62.護衛⑧
5日目、今日も曇り。
今日はいつもより、準備に時間をかけた。
髪を丁寧にとかして、少し編み込んでリボンで結んだ。
靴も磨いて、エプロンもシワが少なくなる様に意識しながら身に着けた。
私の長所・・・
昨日ローキに言われて、気が付いた。
いや、気が付いてはいたけれど、それを有効利用するなんて思いつかなかった。
『・・・堂々と座ってるのが似合うんだよ!!お前のその見た目と雰囲気だけで、人を魅了する力があるんだって言ってんだ!!自分の長所くらい把握しておけ!!』
思い出してもちょっと照れる。
鏡の前に立って、乱れはないか確認する。
今の私は、中身のことは置いておいて、見た目だけは美少女なのだ。
ディルタニア家の色ではないけれど、薄紫の髪の毛と薄い黄色の瞳は儚げな色合いで美しく、長いまつ毛に囲われたぱっちりとした大きな丸い瞳は愛らしい。
小ぶりながらも鼻筋は通っていて、形と血色の良い唇は絶妙な弧を描いている。
色白の肌に、ほっそりとした体形と年齢の割に長い手足。
それに、血筋がなせる業なのか、にじみ出る気品を感じる。
黙っていれば、理想を詰め込んでつくられた人形のよう・・・
実感は相変わらずわかないし、『前の私』との差にげんなりするけれど、減るものじゃない。
利用できるものはなんでも利用しようではないか。
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マナーの時間で習った貴族らしい仕草を意識しながら歩き、椅子に座って静かに見学をした。
姿勢を正し、余裕のある微笑みを顔に張り付けて、耐える。
堂々とできたかはわからないけれど、座っているだけなのに、修行中の人たちが今までにない反応をした。
はじめはかなり遠巻きにされていたけれど、徐々に物理的な距離が縮まり、しまいには私の視界に入るところへ移動して修行を見せてくれているかのようだった。
一番反応があったのは、屋敷鍛練場の人たちで、今まで目が合うことなんてなかったのに、目を合わせてくれる人が現れたのだ。
目の合った人には、ふわっとした優しい笑顔になるように意識しながら微笑んでみた。
するとわずかにピクリっと動きを止める人もいた。
・・・・・すごい・・・怪しい人間から危険人物に昇格したにも関わらず、それを忘れさせるほどの美!
サラ姉さまやレオナ兄さまは生粋の貴族で、あの美貌の持ち主たち・・・自然と出来てたんだろうな。
改めて見た目の大事さを痛感した。
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「・・・・・・・あの・・・・」
「なんだよ・・・」
「どうしてそんなに不機嫌なの?私、変だった?ローキの言ったようにやってみたの。私の感覚だと、結構反応が良かったような気がするんだけど・・・また勘違いかな?」
「・・・・・・・・」
部屋に戻ると、ローキがいつもの通りに部屋にいてくれたのが嬉しかったのだが、不機嫌を隠そうともしない表情で、足を組んで椅子に座っていた。
昨日はラジオ体操で気を引くのに成功したと思ったら、呪いの儀式と勘違いされて呪い返しされたし、魔法陣の図をマネて描いてみたら暴発を恐れられて危険人物扱いされたのだ。
今日は上手くできたと思ったけれど、違ったのだろうか。
「ローキ?」
「・・・・・・やりすぎだ」
「え?」
「やりすぎだ!!!」
答えてくれたと思ったら、突然怒られた。
椅子から降りて、腕組みをしながら詰め寄られる。
「な、何を?だって今日の私は『何もしない』をやってたんだから、やりすぎるもなにも・・・」
「お前、それ本気で言ってるのか?!・・・いや、お前のことだから本気で言ってるんだろうけど、『何もしない』って意味わかってるのか?!」
「『堂々と座る』ってことがよくわかんなかったから、貴族っぽく姿勢を正しくしてじっとしてたんだけど・・・それがまずかったの?」
「お前のやった事は本当に『貴族っぽく姿勢を正しくしてじっとしてた』だけか?違うだろ!!」
「ちょ、ちょっとまって!どうしてそんなに怒ってるの?そんなに怒られることした覚えがないよ!本当にそれだけなはずなんだけど・・・」
何が問題だったのか見当がつかなくて本気で焦っていると、ローキはうろんな目で私をみながら答えてくれた。
「まず髪!丁寧に整えた上に、いつもとちがう髪型に変えただろ!」
「あ、そういえば」
「服の着方や、物の扱いや歩く動作、細かい仕草まで気を配ってたよな?」
「そうだね?」
「表情と姿勢は全く違うし・・・それに・・・」
「それに?」
「目が合ったやつに笑いかけてただろ!!」
「え」
「身なりを整えて、魅力を上げて・・・フラフラ寄ってきたやつらに優しくしてんじゃねぇ!」
「ふ、フラフラ寄ってきてもらった覚えはないけど・・・」
「いや、奴らの変化は感じたはずだ!お前の視界に入ろうと移動したり、今まで使ってなかった派手な技を使ったりしてただろ!」
「確かに距離は近くなったし、移動してくれたのは分かったけど、見学している子に修行風景を見せるのは普通だし・・・技の変化はよくわからなかったよ?だから、危険人物の認識からスタート地点に戻れたかなって」
「・・・俺らみたいな人に仕えるように教育された人間は、自然と主人側が持つ雰囲気みたいのに弱いんだ・・・昨日話したのは、お前は今は孤児といっても、どっかのお嬢さまだった期間の方が長いから、黙って座っているだけで修行中の奴らには効果的だって意味だったんだ。それ以上は過剰なんだよ・・・」
「過剰だったとしても、修行中の人と話せるようになるのなら、私は嬉しいけど・・・」
「っ・・・表面の変化だけで態度変えて寄ってくるようなやつは相手にする必要ないだろ!」
ものすごく怒っているのは語気と表情でわかるけど、何というか・・・言ってることが矛盾してるような?
関係改善の為のアドバイスをくれて、成果として予想以上に良かったはずなのに、なぜか関係が深まることはローキ的にはダメなことらしい。
「えっと・・・それは相手を選べってことだよね?態度を変えなかった人なんていないから、今修行中の人たちは力量がイマイチなの?」
「俺が!っ・・・ちがう・・・そういう意味じゃ、ねえ・・・」
何か言いかけたローキが急に俯いて語気を弱めた。
理由がよくわからないが、今はすごく落ち込んでいるように感じて心配になる。
「ローキ?」
「・・・なんでもねぇ」
「なんでもなくないよね。修行中の人たちとはほとんど話もしてないし、その人たちの変化はよく分からないけど、ローキのことなら分かるよ!」
「・・・・・・何が分かるんだよ」
「口は悪いけど私のことを考えてアドバイスくれるし、色々私がやらかしても毎日部屋に来てくれる。そのローキが今怒ってるなら、きっと私が何かダメだったんだよね?」
「・・・・・・」
「ローキ、ダメだったところがあるならはっきり言って!私、他の人は別にいいけどローキには嫌われたくないよ!」
「・・・そうかよ」
俯いていたので表情はみえないけど、もう落ち込んだ雰囲気は感じられなかった。
「ローキ?」
「別に・・・怒ってねぇ。お前がダメダメなのは今更だしな。大事なことが分かっていればいい」
「大事なこと?」
「もういいって言ってるだろ。で、明日はどうするんだ?」
「うん・・・とりあえず、今日で避けられない行動は分かったけど、話しができるほどではなかったんだよね・・・」
「相変わらず話しかけることしか考えてないのか?」
「うっ・・・だって・・・」
「どうせもう2日しかないから焦って、行動しないと結果が得られないと思っているんだろ?」
「その通りだけど・・・でもそうでしょ?」
「言っただろ。『主人側が持つ雰囲気みたいのに弱い』って。それは主人がすることか?もし修行中の奴らの主人がお前だったら、お前から声かけるのか?」
「用事があるならそうするよね?」
「あー・・・うん・・・そうだよな。お前なら自分から声かけるよな・・・お前の考える貴族の主人ならどうすると思う?」
「うーん・・・用事があることを動作とかでアピールして声をかけてくるのを待つかも」
「お前・・・頭では主人がどんなものなのかはわかっているんだな・・・でも仕える側の考えが分かるわけでもない。貴族の振る舞いはできるのに、素は貴族らしさがない・・・平民が貴族の知識を身に着けて生活してたのか?」
うっ・・・限りなく正解に近いことを言われて冷や汗が出る。
今はこの世界で貴族の身分と知識を得たけど、中身の私は『前の世界』で仕えることを知らない平民だ。
「ま、別にお前がどんな人間でもいいけどな」
「え・・・」
「これからは同じ世界で生きるんだ。お前みたいなどんくさい奴は俺が助けてやるよ!」
顔を上げて私の目を見ながら、ローキは笑った。
どうしよう・・・ローキは私がこれから孤児として修行を受けると思ってる。
修行をして同じ世界で生きていくって。
でも、私がティアとしてローキと会えるのは明日の夜が最後。
ローキの気持ちを裏切るようで胸が苦しくなる。
「だから、明日は思いっきり失敗してこい!」
「えぇ?!」
「くくっ、機嫌は直ったか?」
黙ってしまった私が怒ったと思ったのか、ローキはあえて話を逸らしたようだ。
「あ、明日はもっと目的に近づいてみせるよ!」
「そうかよ。明日慰めてやる」
「失敗前提なの?!」
「ははっ、まぁ、頑張れ。じゃぁな!」
「えっ・・・もう帰るの?」
「なんだよ、俺と離れたくないのか?」
「うん・・・」
冗談の様に笑って言うローキの言葉に、明日の夜が最後になることがよぎってしまい、つい本音が漏れた。
離れたくない理由を話せるわけでもないのに・・・
「おま・・・きゅ、急になんだよ!!言っただろ!!これから俺が面倒見てやるって!それより今回の課題をしっかりこなせ。また修行で困ったら助けてやる。朝弱いんだから早く寝ろ!いいな、ティア」
「うん・・・」
しょんぼりと俯いた私の頭をポンポンと叩くと、ローキは部屋から出て行ってしまった。
「『これから』も、『また』も、私達にはないんだよ・・・」
一人になった部屋でつぶやいた言葉は、だれの耳にも届かなかった。