第三十七話 呼ばれて飛び出て
※あまりにもドタバタしているため音声のみをお伝えします。
「そりゃどういう」
「あー! はいはいそういうことね!」
「姐さん、何が」
「忠次!」
「へ、へェ」
「いい? これから私とベルは使節団に入る、つまりプランタン王国を代表する外交使節として異国を旅するの。それは忠次の故郷へ行くときも同じ、そんなときにあなたはどうしたい? 自分がいなかった間のことを知って、それから?」
「それから……?」
「復讐が目的なら、私たちはあなたと一緒に行けない。でも、本当にそんなことをあなたは望むの?」
「それは……いェ、姐さんのご心配のとおりだ。あっしは、死んだ人間だ。今更何があったってかまうこたねェ。姐さんやお嬢に迷惑をかけちまうような真似ァしねェと誓いやす」
「ごめんね!!!! でも、ありがとう!!!!」
「は、はァ……姐さん、どうかしやしたか?」
「何でもないわ!」
※終了しました。お化粧直し中です。
「そういうわけですけど、何か見つかりました?」
何事もなかったかのように私は残寿へ進捗を尋ねる。
しかし、帰ってきた言葉は意外なものだった。
「ございません」
「えっ!?」
「残念ながら、ここに魂の器として見合う品はない模様です」
「そ、そんな」
散々っぱら倉庫をひっくり返した結果がそれとはあまりにもひどい、ベルなど眠くて座ったままうつらうつらしている。
忠次の魂を入れる器がないとなると、見つかる場所まで最速で向かうしかない。残寿にもついてきてもらって、外交使節団で……などと私が思考を巡らせていると、残寿は木箱から手のひらサイズの筒状のものを取り出し、私の目の前に持ってきてこう言った。
「ただ、方法はまだあります。我が師匠がそのような手抜きをするわけがない、そう思っておりましたところ、やはり見つかりました。これです」
これ、つまり筒状のそれは、緑青色の木とも金属ともつかない円筒形のものだ。手のひらに収まるサイズで、何やら見知らぬ文字が一列刻まれている。
その文字を、残寿は指差して読む。
「有為水天管、またの名を転生具。すなわち、龍に転生して徳を積むための道具となります」
また何やら分からない言葉が並ぶ。私は必死に言葉を翻訳して、それがどういうものかを理解しようとして、一つの疑問に辿り着いた。
「龍?」
私の横で、ベルが「くしゅん」と小さなくしゃみをしていた。もう完全に寝落ちしている。
「説明するよりも、やってみせたほうがいいでしょう。魂の同化も始まっていると聞きますし、時間がありません」
「それはいいですけど、ベルは大丈夫なんですか? 何か問題が起きるとかそういうことは」
「ない、とは言い切れません。しかし、やらないよりはずっとマシです」
それもそうだ、と私はそれ以上追い縋ることはしなかった。
残寿はベルの左手のひらに円筒状のそれを置いて、聞き取れない言語の呪文のようなものをつぶやく。
手のひらから、血流が昇ってきたかのように筒は赤く染まる。血ではない、赤く光る何かだ、それは筒の中へと脈打ちながら入っていく。
おぞましい光景のようで、神秘的でもあり、私はひたすらにベルのことが心配だった。やがて、筒全体が赤く染まると、残寿はベルから離して——あろうことか、筒をバキッと折った。
何をやっているのか、驚く私は息つく暇もなく、筒の割れ目から現れたそいつとしこたま頭をぶつけた。
「いったあああ!?」
「すいやせん、姐さん!」
——へ?
謝られた。私は頭をぶつけた相手を見る。
そいつは床にのたうっていたが、シャキッと立ち上がり、膝を突いて頭を下げていた。ボサボサの頭の後ろは鳥の尾羽のように一つに結び、バスローブのような仕組みの服を着ている。藍色っぽい服もそいつの体も顔も髪も、水色の半透明で、足先は煙のように消えたりしている。
よくよく見れば、そいつは顔の横に角が生えていた。両側にそれぞれ一本ずつ、木の枝のような小さな角だ。何だこれ、と私は角からゆっくり顔に視線を移す。
見知らぬ異邦人の男性だった。精悍な顔つきに二十代半ばほどの面影、いくつかの傷をこさえ、何よりもその目つきに私は見覚えがある。
睨め付け、射殺すような目は、ただただ心配の色をしていた。
私はそいつのことを——呼んでみた。
「忠次?」
すると、そいつは嬉しそうに答えた。
「へェ、姐さん! あっしは姐さんに返しようのねェ恩義を賜りやした、一生ついていきやす!」
忠次のテンションが高いところ悪いが、私はこう思った。
——これどうしよう。本当にどうしよう。
隣を見ると、ベルは寝ぼけ眼で忠次を見て、首を傾げていた。だめだ、期待できない。