84.それぞれの思惑①
―――――ガタガタ
「ルドリー、アリステア様とどんな話をしていたの?」
「店長・・・作成していた肩掛けをお渡して、蝶のデザインがお好みに合うか確認しただけなのですが・・・何か誤解があったのかもしれません」
馬車に乗ってディルタニア家の敷地を出るころ、店長が心配そうに声をかけてきた。
「そうよねー・・・肩掛けの出来は献上品としては申し分ない出来だったのは確認していたし・・・次の訪問までに誤解が解けていればいいのだけど」
「はい・・・アリステア様と会えなくなってしまうのは・・・残念なので」
「きっと大丈夫よ」
自分の認識と差がないことを確認できてほっとしたのか、店長は気にするのをやめたようだ。
ディルタニア家のような大口のお客と問題があれば、あっという間にお店はつぶされてしまう。
しかし、気分屋な貴族の言動を細かく意識しすぎても意味がないのは分かっているのだろう。
「あ、糸屋さんに寄りたいので、途中で馬車から降ろしていただけますか?」
「糸屋さん?」
「はい。珍しいものが入荷したと聞いたので」
「ふふっ、あなたは本当に人付き合いが上手ね。いつのまに糸屋さんと仲良くなったの?」
「アリステア様用の金の糸で相談したら、色々教えてくれたんです」
―――コンコン
「止めてちょうだい」
「店長、ありがとうございます」
「遅くなる前に帰ってきなさいね」
「はい!」
店長は贔屓にしている糸屋さんの近くで御者に指示を出し、馬車を止めてくれた。
―――ガチャ
ガタガタ・・・・
「ふぅ・・・」
「ルドリー様、いかがなさいましたか?」
「もう・・・話かけるのがはやすぎ。裏路地で話そう」
足もとで小首をかしげる黒ねこに目を向けずに、糸屋の脇道から裏路地に入る。
「次は鳥を選ぶんじゃなかったの?」
「逃げられてしまいました」
「ふふっ、だろうね」
見た目だけは可愛い黒のねこ。
おもわず撫でたくなるのに、野太い声がその気持ちを萎えさせる。
「・・・ルドリー様」
「あーあ・・・この格好結構気に入ってたんだけどなぁ」
「まさか、気づかれたのですか?!」
驚いているんだろうけど、猫の姿では目が真ん丸になっているだけなので、緊張感はない。
「みたい。ほんと・・・なんでだろ。この力は僕だけのものだから、クラウン級でも見破れないはずなのに。君の目に綻びは見える?」
「いえ、まったく・・・」
「だよねー・・・」
「いかがしましょうか」
「さすがにこのままではいられないから、ルドリーは断念だね。本物のルドリーの手配よろしく」
「承知いたしました。ストル国の科学者と早急に連絡をとります。しかし、身体の解凍と記憶操作に少々時間が必要かと思われます」
「うーん・・・3日でお願いって伝えて」
「・・・伝えてはみます」
「ストル国の全身冷凍保存技術ってすごいよね。たしか人以外も成功してるんだっけ?」
「はい。まだ実験段階ですが、成功しているそうです」
「そっかぁ。次はどうしようかな・・・同じ様な人型の人形だと気づかれそうなんだよね・・・」
「いったい誰に気づかれたのですか?ディルタニア家の当主ですか?」
「当主だったら、野生のカンみたいなものだろうって予測できるけど、違うんだよね。アリステアの新しく専属護衛になったローキってヤツと、姿と気配は消していたけど『影』が1匹いたからそれも気づいてそう。僕の姿に驚いたのか、揺らぎを感じたから・・・2人とも優秀だ」
「しかし・・・ただ優秀と言うだけで、ルドリー様の力が見破られるとは思えません。スーア族ならまだしも・・・」
「・・・ダメだよ。その種族は滅んだんだから、名前もいっちゃだめ。僕たち王族が大っ嫌いな種族なの忘れちゃった?」
「も、申し訳ございません」
「超人的な力と魔素をもつ伝説の種族とか言われてるけどさ・・・それだけじゃない事、知ってるよね」
「は、はい」
「僕たち王族の天敵、特殊能力すら見破る力・・・ほんと生意気。そんな奴ら生かしておくわけないじゃん」
「っ・・・は、はい」
「あ、ごめん、ごめん。ちょっと威圧が出ちゃってたね」
「はぁ、はぁ・・・私の失言をお許しください」
いけない、いけない。
可愛い黒ねこをぺちゃんこにしてしまうところだった。
簡単に生き物は死んでしまうから、ちゃんと制御しないとね。
「ふふっ。でも、不思議なんだよねー。ローキって奴・・・邪魔だな」
「消しますか?」
「あはは、君だと殺されちゃうよ」
「・・・・・・」
「あ、珍しい。怒った?」
「いえ・・・ご命令とあらば、この命に代えても成し遂げて見せます」
「忠義は嬉しいけど、君は僕の大事な手駒なの忘れないで」
しょんぼりと項垂れた黒ねこは可愛いけど、その中身が身長2メートル越えの大男だと知っていると微妙な気持ちになる。
「うーん・・・大っ嫌いな種族で思い出したけど、血の力ってことならもう1つ可能性がなくはないけど、あれは役立たずだし、ローキはその一族じゃない」
「他の血の力?」
「ん?昔、大っ嫌いなその種族に対抗する力を得ようとして、王族がその種族の人間をいじって作った一族いたでしょ。能力はまぁまぁだったけど、頭が悪く育っちゃたから捨てた一族」
「・・・・・たしかにいますね。生き残りが。確かに力はないと聞いています」
「だよね。うーん、うん。そうだな・・・やっぱり僕自身がにローキと『影』についても調べるよ。アリステアのもっとそばで」
「どのような方法で?」
「ちょっと実験しなきゃわかんないから、まだナイショ。ストル国の科学者さんたちによろしくね」
「承知いたしました」
建物の影の闇に姿を消す黒ねこを見送ると、僕は糸屋さんに入った。
僕の最後の刺繍。
アリステアに贈るなら糸から特別なものを選ばないとね・・・
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