60.護衛⑥
「ティア、おはようございます」
「ん・・・んー・・・あれ?オルガ?」
「昨日同様、こちらに朝食を置いておきますね。食べ終わったら玄関に来てください」
もそりと体を起こすと、いつもよりも意識がはっきりしている感じがする。
そういえば、いつ寝たんだろ・・・
「朝・・・あ」
「昨日はメイド服のまま眠ってしまったのですね。替えの服に着替えて、今着ている服は洗濯しますので机の上に置いておいてください」
昨日の夜は部屋にローキが来てくれて話をして・・・もしや途中で寝ちゃった?!
うわぁ・・・せっかく来てくれたのにローキに悪かったなぁ。
のそのそとベッドから降りると、微妙な変化に気が付いた。
エプロンは外されてきれいに畳まれて小さなチェストの上に置かれているし、靴はベッドのわきにきちんと並べられていた。
頭を触ってみると、髪を結んでいたリボンもほどかれて枕元に置いてある。
そもそもベッドに入った覚えがないのに、しっかり布団の中で眠っていたのだ。
ローキ・・・さすが修行習得済み。やっぱりすごく優秀なんだね。
着替えを全部しなかったあたりもありがたい。さすがに恥ずかしいし。
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3日目、今日も雨。
昨日声をかけられなかった人たちを中心に声をかけてみたけれど・・・まぁ、見事に惨敗。
各鍛練場の顔ぶれは、昨日と少し違っていた・・・と思う。
肉体鍛練場と魔法鍛練場では顔は分からないけれど、男女比が変わっていたし、屋敷鍛練場は全員顔がちがっていた。
肉体鍛練場は全員危ない修行をしていたせいで近づくこともできなかったし、魔法の鍛錬場では今日はトーナメント戦みたいなことをしていて、みんなピリピリしていて、別の意味で近寄れなかった。ただ、魔法のバトルを少し見ることができたのは嬉しかった。
この世界の魔法は詠唱してから魔法が発動するタイプで、発動までのスピードが勝敗を決めるようだ。
本来は魔素保有量レベルによって魔法の威力に差が出るはずだが、ここにいる人たちはそもそも一定以上レベルなので、差が発動スピードくらいしかなさそうだった。
ただ、魔法の発動の補助をする杖の役割をするものに個性が見えた。
私はルーク大司教の水晶が付いた長いタイプの杖しか見たことがなかったから、てっきり魔法を使うには皆が杖が必要なのかと思っていた。
しかし、剣から魔法を炸裂させた人もいたし、鞭を使っていた人もいた。
何も持たない人はどうするのかと思ったら、腕輪から光が出た。
室内なので、魔法の威力や、使用できる種類が限られているらしく、似たような魔法ばかりだったが、はじめて見た魔法バトルに興奮した。
炎の魔法では熱さを感じたし、氷の魔法では冷えた空気を感じることができた・・・決して魔法バトルに夢中になって声をかけ忘れたわけではない。
昨日はほとんど魔法を使っている人はいなかったから話かけることができた。
どちらかというと、研究をしている感じで、薬草を煎じたり、魔導書を読んでいる人が多かった。
なので、話しかけやすかったが、「集中しています」って感じで、途中からほとんど無視か適当な返事をされてしまった。
唯一顔が見えるのが屋敷鍛練場だが、1人の修行者に対して2人の教育係が配置されているため、声かけづらさが半端ない。
それでもスキを見て話しかけたが、短い返事しか返ってこなかった。
うぅ・・・・今日もだめだった。
7日目の昼には屋敷に戻らなきゃいけない。
あと約4日で私に忠誠を誓ってくれるような人を見つけるとか無理すぎる。
「ティア、今日は着替えてから寝てくださいね」
「はい・・・おやすみなさい・・・」
しょんぼりしながらオルガと別れて部屋の扉の前まできて、思い出した。
・・・あ、ローキが来てくれてくかも!!
――――ガチャ
「ただいま!ローキ!!」
・・・・・・・・
昨日のように部屋に来てくれているかもしれないと期待して部屋に入ってみたが、そこには誰もいなかった。
期待しただけに、誰もいない部屋は明かりがついていても暗く感じて寂しい部屋に見えた。
「・・・やっぱり昨日途中で寝ちゃったから怒ったのかな・・・」
「お前、独り言は大きい声で話すタイプなのか?」
「・・・え?」
「・・・・・・・」
「今の声、ローキだよね?!なんで姿を見せてくれないの?!やっぱり怒ってるの?昨日は途中で寝ちゃってごめんね!」
「いきなりうるせぇ!!お前、隠密行動ってものをもっと意識しやがれ!!」
――――パタン
扉を閉める音がしたので振り向くと、そこにはふくれっ面のローキがいた。
「話はじめるならせめて扉を閉めてからにしろ!」
「あ、それで姿を隠してたんだね!」
「ちがう!昨日みたいにいきなり突撃されたくなかったからだ!」
「あ、そうなんだ。ごめんね」
「ったく、いきなり突撃してくるわ、大声で喚く、話しの途中で寝る・・・お前自由すぎだろ!どっかのお嬢様っだったと言っても『普通』のお嬢様じゃなかっただろ!」
くっ・・・中身はお嬢様歴約3か月目だから、たしかに『普通』であるはずがない。
「俺があらかじめ消音の魔法をこの部屋に張ってなかったら、昨日のうちにお前の部屋に俺が出入りしてるのがバレてたところだぞ」
「え、そんな魔法を使ってたの?!」
「初日でお前のトロさは大体把握してたからな。共同宿舎だからといって声の音量を気にして話するなんてことはお前には無理だろ」
「うぐっ・・・」
「どんな『影』案件でここに来ることになったのかはわからねぇが、これだけは言える。お前は隠密行動はできねぇ」
「しゅ、修行したら何とかなるんじゃないの?」
「無理だな。本来なら孤児のなかでも優秀で才能のある奴だけがこの鍛練区画に来れるんだ。スーア族と言えども才能のない奴は来れない・・・孤児で見学に来る奴ももちろん素質のある人間なんだよ。つまり、どんな人間でも修行して何とかなるような教育方法もなければ、そんな甘い場所でもないんだ!」
「そ、そうなんだ。万人をすごい人材に育てる虎の巻みたいのがあるのかと思ってた」
「とらのまき?秘伝書ってことか?お前・・・時々聞いたことない言葉を使うが・・・国外の人間か?」
「ち、ちがうよ!私はエアルドラゴニア国の人間だよ」
「・・・・・・そこは『わからない』って答えるか、無言が正解だ」
「うっ」
「ほらな。才能ナシだ」
「で、その才能ナシのお前がなぜか『影』の案件に関わっててここにいて、何か課題が出されている・・・その課題をこなすためには修行中の奴らと話すこと必要・・・ちがうか?」
「なんで分かるの?」
「・・・お前、もう隠す気ないだろ」
「私のことを才能ナシって連呼した相手に、何か隠そうとしても無駄でしょ」
「・・・拗ねたのか」
「そうよ。拗ねたの!わるい?」
「くくっ・・・あははは!諦めるの早すぎだろ!しかも拗ねるって!ははっ!」
む。
笑われて腹が立ってるのに、無邪気に笑うローキがなんだか魅力的に感じてしまって余計腹が立った。
「く、くっ・・・そうむくれるなよ。わるかったって」
「・・・笑いすぎ」
「くくっ・・・ここではそんな子どもらしいやついないかったからついな」
・・・中身は子どもではないのだけど・・・
「お前を見てたんだよ。今日一日」
「え?」
「一応、課題の内容は言えないんだろ?ならお前から聞き出すより、俺自身が調べた方が早いと思ったんだ」
「ふーん」
「なんだよ、機嫌を直せって。昨日は課題とやらの邪魔をしない様に調べるのをやめてたんだぜ?でもお前が夜あんな状態だったから・・・」
「心配してくれたの?」
「・・・・・・ち、ちげぇよ。また突撃されたくなかっただけだ」
顔が赤くなっているローキを見たら、なんだか腹が立ってきたのはどうでもよくなってきた。
無邪気な笑顔からの赤面とか、ずるいじゃない。
「とにかくだ、『話をする』のが必要なんだろ。でも結果は惨敗。肉体鍛練場では怖くて近寄れず、魔法鍛練場ではバトルに魅入ってて話しかけ忘れ、屋敷鍛練場では相手にされず」
「傷をえぐらないでよぉ」
「えぐらないとお前学ばないだろ」
「うっ・・・学ぶって言うより、思いつかないのよ・・・『話をする』方法」
「だろうな。そもそもその方法はない」
「え、どういうこと?!」
「言っただろ。ここにはそもそも才能のある人間しか見学に来ない。才能のある奴はここにいる人間たちと『話をする』ってことをしない。いたとしても、巧妙に話かけるし、会話にならなかったとしたら、すぐに悟って別の方法で情報を得ようとするさ。お前みたいに2日続けて大したことない内容で話かけまくってくるやつなんていないし、もはや怪しいとさえ思われてる」
「そ、そうなの?!」
「その証拠に昨日より今日の方が話しかけづらかったんじゃないか?」
「あ、確かに・・・」
「だろ?」
「じゃあ・・・残り4日あるけどもうまともに話してもらえないってこと?」
「だろうな」
「そんな・・・」
「でも、お前の課題は『話すこと』自体じゃないだろ?」
「え・・・」
「『話すこと』が目的なら、そんなに落ち込むはずがない。実際、会話自体はできているしな。何かを聞き出すっていう目的ならもっと会話の内容に統一性があるはずだ。でも、みんなに違う話をし、話していた時間の方を気にしていた。さらに、長く会話することが目的なら、それまでに話した内容の中で会話が続いた内容関連で試せばいいにそれもしない。なら、『話すこと』以外に本当の目的があって、そこにかすりもしてないから落ち込んでいる。なら『話すこと』はあくまで手段の1つってことだ。そうだろ?」
「・・・はぁ・・・ローキって本当にすごいね。そう、私の目的は『話すこと』じゃない。でも『話すこと』が目的につながると思ってるの」
「ふーん・・・お前が思ってるってだけで、『話すこと』が絶対必要な事とはされてないんだな?」
「うん・・・」
「なるほどな。答えのない課題ってことか。たしかにお前みたいな当たって砕けろ精神の人間には難しそうな課題だな」
「う・・・もうローキに隠し事できる気がしない・・・」
「なんだよ。まだ隠せる気でいたのか?」
「どうせ才能ナシですよ」
「くくっ、ティアは面白いな」
「・・・・・名前・・・」
「あ?」
「覚えてくれてたんだね。お前としか呼んでくれなかったから忘れられたかと思ってた」
「・・・忘れねぇよ」
「それならちゃんと名前を呼んでよ!私はローキに名前を呼ばれたい!」
「っ!お前はなんで突然強気な発言をするんだよ!!俺の自由だろ!」
「やだ。傷心の私は優しくされたいの!」
「傷心のやつがそんな強気で要求するかよ!!」
「それなら私もローキのことをお前って呼ぶからね!」
「呼べばいいだろ!!」
「・・・・・・・・・・」
「・・・呼ばないのかよ!!」
「人のことをお前って呼ぶのに抵抗があるのよ!!仕方ないでしょ!慣れてないの!」
「言い出したのお前だろ!」
うぅ・・・口でローキに勝てる気がしない。
って言うか、そもそも私頭がいいわけじゃないから無理だ。
名前は呼んで欲しいけど、確かに強制するようなことじゃないしなぁ。
「はぁ・・・そんなに俺に名前呼ばれたいとか・・・物好きにもほどがあるぞ、ティア」
「あ」
「泣かれでもしたら、俺が悪いみたいだろ!」
俯いて考えこんでいたら、泣くのを我慢していると思われたようだ。
ローキはそっぽをむいてしまったが、耳が赤くなっているがわかった。
ローキって本当に親分肌なんだね・・・たぶん私のこと手のかかる子分って思ってくれてるのかも。
「とりあえず、今日はもう寝ろ。自分が朝弱いこと忘れてるだろ」
「・・・・・今日のいつから私のこと見てたの?」
「・・・・・とにかく!明日は『話すこと』以外の方法を考えてみろ。考えたことを明日また聞きに来てやる」
誤魔化された・・・朝から見てたんだね。
「そう言えば、エプロンとか外してベッドに運んでくれたのローキだよね。ありがと」
「っ!!お前!!そこは触れないのが普通だろ!!羞恥心とかないのか?!」
「またお前って!それに羞恥心って・・・あ、急に寝ちゃってごめんね。疲れてて」
「ちがうだろ!!男の俺がエプロンや靴脱がせて、髪ほどいてベットに寝かせたなんて、女のお前からしたら恥ずかしいことだろって言ってんだよ!!」
「あ、そうだね。確かに。でも・・・助かったし」
ローキは確かにかっこいいけどまだ子どもだから、男とか女とか言われても正直ピンと来ないんだよね・・・むしろ申し訳ない気持ちなんだけど。
「いいか!ちゃんと着替えて寝ろ!雨期の夜は意外と冷えるんだ!ちゃんと布団をかけろよ!!俺は帰る!!じゃぁな!!」
「あ!!まって」
「なんだよ!」
「今日も来てくれてありがとうね。また明日楽しみにしてる。おやすみ、ローキ」
「っ・・・なんなんだよ本当に・・・うるせぇ!とっとと寝ろ!ティア!」
真っ赤になりながらも律儀に名前を呼んでくれたローキは、足音を立てずに走って出て行ってしまった。
ありがとうって言われると照れるの分かるわぁ。
さて、シャワー浴びて着替えて寝ますかね・・・明日のことは明日考えるとしますか。
私は考えるのを諦めて寝る準備をはじめた。




