51.それぞれの誕生パーティー①
「これを・・・」
「・・・よくできました、ミンス殿」
アリステアさまとのダンスを終えると、壁際に立つ保護者の代わりに同行してきた男の元へ急いで向かった。
男の隣に立つと、こっそり得ることに成功した1本の髪の毛を男の手に渡した。
男はハンカチで手を拭うような動作をしながら、受け取ったた1本の髪の毛を確認し、ハンカチに挟んで内ポケットにしまって満足そうに微笑んだ。
渡した髪の毛は、ダンスの相手であるアリステア・ルーン=ディルタニアのもの。
僕は子爵家として、平民に比べれば十分良い暮らしをしていたと思う。
妹のエリーナが病になるまでは。
エリーナが発病したのは2年前、4歳の時。
はじめは体内の魔素が乱れて発熱しているだけと診断されたが、2週間熱が引かず、どんどん衰弱していった。
心配した両親が教会の上層部に高額な支援金と共に助けて欲しいと依頼した。
その依頼を受けて教会から派遣されてやって来たのが、今隣に立つハワード司教だ。
ハワード司教は25歳と若く、よく見かける茶色い髪に茶色の瞳で、ごく普通の優しい教徒のような風貌だが、実力があり、上層部からの信頼も厚い人物らしい。
僕にはよくわからなかったけど、両親に何か勲章の様なものを見せていた。
その勲章を見た瞬間、両親はハワード司教を信頼したようで、すぐに妹の元に案内した。
「残念ながら、このままでは体内の魔素が漏れ続け、余命僅かです・・・」
診断は『空洞病』だった。
身体の成長の変化が安定する13歳までによく起きる、発熱と全身の痛みをともなう『魔素乱れ』と似ている為、初期症状では見分けがつかない。
妹と同じ様に高熱が続き、目に見えて衰弱してはじめて『空洞病』だとわかる。
本来魔素は体内で循環するもので、魔法などで使用して減ったとしても、減った分だけ魔素は回復し再び体内を循環する。
しかし、『空洞病』は安静にしていても熱も全身の痛みも治ることはなく、徐々に体内の魔素が回復することなく減っていく。
魔素は生き物にとって生命力そのもので、尽きることは死を意味する。
「そんな・・・何か、何か方法はありませんか?なんでもいたします!!」
両親はすがるようにハワード司教に懇願した。
「・・・回復する保証はありませんし、僅かの間の延命にしかつながらないかもしれませんが・・・」
「あるのですね!!どんな方法でも構いません!教えてください!!」
「これは教会でも一部の人間しか知らない秘術ですが・・・」
そこからジワジワと僕の家族は壊れていった。
ハワード司教の行った治療は、確かに一時的に効果はあった。
妹は治療を受けると、1人で立ち上がり、外へ出ることもできた。
しかし、しばらく日が過ぎると再び熱が上がり、苦しみだした。
治療の回数が増えてくると、徐々に治療するまでに期間が短くなり頻度が増えた。
治療費は高額だが、それでも1年は治療を受けられた。
しかし、2年目になると、同じ治療では効果がなくなってしまい、より高額の治療費を出せば、もうひと段階高度な治療が受けられると言われた。
すでに子爵家の財産の多くを使い果たし、生活が苦しくなってきていたが、それでも両親は何とか資金調達し、妹の治療の継続を願った。
もうひと段階高度な治療も、一時的に症状の緩和はできたが、結局前と同じく効果がなくなってきてしまった。
人を雇うことができなくなった屋敷はがらんとし、資金調達で家財は売り、食べるのも困るようになったため、仲の良かった両親はよく喧嘩をするようになった。
そんな僕たち家族に、ハワード司教は残酷な選択を突き付けた。
「申し訳ございません・・・今の教会の力だけでは、これ以上の治療は難しく・・・・」
「そんな・・・なにか・・・なにかないのか・・・」
「教会の力だけでは難しいのです・・・」
「・・・教会の力だけ、では?」
「そうです。ディルタニア家をご存知でしょうか?」
「三大公爵家のディルタニア家でしょうか。それはもちろん・・・」
「実は、先日、こんな話を聞いたのです。『高熱に何日も苦しんだディルタニア家の次女が奇跡的に命を取り留めて健康になった』と」
「『魔素乱れ』ではなく?」
「そうです。『魔素乱れ』とは違い、命の危険があったと聞いています」
「それはまさか・・・」
「『空洞病』とは伝えられていませんが、もし治ることがないとされた『空洞病』が治ったとなれば、大事・・・故に治療方法を秘密にするべく、『1つの身体に2つの魂』というとても現実とは思えないことが原因だと広めのかもしれません」
「『1つの身体に2つの魂』?それは聞いたことがありませんね・・・でも『空洞病』の治療方法を隠匿するためと考えれば分かる気がします。・・・しかし、ディルタニア家が治療法を知っているのかもしれないとしても、我々はディルタニア家ほどの家とのつながりはないし、隠そうとしている情報を教えてくれるとは思えない・・・」
「でもあなた!治療方法があるのかもしれないのよ!!武力と慈愛のディルタニア家よ!事情を伝えることができればもしかすると・・・」
「奥様、残念ながら我が教会のルーク大司教がディルタニア家の状況を確認しましたが、情報は得られなかったのです」
「そんな!!ルーク大司教にも隠したというの?!ひどいわ!!『空洞病』の治療法が分かればどれだけの人が救われるか・・・私の娘だって!!」
「そうなのです・・・そこで、我々は1つの可能性を考えました」
「可能性?」
「はい。回復したと言う奇跡の少女、アリステア・ルーン=ディルタニアを調べ、治療方法を見つけるのです」
「アリステア様を・・・調べる?・・・ど、どうやってです?」
「・・・身体の一部が必要です」
「身体一部ですって?!」
「身体一部と言っても、髪の毛1本で良いのです。それで多くのことが分かるでしょう。我々教会の力があれば」
「髪の毛一本・・・だとしても難しいですよ!貴族の髪は抜けにくく、もし抜けたとして安易に捨てずに敷地内で燃やすほど徹底されています」
「今度、そのアリステアさまの7歳になる誕生日パーティーが開かれるそうです。パーティーではダンスが行われます。ダンス中であれば、こっそり一本切り取ることもできるでしょう」
「そんな?!それは犯罪です!!無断で魔素の宿る髪を奪うなんて、知られれば私たちは処刑されます!それに、私と妻では7歳のアリステア様のダンス相手にはなれません」
「息子さんがいらっしゃるじゃないですか」
「む、息子にそんなことさせられません!!」
「ですが娘さんを救う方法はそれしかありません」
「そんな・・・」
僕だって妹の治療方法は見つけたい。
多少の危険なことだって・・・アリステアさまには悪いけど、治療方法を隠しているディルタニア家が悪いんだ。
髪の毛1本を取ってくるくらい僕だってきっとできる。
でも・・・ハワード司教が・・・すごく怖かった。
笑ってたんだ。
両親は僕の方を見ていたから見ていない。
悲しむ両親の背中を見つめながら笑ったんんだ。
その笑顔がとても不気味で、これからすべき行動に自信がもてなかった。
アリステアさまの7歳の誕生日パーティーの招待状は、少し手を回すだけで得ることができた。
本当は両親も参加しようとしたが、ふさわしい衣装が用意できず断念し、僕は以前仕立てて着ずにいた服でハワード司教と共に参加することになった。
たった1本の髪の毛で僕の妹は救われるかもしれないんだ・・・なんとしても手に入れないと。
「ディルタニア家の皆さま入場です」
「「わぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」
ディルタニア家の人々は、金銀色に輝きを放ち、とても人とは思えない美しい人たちだった。
男の人たちは凛々しく、女の人たちは優し気で優雅な微笑みを浮かべている。
こんな神々しい人たちが、『空洞病』の治療方法を隠しているとはとても思えない・・・
ちらりとハワード司教を窺うと、また笑っていた。
アリステアさまを見ながら。
「皆さま、本日は私の7歳になる誕生パーティーに来ていただきありがとうございます。どうか今日のパーティーを楽しんでください」
アリステアさまも美しい人だった。
僕は9歳だから、2歳年下のはずだけど、余裕のある表情と落ち着いた雰囲気がして、とても年下には見えなかった。
この女の子と僕がダンスを・・・
「ミンス殿?どうかいたしましたか?」
美しいアリステアさまと踊ることを考えて、心がフワフワしていたところを、ハワード司教の声で現実に引き戻される。
「・・・いいえ」
僕はこの美しいアリステアさまにひどいことをするんだ・・・
胃のあたりがぎゅっと痛くなるのを感じたが、黙っていた。
挨拶の順番に並び、形式的な挨拶を済ませると、アリステアさまとダンスをするチャンスをうかがった。
しかし、アリステアさまはご兄弟とダンスをされると、すぐに休憩の為か、ホールから姿を見えなくなってしまった。
再びアリステアさまがホールに戻ってくるまでの時間はすごく長く感じた。
胃の痛みは増すばかりだが、会場を出るわけにはいかなかった。
アリステアさまは戻ってくると、ご兄弟とダンスをし、続いてトゥルクエル家のサフィールさまと親し気に踊られた。
僕はダンスを自分から誘ったこともなければ、誘われたこともない。
だからどうやってアリステアさまをダンスに誘えばいいのかわからなかった。
とりあえず曲と曲の間に近づいて、名乗ってダンスに誘えばいいのだろうと考えていた。
タイミングを見計らっていると、サフィールさまとアリステアさまが壁際の椅子へと進んで行き、アリステアさまは椅子に座り、サフィールさまは離れて行った。
「ミンス殿、こちらから見て、アリステア様の右手の近くにいる男の子が見えますか?その子の後ろに並んでください。きっと、ダンスを誘うことができるでしょう。あぁ、それとこちらをお持ちください」
「飲み物?」
「はい。ダンスをして疲れた女性はあのように椅子に座り、飲み物を運ぶ男性を待ちます。その間が次のダンスを申し込むチャンスです。急がねば誘えなくなりますよ。お早く」
とりあえず言われたまま、同じ様にグラスを持った男の子の後ろに並んでみた。
すると同じ様にグラスをもった同じくらいの年齢の男の子どもが次々後ろに並んだ。
前にいたのはドリスと名乗り、アリステアさまをダンスへ誘った。
会話をなんとなく聞いてはいたが、胃の痛みがひどくて吐きそうだった。
「・・・ドリスさま。申し訳ないのですが、私、その飲み物は今飲みたくありませんの」
アリステアさまがドリスの誘いを断る声が聞こえて驚いた。
僕は次に誘えばいいと思っていたが、断られる可能性を考えていなかった。
これで断られたら・・・僕はどうしたらいいのだろうか。
とても優しそうにみえるのに、ダンスを断るなんて・・・やっぱり人は見た目ではわからないんだ。
断られたのに、なかなか動かないドリスに待てなくなった僕は、ドリスを押しのけるようにして、アリステアさまにグラスを差し出してダンスに誘った。
断られるかもしれないが、だからと言って、他にどうしたらいいかわからないので、とにかく誘ってみた。
それに、胃の痛みも限界を感じていた。
幸いにも、グラスを受け取って飲んでくれたので、ダンスに誘うことができた。
手を重ねてくれたので、踊れる場所へ移動した。
これが普通のダンスであればどんなに幸せだっただろうか。
柔らかく、小さな手は可愛くて、キラキラした髪も瞳も間近で見るとすべてが光を放つ宝石の様だった。
時々目線を合わせようとしてくれているのを感じたが、気にかけている余裕は僕にはなかった。
ダンスの動きに合わせながら、指輪に仕込んだ小さな刃で髪の毛を切って持ち帰らなければならなかった。
くるりと回転する動きがあったので、素早く髪を切り取り、落とさないように気を付けた。
1曲終わると、次の人のためにアリステアさまを椅子のところへエスコートし、礼を済ませると、急いでハワード司教のそばへ戻った。
髪を無事渡し終わると、達成感と緊張感からの解放で一気に胃の痛みが襲ってきた。
「ミンス殿・・・ここでの役割は終わりました。戻りましょう。お屋敷へ」
ハワード司教の声に、うなずくので精一杯だった。
ここでの役割・・・その言い方が気になったが、もはや考え事をする気力は残っていなかった。




