59.護衛⑤
「ティア、ティア。起きてください」
「ん・・・・」
「ティア。布団にもぐらないでください。朝ですよ。起きて朝食を食べてください」
「・・・・・・・朝が苦手と聞いていましたが・・・ティア!」
――――バサッ
「うっ・・・まぶしい・・・」
「朝だからですよ。ティア」
「・・・てぃあ?・・・・・・・あ、おはようございます」
「・・・おはようございます。何とか今の状況を思い出してくださったようですね」
「すみません・・・朝・・・弱いみたいで・・・頭がまだ・・・ねむ・・・」
「・・・・・・・朝食は部屋で食べてください。さすがに今の状態で共同の食堂へはお連れできませんので・・・朝食をお持ちするまでに支度をすませておいてください」
「はい・・・」
もそもそとベッドから這い出して、外の廊下を挟んで向かいにある洗面所に向かう。
部屋に戻って着替えて、髪の毛を整え終わるころ、やっと意識がはっきりしてきた。
「そういえば・・・ここは宿舎だったわ・・・」
「ティア。どうやらもう大丈夫そうですね」
「え、あ・・・先ほどはすみませんでした」
オルガもローキと同じく基本的に動作音がしないので、急に声をかけられて驚く。
「明日からはもう少し早めに起こしにまいりますね」
・・・今日もすでにいつもより早い時間なのだが、明日からもっと早くなってしまうのか・・・
「朝食はこちらの机に置きますので、食べ終わったら1階の玄関でお待ちください。食器は後で片付けますので、そのままにしておいてください」
「わかりました。ありがとうございます」
1階に降りて、玄関に着くと、すぐにオルガもやって来た。
「本日は残念ながら雨ですので、室内の見学をしてもらいます。肉体鍛練場、魔法鍛練場、屋敷鍛練場の3か所を順番に同じ時間ずつ見学してもらいます。雨の日は本日と同じだと思ってください。残念ながら今は雨期ですので、ほぼ室内の見学になってしまう可能性が高いですが、もし曇りなど雨が止んだ場合は各場所の外の鍛錬場を見学することになります」
「屋敷の鍛錬場は外もあるのですか?」
「はい。あります。庭仕事、馬車での作法などがあります」
「なるほど」
「見学者は定期的に鍛練場に来ますので、修行中の子達は慣れています。自由に話かけていただいて大丈夫ですよ。ただ、危険な動作をしている時はあまり近づきすぎないように気を付けてください。卒業間近の子達ですので、突発的な動きにも上手く対処できるはずですが、念のため心にとどめておいてください」
「わかりました。でもどうやって専属に勧誘したらいいか・・・」
「その件については、『答え』が存在しないので、答えられません・・・ティアと将来専属となる人物の間でしかなりたたない言葉と方法になるでしょう」
「・・・・・・そうですよね」
「他に質問はありますか?」
「ひとまず大丈夫です」
「ではまずは肉体鍛練場へ参りましょう」
「はい」
==============
オルガに案内された室内肉体鍛練場は体育館のようになっているが、『前の世界』の体育館にあるバスケゴールもなければ、床にラインが引かれているわけでもない。
体操部が使うようなマットや器材、大小さまざまな障害物、ボルダリングができそうな壁もあり、的のようなものもあるし、いろんな武器もあった。
「SA〇〇KEみたい」
「さ〇けってなんだ?」
「・・・・すごいなぁって言ったんだよ」
「・・・・・・」
昨日ローキと来た時に、うっかり口を滑らしてしまって、慌てて誤魔化したけど、すごく睨まれたのを思い出した。
「ティア、私は席を外します。椅子は壁際にありますので、自由に使ってください。昨日、ローキが各場所の詳細な案内をしたとのことですので、私からの説明はいたしませんが大丈夫でしょうか?」
「はい、たぶん大丈夫だと思います」
「では、昼前に迎えにきます。何かわからないことがありましたら、奥で立っている教育役に声をかけてください。教育役は修行の記録を付けているので、紙とペンを持っているのが目印になります」
「わかりました。ありがとうございます」
「では、健闘を祈ります」
初日以外の見学中は基本放置ってことね・・・
まぁ、『答え』のないことをするのだから、オルガがそばにいてもしょうがないから仕方がないか。
「・・・・・・・・・・」
修行中の子達はもちろん、教育役の人たちも私を完全に無視している。
教育役の人はそうでなくては困るけど、修行中の子達からもガン無視されると話しかけづらい。
とりあえず、椅子に座って作戦を考えることにしよう。
「・・・・・・・・・・」
まぁ・・・いい考えなんて思い浮かぶわけないか。
しばらく座ってみんなの動きを見ていたが分かったのは、肉体鍛練場にいる修行中の子は男の子7人、女の子3人の全員で10名。
そのうちSA〇〇KEもどきを使っているのが、男の子2人、女の子2人。
剣術訓練をしているのが男の子2人。
的にナイフを投げている男の子と女の子が1人ずつ。
座禅を組んでいる男の子が1人。
昨日と同じく、全身黒ずくめの服なので、顔がよくわからないので、怖そうな人なのかの判別すらつかない。
全員動きが似ているし、お互い会話もしていない。
うぅ・・・全然個性が見えないよぉ。
ルーリーやリナ、スタンはものすごく話しやすいのになぁ。
やっぱり修行中は私語厳禁なのかなぁ。
よし!みんなルーリーやリナ、スタンみたいに実は明るくて気さくだと信じて話しかけてみよう!!
SA〇〇KEもどきを使ってる人たちは、対象外。
SA〇〇KEもどきが大きすぎるので私が近寄れないからだ。
剣術の2人は剣を振り回しているから、こっちも近寄れない。
ナイフ投げをしている2人か、座禅をしている人が良さそうだ。
椅子から降りて、まずは座禅をしている人に声をかけるために近寄ってみた。
「あの・・・修行中にすみません」
「・・・なんだ」
「私、ティアと言います」
「・・・・・」
近くに行けば顔が見れるかと思ったが、顔の半分を布で覆っており、目しか見えない。
しかも目をつぶっているから、何色かもわからなかった。
「あ、あの、修行大変ですか?」
「ああ」
「座禅って精神統一する修行ですよね?」
「・・・ざぜん?私は戦いのイメージトレーニングをしているんだ」
「そ、そうなんですね」
おっとぉ・・・目をつぶって静かに座ってたから勝手に座禅だと思っちゃったよ。あぶない、あぶない。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・ざぜんとは何だ。精神統一と言っていたが、イメージトレーニングと何がちがう?」
「え、あ、イメージトレーニングの事なんですけど、戦いではなくて、己の内側を見つめると言うか・・・」
「よくわからないな・・・お前はその修行をしていたのか?」
「え、あー・・・経験はありますけど、ちゃんと続けてやったことはないので、詳しくはわからないです」
「・・・そうか。残念だな」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
ど、どうしよう!!
ちょっと話ができたけど、話しが続かない・・・修行の話なら少し続くかと思ったけど、私にその知識がないんじゃ話が続くわけがないわ。
「あ、あの・・・受け身の修行とかもありますか?」
「ある。が、ここにいる者たちはすでに習得している。見学者である君はこれから別の鍛練場で習うことになる」
「体術はどんな種類の修行をするんですか?」
「様々だ。剛術、柔術、流術この3種の会得を基本とし、あとは成人するまでの期間は可能な限り、多様な種類の技を身につけるべく精進し続ける」
柔術以外知らない名前を言われてしまった。困った・・・
「・・・す、すごいですね。あなたはどんな技が使えるんですか?」
「基本の3種より多くだ。それ以上は教えられない。自分の習得している技は秘密にするものだ。外に出れば生死を分ける情報になるからな」
「そう・・・ですか」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
終わった。
暗にもうこれ以上聞くなと言われた気がする・・・もうちょっとこう・・・気の利いた質問が思い浮かばないものだろうか、私よ。
「修行中にすみませんでした・・・ありがとうございました」
座禅・・・イメージトレーニングしている男の人のところから離れて、ナイフ投げをしている2人に話しかけてみた。
「あの・・・修行中にすみません」
「・・・なんだ」
「何かしら」
「私、ティアと言います」
「「・・・・・」」
===============
「ティア・・・大丈夫ですか?」
「・・・あんまり大丈夫じゃないです」
今日は結局、どの修行場でも成果はほぼゼロに終わった。
一応声をかけてみたが、会話が続かない。
おそらく話してはいけないことが多いのだろう。
私の質問に対して話したくないこと、話せないことは無言でスルーされた。
とにかく質問をし続けたら、無言で私から離れて行った人もいる。
修行中に知りもしない子どもの質問攻めなんて煩わしいでしょうよ!
私もそう思うよ!ほんとごめんね!!
くぅ・・・勝機がみえないよぉ。
「何事も続けることで何かが変わることもありますから・・・今日は早めに休まれて、また明日頑張ってください」
「はい・・・」
うぅ・・・・ファンタジーバトルが遠のいていく・・・
―――――ガチャ
「ただいま・・・って言っても誰もいないんだった・・・」
「『おかえり』って言ってほしいのか?」
「・・・え・・・・え、ローキ?幻?」
誰も居ないはずの部屋の中に、白い髪、赤の中に金色が混ざる瞳でこちらを呆れた顔で見ながら立っているローキがいた。
「あぁ?なんで幻なんだよ!昨日お前が部屋の場所教えて俺に来いって言ったんだろうが!」
「・・・・・・・・・」
「無視とはいい度胸だっ」
ガシッ ドサッ
「って!!!な、何抱きついてんだよ!!」
「うぅ・・・ローキぃぃぃ~。会いに来てくれたんだね!!うれしいよぉ」
今日一日ずっと人から冷たい対応をされていたので、自然と会話してくれるローキの存在が嬉しくてたまらない。
「てめっ、こら!離れろ!」
「いや!!私は今、人のぬくもりを求めてるの!!」
「っ!!誤解を招くような言い方するな!!俺にどうしろって言うんだよ!!」
「だまって私に抱かれてて!!」
「ふざけんな!!お前、その言葉の意味絶対わかってないだろ!!」
「うぅ・・・ローキぃ・・・」
「くっ・・・なんなんだよ・・・ほんとに」
ローキの体温を感じて気が緩んだのか、涙が出てきた。
私ってこんなに弱かったかな・・・
子どもの体温って確か癒しの効果があるって聞いた事がある気がする。きっとそれだ。
「ぐすっ・・・」
「・・・・・・・・落ち着いたかよ」
「うん・・・・」
「はぁぁ~~~~~~~~」
「ごめん」
「謝るなら離れてから謝れ」
「・・・・・・・」
「なんで離れないんだよ!!」
そう言えば、抱きついた勢いでローキの上に乗っかる形で倒れたんだった。
全然痛くなかったから、押し倒していることに今気がついた。
「ま、まだ離れがたくて・・・このまま話を聞いてほしいなぁって」
「はぁ?!ふざけんな!!どんだけ甘ちゃんなんだよ!!俺みたいのにすがるしかないほど瀕死には見えないぞ!!」
「心は瀕死なの!!それにすがるしかないって言うか、ローキに甘えたいのよ!!癒されたいの!」
「お、俺にあま・・・いやされ・・・狂ったのか?!」
「狂ってない!!正気です!!でも心のエネルギーの充填が必要なの!!」
「俺でそんなもん充填できるかよ!!」
「できるよ!!だからもう少しくっついてていいでしょ!!」
「いいわけねぇだろ!!は~な~れ~ろ!!」
「い~や~」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・」
床を2人でゴロゴロ転がりながらお互い抵抗し合ったのだが、結局私が勝った。
「お前・・・・・・元気じゃねぇか」
「・・・今ローキにひっ付いてるから元気出ていたの。でもまだ足りないので継続をお願いしたいです!」
「・・・・・・・くっ、もういい。好きにしろ」
「お言葉に甘えて」
ギュッ・・・・
「・・・で、何があったんだよ。言える範囲で言え」
「言える範囲が分かんない」
「・・・ほんとダメだな。お前」
「うん。ものすごく実感してる・・・でも頑張りたいの」
「そうかよ。なら頑張れ」
「・・・・・・・ローキってやさしいね」
「あぁ?!お前の感覚ぶっ壊れてんのかよ」
「やさしいよ。本気になれば私なんて簡単に振り払えるんでしょ?でもちゃんと手加減してくれてる。話も聞いてくれる」
「っ・・・・何か裏があるかもしれないとか思わねぇのか」
「う~ん・・・どっちでもいいかな。私なんてダメダメで利用価値なさそうだし。今、そばに居てくれてるならなんでもいい」
「おいおい、どうしたら1日で心がそこまでボロボロになるんだよ」
「う~・・・ん・・・いろいろあって・・・・ねむ」
「おい・・・おい!!嘘だろ!!このまま寝るな!!せめて着替えろ!!」
耳元でローキが何か言っているけど、はじめて会った人たちに声を1日中かけ続けたのは、思っていた以上に疲れていたようだ。
『この世界』ではじめてかもしれない。
『アリステア』でもなく、『公爵令嬢』でもない『私』のままで会話をしているのは・・・見た目は違うけど『私』のまま話せている気がする。
子ども相手にどうかと思うけど、この感じはとても居心地がいい。
私はローキのぬくもりに癒されながら、いつの間にか寝てしまった。