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97.手紙と相談⑥

「この暗殺人形は、サンプルだ。ちょっとした闇取引で入手した。入手経路は教えられないが、人形自体はキルネル国では珍しいものではない」



ユリウスは取り出した黒い靄を纏った木製人形を机の上に無造作に置いた。



「あ、危なくないんですか?!」


「これはキルネル国内でしか動かない仕組みになっている。エアルドラゴニア国内では動かないから問題ない」



ユリウスが言うように、人形は机の上で動く様子はなく、置かれたままの状態で机の上に転がっている。

しかし、ユリウスの言い方からして、動いたら問題になる物なのではないだろうか。

それに、人形に巻き付くような黒い靄は微妙にうねっているように見える。



「でも黒い靄が・・・」


「闇属性を纏っているから黒い靄が見えるだけだ。動かなければ、闇属性の魔石と同じ、ただの闇属性の木製人形だ」



そうか・・・黒い靄だからなんだか不気味に見えるけど、色自体は不気味でもな何でもないのか・・・

私は黒い髪の毛や瞳に対して忌避感はないし、むしろかっこいいとは思うけど、黒い靄を不気味に思っちゃうのは『前の世界』の悪霊とかのイメージがあるからかもしれない。



「暗殺人形なのに珍しい物じゃないってどういうことですか?」


「ローキはどうだ?」



「珍しくない木製の人形・・・そうか。キルネル国では警備人形と言われていませんか?」




「正解だ。キルネル国は、元気な輩が多い国で、夜に問題を起こす人間をいちいち対応していると人手が足りないらしい。そこで、夜に街を徘徊して悪事を働く人間を捕まえる人形を王宮管理のもと、毎晩国内に放っている」



「でも、私が知っている警備人形と形状が違います。警備人形はもっと人間に近い形だったはず」


「そうだな。これは警備人形になる前の人形。この木製の人形を人間に近い形状に加工したものが警備人形になる」



よ、よかったぁ。

いずれ旅でいろんな国を歩いて回りたいのに、こんな不気味な人形が夜を徘徊していたら、キルネル国の夜は怖くて歩けないところだったよ。

いや・・・それ以前に警備人形がないと人手不足になるほどの国だから、そもそも治安悪くて夜歩けないか。



「じゃぁ、それが暗殺人形って言うのはどういう意味なの?まだ未完成品なんでしょ?」

「未完成品を、暗殺用に改良したものだ」


ダメ進化しちゃった人形なのか・・・



「まぁ、暗殺人形も、キルネル国では珍しくない」


「えっ」



「さっき言っただろう?この人形は王宮管理のものだ。あの国は暗殺がお家芸と言えるほど日常的に行われている」


「そ、そんな当たり前みたいに言わないでください!暗殺がお家芸の国って怖すぎるじゃないですか!!ローキも知ってた?」


「何を怒ってるのか知らないが、キルネル国が武力を基準に物事を考える危険な国という事は知っています」



ローキに指摘されて気が付いただが、私はどうやら怒っていたようだ。


暗殺やら治安が悪い国なんて、この世界にあってほしくなかった。

ルーファの授業ではまだ他国について詳しく教わっていなかったし、他国との戦争も100年以上起きていないから、現状はてっきりエアルドラゴニア国同様に他の国も割とホワイトな国だと思っていた。


しかも武力が基準って何?

武力は基準にしちゃだめでしょ。

挑んだり、競う気持ちは大事だけど、武力じゃなくてもいいでしょ!



「あの国は、とにかく力でなんでも決めたがる。王族が気に入らない国民に暗殺人形を差し向けて、生き残れば無罪。死ねば有罪。あの国の国民はこの暗殺人形程度に負ける人間は生きていけない」


「・・・なんでキルネル国はそこまで力にこだわるの?」


「簡単に言えば、歴史がそうさせた。奪い奪われ、武力で維持するしかなくなった。詳しくはルーファに聞け」



歴史がそうさせた・・・さっきまで心のなかにあったモヤモヤした怒りが小さくなるのを感じる。


もし、生きるためにしたくもない選択をしているのであれば、それは他国の人間が安易に突っ込んでいい話じゃない。

『前の世界』にいくらでもあった・・・1人ではどうすることも出来ない、積み重ねられてきた歴史の因果による戦い・・・



「アリステア様、何を考えて今度は泣きそうなんです?」


「なんでもないの・・・ただ、戦いがなくなればいいって思っているだけ」


「アリステアは争いごとは嫌いなのだな、ならばファクタ国と相性が良いだろう。あそこのエルフとドワーフは争いが嫌いだ」

「そうなの?エルフやドワーフって強そうなイメージだけど」



「魔素保有量は人間の数倍はあるし、自分の身体より大きく重い物も持ち上げられるほど力強いが、それを暴力として使うことを忌み嫌う。その行為が自分の力を弱めると考えている種族だ」


「実際に弱まるの?」


「いや、その実験の記録がわずかだがあって、他者に暴力を振るっても保有魔素量と筋力に何も影響はなかった。しかし、罪の意識が強すぎて、精神的なダメージが本人を弱らせるらしい。つまり信仰心のようなもので・・・」



「ユリウス様、アリステア様。話が脱線しています。この人形はキルネル国、王宮管理の暗殺人形で間違いないということですね」


つい話がそれてしまったが、今は襲撃事件の真相の方が大事だ。

この世界の安全性と危険性は大人になるまでに把握できればいい。



「この机の上に転がっているのはサンプルだが・・・形状や性質が同じであれば、間違いないだろう」


「私が見たものと大きさ以外は同じです。私が見たのは、アリステア様より少し大きいくらいの大きさでした」


「そうか。大きさは色々変えることができるらしいから、それ以外が一致するなら間違いないな。私が知る限り、勝手に動いているように見える黒い靄を纏った人形はこれだけだ」


「でも、これって、ユリウスみたいに形状とかを知っていたら誰でも作れるんじゃない?」


「無理だな」

「無理ですね」


え、ハモるくらい普通のことなの?



「アリステアは魔素の性質が見えても感覚的に感じることはまだできないから仕方がない。巻き付いている黒い靄は闇属性の魔法で、魔法を組み込んだ術者の独特の性質を感じる。だから人形の形状はマネできても、性質は同じにできない」


「そうなんだ・・・あ、そういえば、なんで私とユリウスはこの黒い靄を纏った木製人形がみえるの?ルもが・・・・」


話の途中でローキに手で口をふさがれた。

ローキの無言の目が「黙れ」と告げている。



黒い靄を纏った木製人形を見たのは、スーア族のローキとシキだけ。

だから私とユリウスが木製人形がなぜ見えたのか不思議に思ってついそのまま疑問を声に出してしまった。


見える見えないの話をすると、スーア族の条件を話さないといけなくなってしまう。

せっかく気を付けて『黒い靄を纏った人形が勝手に動くってことがあるのか』ということだけ手紙に書いたのに、台無しにするところだった。


自分がやらかしてしまったことに青くなっていると、ユリウスがため息をついた。



「ローキ、手を離してやれ、アリステアが窒息する。非常に興味があるが、今のは聞かなかったことにしよう」


「完全にふさいだわけじゃないので息はできています・・・今の話については、そうしてくださると助かります」



ローキの手からは解放されたが、微妙な空気になってしまった。

どうしようと思っていると、ユリウスがごそごそと革袋から紙束を取り出した。



「この暗殺人形についての資料だ。人形の仕様書と、私が過去に行った実験結果をまとめてある」


「・・・いいのですか?」



ローキは紙束をユリウスから受け取りまがら、怪しいものを見るような目でユリウスを見ていた。



「入手経路について詮索せず、今回の件が解決したら人形は返してくればいい」

「それだけですか?」


「手紙の商品化が実現させる為ならこれくらい安いものだ」


「・・・旦那様と奥様にお伝えしておきます」



ユリウスとローキが話しを進めてくれているが、私は自分のうっかりが、うっかりで許されないレベルだったことがショックで顔を上げられないでいた。


『前の世界』では会社の機密事項を社外で話さないとか、自分だけが知るであろう友達の話を他の人に話さないことはできていたはずなので、スーア族のことも秘密にできるとおもっていたけれど、全然できなかった。


スーア族のことは、連想されるような表現や事象そのものも伝えることが許されないレベルの内容だったのに。



―――ポンポン


顔を上げると、ローキが私の頭を軽くたたくとそのまま撫でた。


「お前のできないことをやるために俺がいる。俺を含めてお前の力だ。だから俯くな」


ローキの優しさが痛い。

ちゃんと気を付けられるようにならないと。



「なるほど、将来アリステアが私の助手になれば、ローキも俺の助手になるのか。楽しみだ」


「私も、アリステア様のあなたの助手にはなりません」



「さて、どうかな」



ユリウスはとぼけた感じでローキの話を軽く流し、再び革袋の中に手を突っ込んだ。

次に出てくるのはなんだろうか。


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