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第十五話 意気投合

 忠次とアレクサンデルが地下から出ると、吹き飛んだ扉と一緒に巻き込まれたであろう監視役の男が一人、白漆喰の壁際で倒れていた。すぐに忠次はその男の服を漁り、ナイフや銃を回収する。脱がせるのも面倒だ、とナイフで男の服を引き裂いて丸裸にして得られたものはそれだけだ。


 ナイフを無言でアレクサンデルへ渡し、忠次は銃を——一応の旧式であるそれは、改雷管式の回転式拳銃(リボルバー)だ。遠国で戦争が起きた際、新式の銃が開発されたため一気に時代遅れとなって売り払われ、プランタン王国の無法者にまで手に入るようになった安物だ。


 だが、その時代遅れのおかげで、銃を見たことがあるだけの忠次にも扱える。生前、そして先ほどの射撃動作を見ただけで、どうすべきかが忠次には分かる。アレクサンデルは、少女から今すぐ銃を取り上げたいと思っているような目で見ていたが、何も言わない。


「何だ!? 何の音だ!」

「くそ、出てこられたか!?」


 無数の足音が聞こえてきた。無遠慮な足音は、まさか自分たちが襲われる側だとは気付いていない証拠だ。


 忠次とアレクサンデルは続く廊下の角まで息を殺して辿り着き、待ち構える。互いに何の示し合わせもなく、やるべきことは決まっている。アレクサンデルは空き瓶の首を右手に握り、忠次は両手でしっかりと水平に構えた銃の撃鉄を起こす。


 飛び出てきた獲物を仕留めるくらいは、わけのないことだ。


 角を曲がってきたのは、鼻の削げ落ちた中年と赤ら顔の青年、それに小間使いのような長身のまだあどけない青年の三人だ。順にやってきた敵へ、顔面に空き瓶を、赤ら顔の額に風穴を、忠次とアレクサンデルは二人揃って死体を蹴飛ばし三人目に襲いかかる。


「ぎゃあああ!?」


 長身の少年は腰を抜かし、手にしていた骨董品のような燧発式(すいはつしき)の回転式拳銃(リボルバー)に差し入れた指を引いた。あらぬ方向へ貴重な銃弾が飛んでいき、射撃の衝撃で後ろに転げる。


「遅いねェ」


 そんなものに当たるほど不運でもなく、アレクサンデルはむんずと長身の青年の足を掴み、百八十度縦回転を加えて床に叩きつけた。歯だの血だの銃だのが飛ぼうと、誰一人気にしない。


 唯一息のある——それでも瀕死だが——長身の青年へ、忠次は銃口を向けて問いかける。


「お前んとこの親分はどこだィ?」


 もはや、長身の青年に抵抗の意思はなく、ただこの苦境から脱したいがあまり、正直に答えた。


「上、上だ、三階」


 災いのような敵から逃れようと答える長身の青年は、天井を指差す余裕しか残っていなかった。


 もともとは田舎から出てきて、ズブズブと酒場で出会った胡散臭い人々との付き合いをやめられずに入った強盗団だ。足を洗えばいい、命を賭けることなんてない——そんなふうに思っているのかもしれないが、それに関しては()()()()()()


 まさに不幸なことに、長身の青年の血まみれの顔に銃を突きつけているのはベルティーユ・ブランモンターニュではなく、忠次だ。


 長身の青年を利用する悪人は、一人ではない。その程度のこと、忠次には児戯にも等しい。もう少し長身の青年が若ければ、自分の判断に責任を持てない年齢なら、忠次も慈悲をかけたかもしれないが、もう遅い。


「ふうん。まあいい、馬鹿と煙は何とやらと言うが、上にいるんなら馬鹿正直に行く必要はねェな」

「え?」

「ちょいと手伝ってくんな」


 無知で傲慢な弱者は、悪人にどこまでも利用される。






 建物の中央には、すっかり寂れて穴の空いた螺旋階段があった。どうやら古くは裕福な家だったようだが、家主が没落して人手に渡ったためか、長年管理されていなかったことが漆喰壁の亀裂や雨漏りの大きなしみ、床材や木製の手すりの腐り具合で分かる。


 忠次たちはやっと地上に出たものの階下での銃声を聞いてか、すでに増援が数人差し向けられてきたが、アレクサンデルが問題なく片付けた。やはりまともに喧嘩をやれば、アレクサンデルに敵う人間はそうそういない。片手で成人男性を持ち上げて壁に叩きつける圧倒的な膂力、タイミングよく敵の懐へ入り込む度胸、経験に基づく冷静な判断力、どれもアレクサンデルが只者でないことは一目瞭然だ。


 しかし忠次は、外套の男らはそれを知っていて銃を持ち出し、急襲してベルティーユとアレクサンデルを誘拐したのだという事実から、これ以上はまともに外套の男たちとやり合う気はなかった。そもそも戦いは数だ、二人と十人以上ともなれば、いくら武器があってもやり合うべきではない。普通は逃げることを優先して考えるべきだ。


 だが、逃げるためにはここを拠点とするやつらを、追いかけてこられないように痛めつけておかなくてはならない。


 忠次はアレクサンデルを手招きし、作戦を耳打ちする。


 アレクサンデルは表情ひとつ変えず、指示どおり動きはじめた。叩きのめした男たちから聞き出した、()()()()()()()()()()()()()()()()()。銃を常用しているのなら必ずそれはあり、忠次が奪った改雷管式の回転式拳銃(リボルバー)も火薬と雷管、弾丸を別々に用意しなくてはならないものだ。たとえどんな形の銃を使っていたとしても、銃弾(それら)を抜きにして銃は扱えない。


「ありました、火薬です。これを」

「えェ、いい感じにばら撒いてきてください。こちらはお任せを」

「分かりました! 無理はなさらず!」

「もちろんですわ」


 火薬の入った頑丈な帆布製の袋をいくつも担ぎ、アレクサンデルは走り出す。要領を心得ているアレクサンデルなら、往復して()()()な場所にばら撒いてくれるだろう。


 忠次は猿轡を噛ませて連れてきた長身の青年を解放して、螺旋階段の下に送り出す。


「も、もういいだろ、俺は」

「あァ、全力で喚いてくれりゃァ殺しはしねェ。約束してやるよ」

「ほ、本当か?」

「何なら一発喰らわしたほうがいいか? 鬼気迫って見えるぞ?」

「い、嫌だ! やめてくれ!」

「なら、上手くやってくれや」


 そんなやりとりののち、長身の青年は、最上階まで声が通る螺旋階段の下で、精一杯喚いた。


「ひいいい! マントさん! マントさん、助けてくれぇ! 死んじまう!」


 長身の青年は床に崩れ落ちつつ、必死で叫ぶ。


 さすがに仲間の悲鳴は堪えたのか、送り込んだ部下が帰ってこないことを知っているだろう首謀者——マントたちも、声を返した。


「どうした! 何があった!」

「アレクサンデルが暴れてんのか!?」

「急いで来てくれぇ! 頼む、もうみんなやられちまったんだ!」


 長身の青年は、本心からマントの助けを望んでいたのだろう。叫び、喚き、呻きつつ立派に()の役を果たした。


 螺旋階段の上階から、何人かの顔が覗いた。上からは見えない位置を取っていた忠次はしっかりと確認する。


「あれか」


 忠次に戸惑いも躊躇いも何もない。


 奪った銃口を向け、ありったけの銃弾を叩き込む。吹き抜けにけたたましい銃声と壁や金属部分に当たって跳弾する甲高い音がこだまし、それでも他の奪った銃や火薬庫で手に入れた分まで、最上階に向けて撃ち続ける。


 とはいえそれも五分と続かず——そしてその五分と余韻の時間が、忠次は稼ぎたかったのだ。


 白色の煙と硝煙の匂いが充満した、半壊状態の螺旋階段には、長身の青年の呻きや上階からの怒号が聞こえる。忠次は銃をすべて放り出し、戻ってきたアレクサンデルと合流する。


「退散です、あれく様」

「了解だ!」


 ここは一階、どっからでも外に出られる。手近な部屋の窓から二人は脱出し、その前にランプの蝋燭を絨毯やカーテンに触れさせ、置き土産の火を放った。


 忠次の計画を把握したアレクサンデルが、すでに各所で上手くやってくれている。


 そう——この家を、爆破するには十分すぎるほどに。






 脱出とほぼ同時刻。


 マントは最上階から、やっと螺旋階段の下に降りた部下たちを煙たげに眺める。焦げ臭く煙の立ち込めた一階は、見通しが悪い。


「あのガキ、どこに」


 咳き込む男たちは、前がよく見えない。長身の青年を抱え起こそうとする者はなく、みなバラバラの旧式の銃を構えて警戒していたが、マントは異常事態に気付いた。


 だが、もう遅い。それを悟ったマントは、部下へ全力で叫んだ。


「てめぇら、今すぐ外へ出ろ! それか窓から飛び降りろ!」

「え?」

「早く! 死にてぇのか!」


 それから数秒と経たないうちに、火は火薬に燃え移り、各所で連鎖的に爆発が起こる。


 濛々と立ち込める煙、地響きのような爆発音、それらは王都を騒然とさせた。

これ恋愛だっけ?

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