58.護衛④
「このあたりはスーア族と、研修前の孤児が生活しているところだ。オルガも案内してないだろ!」
「・・・うん」
ローキと名乗った男の子に手を引かれるまま歩いていると、鍛練区画よりもさらに奥、多くの居住施設が並んでいる区画にたどり着いた。
ログハウスのような木を組んで作られた家が並んでいて、童話の中のようになっていた。
・・・私、専属護衛を探しに来ているから、鍛練区画から離れている場合ではないのだけど・・・・・
チラリとローキ少年の顔を見ると、キラキラの笑顔で今にも鼻歌を歌いそうだった。
どんなところにスーア族が生活しているのかは興味はあるけどれど、今は時間がないので・・・とは言えないよね・・・こまった。
「ここが俺の家だ!特別に招いてやる」
・・・・まさかのお家訪問。
他の家と同様に、ログハウス的な造りは優しい感じがした。
中に入ると、調度品は小ざっぱりしていて、生活に必要なものだけがある感じだった。
1階建てかと思ったが、2階建てになっていた。
「ここに座って待ってろ。茶を出してやる」
大人しく言われた通りの場所に座り、ローキ君の行動を観察してみることにした。
観察してわかったのは、ローキ君は言葉は雑だけど、動作が洗練されているということだった。
身体の大きさからして、7歳児の私と同じか少し上くらいのはずだが、無駄な動きがなくお茶を用意していた。
・・・あぁ、音がほとんどしないんだ。
なんで洗練した無駄のない動いだと思ったのか考えていたら、ローキ君が高い位置にあるものを取るときに椅子を使った。
しかし、椅子から降りるときは音が全くしなかった。
そう言えば、足音もしていない。
きっとスーア族は幼い時から厳しく教育されるんだろうな・・・・
「・・・おい」
じっと見ていたら、ローキ君がこちらをにらんで動きを止めた。
「え?」
「ジロジロ見るなよ!別に変なものなんか入れねぇよ!!」
あ、そうか。
隠密行動をする『影』の人たちの思考的に、じっと見られるのは信用されてないように感じるのか。
「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの。ローキ君の動きがきれいだったから見ていただけで・・・」
「はぁ?!何言ってんだよ!!き、きれいとか男に言ってんじゃねぇよ!」
「え、いや、きれいなのはローキ君の動きで、見た目はかっこいいよ」
「なっ!!!」
睨みながら真っ赤になったローキ君はわなわなと急須を持ったまま震えていた。
身体は震えているのに、急須がカタカタと音がしないのがすごい。
別に聞き間違いなんて、そんなに恥ずかしいことじゃないと思うんだけど、ローキ君ってプライド高そうだからなぁ。
「悪い意味じゃなくて、どっちでもイイって意味で言ったの。男でも女でもきれいなものはきれいだし。ローキ君は見た目はかっこいいけど、きれいとも言える感じだよ。丁寧で洗練された動きは、1つ1つの行動を大事にしてるってことでしょ。そういう動きができるのはかっこいいよ。だからローキ君はかっこいいし、きれいだよ」
「・・・・・・・・・」
あ、俯いちゃった。
別に聞き間違いしたことは、結局同じような意味だったから恥ずかしいことじゃないってフォローしたつもりだったんだけど・・・逆効果だったか・・・
「ローキ君は・・・」
「もういい!わかったからしゃべるな!!」
ローキ君は俯いたまま準備を再開してしまった。
これは・・・怒らせたか・・・子どもとの会話ってむずかしい。
――――コトッ
「・・・飲めよ」
「あ、ありがとうございます」
ローキ君は机を挟んで向かいに座って、お茶を出してくれた。
「・・・・おいしい」
「ん・・・」
ローキ君はまだ俯いたままで、顔を上げてくれない。
お茶は緑茶かと思ったが、薬草茶のようだった。
『前の世界』で、田舎の祖母の家で飲んだドクダミ茶を思い出して懐かしくなる。
「ローキ君・・・あの」
「そのローキ君って言うのやめろよ」
「えっと、どう呼んだら」
「ローキでいい」
「そう?わかった。ローキ」
――――コクン
顔を上げてくれていないが、小さくうなづいてくれたので、会話はしてくれるようだ。
「お前は・・・か・・・・」
俯いているせいか、よく聞こえない。
「ごめんなさい。なんて」
「お前はかわいいって言ってんだよ!!!」
「え、ありがとうございます」
「くそっ!!なんなんだよお前!!その反応!信じてないな!!」
顔を上げてくれたのは嬉しいけど、めっちゃ怒られた。
そして自分の見た目に実感がなさ過ぎて、淡白な反応になっていることを見抜かれてしまった。
「えっと・・・あんまり実感がなくて?」
「俺に聞くな!人にはきれいだのかっこいいだの言っておいて・・・」
あ、なるほど。
褒め言葉を返してくれたのか。
「ローキく・・・ローキの言葉は本当に嬉しかったよ。驚いちゃって」
「っ・・・そうかよ」
折角気をきかせて褒めてくれたのだ、今度は感情をこめて笑顔で答えた。
ローキは真っ赤なままだが、怒りは納めてくれたようだ。
「ローキは自分でなんでもできるんだね」
「当たり前だ。俺は族長の孫だぞ。ジジイに小さいころから鍛えられて育ったんだ。修行内容はとっくに習得済みだ」
なんと。
ローキはタータッシュさんの孫だったんだ。
子どもなのに修行習得済みってことはものすごく優秀なんだろうな。
さっき鍛練場で見た魔法も・・・・
ん?魔法・・・ってことは、10歳は超えているのか。
成長期だけど成長前ってことかな。
「ところで、なんで家に招待してくれたの?」
「そんなもん、お前から情報を聞き出すために決まってるだろ。情報は密室で得るのが基本だろ。外で話しながらでもいいけど、お前まだここに来て2週間だから静かに話すとかできないだろ」
・・・・・・・たぶん。声の音量だけで言うなら、私の方が静かだと思うけど・・・とは言わない方がいいよね。
「私、何も知らないよ?何を聞きたいの?」
「お前・・・どこで保護された」
「・・・・知らないの」
「知らない?」
うぐっ・・・しまった。
相手が子どもだからと油断してた。
修行習得済ってことは、情報を聞き出す訓練とかもしてるよね・・・さすがに拷問はされないと思うけど、下手なことを言ったらアリステアであることが即バレしそう。
「お前を保護したのは女と男どっちだった?」
「・・・・わからないです」
「何をしている時に保護された?」
「記憶が曖昧で・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・はぁ。言えないってことかよ」
「・・・・・・えっと」
「いい。『言えない』ってことがわかったしな。お前、いいとこのお嬢だったんだろ。その見た目、話し方、茶の飲み方、雰囲気からして、何も知らねぇ孤児じゃねぇ。それで素性を『話せない』ってことは、『影』の案件なんだろ。俺が孤児の出入りの情報を見逃すことなんて今までなかったから変だと思ったんだ。でも『影』が本気で隠すような案件なら俺が把握できなかったのも仕方ないさ・・・気に入らないけどな」
ローキは不貞腐れた表情をしながら、私の情報を知りたがった理由を話してくれた。
つまり、情報集めに自信があったのに、自分の知らないことが起きた原因を確認したかったのね。
ふむ・・・
「ローキは努力家なんだね」
「はあ?なんでそうなる」
「だって、自分の知らないことが起きたから、今後同じようなことが起きない様に原因を確認したかったんでしょ。すごいね!」
「お前また・・・別にすごくなんてない!こんなのスーア族なら普通の心得だ!それに俺は知らないことがあるのが嫌なだけだ!!」
ローキが声荒らげるのって、照れ隠しっぽいね。
噛みつくように反論されたけど、その顔は本気で怒っているというより、動揺している感じで、耳まで赤くなっている。
「もういい!話せないならこれ以上はここにいる意味はねぇな。茶のみ終わったら、鍛練場を案内してやる。どうせ細かくは説明を受けてないだろ。いずれお前もここに来るんだ。それなら具体的にイメージできる方がいいだろ」
「うん。ありがとう」
私は慌ててお茶を飲み干すと、席を立った。
その後、ローキはオルガがざっくりと教えてくれた施設の詳細を教えてくれた。
時には実際に武器を持たせてくれたり、機材を使わせてくれたりした。
ローキの説明は意外と丁寧でわかりやすかった。
さすがに修行習得済みってことか。
「そろそろだな。戻るか」
「え?」
「オルガがそろそろ戻ってくる」
「そんなことも分かるの?!」
「俺だからな!今回の案件は難しい内容だったが、オルガならおおよそこのくらいの時間でいつも解決してる。急ぐぞ」
「うん」
ローキは当然のように私の手を握って歩き出した。
説明を受けていて分かったのは、ローキは優秀過ぎだってこと。
鍛練場にいるのはみんな成人前後の年齢の子達。
そんな中、修行習得済みで、自分より年下の子どもがいたら快く思わない人が多いのではないだろうか。
スーア族の子供たちの中でも浮いていた可能性がある。
そこに『普通じゃなさそうな孤児』の私が現れたのだ。
もしかしたらローキはずっと寂しかったのかもしれない。
オルガは、修行を終えた成人は、教育役以外はこの鍛練場を出ると言っていた。
ローキは修行は終えているけど、成人していないから、ここから出ることができないのかもしれない。
「いいか。オルガには隠してもどうせ後で話が伝わるから、俺と一緒だったことはそのまま話せ」
「え?いいの?」
「別に隠すようなことは話してないしな。それにオルガが今日やる予定だったことを俺がしただけだ、何も言われねぇ」
「そうなんだ・・・ローキは本当にすごいね」
「お前なぁ・・・すぐそういうこと言うのやめろよ」
「そういう事って?」
「・・・・・なんでもねぇ。ほら、部屋で待ってろ。すぐオルガが来る」
「今日はありがとうね、ローキ」
「お前も1週間はいるんだよな?」
「たぶん」
「たぶん?」
「その・・・状況によっては早まるかも。難しそうだけど」
「なんだよそれ。何か課題があって、それを合格したらここを去る予定だけど、合格は難しそうってことか?」
「おぉ・・・すごい。その通りだよ!ローキ」
「・・・・・・・お前、それ俺に話して大丈夫なのか?」
「あ・・・・」
「お前ダメダメじゃねぇか!!」
「うっ、今のはつい」
「つい・・・じゃねぇ!どうせそれが『影』案件の本題なんだろ!しっかりしろよな!」
さ・・・さすがです。修行習得済みはダテじゃないね。
「もう時間だ。とにかく戻れ」
「あ、ここにいる間は宿舎にいるんだけど、2階の一番奥の部屋が私の部屋なの」
「・・・・・・お前、それどういいう意味だよ」
「え?あ、いやなんとなく、遊びに来てくれたら嬉しいなぁって?」
「っ!!!お前いい加減にしろよな!どんだけ抜けてんだよ!簡単に部屋を男に教えてんじゃねぇよ!!」
「あ、ご、ごめん。でもローキだし」
「俺は危険じゃねぇって言いたいのか!」
「え、危険じゃないよね」
「くっ・・・う、うるせぇ。一般論だ!!」
一人で寂しい思いをしているなら、ここにいる間少しでも話し相手になれたらな~・・・くらいに思って部屋を伝えたのだけど、正論で怒られた。
「あ、じゃぁ私が行けるときにローキの家に行くね」
「そういうことを言ってるんじゃねよ!!お前みたいなボンクラが良く知らないところを歩きまわるな!俺が行くから来るな!!」
あ、来てくれるんだ。
やっぱり寂しかったんだね。
「っ・・・オルガが上の階から降りてきたか・・・いいか!とっとと部屋に入れ。オルガの言うことをよく聞けよ!勝手にウロウロするな!俺が行くから俺に会いにこようなんて考えるな!何かわからないことがあったら俺が聞いてやるから、他の奴に下手なことを言うなよ!わかったな!」
「あ、ありがとうローキ。色々気を付けます?」
「なんで疑問形なんだよ・・・くそっ・・・まったく信用できねぇ。とにかくもう行く!」
親分肌の性格だから、私みたいな子どもをみたら世話を焼きたくなるのかね・・・急に注意事項を言われたのに驚いて、つい中途半端な返事をしてしまったら、さらに心配されてしまった。
ローキは屋敷もどきの建物を走って出て行った。
すごく慌てて出て行ったのに、ほとんど音がしなかったのはさすがだ。
「あら?ティア、こんなところでどうしましたか?」
振り向くとオルガが立っていた。
私はローキに言われた通りに、ローキと会ってからどこに行ったのかをオルガに話した。
「そうでしたか・・・ローキが・・・長い時間離れてしまって心配しましたが、無事でよかったです。今日はもう遅いので部屋へご案内します」
「はい」
ローキが言ったように、そのまま話しても何も言われなかった。
専属護衛については全く進歩しなかったけど、明日から気を取り直して頑張ろうっと。