44.誕生パーティー前夜
はぁ・・・ついに明日かぁ・・・
パーティーの準備と言う名のお母さま課題をこなしていたら、あっという間に時間が過ぎたよ。
権力者の集まるパーティーなんて、なんかのイベントにつながりそうで怖いけど、王子2人が来ないことを考えるとお茶会の時より幾分気が楽だ。
日課になった鍵のかかる特別仕様のノートに思いつくまま覚書を残していく。
前に課題として書いた『ランスに依頼するものを考える』は順調だ。
机の上にはランスから納品されたばかりの保温保冷マグカップが置かれている。
火の季節、夏が近づいているから、最近は冷たい飲み物が飲みたくなる。
―――コクリっ
「うん・・・冷たい。いい感じだね」
納品の時のランスを思い出すと、自然と笑顔になる。
「アリステア様、こちらがご依頼いただいていました『保温保冷マグカップ』と印章3種です」
「1週間しかたっていないのにもうできたの?!仕事速いわね!」
「仕組みは簡単なものなので、デザインが決まれば作成にはほとんど時間はかかりませんでした。デザインの決定も仮の小型通信鏡の通信ですぐに決まりましたので、すぐにアリステア様に会えて・・・納品出来て私も嬉しいです」
「きれいね・・・」
ユリウスにもらった隠密の保護魔法が施された黒水晶のピアスのお礼として依頼していた『保温保冷マグカップ』。
紺色の地色に銀色のストライプが入ったシンプルなデザインは、貴族の使うものとしてはシンプルすぎるだろうけれど、ユリウスなら気に入ってくれるような気がする。
「こちらはアリステア様用です」
ユリウスのデザインとは色違いのデザイン。緑の地色に金色のストライプが入っている。
うん。使いやすそうだね。
私もキラキラゴテゴテデザインより、シンプルな方が好きだ。
「あ、あの・・・自分用にこちらを作りまして・・・一応ご報告を・・・」
赤くなりながら見せてくれたのは、琥珀の地色に茶色のストライプが入っている。
同系統の色味なので私やユリウスのよりさらにシンプルな感じになっているが、いい感じになっているのはランスのセンスなのだろう。
絶妙な色の加減だし、ストライプのラインも太すぎず細すぎず・・・
「これも素敵ね・・・さすがランス!」
「ありがとうございます!では・・・使わせていただきます」
「もちろんよ!」
「印章3種もいかがでしょう」
「こちらもよさそう」
さっそく蝋を溶かして使ってみると、細かなデザインがきれいに見えた。
「ライオンにこれは流れ星?かっこいい」
「はい。力強いライオンに流れるような美しさを表現してみました。こちらが通常の手紙、公式に使われる普段使いの印です。一番使用頻度は高いと思います。いかがでしょう」
「繊細ですてき・・・じっと見ていたくなるわ」
「あ、ありがとうございます」
「こっちはライオンに太陽、太陽からの光がライオンを照らしている・・・豪華で強そうなデザインね」
「2つ目は公式普段使いの上位を意味するものですので、よりディルタニア家の権威とアリステア様の美しさと光を表現してみました!緊急用や特別な手紙のときにお使いください」
・・・こっちもきれいで繊細なデザインなんだけど、なんだか強そう・・・と言うか、豪華すぎてこれ使っても問題ないかな・・・デザイン画を見ていた時はただきれいなデザインに喜んでいたけど、完成品がすごすぎて心配になっていきた。
「すごく素敵なんだけど・・・こんなすてきなデザインを私が使って大丈夫かな」
「問題ございませんよ?ディルタニア家のデザインは羽の生えたライオンと太陽と月です。それに細工はもっと細かいですし、本物を証明する魔法が何重にも施されています。こちらも本物を証明する魔法は施されていますが、家紋はもっと厳重な仕組みになっていますので、ご安心ください」
「本物を証明する魔法?」
「はい。その魔法がなければ細工をまねられてしまうと本物と見分けができなくなる可能性があるので・・・あ、こちらもお渡ししておきます」
「・・・虫眼鏡?」
「むしめがね・・・ですか?えっと、こちらは印章を見分けるために使う『判断鏡』です」
「『判断鏡』?」
「『判断鏡』は印章の真偽を確認するものです。これで試しに押した封蠟印をみてください」
渡された虫眼鏡風の『判断鏡』を覗くと、封蠟がキラキラ輝き、その輝きが文字の形になった。
「・・・アリステア・ルーン=ディルタニア・・・私の名前?」
「はい。家紋の印にはディルタニアの名前だけが浮かび上がります」
「もし、アリステア様の印章を別の人間が使用して印を押したとしても、名前は浮き上がりません。それで本物と見分けるのです」
「なるほどね・・・あ。だから魔法石が印章についているのね」
「はい」
「でも・・・そうなると3つ目の秘密の連絡用も名前が分かっちゃうの?」
「いえ、こちらは表示する名前を登録できる仕様になっています。登録した名前を相手に事前に共有しておくことで、確認できるようになります」
「なるほど・・・登録はどうやってやるの?」
「方法はこちらに書いてございますので、後程お一人で実施してください。後で名前を変えることもできます」
「わかったわ。あ、とりあえず登録する名前は『アリス』にするわ。ランスにはこの秘密の印章を使って手紙書く予定だし」
「ほんとうに・・・私に・・・はい。ありがとうございます」
「3つ目のデザインは桜と三日月・・・すてき!!和風だね!!」
「わふう?」
「あ、なんでもないわ。すっごく素敵!!想像以上だよ!!」
大きな三日月を背景に桜の花が中央で繊細に表現されている。
・・・なんか懐かしい・・・『前の世界』でも桜が好きで、春になると散歩するのも楽しかったし、たくさん販売される桜グッズのデザインを見るだけでもワクワクしたっけ。
「・・・アリステア様?」
「あ、ごめんなさい。とっても気に入ったわ。ありがとう」
「いえ・・・そのように撫でてもらえるほど気に入っていただけたのでしたら、光栄です」
気付かなかった、無意識に撫でてたんだ・・・
「あと、こちらを!!」
「これは・・・宝石箱?」
ランスがグイっと私の方に差し出したのは木製の箱だった。
木製だが細かな飾り細工がしてあり、蓋の中央には緑色の魔法石がはめられている。
「宝石箱・・・と言えるほどのものではありませんが、アリステア様専用の収納箱です。アリステア様にしか開けられない仕様になっていますし、防水、防火、魔法防御、衝撃耐性、重さ軽減・・・今の私が組み込める魔法のすべてを施しました」
「え・・・それはもはや金庫だね。すごい・・・こんな軽いのに色んな機能がついてるんだ」
長さ20㎝、幅15㎝、高さ10㎝くらいの長方形で、滑らかな手触りの箱はとても軽かった。
「あの・・・」
「?」
「お誕生月おめでとうございます!心ばかりですが私からの贈りものとして受け取っていただけますでしょうか!」
「え、あ!これプレゼントなんだ!」
「はい・・・その、私が作ったもので申し訳ないのですが・・・受け取って・・・」
「もちろん受け取るよ!!嬉しい、ありがとう!!大切なものを入れる箱が欲しいと思ってたの!」
いつも以上に赤くなってもじもじしてるから何だろうと思ったけど、まさかプレゼントを用意してくれていたとは・・・『この世界』の私としてはじめての誕生日・・・じゃなかった、誕生月プレゼント・・・嬉しい。
「その・・・プレゼントは箱なのですが、中には完成した小型通信鏡が入っています」
「え・・・えぇ?!小型通信鏡もできたの?!」
「はい」
プレゼントを渡し終わってほっとしたのか、顔は赤いままだがいつもの笑顔を見せてくれた。
うんうん。ランスの笑顔はやっぱり可愛いね。
――――パカッ
箱の魔石に手を触れると蓋が自動で開いた。
中には、金色の小型通信鏡が入っていた。
「すごい細工・・・」
緑色の魔法石、ライオンと太陽をイメージした細かな彫刻が施されていた。
デザイン画を見せてもらっていたけど、実物はデザイン画以上に素敵に感じた。
「これでランスにいつでも連絡できるね」
「っ・・・はい・・・嬉しい、です」
「この小型通信鏡でも他の普通の通信鏡と通信はできるんだよね?」
「はい。他の通信鏡を登録する方法を書いた紙を箱の中に入れてあります。ダイヤルの1番は・・・その、私ですが、他は6個登録できます」
「ランスの通信鏡は登録してくれていたのね!1番なのも助かるわ。かけやすいもの」
「そ、そうですか・・・よかった」
今後他の人と通信する機会がそんなにあるとは思えないけど、緊急連絡先みたいなところを登録しておこうかな。
緊急連絡先を携帯しておくのは避難するときの基本よね!
何かから避難するような機会がないことが一番いいんだけど・・・。
「ギルドには『保温保冷マグカップ』と『小型通信鏡』は登録済ですので、ご安心ください」
「そう言えば登録が必要って言っていたね。色々ありがとう」
「いえ!アリステア様の権利を守るのも私の役目ですので。他にも必要なものがありましたらいつでもお声掛けください」
「うん、よろしくね」
机の上にはランスからもらった宝石箱がある。
箱の中には小型通信鏡とユリウスからもらった黒水晶のピアスが入っている。
これからも大事なものを入れて、この箱がいっぱいになったら嬉しいな・・・成人してこの屋敷を出てるときはこの箱は持っていこう・・・