほぉ」
「ジャーポンはただの悪魔ですよ?? 村の人達を何年も苦しめて……今更子供を育てたって、それで許しちゃダメです」
「……その言い分も分かるでござる。しかし子供たちにとっての救世主である事も変わりはせん……。一先ずこの少女を送り届けよう。詳しい話はその後でござる」
「……そうっすね。行こっか」
”子育てには真摯”……なら、この子に関しては大丈夫だろう。多分。とはいえ当人が馴染めるのかどうかは分からない。篤さんにも何か上等な考えがあるとは思う。考えなしに、ではない筈だ。
「やぁやぁ! ただいま戻ったでござる! 皆の者待たせたなぁ!」
古代都市は静まり返っている。崖上から見えていた人影も、今は居ない。隠れてしまったのか。
「出直します?」
「否。よく見て頂きたい」
「え」
篤さんは徐に物陰に指を向けた。何かあるのか? 水溜まりしか見えない。
「な、何すか?」
「水溜まりが見えるでござろうか? あれでござる」
「え?」
篤さんがそんな事を言うと、水溜まりが僅かにこちらへ移動した気がした。あっ、と思った時、ようやくそれらが”生物”であることが分かった。液体状の生物だ。
「うぉううぉう……うぉううぉう……ぎゃははは!」
「おぉジャーポン殿。久しいでござるな」
「あれが、ジャーポン……? でけぇ」
液体がみるみる形作られていき、”パンパンに膨れ上がった人間”の様になった。ゴリラよりも太い腕。それに対してあまりに細い脚。アンコウの様な目や口と、ハムスターの様な腫れぼったい頭部シルエット。俺にはちょっとインパクトが強い。
「うぉううぉう! うぉううぉう! 篤丸~遅かったねん? 何かあったかねん? ぎゃはは!」
「いやはや少々用事があってな。さて子供たちは如何でござろう?」
「熱心に”修行”しとるわぁ。本当にお前に懐いとる様だねん。ぎゃはは!」
「わーっはっはっは! そうでござるか! ではでは、後程合流致そう!」
さて、メアは少し遠くに居た。落ち着きの無い少女をその身に寄せ、警戒した様な目線だけを此方に向けている。
「ぎゃはは……んで? その隣のガキはなんだ? 土産か??」
「え!」
「否、土産にあらず。拙者の仲間にござる。しかし紹介したき者がおり、その件でジャーポン殿に折り入って頼みがあるでござる」
「うぉううぉう、いいぜ、俺たちの仲だぁ。何でも言ってみろ~」
「恩に着る。実は、身元の分からぬ子供を見つけたでござる。彼女を引き取って頂きたい」
「……見せてみろ」
「メア、その子渡しに行くぞ?」
「……うん」
すっかり懐いてしまったらしい。メアの方が懐いたとも言える。しかしハコブネに乗せて行く訳にもいかないし。とはいえ無理に引き剥がすのもなぁ。う~ん……。
「な、なぁメア……」
「メア殿よ」
「あ。篤さん」
「気持ちは痛い程分かるでござるが、ジャーポン殿は信頼に値するのも事実」
「で、でも……」
「人の子に出来るのは此処までにござる。物の怪は物の怪らしく育つのが吉。拙者の言葉を、軽く思われるでござろうか?」
「めあちゃん!」
「…………どうしたの?」
「めあちゃん! これあげる!」
少女は、よほど元気な喋り方をした。さて、そんな彼女が差し出したのは、小さな水の玉だった。濁ったビー玉の様で、それが何で出来ているのかは、大方予想は出来る。この子は恐らく自分の液体状になれる身体の一部を、石か何かに纏わせたのだ。
そういえば、ジャーポンや森の生物たちも似たような体質だった……。もしやこの子も、怪物かジャーポンの血を引いているのか? ならば、この村に返すのが自然な話なんだろう。俺らは専門外だ。
「これ、貰って良いの?」
「うん! なんで?」
「あ……ううん。ありがと。じゃあ私も……」
そう言って、メアは自分のリボンを解き、少女の髪に結び直した。
「わ~!」
「へへへ……ずっと、友達だからね」
「うん! だいすき!」
「…………う、うぅ~かわいい……」
「うぉううぉう! よぉし後は任せろ篤丸~。ガキ共にも伝えておくぜぇ」
「誠に感謝する。では、我らは一時退散する故、また後程」
「うぉううぉう! あぁ! 今宵も共に呑み明かそうねん! ぎゃはは!」
「わーっはっはっは! 良いですなぁ! サーラン殿も誘って参ろう!」
そう言って俺たちは別れた。さぁようやっと、船に帰れるのだ。
崖を登って、そして森に戻り、船の方へ少し歩いて行った。
ある程度近づいたところで、聞き覚えのある声がした。
「サエネー!! メアさーん!!」
あの声は……。
「おぉネロだ。おい、なんで呼び捨てなんだ」
「おーい! ネロくーん!」
「あはは! おーい! おーい!」
船は、思ったより悲惨な状態になっていた。船の前方が地面にめり込み、周囲の木々をなぎ倒している。そりゃあ墜落したんだし仕方ない。とはいえ、大破していないのだ。不思議だなぁ。
「サエネ! 見て見て! 虫! かえる! あとね……あれ~? ヘビいなくなっちゃった」
「いや、もういいよ。キモイもん見せるな」
「えぇ~! サエネに見せたいのまだあるんだよ~!? 楽しみにしてたのにぃ……」
「……じゃあ良いよ。見せて」
「あ! ゴキブリある」
「しね」
コイツ嫌い。
「翠蓮さん……! 会いたかったです」
「そうか。おかえり」
「ただいま」
「ところでメア……先に風呂に入ったらどうだ?」
「あ、もしかして……におい……?」
「少しな」
「……じゃあ入ってきます……」
「……どうだ? 一緒に入るか?」
「え、良いんですか? えへへ」
あっちは楽しそうだ。
「サエネくさ~い。これあげる」
「おい。ナメクジくっつけてくんな」
一方、篤さんと船長も話し込んでいる。なんの話をしているんだろう。やはりジャーポンの事だろうか。
「では、行ってくるでござる」
「はーい! いってらっしゃ~い!」
その後しばらくして篤さんが森へ出発した。ジャーポン村に行ってくるらしい。袋を携え、中には四本の酒瓶を詰めている。
「やぁ。おかえり」
「あ、ど、どうも」
力なく座り込んでいる俺の顔を、船長はわざわざ腰を下ろし、そして覗き込んできた。俺のすぐ後ろには船体の側面。これ以上後退は出来ない。思わず目線を逸らす。
「大変だったそうだね」
「お、お互い様っすよ。船、大丈夫何すか?」
「あぁ。もう少し高くから墜落していたら不味かったかもね」
「……やっぱ、墜落したんすね。記憶違いじゃなかった」
「うむ。この世界の上空には海が張るんだよ。当然その海は雨となり消えるのだけれど……その事をすっかり忘れていて、誤って着水した、という訳さ」
「上空に海?」
「”憧れの海”と呼ばれるものさ。空が暗くなるだろ?」
「あぁ~」
そこから小一時間くらい船長と話し込んだ。俺らが世話になった村の話もそうだし、船側の近況についてもだ。船長たちは”忌み子達”に配慮してジャーポンを攻撃出来ない話。篤さんが子供たちに修行を付けている話。それから少々暗い話もした。その間、ネロは楽し気に俺らの周りを駆けていた。
「てことは、やっぱジャーポンは良い奴なんすか?」
「御柳さんの情報によるとね。しかし、”フロップリズム”である以上、見過ごす訳にもいかない」
「な、なんでですか?」
「仕事だからだよ。そもそも私たちが見逃しても、また別が来るだけさ」
「別?」
「……ともかく、子供達を説得しないとね。引き取り先の確保も重要だ」
「ジャーポンを倒すなら……ですけどね」
「近隣に村が在るんだったね。そこは無理そうかな?」
「……実はこっちの子供達は、元々あっちの村で生まれたらしいんすよ」
「そうなのかい? なら……」
「でも、あっちでは”忌み子”って呼ばれてました。だから、多分無理です」
「そうか」
「冴根さ~ん! お風呂いいですよ~!」
「お、おっけー! ありがとー」
俺は一先ず風呂に入った。何だかシャワーがくすぐったい。垢やら泥も洗い流される。湯船に浸かると頭の血管が切れた気がする。気のせいだろう。
ともかく、久しぶりの風呂だ。じっくり楽しもう。とも思ったが、結局はカラスの行水になった。湯船の温度を熱くし過ぎた。そもそもなんで木造船にシャワーやジャグジーがあるんだ? 原理も経緯も、お湯の出所も分からない。
そして、風呂から上がったら、そのまま厨房に向かった。何か冷たい物が飲みたい。
「あ」
「む」
意気揚々と厨房に入ると、俺以上に意気揚々とした篤さんが漁りをしていた。酒でも探してるのか? 完全に飲んだくれだな……。
「と、篤さん? 何やってんすか?」
「わーっはっはっは! 話がついつい盛り上がってしまい、酒を切らしてしまったでござるよ! サーラン殿には内緒でござる」
「あはは、はいはい。酒なら上の棚です」
「おぉすまんでござるな。では失礼する!」
「あ、あの篤さん」
「む? 如何した?」
「これからジャーポンのトコ戻るなら……俺もついてって良いっすか?」