53.マグカップとハンカチと・・・
「ユリウス!!待っていました!」
「・・・歓待される原因が思いつかないが・・・何かあったか?」
「・・・なんでそんな不気味なものを見るような目でこちらを見るんですか・・・」
「すまない。癖だ。歓待されるときは大体裏に意図があってひどい目にあってきたからな・・・」
・・・ユリウス、なんか色んな大変な過去があったんだろうな・・・
誕生日パーティーも無事に終わり、授業も通常のスケジュール通りに戻った。
特にユリウスの『魔法』の授業は渡したいものも、話したいこともあるので楽しみにしていた。
「・・・意図というか、話したいことや渡したいものがありまして」
「・・・話したいことと渡したいもの?」
「警戒しないでくださいよ・・・毒をもった手作りお菓子とかじゃないですから」
「そうか・・・それはよかった」
・・・安心したように息を吐いたところを見ると、もらったことがあるんだね・・・毒入り手作り菓子・・・
「ゴホンっ・・・お茶会ではありがとうございました!こちらを受け取ってください!」
「・・・ハンカチ・・・にしては大きな包みの様だが?」
「・・・・・・爆発もしません」
「そうか」
爆発する贈り物ももらったとこがあるんだ・・・。
「こちらはハンカチだな。うむ・・・確かに注文通りのカラスだ。余分なものをそぎ落としたシンプルなデザインが実に美しい。不思議だがとてもいい・・・」
「気に入ってもらえてうれしいです」
白いハンカチにロゴ風にデザインしたワンポイントの刺繍は気に入ってくれたようだ。
カラスと言えば黒だが、なんとなく黒は使いたくなかったので、ユリウスの色である紺色にした。
「こっちは・・・カップ?にしては不思議な形をしているな。安定感はあるようだが・・・」
「これは『保温保冷マグカップ』と言って、私とランスで作ったんです!これは私の分なのですが、半刻過ぎてもこの通り!中の紅茶は湯気が消えることなく温かさを保っています。冷たい飲み物を入れたら冷たいままです。飲み物や温度によって多少の誤差はありますが、半日は淹れた時の温度を保ちます」
「ほぉ・・・厚みがある割には軽いな。それに通常のティーカップより容量も多い」
「そうなんです!研究の時につかってみてください!私も熱中するとつい飲みかけで放置してぬるくなっておいしく飲めないことが多くて・・・小さい容量だと少しずつ継ぎ足さなきゃいけないのが面倒だったり、繊細なつくりだとちょっとした振動で倒れて紙を汚したり・・・この『保温保冷マグカップ』はそれらを解消してくれます!」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
・・・あれ?ユリウスならもっと反応があると思ったのに反応がな・・・
「くっ・・・・くっくっくっく・・・あははは」
「え・・・ゆ、ユリウス?」
「っつ・・・ふ、くっ、あはは・・・」
ユリウスが「あははは」ってわらった?!っていうか爆笑?!
「すま・・くっくっ・・・はぁはぁは・・・」
「ユリウス・・・大丈夫?」
ユリウスが爆笑って、逆に心配になるよ・・・どうしよう・・・なにかやらかしたのかな?私。
「はぁ・・・すまない。こんなに笑ったのは子どもの時以来・・・いや、はじめてか?こんな面白いものをもらったのもはじめてだ」
「お、面白いですか?」
「ああ。面白い。仕組みは簡単なものだが、カップのデザインもシンプルかつ機能性に優れている・・・それだけでも興味深いが、今アリステアが説明した、『いかに研究中に適しているか』は私が長年煩わしく思っていた事だ。それを6歳・・・いや7歳の娘が感じて対策を考え、こんな見事に形にするだと?これを笑わずにいられるか。こんな興味を惹かれる面白いものが、存在がいるとはな。くくっ・・・」
・・・やっちまった・・・そうね。
7歳の女の子が研究中に煩わしいと感じる大人の悩みを理解して、解決するものを用意するなんて・・・しかも既製品ではなく、『この世界』では新しい発明になるのよね・・・やりすぎたっぽいね。
「うむ。予想以上の礼だな・・・シンプルなデザインは好ましい。アリステアとセットなのもいい。ありがたくいただく。くくっ・・・」
「よ、喜んでいただけたのなら嬉しいです」
やっぱりシンプルなデザインが好みなんだね・・・ん?セット?
「セット?」
「色が異なるだけで柄が同じだろ?そしてこの世界ではまだ2つしかないのではないか?」
「あ、いえ、3つあります。作ってくれたランスが自分用にも作っているので・・・」
「なんだ、そうか・・・しかし、アリステアが作成を依頼したのは私のと自身のだけだろ?」
「そうですね」
「ならばセットということだ」
・・・まぁ・・・そう言われればそうかな?
「あ、あと印章も作りました。この3つです」
「ふむ・・・アリステアの専属はいい仕事をするな。細かいところまで意識されている。確かに噂になるわけだ」
「はい!ランスはすごいんです。私の希望をなんでも形にしてくれるんです」
「そうか。アリステアと専属の組み合わせは面白いものを作りそうだ。今後もできたものは私にみせるように」
「もちろんです!」
仕事に細かくてうるさそうなユリウスに評価されるのは素直に嬉しい。
私だけでなく、他の人に褒めてもらえるなら、ランスも嬉しいと思うし、むしろ見て欲しい。
自然と笑顔になると、ユリウスに頭を撫でられた。
「それで、どの印章を使う予定なんだ?」
「この『サクラと三日月』です」
「サクラとはなんだ?」
「この花の種類です」
「うむ・・聞いたことはないな・・・どんな効用があるんだ?」
「え・・・薬草としての効用みたいなことですか?」
「そうだ」
・・・しらないです。お花見と桜餅・・・桜のお茶とかで使われているけど・・・。
「・・・わかりません。確か塩漬けにして食べれたはずですが・・・効用までは・・・」
「そうか。効用から何の花か思い出せるかと思ったが・・・まぁいい」
「えっと・・・この印章は秘密の印章なので『アリス』という名前で登録しています」
「・・・直通の手紙だからそれだけで秘密のやりとりになるのだが・・・」
ブツブツと独り言を言ったかと思ったら、ユリウスは面白がるような顔をして、再び私の頭を撫でた。
「いいだろう。アリステアの秘密名前『アリス』、たしかに受け取った。私の秘密の名前は『ユーリ』だ。印章は4枚羽のカラスを使うことにする」
「『ユーリ』ですね!ありがとうございます」
「まさか秘密の名前を祖父以外に教える日が来るとはな・・・」
「どうかしましたか?」
「いや・・・念のために言っておくが、秘密の名はほかのやつに言うなよ」
「もちろんです!秘密ではなくなってしまいますものね」
「私の名前だけでなく、自分の名前もだぞ」
「え・・・あ、えー・・・っと、私の専属はすでに知っているのですが・・・」
「・・・・・・なぜだ?」
「なぜって・・・一般市民の生活を知りたくて?・・・いろいろ情報をやりとりする・・・ため?」
「どうして疑問形なんだ・・・・・・はぁ。まぁいい。自身の情報網を作ろうとしたのだな。専属はすでに知ってしまったから仕方がないが、秘密の名前は家族にも秘密にするようなもので、2人で会う時に呼び合う愛称のようなものだぞ。情報収集用ならば、秘密の名を使わず、暗号を名前の代わりに使うといい」
「え、あ、愛称?暗号?」
「そうだな・・・シンプルなものがいいが、難解すぎてもな・・・11はどうだ?」
「11ですか?」「アリステアはアから始まり、アで終わる。文字を数字に当てはめるとどちらも1だから11だ」
「な、なるほど・・・ではもう1つ印章を作った方がよさそうですね・・・」
「そうだな。今後自分の情報網を作るなら作っておいて損はない」
自分の情報網を作りたいわけではなかったけど、ユリウスの話を聞いていたら、のんびり暮らすためにも自分の情報網を作りたくなってきた。
上手く作れるかはわからないけど、『アリス』と『11』を使い分けできるようにしておこう。
「私からはこれを渡しておこう。黒水晶のチャームだ」
「黒水晶のチャーム?」
「一応ネックレスとしてのチェーンもつけているが、腕にしているブレスレットにも、他のネックレスにもつけられるように取り外し可能にしてある」
「前のものより丸くて小さいですね」
「前の黒水晶のピアスは私様だからな。若い女の好みのデザインはよくわからないが、アリステアの手は小さいし、ごつごつした物より丸みのあるもののほうが握りやすいだろう。どうだ?」
「はい。可愛いし握りやすそうです。他のものと組み合わせができるのもいいですね。ありがとうございます!」
「ちゃんと発動するときに黒水晶がほのかに光るようにしてある。使用したときはまた使用感を教えてくれ」
「わかりました」
それからは『魔法』の授業というより、パーティーの時に着ていた服や身につけていたアイテムの検証や使い方について話をしていたらあっという間に終わった。
ちなみにサラ姉さまからもらった4つ葉のイヤリングは室内では危険すぎて検証できないほどのものらしく、安易に身に着けない様にと教えてもらえてよかった。
ユリウスに用意していた物を渡したら、サフィールさまからリボンをもらった時のお返し用に刺繍したハンカチが残っていることに気が付いた。
パーティーの時にリボンをもらう可能性も考えて用意しておいたけど、別の贈りものをもらったから渡せなかったんだよね。
サフィールさまと会う機会ってあんまりない気がするけど・・・まぁ、腐るものではないし別ににいいか。
ユリウスにもらった収納魔法が施された革袋に入れておくことにした。