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92.手紙と相談①

「よしっ書けた・・・あとは封蠟をして」



溶かした蝋を封筒の上に垂らして、『サクラと三日月』の印章を置く。


「うん。いい感じの形にできた。乾いたかなぁ・・・・えっ」



封蠟が乾いたか確認するためにそっと触ったとたんに手紙が消えた。

身体の中を流れる『何か』が、指の先から封蠟へ流れたのを感じた。


特性のペンを使っている時にも体内の魔素を使っているはずだが、ごくごく微量なため普段使用していても魔素の流れに気づくことはない。

この封蠟はペンよりも使う魔素の量が多いのだろう。



「・・・血の流れににてるね。献血とか、血液検査の時に血を抜かれた時の感覚に似てるんだ」


身体はまだ7歳だから魔法を使うことはできないけれど、魔素の流れを感じると魔法を使った気になれる。



「ユリウス・・・返事くれるかな」



授業で会えるし、いろんなことがあったので後回しになっていた手紙。

こちらの事情で使わなかったのに、身勝手にも、すぐに返事をくれるのではないかと期待してしまう。






今日、夕食を食べ終わるとお母さまの部屋に来るように言われた。

そこで告げられた内容は、私にとって衝撃だった。



「アリステアちゃん・・・ルドリーの件でお話しておかなきゃいけないことがあるの」


お母さまの美しくも憂いをおびた表情から、嫌な予感がした。




「昨夜、見張りの人が襲撃を受けてしまったの・・・」



・・・襲撃?



「本当は子どものあなたにこんな話をしたくはなかったのだけど、状況が状況だから聞いてちょうだい」


「・・・はい」



ルドリーの見張りにつていたのがシキの両親であったこと。

交代のタイミングに襲撃があり、命に別状はないないけれど、軽傷ではないこと。

傷口の状態から、襲撃してきたのは人間ではなく、おそらく魔獣や獣人族の可能性があること。


昨夜、ルドリーは襲撃後も布団をかぶったままだったが、今日の夜、布団から出てきたこと。

そして・・・見張りをしていたスーア族でローキの父親であるタロスさんの目には、ルドリーの姿は事前資料と一致した人の姿で見えたそうだ。



なんで・・・どうして・・・



頭の中がショートしたように上手く考えがることができない。


襲撃という言葉は、『前の世界』では身近に感じることはほとんどなかった。

自分の住んでいる地域で強盗事件や殺人事件が起きた時に、不安を感じることはあったけど、幸いなことに近親者や友人が巻き込まれたことはなかった。

そのせいか、不安や恐怖心は一時的なもので、時の流れと共に薄れていくものだった。


しかし、今、この世界で私の『影』であるシキの両親が襲撃された・・・?

命の別状はなくとも大けがを負ったと?


なんだそれは。



私の『前の世界』の死因と思われる交通事故とは全く違う。

傷つける意思を持つ何者かがシキの両親を襲ったのだ。


スポーツなどで傷つける意思はなくとも、不意の衝突で相手に大けがを負わせてしまうこともある。

それとも違う。


攻撃的な野生動物と遭遇してしまい、攻撃を受けていしまう。

これも違う。



『前の世界』で自分や身近な人物の経験から聞いた話の中から、他人や動物から受ける大けがを想像してみたが、どれもと違った。



人間、魔獣、獣人族・・・何者なのかはわからないけれど、そこには明確な敵意を持った何者かが現れ、私の身近な人間を傷つけたのだ。


ホワイトな世界だと思っていたこの世界で起きた事件。

傷ついたのが身近な人間ではなくても、この事件を聞いただけで、きっと私は衝撃を受けただろう。




「シキの・・・ご両親・・・シキ・・・」



「アリステア様」



いつ現れたのか、シキが私の座る椅子の隣に立っていた。



頭で考えたわけではない。

身体が自然と動いて、私はシキに向かって手を伸ばしていた。



「アリステア様、両親は安静にしていれば問題ありません」



シキは私の伸ばした手を、そっと包むように握り、私をなだめるような優しい声で語りかけてきた。


本当は、私が何かシキに声をかけなきゃいけないのに何を言ったらいいかわからない。




「・・・ごめんなさい」

「アリステア様が気にかけることではございません。襲撃者は、必ず私が捕えます」



分かっている。

今私がかけるべき言葉は謝罪ではない。

悪いのはシキの両親を襲撃した犯人なのだ。


しかし、シキの両親が襲撃された原因はルドリーの見張りで、ルドリーとシキの両親をつないでしまったのは私だ。

主として・・・なんて自覚はないけれど、私が関係していないわけがない。


私の目線に合わせるように、隣にしゃがむシキの瞳は、優しさを感じる声音と違って、怖いと感じるほどの力強い光があった。


その光に、私は不安を抱く。



人が何かを決意した時、こういう光が目に宿る。

まっすぐに向かうべき先を見定め、突き進む力を発揮する。


しかし・・・その力は危うさも伴う。

それは、肉体や精神の疲労が蓄積しても、本人は意識できなくなること。


心身がボロボロになって、動けなくなるまで突き進み、完全に壊れてはじめて、己の異常に気づく。

そんな人々を、『前の世界』ではよく見かけていた気がする。



「シキ、襲撃者は私にとっても大事な人である、あなたの両親を傷つけました。あなたと共に私も襲撃者を捕えます」

「アリステア様、両親を気にかけていただけたことは感謝いたしますが、それによりあなたが危険にさらされては意味がありません。その優しいお言葉だけで、我々は救われるのです」


「もちろん、自分で危険な場所に行ったりはしません。でも、出来る事は必ずあるはずです。だから、私は私のできることをして、シキと一緒に犯人を捕らえるのです」

「・・・・・・」



大人の身体と比べて、物理的な戦闘も魔法もつかえない7歳児の身体では何もできないに等しい。

しかし、シキにできなくて、私にできることはある。

何よりも、危うい光を宿したシキを1人にしたくはなかった。


今後の対策はタータッシュさんやタロスさんが行うはずだから、シキが単独で暴走するなんてことはまず起きないだろうし、させないと思う。

それでも、大事な人に『あなたが大事だ』と伝え続ける言動は、どんな世界でも必要だと思う。




「シキ、お前と俺がアリステア様の戦力であり盾だ。お前ひとりで勝手に行動するなよ」


「・・・わかっている」



ローキがシキとは反対側の私の隣に立ち、堅い表情でシキに声をかけた。

きっと、ローキもシキの危うさを感じたのだろう。



「アリステアちゃん。今回の事は、アルフェが動くの。正直に言って、あなたにできることは少ないわ。私があなたに話をしたのは、状況を知らずに危うい行動を取ってほしくないからと、襲撃を受けたのがあなたの『影』であるシキのご両親だからよ」


「わかっています、お母さま。それでも、考えて行動することは大事だと思っています」



お母さまが、何も知らないことで危うくなることを防ぐために、私に話してくれたことは分かっている。

心配の種を増やしてしまうことは少々心苦しいが、お母さまも『できることはない』とは言っていない。



「・・・そう、確かにそれは大事よ。でも、あなたが危険になれば、それ以上にあなたを大切に思う人々を危険にしてしまうことは覚えておきなさい。そして、『影』は弱くはないけれど、無敵でもない。忘れないで。決して無理をしてはダメよ」


「はい」




私はシキの手に包まれたままの自分の手を引きぬき、シキの大きな手を握った。


「私と共に戦ってくれますか?」

「・・・この身のすべてをかけて」



すこし、卑怯な言い回しになってしまったが、これでシキの中に、1人ではないという意識が芽生えてくれたらいいと思う。



私はこの世界でのんびり暮らしたいのだ。

憂いなく、皆で笑いながら。



だから、こんな襲撃なんてお呼びではないのだ。

乙女ゲームや、悪役令嬢のざまぁを警戒していたけれど、こんな幼少期の段階で物騒な展開が待ち構えているなんて思ってなかった。

異世界転生ものなんかでは、こういう事件的イベントは、将来の主人公や取り巻き立ちのトラウマになったり、関係を構築するための布石として展開されるものが多かった気がする。そして、メインストーリーの過去語りで出てくる部分だろう。


将来のヒロインやヒーロー、悪の親玉になりうる存在との遭遇することは避けつつも、ホワイトな世界を守らねば!

悪の芽は早々に引っこ抜いてやる!!






そう決意して、私がまずとった行動は『ユリウスに手紙を書く』だった。


今回の件を、伝えてもよさそうな範囲考えながら手紙に書いてみた。

私にしかできないことは、私が直接行動するという意味だけではない。


お母さま、お父さまには立場上できないこと。

それは、ディルタニア家以外の人の協力を得ること。



知恵はあるだけあった方がいい。

ユリウスなら、ディルタニア家の考え方とは違った角度から意見を言ってくれる気がした。



「スーア族のことを伏せながら、今回の件の詳細をどこまで伝えられるかがカギだね・・・」



消えてしまった手紙があった場所を見つめていると、そこに突然手紙が現れた。



「え?!なにこれ!手紙が戻って着ちゃった?!」



慌てて手紙を手に取って問題がなにか確認しようとしたら、封蠟が違うことに気が付いた。



「これは・・・4枚羽のカラス?」



虫眼鏡型判断鏡を取り出してみてみると、『ユーリ』の名前が浮かんだ。



「ユリウスからの手紙!!もう返事が来たの?!すごい!さすが!!」


私はそのままの勢いで封筒の封を開けて、中に入った紙を取り出した。




『 アリステア 手紙は簡潔に丁寧に書くように。文字の練習をしなさい。手紙の内容は授業の時に詳しく聞く。 ユリウス 』



「・・・文字の練習」



私は文字が書けるようにはなったけれど、確かにまだきれいな文字とは言い難い自覚はあった。

しかし、ユリウスの流れるような美しい文字に指摘されると、自分の文字の下手さが倍増した気がした。


初手から自爆した感じはあるけれど、ユリウスに話を聞いてもらえるのは心強い。

ユリウスに会えるのは、明日だ。



ならば、次の手も打っておこう。



私は小型通信鏡を取り出した。


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