10月4日は天使の日
「10=テン、4=シ。で、天使なんだと」
「ふーん」
しょーもな。そんな言葉が続くと思っていたのだが、彼女は随分と深刻な顔をしていた。下唇を摘まんで、目を閉じ、唸っている。
「なるほど、つまり…」
すっと顔を上げ、
「蒼天既に死す!黄天まさに立つべし!」
と叫んだ。
僕の記憶が確かであるなら、ーーここは我らが地方都市随一の繁華街である。大都市ほどではないが人は多い。
ざわざわと、周囲の人々が彼女から距離を開きつつ、戸惑いの声をあげている。
無論、僕もその一人である。変なやつがいるなあー。と、何とも心のこもった言葉を中空に投げつけていると、彼女がすたすたすたとこちらに近づいてきた。
「つまり、10=天、4=死。天が死ぬ日でもあるわけだな」
屈託のない顔である。他人のふりをしてやり過ごすのは、居たたまれない。
「な、なるほどー」
「つまり、革命を起こすにはちょうど良い日なわけだ。経済政策の何たるかもしらず、無為に時間と金を浪費した無能どもを始末してくれるわ!」
「ははは、そうか。ちょっとこっちに来ような」
繁華街だからして、交番も程近くにあり…。もちろん、民主主義の国であるからして、政治家の文句を言って捕まることはないのだろうが、良い感情は抱かれまい。
しかし、周囲の人々はどうにも、彼女の言や良し、という雰囲気である。この娘も別に、経済政策の何たるかを知っているわけではないのだが、そんなことは彼らにだってわかりそうなものなのだが。
そうこうしている内に、政権を打倒するのだ、と周囲の人々が手に手に武器を持ち、黄色いバンダナを巻いて、国会議事堂に向かい出した。僕と彼女は呆然とその集団を見送った。
「どうするつもりなのかな…」
僕は何とも要領を得ない言葉を吐き出した。どうするつもりも…、彼女がスマートフォンを取り出して、こちらに向けた。
ただいまの時間は、午後11時59分だった。
さっと、ポケットの中に仕舞い込んで、彼女は群衆に向かって叫んだ。
「点呼の時間だ! 1!」
2、3、4!
群衆はバラバラに散りながらも、数字だけは順番に吐き出して、その通りの数を伝えた後で、すっかりもいなくなってしまった。
「そういうことだよ」
彼女は訳知り顔で頷いた。
僕は唖然としながら、それを尾首にも出さずに、そういうことか、とそれだけ答えた。