4.魂の繋がり
コンコン
「アリステアお嬢様、お目覚めでしょうか?」
んっ…
すっかり眠っていた様だ。
まだ眠い目を擦りながら起き上がる。
意識は『私』のままの様だ。
眠ったら切り替わるとかだったら迂闊に眠れないところだった。
ガチャッ
「失礼致します。お嬢様。お目覚めですね」
「ええ、ヒルデ。今ちょうど目が覚めたところよ。イデュール兄さまとサラ姉さまが戻られたの?」
「お二人とも戻られましたが、お会いするのはご夕食の時になると思います。その前にお医者様に診ていただきましょう。今、奥様と旦那様がご案内されてこちらに向かっています」
「分かったわ」
そんな会話をしながら、ヒルデは私の髪を櫛で整え、肩掛けを掛けてくれた。
ーコンコン
ヒルデが扉を開けると、お父様とお母様、そして長い白髭と三日月眼鏡、白くて長いローブを着たおじいさんが部屋に入って来た。
うわっ、どう見てもド定番の魔法使いか、賢者だよ。
アリステアの記憶にはこのおじいさんの記憶はない。
どうやら、はじめましての人のようだ。
「アリステア、体調はどうだい?」
「眠ったら、良くなったみたい。ありがとう、パパ、ママ」
「よかったわ、アリステア」
微笑み会う私達の様子を優しげに見守るおじいさん。
「アリステア、こちらは聖パトラディユス教の大司教様だ。ちょうど近くの寺院にいらしているのを知ってね。お願いして来ていただいたんだ」
先ほどヒルデは『お医者様』が来ると言っていたが、お父様は『大司教様』と教えてくれた、という事は医者=宗教的指導者という世界のようだ。
アリステアの記憶にはそれらしい記憶はない。
……もしやアリステア…頭悪いのか?ただの勉強嫌いであって欲しい…ハイスペック令嬢だと期待したけど、違ったら残念だ。
「はじめまして、大司教様。私はアリステア・ルーン=ディルタニアです。お会い出来て嬉しいですわ」
「ほほっ、これは、これは…聡明なお嬢さんじゃの」
大司教様とのやりとりを涙ぐんで見ている両親とヒルデの姿が視界に入ったが、スルーで。
たぶん、元のアリステアとは対応が変わり過ぎているのだろうけど、私はこれがやりやすいのだ。
こういう設定でいきたい。はじめが肝心。
「ワシはルークじゃ。今からお嬢さんの体調を確認させてもらうがよいかね?」
「はい。よろしくお願いします」
ルーク大司教は私の返事を聞き、一つ頷くと何も持っていなかった左手に杖が現れた。
右手を私の額に当てて、何か呪文を唱えだした。
背の高いお父様と同じくらいの長さの杖の先には水晶のような石があり、詠唱に反応するように光っている。
魔法だ?!
この世界には魔法があるんだ!
アリステアの記憶によると、アリステア以外は家族皆何かしら魔法を使えるようだ。
アリステア…魔法が上手く使えていない記憶が…私も魔法は難しいかもしれない。
「うむ」
ルーク大司教が何か分かったように頷き、私から手を離し、同時に魔法の光は消えた。
「娘は、アリステアの体調はどうですか?」
「娘が言うには、倒れる前は自分が自分ではない様に感じてもがいていたと」
「ディルタニア公爵ご夫妻、ご安心なさい。まず、お嬢さんの体調はすこぶる健康じゃ」
「まぁ!」
「よかった」
「お嬢さんの言う、『倒れる前』についてじゃが…どうやら2つの魂が1つの身体に入っていた様じゃ」
「娘の身体に魂が2つとはどう言う事ですか?」
「本来、1つの魂には1つの身体か器として結びつくのじゃが、お嬢さんは1つの身体に2つの魂が結びついておったようじゃ。2つの魂のうち1つがその人生を終え、残りの1つが身体に残った。倒れたのは本来のあるべき形になる反動だったのじゃろう。
2つの魂が1つの身体を動かそうとするのが無理があるのじゃ。そのせいで性格や、身体を巡る魔素を上手く操ることが出来ず苦労していたはずじゃ」
「なんて事だ…」
「私達は娘の苦しみに気づいてあげられなかったのですね…」
「仕方あるまい。この様な事、そうあるものではない。ワシが知る限り、太古の神話として語られている一節にある限りじゃ」
なんか…適当に誤魔化した内容がいい感じに本当だったようだ。
しかし…元のアリステア…亡くなっていたのね。
よくある転生モノも、亡くなっているパターンは定番だが、いざ自分が直接関わるとなると…なんとも切ない。
アリステアの記憶は私の中にある。
この世界の信仰がどう言うものか分からないけど、魂という概念があるのなら、どうか安らかに眠って、来世があるのなら、幸せな人生を過ごせるといいな。
「私達にはもう1人娘がいたと言う事か…」
「そうとも言える。じゃが悔いる事はない。これからこのお嬢さんを愛してあげればよい。前のお嬢さんと同じく」
「そうですね…」
「ええ、貴方」
両親がそっと寄り添う姿を見て、前のアリステアが愛されていた事が分かる。
アリステアの記憶にも、愛されて嬉しかった記憶と感情が残っている。ただ、前のアリステアは貪欲に愛を欲しがったし、試していた。
それは歪な繋がりを持ってしまった2つの魂と身体のせいなのかは、今はもう知る事が出来ない。
「という事じゃ、お嬢さんにはちと難しかったかもしれないが、簡単に言えば、お嬢さんの身体は健康で前よりずっと元気になって色んな事を経験出来るということじゃ」
そう言って私の頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「ありがとうございます。ルーク大司教様」
大人として生きた経験の記憶も持った私には理解できたが、あまり大人びた返答をすると余計な心配を両親にかけてしまいそうなので、微笑みと共にお礼だけにとどめた。
ルーク大司教が言った事が本当かどうか確かめる方法はないが、何となく納得する内容だったので、ひとまずそういう事だとしておこう。
「ルーク大司教、この後夕食をご一緒いただけますか?すぐに用意が出来るのですが」
「いやいや、こんな老ぼれでも約束があっての。またの機会にご一緒させていただこう。まずは家族だけで話合いも必要じゃしの」
「ルーク大司教お気遣いありがとうございます」
「なんの。また会おうぞ、お嬢さんも」
「はい」
両親とルーク大司教を見送っていると、ヒルデがそっと声をかけてきた。
「お嬢様、ご夕食に向かう準備を致しましょう」
「ええ」
ヒルデは涙を堪えるような表情をしていたが、見なかった事にした。