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第9話 オスカーの想い②

 その日は、もう夏休みに入っていた。


 僕は課題を置き忘れていた事を思い出し、朝早くに学院へ取りに行った。

 早い時間でもすでに陽射しは暑く、汗がにじみ出てくる。


 学院に着くと門が開いていた。

 夏休み期間中も教員が交代制で出勤するらしい。

 

 誰もいない静かな学院は気分が良かった。

 いつも誰かしらの視線を浴びており、息つく暇もない日々を過ごしていたから、この瞬間がとても新鮮に感じられた。


 せっかくだから…と普段はあまり行かない場所をウロウロ歩いて行くと花壇の傍に一人の女性がしゃがんでいた。

 それがリュシュエンヌだった。いや、この時はまだリュシュエンヌとは認識していなかったんだ。


 日よけ用の帽子を目深に被り、手袋をつけて、花壇の手入れをしていた彼女を女性教諭と思っていたから。『夏休みなのに大変だな』そう思いながらそっとその場を通り過ぎ、課題を取りに教室へ向かった。


 数日が経って、何となく先日見た花壇が気になった。本当に何となく…。

 きれいに手入れをされていた花を間近で見たくなり、そして誰もいないあの静寂に包まれた学院の空気をまた感じたくなった。


 例の花壇に向かうと、帽子を被った女性が今日もいた。

 水やりを終えた彼女は如雨露(じょうろ)を置き、帽子を取りながら木陰に入って行った。


 女性教諭と思っていた人物は、学院の生徒だった。


 吹いてきた風にその身を任せると、彼女は気持ちよさそうに小さな笑みを浮かべながら目を閉じた。

 彼女の長い髪が風に靡く姿がとてもきれいだった。


 顔には土が付き、こめかみからは汗が流れている。

 貴族の令嬢が土いじりをして汗と土に(まみ)れるなどありえない。

 僕の父が見たら、怒鳴り散らされるだろう。


 けれど、僕は彼女から目が離せなかった。


 今日の作業が終わったみたいだ。彼女は帽子をもう一度被り直し、使っていた道具を片付け始めた。

 そんなに両手いっぱいに持ったら危ないだろう…と思っていた矢先に


「きゃっ!」

 ガラガラン


 見事に転んで、手にしていた道具をぶちまけた。

 さすがに手伝おうと思い駆け寄ろうとしたが、すぐに引き返した。

 転んだ拍子に彼女のスカートが(めく)れあがっていたからだ。


 僕はあわてて建物の陰に隠れ様子を見ていた。

 すぐに起き上がり、スカートを直した彼女の顔は真っ赤になっていた。

 そして、あせるようにキョロキョロと周りを見渡すと、スカートの(ほこり)を払った。 


『近づかなくて良かったかも…』

 彼女はもう一度道具を抱え直してその場からいなくなった。


 僕は彼女が手入れをしていた小さな花壇に近づいた。

 淡い色の花々が所せましと咲いている。


 原色系の濃い色はほとんどなく、優しくやわらかい色合いの花が多かった。

 まるで彼女の性格を表しているかのように…。


 それから夏休みの間、僕は時々早起きをして花壇へ行った。

 どうやら彼女は毎朝来て、30分ほど作業をして帰るみたいだ。

 いつも声をかけようと試みるも、結局何も出来ずに作業を終えた彼女を見送る…そんな事を何回繰り返したことか。


 それに毎回、ただ見ているだけって…かなりヤバいだろっ 

 普通なら、不審者扱いで自警団に付き出される案件だ。

 仮にも『白銀の薔薇貴公子』とか呼ばれている癖に、この為体(ていたらく)

 いや、そもそもその異名で呼ばれるのは嫌なんだけどね。

 …全く、我ながら矛盾している。


 けれど今日は一つ収穫があった。彼女の姓が分かったのだ。

 サジェス教師(せんせい)が来て、彼女の事を「トルディ嬢」と呼んでいるのが聞こえた。

 そうなると当然、名前も知りたくなる。


 だから、明日こそっ 明日こそは声をかける!

 けどその決心は、家に帰り、予定表を見て脆くも崩れ去った。


「明日からダニエルと別荘だった…」

 そう。毎年恒例のナルデア子爵家が所有する別荘で夏休みを過ごす約束をしていたのだ。

 計画を立てた時は楽しみで仕方がなかったのに、今は、後ろ髪を引かれる思いだ。


 彼女は明日もあの花壇に来るだろう。

 花壇の手入れをするって事はやはり花や植物が好きなんだろうな

 別荘の近くには小さな森がある。珍しい花や植物が咲いているから、連れてきて見せたら喜ぶかな。


 そんな出来もしない事を妄想しながら、ノロノロと明日の準備を始めた

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