52.それぞれの誕生パーティー②
・・・おいしい・・・
アリステアさまからもらったオレンジフレーバーの茶葉とハチミツを早速つかってみた。
もちろんこっそり見つからない様に。
みんなが寝静まり、外の警備と室内のメイドと使用人も僅かしかいない時間を狙って、厨房へ入ってお湯を沸かし、部屋へ運んでお茶をいれた。
母上と姉上以外の人と必要以上に話すことは禁じられているので、自然と人を避けてこっそりと行動することを覚えた。
優しくて甘い香りが狭い部屋に広がる。
小さな魔法工具の光の中で、アリステアさまからいただいたハンカチを眺める。
パーティーでは予想外のことばかりが起きていた気がする。
「皆さま、本日は私の7歳になる誕生パーティーに来ていただきありがとうございます。どうか今日のパーティーを楽しんでください」
アリステアさまはお茶会の時よりもさらに美しくなっているような気がした。
成長期ではないので、身長が高くなったわけではないが、前よりもなんとなく余裕のある雰囲気が増した気がする。
お茶会は城だったし、やはりご自身の屋敷内で家族に囲まれているから安心なのだろう。
頭の先から足の先までキラキラ輝いているアリステアさまの姿は現実感がないほど美しかった。
見惚れていると、周囲も同じだったのかアリステアさまの挨拶のあとみんな声を失っていた。
「あ、アリステア様!おめでとうございます!」
誰かの声が聞こえて、みんな意識を取り戻したのか、次々とアリステアさまに賛美が送られる。
僕も何か言えたらよかったけど、もちろん声を発することなんてできなかった。
挨拶の順番は、トゥルクエル家の次。
形式的な挨拶なので、僕が何か言うことはないけれど、家族と共に人に挨拶をすること自体がほとんどないので、全身が震えて動かなくならないようにするので精一杯だった。
今日グレイシャー家で招待を受けたのはイーディス姉上以外の全員。
イーディス姉上にたくさん嫌がらせを受けたけど、パーティーが控えているから、服から見えるところは避けられた。
それだけでも僕にしてみれば、いつもの何も制限のない癇癪をただ受けている時よりずっとマシだった。
父上のサンク・ファム=グレイシャー、母上のマドラム・クインシー=グレイシャー。
そして時期王妃で第1王子の婚約者である一番上の姉上、ハーティー・ソムル=グレイシャー。
父上と会ったのは久しぶりだ。
僕と同じ青い髪に青い瞳。当たり前だけど性格は全く違う。
底冷えするような目に見つめられるだけで、身体の芯から凍えるような震えが全身を包む。
身長は高い方だが、細く華奢な印象だ。
曲がったかことが嫌いで、何をするにもルール通りにすることこそが正義だと思っている。
・・・父上はすぐ泣き、知識もマナーも身についていない子供が大嫌いだ。
だから、父上と会話した記憶はない。
ハーティー姉上は僕の10歳年上で、すでに成人していてやはり会話した記憶はほとんどない。
まっすぐで長い水色の髪で、瞳は濃く深い青色をしていて、一族の中でも魔素保有量が豊富で、天性の魔法の才能があるという。
その能力の高さから王族に気に入られたのだと、メイドや使用人たちが噂していた。
挨拶の順番を待っている間も会話もなく、アリステアさまの家族と違って、そばに居て安心できるような関係ではない。
「この度はアリステア様の7歳の誕生パーティーにご招待いただきありがとうございます」
「ふむ。グレイシャー家の皆、よく来てくれた」
「アリステア様、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
ちらりと目線を上げると、アリステアさまと目が合って息をのんだ。
アリステアさまは僕と目が合うと、ニコリと微笑まれた。
慌ててうつむいたが、その魅力にくらりとした。
挨拶はあっという間で、後はひたすら壁際で時間が過ぎるのを待っていた。
アリステアさまと、レオナさまのダンスはとても息が合っていて楽しそうだった。
あまりにも美しく楽し気な雰囲気で踊るお2人に、みんな夢中になって見つめていた。
あんな風にアリステアさまと踊れたら・・・なんて大それたことは思っていない。
アリステアさまの美しい姿を少しでもみれたら・・・踊る姿をみれたら嬉しい・・・くらいに思っていた。
それが叶ったので、僕としてはこのパーティーでするべきことも、したいことも終わった。
後は両親や姉上の挨拶や交流が終わるのを壁際で1人待っていればよかった。
家族といるときよりも、1人でいる方が気が楽だった。
静かに、周囲の空気に紛れるようにひっそりとじっとしていた。
「そこにいるのはテオドールか?」
声を掛けられるとは思っていなかったから、すごく驚いた。
声のした方を振り向くと、そこにはユリウスさまが立っていた。
なんでユリウスさまがこんなことろに?
驚きすぎて声が出せずにいると、ユリウスさまが近寄ってきた。
「他のは挨拶周りか・・・丁度いい。ついてこい」
声が出なかったので、うなずくと、ユリウスさまはスタスタとどこかに進み始めた。
この後用事はないし、家族が戻ってくるまでにはまだ時間がかかるはずなので、憧れのユリウスさまの側にいたくて、自然と体が動いた。
―――――コンコン
ユリウスさまはどんどんホールと離れた方向へ進み、突然扉の前で立ち止まると、躊躇なくドアをノックした。
誰の部屋だろう・・・
―――――ガチャ
「あら、ユリウス様・・・とテオドール様ですか?」
「アリステアはいるか?」
「あ、はい。いらっしゃいますが、お客様がいらしていますので・・・少々お待ちください」
「先客がいたか」
・・・あれ?今、アリステアさまって・・・
「・・・失礼いたします」
アリステアさまがいると思われる部屋から出てきたのは、トゥルクエル家のサフィールさまとレティシアさまだった。
サフィールさまはとても身長が伸びていて驚いた。
それに体格が筋肉がついてきて大人に変わろうとしているのが分かった。
お茶会でアリステアさまとサフィールさまが並んでいたときに感じた、うらやましいという気持ちがまたうずいた。
サフィールさまとレティシアさまはチラリとこちらを見ただけで立ち去ってしまった。
「くくっ、あの赤い子ども、テオドールに喧嘩を吹っ掛けたが、テオドールには意味がなかったな」
僕にとっては日常なのでよくわからなかったが、ユリウスさまは何か行動の意味が分かったのか面白うそうに笑った。
それに、サフィールさまたちのことよりユリウスさまが笑いながら僕の名前を呼んでくれてたことの方が重要で嬉しかった。
「ユリウス様、テオドール様中へどうぞ」
中へ案内されると、やはりアリステアさまがいた。
遠くから見ることができただけでも嬉しかったのに、まさかこんな会話ができるほどの距離で会えるとは思っていなかった。
アリステアさまとユリウスさまがとても親し気に話す様子は、とてもまぶしかった。
僕にとって特別な人達が揃っていて、僕も同じ空間いられるのは信じられなかった。
会話が途切れたタイミングで、全身の勇気を振り絞ってアリステアさまに挨拶をすると、優しい笑顔と共に返事が返された。
これで礼儀がなっていないと怒られることもないし、同じ空間で会話ができたことは大事な思い出になる。
「ユリウスはホールで挨拶できなかったので、今日は会えないかと思っていました」
「すまない。本家がいたからな。できるだけ顔は会わせたくない。それに行っても余分な人間が寄ってくるのは面倒だった」
幸せな気持ちに浸っていたら、ユリウスさまから恐れていた言葉が出てきた。
やはりユリウスさまは本家・・・僕も含めた人間と顔も会わせたくないと思っていたのだ。
でもそれならなんで僕に『ついてこい』なんて言ったんだろう・・・。
「すみません。ユリウスの正装姿が素敵すぎて見惚れていました」
「ほう?」
俯いていると、今度はユリウスさまを褒めるアリステアさまの声が聞こえて思わず顔を上げた。
面白がるような表情でアリステアさまを見つめるユリウスさま、そのユリウスさまを見つめるアリステアさま。
まるで家族の様な・・・もっと親しいような距離を2人に感じて、胸が苦しくなった。
「・・・アリステアさま、とても、お美しいです」
なんとか僕もその中に加わりたくて勇気を出して、声をだしてみた。
片言になってしまったけど、声に出してみると、アリステアさまが笑顔で答えてくれる。
嬉しさがこみあげてきてどんな顔をしたいいかわからなくて、俯いてしまった。
「私はホールには行かないから、ここで渡しておく。受け取れ」
そう言って、ユリウスさまがアリステアさまに贈り物を渡した時は、全身から血の気が引いた。
贈り物なんて用意してない。
いや、正確にはあるにはあるけれど、今日渡すことになるとは思っていなかった。
青いバラの花束。
お茶会の時に見た、アリステアさまの髪に添えられた黒いバラ。
アリステアさまに青い花を贈りたいと思っていたので、こっそり庭に咲く青いバラを少しずつ集めていたのだ。
腕輪の収納魔法の中に収めておけば、時間が止まる。
イーディス姉上の使わなかったものを入れておく物置部屋で見つけたキレイなリボンも、こっそり少しだけもらって、花束の形にして収納魔法の腕輪の中にしまっていた。
ユリウスさまの巨大収納袋と貴重素材に比べたら、とんでもなく貧弱で見栄えのしないものだけど、何も贈らないよりずっといいし、庭の青バラはとても貴重で大切に育てられたものだから、一般的な贈り物として見劣りするものではない・・・と、思う。
こっそり庭の青バラを切って婚約者に贈ると喜ばれる、とメイドや使用人たちが言っていたし、庭師も困ったものだといいながら、恋人たちの幸せな顔が嬉しいとも言っていた。
「花束ははじめてもらいました。嬉しいです」
花束を渡すと嬉しそうなアリステアさまの笑顔と感謝の言葉が返ってきた。
・・・はじめて・・・たくさんある贈り物の中でもはじめて・・・どんなことでもアリステアさまのはじめてになれるのは、こんなにも嬉しいんだ・・・。
心のそこから湧き上がるような喜びに、今までとはちがう身体の震えを感じた。
「テオドールさま、こちらを」
アリステアさまがハンカチと小さな包みを僕に差しだしていた。
反射的に受け取ると、中身に驚いた。
僕の好きなオレンジフレーバーの茶葉とハチミツ・・・覚えててくださったんだ。しかも刺繍のされたハンカチも。
「お茶会の時に助けていただいたお礼です!」
アリステアさまの言う助けの意味はよくわからなかったけれど、アリステアさまにとっての良いことにつながったのならよかった。
僕のいただいたハンカチを見て、ユリウスさまがハンカチを欲しいとおっしゃたのも、なんだか不思議だった。
イーディス姉上は僕が持っているもので欲しいものがあれば、そのまま奪うのでうらやましがられることもなかった。
「では、私は帰る」
ユリウスさまはアリステアさまに贈り物をするために来たのだろう。
目的が終わればすぐ帰るのは道理だ。
僕も一緒に帰ろうと、ついて行こうとするとまた予想外の言葉をかけられてしまった。
「ああ・・・そうだ、テオドール」
「え、はい」
「アリステアがホールに戻るときはエスコートしてやれ」
「え、ぼく・・・」
言われたことに頭が追い付かなくてフリーズしている間にユリウスさまは出て行ってしまった。
それに、僕、今ユリウスさまと会話できた・・・無意識だったけど、ちゃんと反応できた気がする。
「ホールに戻ります」
アリステアさまがホールに戻ると言ったので、ユリウスさまからの依頼をしっかりこなさなくては・・・
「あ、アリステアさま・・・その・・・エスコートを・・・」
今日何度目か分からない勇気を振り絞って、手を差し出すと、アリステアさまの小さな手が僕に重ねられて・・・ぎゅっと握られた。
・・・たぶん一瞬意識が飛んでいたと思う。
ホールへの道をエスコートしながら進む間、もちろん会話なんてできなかった。
しかし、アリステアさまといると不思議と無言が苦しくなかったし、アリステアさまも何か不満な顔もしていなかった。
もうすぐホールというところで、アリステアさまのお父さまとお兄さまが扉の前にいるのが見えた。
お2人もこちらに気づくと、あっという間に接近してきて、詰め寄られた。
「誰だ・・・それは・・・」
殺されると思った。
僕の両親や屋敷の人たちとは違う感じで怖かった。
全身の震えは止まらないし、このまま気絶したい気持ちになったけれど、アリステアさまの前でできるだけ醜態をさらしたくなかった。
「テオドールさま、エスコートいただきありがとうございます」
エスコートはここまでという意味なのだろう。
すぐに礼をしてホールに逃げ込んだ。
情けないけど、ご家族が来たのだからエスコート役が交代なのは当たり前だ・・・
・・・でも・・・もっとあの手を握っていたかった・・・
ホールに戻って再び壁と同化するように立ちながら、つないでいた手を見つめた。
ホールに戻ってきたアリステアさまは、再びレオナさまと踊り、続いてサフィールさまと踊った。
サフィールさまと・・・いいな・・・
サフィールさまとアリステアさまをずっと目で追いかけていると、2人が椅子のある方へ移動するのが見えた。
アリステアさまと会話ができて、贈り物をもらったことで気が大きくなったのかもしれない。
いただいた贈り物は収納魔法の腕輪の中。
勇気をわけてもらうように腕輪をなでて、2人の後ろを追いかけた。
アリステアさまの側をサフィールさまが離れたので、アリステアさまの前に立ってみたはいいけれど、声が出てこなかった。
何度も口を動かしたけれど、声が出ない。
さっきは閉鎖的な空間に限られた人数しかいなかった場所。ここはホールで大勢の人がいる。
そんな中では、いつもなら立っているだけでもめまいに襲われていたはず。
アリステア様の前に立てていること自体が、僕にとってはすでに奇跡の領域だった。
そうこうしているうちに、横から男の子がアリステアさまに声をかけてしまった。
そこで緊張の糸が途切れてしまった。
あわてて一度壁際に戻り、呼吸を整えていると、いつの間にかアリステアさまの座っていた椅子のそばに列ができていた。
アリステア様の姿を探すと、横から声をけかてきた男の子とは違う子と踊っていた。
・・・あの人は・・・イーディス姉上が『顔はいいけど地位も能力も低いから私に釣り合わない』と言って僕に投げてた絵姿の人・・・
フォーム子爵のミンス殿・・・だっけ?
すごく緊張して青い顔をしていて、なんだか親近感がわいた。
彼も頑張って踊っているんだ・・・僕も・・・もう一度頑張ってみよう・・・
アリステアさまと踊る順番待ちの列は長くなっていて、パーティーの終わりまでに間に合わないかもしれない。
それでも列の最後尾に並んだ。
僕の順番になったので、他の人たち同様にダンスへのお誘いの言葉を言おうとしたら、突然アリステアさまが僕の手を掴んで引っ張るように踊れる場所へ移動した。
一瞬驚いたけれど、アリステアさまの方から手を握ってくれたことで、頭がいっぱいになってふわふわした。
ダンスを始めると、あまりにもアリステアさまとの距離が近くて、くらくらした。
身体も緊張で上手く動かなくて焦っていると、アリステアさまが色々と言葉をかけてくれて、返答することに集中していると、身体の力がぬけて、動けるようになった。
・・・でも・・・なんか不思議な質問ばかりだった気がする。
お菓子は好きか、辛い物は好きか、虫は嫌いか、緑色は好きか・・・
好き嫌いの話をいっぱいされた。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。
1曲終わってしまい、椅子の方へ戻ろうとすると、アリステアさまから驚きの提案をされてしまった。
「テオドールさま。私、まだグレイシャー家の皆さんとちゃんとご挨拶できていないの。ご紹介いただけるかしら」
正直、アリステアさまのような優しい人を、僕の家族の様な人たちと接してほしくはなかったけれど、アリステアさまの願いを叶えないという選択肢は僕にはなかった。
ホール内を探すと、幸いにも両親をすぐに見つけることができたので、案内しようとエスコートしながら移動すると、アリステアさまのお兄さまが進行方向を塞ぎ、再びエスコート役の交代となった。
アリステアさまの願いを叶えられなくて戸惑ったが、アリステアさまは承知のようなので礼をして下がった。
パーティーが終わりならばしかたがない。
「・・・かっこいい模様だ」
ハンカチの刺繍を撫でる。
この1針1針をアリステアさまが・・・
ユリウスさまと会話ができて、アリステアさまと会話どころか、贈り物をもらいエスコートをしてダンスも・・・
なんだすごい1日だった・・・青いバラ喜んでもらえた・・・
ユリウスさま、アリステアさま・・・またいつかお話したいな。
お茶を飲み終え、腕輪にハンカチをしまうとベッドに潜り込んだ。