第八話 笑ってほしくない
正直に言って、忠次の話にはいくつも私には理解できない単語がある。
本当は忠次の喋る言語は私たちプランタン王国の言語とは違うだろう。ただ、ベルの体を介したことで、私たちの使う言語を話せるようになっているのではないだろうか。
しかし、やはりこちらにない単語は忠次のいた国の単語のままだから、変換ができておらず私は苦戦していた。それでも、はっきりと分かることは——忠次が父親を目の前で亡くし、故郷にも戻れず、おそらくはひどい生活をしていただろうことだ。
『ひどい』という単語の定義は、時代により国により違うだろう。プランタン王国にだって貧困に喘ぐ貧民窟の市民たちもいれば、農村で農奴として家畜同然に扱われている人もいる。それと同じか、あるいはもっと異質なひどさなのか。
遊侠という単語がギャングと同じ意味合いを持つのなら、その忠次がしてきた『悪さ』というのは、どのような罪なのか。
私には想像できない。この国で手に入る書籍をどれだけ漁っても、知ることはできないだろう。なので、聞きづらくとも、忠次に聞くほかはない。
「聞いてもいい? 悪さって、どんなこと? 組ってところに入って、何をしていたの?」
一瞬、忠次は私から目を逸らした。感情を窺うことはできない、すぐに戻ってきた視線は何も感情を写さず、乾いた言葉が口を突く。
「さァて、盗み、殺し、拐かし、賭け、何でもやりやした。よその組やら流れもんの始末、親分から頂戴した脇差一本腰にぶら下げて、言われりゃあどこへでも。ただまァ、ガキには何かと懐かれやしてね。誓ってガキにゃァ手をかけやせんでしたよ」
思ったよりも静かな物言いだった。独特の口調はあっても、犯した罪をはっきりと並べて、まるでそれらは仕事であったかのように淡々としていた。
忠次は自分を悪いと思っていないのではない。自らを悪党と称して、別段語る必要もない罪を立て並べて、それをする理由がどこにある? このまま私を騙していたほうが今後を考えればよっぽど円滑な関係を築けるだろうに、自分を罪人で悪党でと——決して自慢ではない——伝える必要がどこにあった?
だから、私はこう思った。それは、忠次の誠意なのだ、と。
嘘を吐かない性分なのか、それとも私に恩義を感じているのかは分からないが、そもそもベルのフリに協力するメリットが忠次にはない。こんな堅苦しく、慣れない土地の慣れない礼儀作法を厳しく教えられてまで、忠次が見知らぬ少女の未来を案じることに何の利益があるというのか。
私は、ひとまず忠次の話を信じて、続きに耳を傾ける。
「でまァ、あるとき太刀を佩いた生臭坊主があっしの賭場にブッコんで来やがって、さんざ斬り合った末にやられて、妙なお経で魂を封じられちまいやした。そんくらいですかね」
忠次は、思い出した、とばかりに身振り手振りで説明する。僧侶と殺し合いをして負けた、ということだが、そもそもギャングの巣窟に乗り込んでいって殺し合いをする僧侶とは、と疑念が生じるが、果たして。
うーん、と私が理解に時間をかけていると、忠次は落ち着きを取り戻し、きわめて冷静に、私へこう忠告を発した。
「姐さんにゃ言うまでもねェと思いやすが、もしあっしとお嬢を天秤にかけるってェことになったら、迷わずお嬢をお取りくだせェ。あっしはいつ成仏してもかまわねェ、ここにいることが間違いなんだ。悪党に情けなんざかけねェでくだせェよ」
忠次は、言葉尻で少しだけ笑っていた。照れくさそうに、そんなことを言った。
笑うな、命がかかったことだ、と喉まで出かかった八つ当たりの言葉を、私は飲み込む。
ベルを取るか、忠次を取るか。そんな選択、私は認めない。ベルの人生も守るし、忠次にも報いる。その傲慢な欲望が、私の腹からしっかりと渦巻いてきていた。
それを悟らせる必要はなく、私は欲深さを隠した。忠次の望むように、答える。
「あなたが悪党だなんて思わないけれど……それでも、私はベルに起きてほしいの」
「えェ、それでよござんす。そしたらまァ、お早く床にお入りなせェ」
ニッコリと、愛想よく笑って、ひょっとしたら上機嫌に忠次は帰っていった。私の口から欲しい答えを得たからかもしれない。自分よりもベルを優先しろと、勝手な気遣いを押し付けていった忠次へ、私は何とも複雑な気持ちでいっぱいだった。
だって、ベルも同じことを言いかねない。お互いに相手を優先しろと言いかねない、そんな人たちを私は助けようとしている。
彼らを助けるには、どこまで努力をしなければならないのだろう。目的地が見えないほど遠すぎて眩暈がしそうになる。
私は、気休めだと分かっていても、両手を重ねて神に祈っていた。
「主よ、あなたが無駄な試練を課すとは思えません。これもあなたさまの思し召しでしょう、どうか私に親友を助ける正しき道をお示しくださいませ」