65.閑話ローキ①
目の前にいるのは、俺のすべてをかけて守りたいと誓った人・・・のはず。
もともと見た目がいいのは分かってた。
緩くウェーブかかった薄紫の髪は思わず触ってその感触を確かめたくなるし。
瞳の色はよくある薄い黄色なのに、長いまつ毛に囲まれて大きくぱっちりした瞳はとても魅力的だった。
その姿をそばでずっと見ていたいと思っていた。
でも・・・それは仮の姿だった。
ジジィの魔法が解かれて現れた姿は別物だった。
形は同じなのに、本来の色を取り戻した姿のもつ『力』は圧倒的で、髪は金色に光り輝き、新緑色の瞳は人を惹きつける力に満ちていた。
なんだよ・・・ただきれいとか、美しい、可愛いなんて言葉じゃおさまらないじゃねぇか・・・
思わず跪きそうになる身体に力を入れて耐える。
俺は見た目で守る相手を決めたわけじゃない。
でも、切っ掛けの1つではあった。
6日前、オルガのもとに厄介な案件が持ち込まれるのを知った俺は、その会議内容を盗み聞くために屋敷訓練場にあるオルガの執務室に向かっていた。
「あいつ・・・誰だ?」
オルガが外を歩いてることは稀だ。
修行区画の責任者であるオルガは、ほぼ毎日書類仕事で執務室から出てくることはない。
そのオルガが外との出口の方から歩いてくるのが見えた。
見えたのがオルガだけなら声をかけて何かあったのか聞こうと思ったけれど、別の人の気配を感じて、反射的に隠れた。
オルガの後ろをトコトコとついて歩いていたのは、メイド服を着た小さな少女だった。
ただの少女じゃないことはその見た目ですぐにわかった。
きれいとか、可愛い少女は孤児でも、スーア族でも見たことはあるけれど、くらべものにならない美の完成度だった。
本当に生きているのか疑わしかったが、現に動いてる。
人間の形をした魔法工具があるにはあるが、それらが人間と見分けがつかないことはないし、動かし続けるための魔素量はクラウン級だったとしても数秒が限度だと聞いている。
メイド服を着た少女がここに来る理由は2つ。
1つは修行を受ける為。もう1つは見学。
見た目の身長から考えると、13歳よりも低い年齢で、俺より低いことを考えると10歳ににもなっていない可能性すらある。
普通で考えたら見学一択だろうが、オルガの対応が丁寧で、会話をしている雰囲気からして、ただの子どもではないと俺のカンが言う。
2人の後を追いかけて様子を伺っていると、いつもの見学ルートではあるけれど、滞在時間が以上に短かった。
・・・これは案件に対応するために必要最低限の案内をしたら、屋敷鍛練場でしばらく見学させる気だな・・・
屋敷鍛練場に入っていたのを見計らって、俺も鍛練場に入り、チャンスをうかがっていると、オルガが部屋を出て、すぐに少女も出てきたので、手洗い場から戻ってきたところで声をかけた。
「お前。はじめて見る顔だな」
驚いた表情で振り向いた少女は、返事をしない。
遠目で見ただけでも普通じゃないとわかっていたが、近くで見るとその美しさは脅威だとすら思った。
美しいっていうのは怖い。
一度魅力的だと思ってしまうと、その魅力に抗うのは難しいと知識として知っていた。
今までそんなことを感じたことはなかったけれど、今はそれを実感と共に理解した。
勝手に跪きそうになる身体がそれを証明している。
身体の感覚に支配されないように、意識を集中させて少女をにらむ。
「おい、聞いているか?」
「え、あ、はい」
見た目に反して、反応も返事もトロ過ぎて逆に怪しい。
試しに探るような質問をしてみたが、反応から察するに、こいつは嘘の吐けないタイプで、そもそも俺らの世界の知識がないのがわかった。
俺と同じ特別卒業予定生の可能性もあると期待したが、まったく違ったようだ。
俺の力は、自分で磨いたものだ。
スーア族族長の孫という事で特別扱いされたことはない。
父親はディルタニア家の仕事でほとんど不在だから、族長のジジィと同じ家に住み、家の中でも訓練の様な動きをすることが普通として育てられたが、それだって努力して身に着けたのだ。
本を読むことも、身体を動かして情報を得るのも好きだった。
武器も魔法も先に知識を身に着け、ひたすら実践的な訓練を積み、本来ならば16歳で卒業する予定の内容を12歳で終えた。
一族の習わしで成人するまではこの区画から外へ出ることはできないから、俺はあと4年はここから出ることはできない。
同じくらいの年齢の奴らとは話が合わず、年上からは邪魔者扱い。
そもそも瞳の色が『混ざり者』だから、寄ってくる奴なんていない。
もしこの少女・・・ティアが俺と同じような特別卒業予定生なら、外へ出れないこれからの4年間が悪くないものになるかもしれないと思った。
だが、当てが外れた。
孤児の見学者だった。
しかし、なぜか納得できない。
理屈ではなく、自分のカンがそう告げる。
カンは悪くない方だから、こういう時は自分のカンを信じることにしている。
だから、そばで観察すれば、カンが告げる違和感の理由が分かるだろうと思った。
つまらない生活をしていた俺にとって、ティアの存在は俺の好奇心をくすぐった。
それからの毎日は・・・楽しかった。
修行中の他の奴らとは接触を避けたかったから、ティアの日中の行動はこっそり観察した。
ティアはカンは鈍いし、動きもどんくさいうえに謎の行動ばかりする。
自分の長所も全く把握できてなかった。
俺が居なかったら、間違った方向に突進して大けがして、心も無事ではなかったかもしれない。
こんな奴が『影』関連の課題が出されていることが不思議だったが、逆に納得もした。
俺はいくら修行習得済みとは言え、外の実践経験がない。
『影』が何か隠して行動してるとしたら、俺ではまだ歯が立たない。
ティアは不思議と『混ざり者』に対する忌避感というものを感じていないようで、親父とジジィ以外で普通に会話すること自体が新鮮だったし、他の同じくらいの年齢の奴らと違って面白かった。
時々予想もつかないことを言ったりするので、驚いたが・・・悪い気はしなかった。
俺のことをかっこいいとか、努力家とか・・・しまいには・・・抱きついてくるし・・・
抱きつかれたまま仕方なく会話してたら、途中で寝やがるし・・・
知識として人の世話をすることはできるが、まさか女の世話をいきなりするとは思ってなかった。
抱えてベッドに運び、靴を脱がしてエプロンを外す。
髪を結ぶリボンをほどき、くしで髪を整える・・・もっと触っていたいという欲求が膨らみそうになるのをなんとかこらえて部屋を出ることになった。
こんなこと・・・他の奴らには絶対にさせたくないと思った・・・
毎晩、ティアが部屋に戻る前に部屋に忍び込み、待つ時間も悪くなかった。
ただいま・・・おかえり・・・そんな他愛もないやり取りで嬉しそうな顔をするティアが見たかった。
ほんの少しのアドバイスを真剣な顔で考える姿も、冗談に怒るのも、笑顔も・・・もっとみたい・・・見続けたい・・・なら、丸ごと守ればいいと思った。
ティアに『影』がどんな課題を出したのかは分からないが、ティアが孤児であれば、見学期間が終わってしまえば生活区画での生活が始まる。
そうすれば、少なくとも外に出るまでの4年間は日中でも一緒にいられる。
ティアはどうせ隠密行動の才能はないから特別修行区画にはいかないはず。
そうなれば、生活区画で一生を過ごすか、『影』のサポートとして諜報活動の手伝いをする情報屋として外で潜入生活をすることになる。
俺は優秀だから成人と共に外に行くことになるのが心配ではあるが、先に外の生活に慣れておけば、後から成人するティアと一緒に生活できるように整えておくこともできるはず。
そうなれば、一生そばでティアのすべてを守ることができる。
そう思っていた・・・