73.家族と専属④
――――カリカリ・・・
ふぅ・・・・
このノートに書くのも久しぶりだなぁ・・・
黄金のグリフォンの羽根を使った私専用のペンと私だけが開くことができるノート。
保温保冷マグカップからは暖かそうな湯気が立っているし、ランスにもらった木製の宝石箱の中には小型通信鏡や誕生祝でもらった国宝級のプレゼントが入っている。
入りきらないものは、収納魔法がかかった革袋の中。
この世界に『私』のものが増えていく。
そして、今回私の専属護衛と『影』という繋がりも増えた。
任命式の後のことを思い出しながらノートに記録を綴っていく。
任命式が終わると、お父さま、イデュール兄さま、サラ姉さま、レオナ兄さまと執事のクリークが応接室を出て行った。
私も部屋を出ようとしたが、お母さまに止められた。
「アリステアちゃん達は残りなさい。今後について少し話をしておきましょうね」
「奥様、お茶の準備ができました」
「アリステアお嬢様もこちらへ」
声のする方へ向くと、さっきまで何もなかったところにテーブルと椅子が2脚、お茶とお菓子が用意されていた。
いつの間に・・・
ルーリーとリナに促されて椅子に座ると、ローキと『影』3人は私の後ろに、タータッシュさん、タロスさん、スタンはお母さまの後ろに立ち、ヒルデとルーリー、リナは給仕として控えた。
「まずは服装、戻していいわよ。アリステアちゃん、皆に指示をして」
「服って・・・ローキ達の?」
「そうよ。『影』の子達はこれから仕事着として着ることになるけど、ローキ君の服は正装みたいなものなの。ルドリー達に近々来てもらって普段用は別に用意しましょう」
「そうなんだ・・・」
みんなかっこいいのに・・・
もっと見ていたかったが、ここでごねるわけにはいかないので、残念に思いながら指示を出した。
「みんな、服の魔法を解いて」
「「「「はっ」」」」
私の指示に応えると、みんなブローチに手を当てながら呪文を唱えて元の服装に戻った。
「まずは・・・アリステアちゃん、無事にあなたに忠誠を誓う護衛を見つけられたわね。『影』も3人・・・優秀な子達と報告を受けているわ」
「お姉さまや、お兄さま達も『影』はいるの?」
「もちろんいるわ。でも皆1人ずつよ」
「え、もしかして3人はダメだったの?」
「ふふっ。いいえ、決まりはないわ。最近は専属護衛と『影』が1人ずつになることが多かったけれど、昔はもっと多くの『影』を率いている方が多かったという記録があるわ」
「昔?」
「争いが日常的にあったころだから・・・100年以上前のことよ」
争いが日常的・・・今がそんな時代じゃなくてよかったぁ・・・
人数制限がないとは言え、普通1人とか、事前に知っておきたかったよ。
「それで、さっきアルフェが言ったように、皆の今後、教育と活動について話し合っておかなきゃね」
「今後・・・そういえば私、専属護衛と『影』がどんな仕事かよくわかってないかも・・・専属護衛は護衛でしょ?で、『影』は情報収集が主な仕事だと思ってたけど、他にも色々なことするの?」
「そうね・・・まず、専属護衛の仕事は護衛だけど、基本的には誰よりもそばでずっとあなたのことを守る存在で、仕事・・・というより、護衛として生きると言った方が正確かしら」
「・・・護衛として生きる?」
「ローキ君の部屋はアリステアちゃんの続き部屋になっているお隣に用意しているわ」
「隣?!続き部屋?!」
「王家へ行くときみたいに制限がされないかぎりは、屋敷の内外含め、行動は基本的に常に一緒よ」
「常に一緒・・・」
「ローキ君は、自分よりもアリステアちゃんを優先して生きていくことになるわね」
「・・・」
「何か問題がおきれば命をかけてあなたを守る存在。それがローキ君よ」
・・・・・・・あれ?
私・・・もしかして、ローキの人生を奪っちゃってない?
お母さまの話を聞いていて、徐々に血の気が引いてきた。
分かってると、理解していると思っていたけれど、本当の意味では理解できていなかったのかもしれない。
専属護衛になってくれたことも、一緒にいられることには嬉しいけれど、それは守られる側の私側の感覚であって、守る側からしたらそれはどうなのだろう。
ローキが言っていた『主人側』と『仕える側』の認識のちがいなのだろうか。
私は私の人生を勝手にのんびり生きる気満々なのに、ローキは私の専属護衛になってしまったらローキの人生が生きられないのではないか?
「アリステアちゃん?」
私の顔色の変化に気が付いたお母さまが心配そうに声をかけてくれたが、私はそれに答える余裕がなかった。
ゲームや小説で出てくるイメージのまま、『護衛』ということを受け取っていたけれど、私は今、この世界で生きている。
護衛となるローキもまた生きている存在なのだ。
そのことに気が付いたとたん、言い知れない恐怖と共に実感が湧いてきた。
どうしよう・・・いまさら専属護衛はやっぱりなしで!なんて言えないよね。
それはそれで無責任だし・・・
「アリステア様!!」
「っ!!」
はっとして顔をあげると、私以上に焦った表情をしたローキの顔が目の前にあった。
「ローキ・・・私」
「奥様、申し訳ございません。少し、隣の部屋でアリステア様と2人でお話させていただいてもよろしいでしょうか」
「ローキ・・・今のアリステアがどういう状態かわかるのかしら?」
「心当たりがあります。少しお時間をください」
「いいでしょう。あちらの扉が隣の部屋に続いてるわ」
「ありがとうございます」
ローキはお母さまと真剣な顔で短くやり取りをすると、私の肩を掴んで椅子から立たせた。
「アリステア様、歩けますか?」
「うん・・・」
ローキは私の手を握り、腰にも手を添えて、続き部屋と連れて行ってくれた。
続き部屋は小さめの部屋で、テーブルと長椅子が向かい合うように置かれているだけの部屋だった。
ローキは私をソファーに座らせると、テーブルをずらして私の目の前に膝まづいて顔を覗き込んできた。
「ティア・・・」
ローキの顔をみたら、なんだか涙が出そうになった。
私、ローキにひどいことを・・・
「お前・・・バカすぎるだろ」
「・・・・・・・え?」
「バカ過ぎて驚きだ」
ローキは怒っているような悲しんでいるような・・・複雑な感情を押し殺した真剣な表情をしていた。
表情と発言がちぐはぐな感じがして、どう反応したらいいかわからない。
「バカって・・・」
「他になんて言ったらいいんだよ。どうせ、今、実感したんだろ。自分に『仕える存在』ができたことに」
――――ビクっ
身体が反応してしまった。
『前の世界』では上司や部下はいても、人生すべてを捧げて仕える存在なんていなかったのだ。
小説やマンガとかの物語では当たり前に出てくる関係だから、わかっていると思ったのに・・・お母さまから自分の生活に重ねては語られたことで、実感を持ったのだ。
「どうして、わかったの?」
「『主人側』、『仕える側』、両方の心理が分からないで謎の行動ばかりするお前が、ちゃんと理解できていないのは想定済だ。自分の生活範囲と俺の存在が結びついて、やっと俺とお前の関係を意識した。違うか?」
「・・・うん」
「それで、急に怖くなった」
「うん・・・ごめんなさい」
「何に対しての謝罪だよ」
「私、ローキの人生を奪っちゃったんだね」
「はぁ・・・やっぱりな。お前のその感覚は本来『主人側』は意識しないものだ。そして『仕える側』も意識しないことだ」
「・・・どういうこと?」
「ティアの感覚が平民だと考えれば、何に戸惑っているのかが分かるんだよ。平民は、王や領主に守られ、属している意識はあるけれど、基本的には自分の人生も命も自分のものだって感覚で生きている。そうだろ?」
「うっ・・・うん」
「そういうやつらの心理として、自分以外の人生を預かることは重くて怖いと思うらしい。必要以上の責任を意識しちまうんだ」
「え?でも、そうでしょ?私、わかってなかったの。私はのんびり自分の生きたいように生きるつもりだったのに、ローキは自由に生きられない。私の犠牲に・・・」
「おい・・・さすがに怒るぞ」
「・・・もう怒ってるよね?」
「これでも押さえてるんだぞ・・・何か犠牲だ!俺は自分の人生をかけて主人を・・・守りたい人間を決めたんだよ!!お前に命令されたからじゃない。俺が望んで、お前も俺を望んでくれた。ちがうのか?」
「ち、違わないけど・・・その、ローキの自由が・・・」
「だから、その自由って何だよ!俺がお前を選んだのは俺の自由だ!お前がその自由を否定するな!」
「でも、いつか他の生き方をしたいって思う時が来るかもしれないじゃない!」
「それはいつだよ」
「知らないけど・・・選べなくなるんでしょ?私が右の道に進んだら、ローキが左の道に行きたくても選べなくなるんだよ!」
「俺はお前が選んだ道に付き合いたいって言ってんだよ!優先順位の基準がすべて主人になるのが『仕える側』の心理なんだ。それが自然で、幸せで、自由なんだよ!」
「意味が・・・言葉としては分かるけど、わかんない・・・」
「だろうな」
「どうしよう・・・」
「考えるのをやめろ」
「そんな!それって無責任じゃ・・・」
「だから、なんの責任なんだよ」
「主人の?」
「主人は仕える側を選び、受け入れるだけだ」
「生活の保障とか・・・」
「金銭的なことなら、問題ないだろ?公爵家だし」
「命の保証?」
「護衛が命を保証される側になることはない。守る側だ」
「無謀な命令を拒否する権利?」
「お前、無謀な命令するのか?」
「したくない」
「なら問題ないだろ」
ローキに思いつくまま、質問すれば、あっさりと答えられてしまう。
私の感覚がこの世界になじめていないから、ひどいことをしている様に感じてしまうのだろうか
「最悪、専属護衛の解消って手がある」
「できるの?!」
「方法がないわけじゃなし、過去に事例もある」
「そうなんだ・・・」
ローキが別の道を選びたいと思った時の選択肢・・・
この世界で非常識で理解されない考え方かもしれないけれど、どうしても譲れなかった。
大事な人の意思を私なりに守りたい。
方法があるのなら、その時が来るまで、ローキと一緒にいたい。
「俺としては、すっげぇ嫌な気分だが、お前にとってはその逃げ道みたいなものがあれば安心するんだろ?選択肢とやらがあれば」
「・・・うん」
「俺としては信用されてない気がしてムカつくけどな。まぁ、それで専属護衛継続できるならとりあえず今は我慢してやる」
「でも、それはローキにとって大事なことだよ!」
「・・・・・いいさ。これからじっくり時間をかけて教えてやるよ。俺の自由や幸せがどこにあるのか」
ローキは話は終わりとばかりに立ち上がると、私の頬を両手で包んだ。
「顔色が戻ったな。もう大丈夫か?」
「だぶん・・・大丈夫」
「よし、戻るか」
ローキは私の手を握った。
正直、まだモヤモヤするところはあるけど、この部屋に入る前ほどの動揺はない。
私はローキのエスコートを受けて、お母さまたちが待つ部屋へと戻った。




