90.閑話シキ②
なんで・・・お前が・・・
そこには、いるはずのない奴がいた。
『主従の仮約束』をした日の夜、オルガの執務室に呼び出された。
やはり・・・と思った。
執務室には俺も他にミルーとシルルの双子がいた。
ミルーとシルルとは、直接手合わせはほとんどしたことはないが、格闘、魔法両方とも優れた才能を持っていたはず。
知識方面は・・・2人ともなぜか食に関することに偏りがちだと聞いたことがある。
2人は他人に関心が低いのか、単独行動の指示がないかぎりいつも2人で行動していた印象だ。
その双子が平静を装ってはいるが、高揚しているのが分かる。
俺もそうだ。
直接主に仕えることができるのは、限られた人だけだ。
他の人間は公爵家という家に仕え、主は当主になる。
しかし、当主と直接話すことは出来ずに一生を終えることがほとんで、仕事は自分の部隊の上役の指示をこなすだけ。
成人と卒業で何事なく鍛練区域を出る時に、実力が認められた場合のみ、『影』となることができる。
『影』になることは、当主と直接話すことは叶わずとも、尊顔を拝する栄誉がある。
さらに上位であるディルタニア家の人々に直接仕える部隊がいるが、その選出方法は秘匿だったが・・・まさか見学者に紛れて直接選出されるとはな・・・
『影』になれれば良いと思っていたが、こんな機会に巡り逢えるなんて・・・この上なく幸運だ。
運など当てにしたことはなかったけれど、今回はその運に感謝した。
俺はどうやら、生まれ持った才能も運も良い方のようだ。
オルガより、本日をもって鍛練を終了すること、明日からティアという少女・・・いや、ディルタニア公爵家の次女、アリステア・ルーン=ディルタニアに仕えることになると言われた。
予想はしていたことでも、オルガから言われたことで震えるほどの喜びと共に実感した。
声をかけられた順番で考えれば、俺が専属護衛になる可能性もあったが、明言されなかったことは気になった。
・・・もしや、アリステア様より直接指名いただけるのか?
そうなれば、俺の人生は特別なものになる。
両親や家からの期待以上のものに。
『影』に必要な資料、アリステア様に関する資料を渡され、身の回り物を整理し、移動する準備して明日に備えるようにいわれて解散となった。
翌朝、高まる気持ちを抑えながら集合場所で待機していると、いるはずのない人物がアリステア様と共に来た。
その姿を見た途端・・・頭を殴られたような衝撃と嫌な予感がした。
アリステア様の本来の姿は、まさに神の子。
儚げな印象だった薄い紫の髪に、薄い黄色瞳の色合いとは異なり、本来の金色に輝く髪と、新緑色の瞳は力強く、圧倒的な『主』として威厳を感じた。
美しいという言葉では足りない・・・
衝動的に膝まづきたくなる。
俺の主は・・・一体何者なんだ?
知識では知っていても、ディルタニア家の人々の姿は卒業まで知ることを許されていない。
アリステア様だけが特別なのか、ディルタニア家の人々が皆、このような存在感を持つ人々なのだろうか。
だからスーア族はディルタニア家の人々に仕えることを選んだのだろうか・・・
「オルガ、今後の対策は後で考えるとしましょう。本館の皆様もアリステア様をお待ちです。『影』達への説明は済んでいますか?」
「はい、タータッシュさま。説明は済んでおります。3人とも、前へ」
タータッシュ様とオルガの会話が聞こえてきて、嫌な予感が現実となった。
やはり・・・俺たち3人が『影』なのか?
確かに昨日渡された資料は直接主に仕える『影』用の物だったし、専属護衛とは言われていない。
でも、専属護衛と影の基本は同じだ。
もし、この場で専属護衛を任命されても3人ともこなせる実力も知識もある。
くっ・・・
取るべき行動も、言葉もわかっている。
しかし、認めたくなかった。
直接主に仕えることのできる『影』でも十分・・・のはずだった。
でも、目の前に・・・アリステア様のその隣に立つ男の意味。
なぜ、お前がそこに立っているんだ。
そこは・・・俺のはずだったのに・・・
1秒にも満たない、一瞬の思考。
指1本にもそんな思いが出ないように身体に集中してアリステア様の前に膝まづく。
いつか・・・俺だけの主に・・・
ほの暗い想いが溢れる前に心に蓋をした。
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