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第二十二話 惚れた弱み

 忠次——マントからすればベルティーユ——とマントとの睨み合いは、さほど時間をかけずに沈黙が破られた。


「あんた、何者だ? ブランモンターニュ伯爵家のお嬢様、じゃねぇだろう」

「それを確かめにわざわざ忍び込んだってか?」

「ああ、そうだ。あんたのケツ持ってんのはどこの誰だ? カレンザナ区のバルセルミか? それともインベールクランの『狂人(ジャッキー)ジャック(・ル・マット)』か?」


 マントの口にした名前は、王都の裏社会界隈を渡り歩いていれば必ず出くわす有名人たちだ。少なくとも()()()()()()()()()()()()()()、彼らの傘下に顔見知りがいるはずだ、とマントは推測した。


 だが、忠次は鼻で笑うばかりだ。


「けっ、どこに行ったって似たような連中ばっかりかィ。ったく」

「その物言い」

「勘違いすんじゃねェ。あんた、こっちに聞くばっかりでてめェのことは喋らねェのは了見違いだろう。聞きたけりゃァ、自分から話しな」


 ここでマントは誤解をしてしまった。忠次もベルティーユも、王都の裏社会になどまるで縁がない。しかし、()()()()()()という言葉を、これまでの話の流れを否定するものではないと解釈してしまったのだ。


 マントは腹の探り合いは無駄だと判断した。どのみちベルティーユの背後には大商家ブランモンターニュ伯爵家がいる。金持ちの貴族からすれば、マント程度の下っ端では吹けば飛ばされてしまうだろうことくらい、嫌というほど分かるからだ。


「もしあんたがこっち側の人間なら、この前の一件は俺の雇い主の前払い程度じゃ割に合わねぇ仕事だ。俺たちの間にだって暗黙の了解や掟はある、それを破ってまで貴族の腹いせに使われるのはごめんだ」


 そもそもが土台、無茶な話なのだ。弱小貴族のジーヴル子爵家が、ブランモンターニュ伯爵家に楯突くこと自体馬鹿げている。ジーヴル子爵はブランモンターニュ伯爵家が仕返しをしてこない、もしくは実行犯のマントたちへ矛先が向くとでも思っていたのかもしれないが、とんだ誤りだ。


 マントは今更になって歯噛みする。やはりジーヴル子爵と付き合いを始めてから、ツキに見放されている。いざとなればジーヴル子爵にすべての罪をなすりつけようと思っていたが、ウジェニーの存在が思った以上にマントを躊躇わせた。


 それゆえに、虎口に飛び込むがごとく、マントはベルティーユの正体を探るべくヴェルグラ侯爵家へ潜入してしまった。あわよくば話し合いで事態を都合よく動かせるようにならないか、などと希望的観測を持ちつつも、牢獄に入ることを覚悟しながら。


 ——さて、どう出るか。


 澄ました顔のマントは、内心ヒヤヒヤしながらベルティーユの反応を待つ。こちらの状況は伝えたのだから、理解してもらえないのであれば話し合いは無駄だったということになる。そのときは……まだ下がっていない銃口をチラリとマントは見やりつつ、顔色一つ変えない少女を窺う。


 すると、少女は突如口端を上げて、愉快そうな面持ちをしてみせた。


「『まんと』、っつったな、あんた」

「よく憶えてたな」

「なァに、いずれ仕返しに行くつもりだった」

「おいおい、怖いこと言うなよ」

「あれくの旦那に傷つけといて、お咎めなしたァいかねェよ」

「それを言うなら、うちの部下は二人も死んでる。あんたが暴れたせいでな」

「遊侠が切った張ったで恨み言言うんじゃねェよ。あれくの旦那はカタギで、この家の次のご当主だ。あの人の将来はてめェらの命の十個や二十個で(あがな)えるようなもんじゃねェ」


 それを言われてしまうと、マントは反論を躊躇う。アレクサンデルを撃ったことが完全に裏目に出た上に、正当防衛でも何でもなく恨みを買うだけの行動になってしまったからだ。しかも、忠次の言い分は正しい。大貴族の嫡男の将来と、たかが平民の命はいくつあれば釣り合うだろうか。数千、数万あっても釣り合いそうにない。このままヴェルグラ侯爵家に突き出されれば、あっさりと牢獄行きならまだよく、私刑でおぞましい目に遭うことだってあり得る。


 マントの表情がわずかに固くなったことを、忠次は見抜いたのだろう。


 少女の顔は、ころっと優しくなった。


「まんとさんよォ、あんたんとこの雇い主は、『じーゔる』子爵だろう?」

「どうしてそう思う」

「あァ、どこぞのじいさんがコソ泥女の親父を一喝したってェ聞いてたんでな」


 マントは精一杯のハッタリを口にしかけたが、往生際悪く粘ることは諦めた。ジーヴル子爵には、そこまでする義理などない。


「なァ、どう考えたってあんたは貧乏くじ引いてるぜ?」

「そうかもな……」

「それでも雇い主は裏切らねェと? 忠義者だねェ」

「何とでも言え」


 だんだんとマントは、目の前の人物が少女の顔をした何者かである、と認識するようになってきた。少女ではない、ベルティーユでもなく、マントの想像のつかない何者か。そう思ったほうがやりやすいと気付いたのだ。


 であれば、この何者かは、()()()()()()()()()()()()()()()()()。それを見極めなければならない。


 マントはおずおずと尋ねる。


「なあ、あんたは……ウジェニーを恨んでるだろう」


 ところが、忠次の返答はあっけらかんとしたものだった。


「いいや」

「嘘吐け、婚約者を奪った女を許しやしないはずだ」

「あんた、モテねェだろうなァ。あんなチンケな男、もらってくれてせいせいしたってんだ」

「……お嬢様の言葉じゃねぇぞ、それ」


 呆れつつも、マントは希望を見出す。これならば、ウジェニーは恨みを買わないで済むのではないか、と。


 同情を買うような真似は見苦しいが、ウジェニー(シャリア)のために足掻いておく必要がある。


 マントは柄にもなく、情に訴える。


「ウジェニー、いや、シャリアは金で自分を売って、ジーヴル子爵の養女になったんだ。親の借金を返して、裏社会から足を洗って真っ当な世界に行きたくてな」


 ——だから、あいつだけは見逃してくれ。


 そう言いたくて、そう弱みを見せてしまえばまた余計な面倒を引き起こすのではないかと思っていたところを、勘所のいい忠次に遮られた。


「ははん、惚れた弱みってェやつかね」

「うっ、何で分かった」

「で、かわいそうな女だから許せと? 悪いのは子爵で、あんたの思い(びと)は悪かねェ、と? そうは問屋が卸さねェだろうさ。舞踏会の衆目の前で、自分を派手に演出したくてあの男を掻っ攫ったんだろうが、それはつまり」


 正論にぐうの音も出ないマントが諦めかけたそのときだった。


 忠次は銃口を下ろし、レース編みの巾着にしまって、マントへ手招きした。


「こっちに来な」

「何だ、急に」

「悪党の企みに乗るってんなら、今よりゃマシな目に遭わせてやる」


 ニヤリと笑う少女のその顔は——マントはこう思った。


 ——どうせこのままじゃシャリアもジーヴル子爵に連座することは確定だ。なら、シャリアだけでも逃すためには、利用されつつ主導権を狙っていくしかない。この——ベルティーユというご令嬢を出し抜けなくても、こっちにつけばジーヴル子爵は出し抜けるはずだ。


 そして、それを忠次が見抜けないわけもなく、くるくると頭は回って事態の先行きを見通していた。


「まずは、姐さんに全部事情を話しな。それからだ」


 マントは黙って頷き、忠次の案内を受け入れた。

ゴリラは ちから つきた!

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