第三十六話 私たちのワクワクから
「いやいや、お二人が探さずとも拙僧が見れば分かりますので、そちらにいてもらえれば」
そんなある意味当然の申し出が残寿からあったので、私とベルは倉庫の隅に座り、じっと残寿の捜索活動を眺めていた。
残寿は骨董品を手に取って確かめたり、金色の細い棒に鈴が付いた何かを近づけてみたり、慎重に忠次の魂の器となりそうなものを探してくれていた。どういう基準で器足りえるのか、私たちにはさっぱりだし、とりあえず任せておくしかない。
私の隣にいるベルは、どことなく楽しそうだ。
「レティ、私、忠次さんとお話がしてみたいわ」
「んー、そうね、自分の中ではできなくても、別の器に移ればできるかも」
「ふふ、楽しみね」
呑気な話ではある。でも、ベルにとっては今の非日常な環境がワクワクするのだろう。
馬鹿な婚約者のことなど忘れ、まったく予想だにしていなかった将来の道に思いを馳せ、不思議なことに触れる。確かに、裕福な貴族令嬢であればそんな七顛八倒な人生は本来なかったはずだ。
そういう意味では、ベルは忠次には感謝の気持ちがあるのかもしれない。すでにお友達感覚かもしれないし、いや絶対お友達になろうとしている。その気持ちは分かる、私だってもう忠次に「姐さん」と呼ばれることに違和感を覚えなくなってきている。
周囲に迷惑をかけておきながら不謹慎ではあるが、私もベルも『楽しい』のだ。まるで物語に出てくる冒険をしているかのようで、悪いドラゴンも囚われのお姫様もいないけれど、異国の風情やてんやわんやの騒ぎ、次々起こる出来事への対処、どんどん進んでいく物事に、どうしたって心が弾む。
私たちは、貴族として生まれ、社交界に生きて、政略結婚の道具となって、後継を産んで、嫁ぎ先の家門を守って老いて死んでいく運命にあった。私がお転婆でベルがお淑やかで、なんて属性はごくごくちっぽけなもので、どう足掻いても与えられた大きな役割は生涯変わらないだろうと思っていた。
しかし、今、私たちは物語の中心人物になっている。自分の人生を自分の力で切り拓く特権を与えられ、おっかなびっくり動いている。
それが——いつまでも続いて、私たちは私たちだけの物語を歩むことができれば、そんなふうに願わずにはいられない。貴族という特権階級で生まれもって与えられた義務と責任どおりに、私たちだけの独自の運命を選び取れるなんて、贅沢にもほどがある。でも、やりたいのだ。私たちは、与えられた役割をこなす登場人物ではなく、自分から人生を懸けて欲しいものを勝ち取りに行く主人公でありたい。
その思いは、叶うのだろうか。
私もベルも、そうなればいいのにと願っているからこそ、ワクワクしている。
だから……——。
「そういえば、忠次という名がどこかで聞き覚えがあると思いましたが……あれは確か、伊州動乱のときに旗頭として叫ばれていた遊侠の名ですな」
残寿は思い出したように、木箱の中身を探しながら、手を止めずに語りはじめる。
「お二人はご存じないと思いますが、八十年以上前に我が国の伊州でやくざ者たちがお上とぶつかり合った大騒動がありまして。その者たちが言うには上総鉄次郎の後継者と目されていた忠次という遊侠がいなくなったために、一国を揺るがすほどの動乱となったのです」
私とベルは、顔を見合わせる。
ベルは「何のことかしら」という顔をしているが、私は思い当たる節があった。
上総鉄次郎、忠次が初めて私と出会い、名乗りを上げたときに聞いた名前だ。うろ覚えだったが、残寿の言葉ではっきりと認識できた。
——え、待って。八十年以上前に、忠次がいなくなったから、大事件が起きたの?
何となく、嫌ーな気配が漂ってきていた。




