68.専属護衛②
「で、俺はお前をなんて呼べばいい?」
「ん?」
「人前で『ティア』とは呼べねぇだろ。アリステア様でいいか?」
「やだ」
私が拒否すると思っていなかったのか、ローキはものすごい不満顔をした。
「・・・・・・ご主人様」
「それもイヤ」
「主」
「却下」
「お嬢様」
「お断り」
「じゃぁ!なんならいいんだよ!!」
「そ、そんなに怒らないでよー・・・名前は呼んで欲しいけど、様付けとか嫌なんだよね」
「あのなぁ。天下の公爵令嬢様が何言ってんだよ。立場上、外に出たら様付けは避けられねぇぞ」
「うん・・・」
ローキとは公爵令嬢とか貴族とかそんなこと抜きの関係でいたいけど、外へ出れば難しいのはわかっている・・・でも寂しい・・・
「・・・ったく、そんな顔するな」
ローキが私の頭を無造作にぐりぐりと撫でる。
その表情はなんだか嬉しそうに見えた。
「公式の場では『アリステア様』、親族やディルタニア家の生活圏では『ティア様』、2人の時は『ティア』ならいいだろ」
「え!!いいの?!」
「ふんっ・・・『心の平安』とやらも守るのが俺の役目なんだろ。なんでかは知らねぇが、お前にとって『ティア』と俺の関係は特別なんだろ?」
たぶん・・・ローキのだたのカンなんだろうけど、『ティア』でいた時間は、貴族としてではなく、『前の世界』の『私』に近い感覚で過ごせた。
見た目も、関係性も変わってしますけれど、ローキと過ごした『ティア』を・・・『私』を残したかった。
「っ・・・ローキ!!」
「バカ!!抱きつこうとするな!!」
嬉しくてローキに抱きつこうとしたら、頭を掴まれて防がれた。
「・・・はぁ・・・まぁ、そのくらいならいいでしょう。アリステア様、他の仮約束した『影』達も同じ呼び方でもよいですか?」
「?タータッシュさん、他の仮約束した『影』達って何のことです?」
「・・・・・・」
「ジジイ・・・ティアは仮約束をしたこと・・・気づいてねぇぞ」
「どういうことだ?手順通りの仮約束だったと報告を受けているぞ?」
あ、ローキさっそくティアって呼んでくれた・・・ん?仮約束?
「手順は完璧でも、そうだと知らずに会話してたんだよ」
「?」
タータッシュさんが変な顔で私を見たけれど、私にはまったく身に覚えがない。
私が仮約束?『影』と?
「ティア、今日昼間会話した奴ら覚えてるか?」
「えっと・・・短刀と諜報活動が得意なシキと、双子の女ので両手鎌と水晶を媒介にした水魔法が得意なのミルー、弓と鞭を媒介にした火魔法が得意なシルルだけだったはず」
「そうだ。そいつらとどんな会話をした?」
「どんなって、ローキも聞いてたでしょ?特に変な会話はしてないよ?」
「いいから、流れを言ってみろ」
「うーん・・・会話した3人は、私の見やすいところで親切に訓練してくれた人たちだから会話したいと思ったの。で、ちょっと近くに来て欲しいアピールをしたら、近くに来て声をかけてくれたから、名前を聞いたり、得意なことを質問しただけだよ」
「で、最後に『これからよろしく』と言って、相手が『承知した』と返した。そうだな?」
「そうだね」
「・・・・・・なるほど・・・・全くの無意識ということですか」
タータッシュさんがまたこめかみを揉んでいる。
どうしよう・・・またやらかしたのかも?
「ティア、これは外でも同じだから覚えておけ。『主人側』が『仕える側』に名を聞き、特技を聞く、そして『これからよろしく』と命令し、『承知した』と受ける。この流れは『主従の仮約束』って言うんだ。いい人材を見つけた時にする流れだ」
「え?でも私見学者だから、そもそも『主人側』にならないんじゃない?」
「お前、自分が普通の見学者に見えていたと思うか?お前の行動の異常性は話してたはずだぞ」
「こ、行動が異常でも急に『主人側』って思わなくない?!私は貴族っぽい行動をしただけだよ!!」
「んー・・・説明が面倒だ。たぶん根本的なところがズレてんだよ。とりあえず、お前の貴族っぽい行動が、奇跡的にあいつらが勘違いした状態で主従の仮約束の定型的なやりとをしたと思えばいい」
「面倒ってひどい・・・でもそんな奇跡なんて・・・」
・・・あ、そういえばランスが専属魔法工具師になったのも、私が握手しようと手を伸ばしたのが原因だったのよね・・・
「ティア・・・何だよその顔。なんか前例があるのか?」
しまった、顔にでてたか。
「ったく、先が思いやられるな・・・で、シキとミルー、シルルこの3人とお前は互いを気に入り、『主従の仮約束』をしたことになってるな。だからジジイはそいつらがお前の『影』になるものだと思ってるんだよ」
「ちょ、ちょっとまって。『主従の仮約束』なんて知らなかったよ!!それに、仮約束で『影』って決まっちゃうの?!」
「おそらくだが、ジジイ達は、俺とお前の関係を知らなかった。そして情報として3人の修行中の奴らと『仮約束』をしたことだけ知っていた。本来はその『仮約束』が『専属護衛をみつける』ってことだったんだろ。だからもし今日この場で俺とお前が血の誓いをしなければ、3人の中から専属護衛1人、影を2人って配分で決まったと思っていたと思うぞ。そうだろ?ジジイ」
「・・・その通りだ。お前がアリステア様とここまで深い仲になっていたとはな・・・」
「え・・・ちょっとまって、それって」
「だから、ティアは俺と血の誓いをしなくても、明日には専属が決まって、屋敷に帰れたってことだ」
「・・・ここまで認識がちがうとは・・・アリステア様、サラ様とレオナ様の時は今ローキがお話した流れで専属達が決まりました。アリステア様の行動は少々個性がありましたが、昨日からの行動はお2人と同じでしたので、それまでの行動はお戯れかと・・・なので、仮約束に対して疑問を抱きませんでした。私もまだまだ未熟でした」
何てこった。
全くの無意識だったけど、もう専属護衛も影も決まってたようなものだったとは・・・
やっぱり私はこの世界の感覚とはズレているらしい。
「まさかティアが本当に『主人側』だったとはな・・・俺は本当に失うとこだったんだよな・・・」
「ローキ?」
「なんでもねぇよ」
「では『主従の仮約束』は反故にしますか?」
「どうしよ・・・」
「せっかく仮約束できたんだ、『影』としてつかってやればいい。専属護衛は俺だけだ」
「そう言えば、ローキは私の課題が『専属護衛をみつけること』ってどうしてわかったの?サラ姉さまとレオナ兄さまのことは知らなかったし、さっきも専属護衛を決める方法は知らないって言ってたし」
「・・・説明しなきゃだめか?」
「もしかして面倒とか思ってる?」
「思ってるに決まってるだろ・・・ってそんな目で見るなよ。ったく、簡単に言えば消去法だ」
じっとでローキをみてたら、ローキが諦めてくれた。
「消去法?」
「お前の行動で共通していたのは、修行者と仲を深めることだ。そんなことが必要なのは専属護衛の選定だけだ。お前が本物の『主人側』だとわかれば疑問にも思わねぇ・・・専属護衛の選定方法は俺も知らなかったが、本物の『主人側』がくれば必然的に分かるから教える必要もなかったんだよ・・・俺だってお前がはじめから昨日のような行動をして、直接会話もしてなければ・・・とっくに気づいてたさ・・・ちっ」
ローキが話たがらなかったのは、自分がついさっきまで気づかなかったのを言いたくなかったからだったのか・・・
「ローキ、お前はアリステア様が『孤児の見学者』であってほしいという願望が強くて、思考が鈍っていただけだ。人のせいにするな」
「うぐっ・・・うるせぇよジジイ!!ジジイだって俺とティアの関係を知らなかっただろ!」
「そうだな。私が育てただけある。しかし、夜な夜な女性の部屋に行っていたとは思わなかったぞ」
「ほ、他の言い方があるだろ!!」
「かまをかけたが・・・本当にアリステア様の部屋に通っていたのだな」
「な!!」
「えっと・・・それじゃぁ、私の専属護衛はローキだけってことでいいのかな?他の3人の内1人を専属護衛にした方がいいの?」
「またトロイこと言ってんじゃねぇよ!!専属護衛は基本1人なんだよ!!お前が『主人側』じゃなければ他の奴らみたいなおまけ無しで俺だけがっ・・・とにかく!仮約束なんかよりも血の誓いの方が上の関係なんだ!専属護衛は俺!わかったな!」
「そ、そうなんだ。わかった」
専属護衛が1人だけだとは知らなかったから、念のため確認しただけなのに、ローキが早口で怒ったので驚いた。
「ローキ、そんなに主人に怒鳴りながら己を売り込まなくても、お前の立場は揺るがないだろ」
「っ・・・売り込んでねぇよ!!こいつにははっきり言わないと通じないから俺たちはこれでいいんだ!それと他の奴らは呼び方は『アリステア様』で統一だ」
「ローキ、お前に聞いていないぞ」
「他の人たちも生活圏では『ティア様』で・・・」
「だめだ」
「なんで?」
「・・・・・・」
に、睨まれた・・・
別にローキが『ティア』の存在を残してくれれば、別にいいけど・・・
「はぁ・・・ではアリステア様。3人は『影』として手配いたします。呼び方は『アリステア様』でいいですか?」
「はい」
「今日はもう遅いので、他詳細は明日説明いたします。外は荒れておりますので、このまま我が家でお休みください」
「すみませんでした・・・色々。ありがとうございます」
すっかり忘れていたけど、外は嵐といっても良いような風雨だったっけ・・・
窓をたたく雨と風の音が急に大きくなったように聞こえてきた。