43.魔獣騎士
「アリステア。ここがグリフォン隊の獣舎だ」
先頭を歩いていたお兄さまが振り返って指さす先を見ると、馬小屋の様な大きさの小屋がたくさん並んでいた。
グリフォン隊の獣舎は家族用の獣舎から少し離れたところにあった。
その周りにはスタンと同じ騎士の制服を着た人たちもたくさん働いていた。
騎士について聞きたかったので、お父さまに降ろしてもらい、スタンのそばに駆け寄ると、ひょいと抱き上げられてしまった。
自分で歩きたかったのだが、大人の歩くスピードに追い付けないので、おとなしく抱かれておく。
お父さまが何やらブツブツ言って、スタンの顔が引きつっているいるような気がするけどきっと気のせいだ。
「スタンと同じ服を着ている人たちはみんなディルタニア家の騎士の人たちですか?」
「そうです。騎士の中でも魔獣と共に戦うことに特化した騎士で、魔獣騎士と呼ばれています。魔獣騎士は戦闘訓練の他に、魔獣の食事や体調管理も行っています。獣舎小屋の整備や掃除は魔獣騎士だけでなく、他の部署者たちとも交流を深めるためや、才能発掘のために順番に行っています」
おぉ・・・さすがホワイト世界、コミュニケーションの循環と、自分の知らない適性発掘まで考えられた仕事環境。
肉体労働でも一番忌避されやすい掃除などは順番にして個人負担を減らすとは・・・考えられている・・・素晴らしい。
「ディルタニア家魔獣騎士の魔獣は現在総数53頭です。魔獣の種類は複数の種類がいますが、一番頭数が多いのがグリフォンです。現在、グリフォンは43頭います。そのため、ディルタニア家の魔獣騎士のことはグリフォン隊と呼ばれています」
「なぜいろんな種類のなかでもグリフォンが一番多いの?」
「そうですね・・・色々ありますが、まずグリフォンは群れで行動する習性がありますので、騎士団の集団行動に適していいます。縄張り意識が高い魔獣は契約していたとしても、それなりにストレスがかかってしまうんです。そしてグリフォンの一番の適性点は戦闘力の高さです。走れば馬並みのスピード、大きな翼で高速飛行も可能。鋭いくちばしと爪は易々と敵を切り裂きます。魔素保有量も多く、風魔法と土魔法が使えます」
「・・・スタン。娘は6歳だ。そう言った暴力的な表現は抑えるように」
「あはは・・・気を付けます」
お父さまがチラチラとこちらの様子を伺っている・・・かっこいいのになんか残念な感じになってる。
「あの、スタン。馬って魔獣とは違うの?」
「え?あー・・・そうですね。動物で魔素保有量が多く、魔法を使うことができるものを魔獣と呼びます。なので馬の魔獣もいますし、魔獣ではない馬もいます」
「なるほどね」
「・・・今の説明の中で、疑問に感じたのそこなのですか?」
「どういう意味?グリフォンの習性と能力が騎士団と相性が良いってことはわかったよ。『馬並み』って表現がなんかひっかかっただけで、他にわからなかったことは特にないけど、何か引っ掛けがあった?」
「ははっ、引っ掛けはないですよ。でもお嬢は不思議ですね~。馬と魔獣の違いは分からないのに、群れで行動する習性と騎士団の集団行動の適性はすんなり理解できる。基礎情報はないけど、仕組みは理解できるって『6歳の娘』ってこんな感じなんですかね・・・」
爽やかイケメンが目をスッと細めて私の観察するように見る。
うぐっ・・・スタンって鋭いかも。
イデュール兄さまやサラ姉さまから重宝されるわけだわ。
お父さまとのやりとりからも、信頼されているっぽいし、きっと有能なのだろう・・・スタンには気を付けないといけないかも。
「スタンよ。アリステアが普通の『6歳の娘』なわけがないだろ。天才なのだ」
「え・・・・・・・・あ、はい」
お父さま・・・どうしよう自分の子どもを人に天才だとと言いだしたら、親バカ症状末期だ。
スタンがお父さまの発言に一瞬ポカンとしてからいつも通りの雰囲気に戻って良かったけど、外ではあまりお父さまのそばに居ない方がいいかもしれない。
お父さまのメンツのために。
「ディルタニア家御当主、御家族皆様に敬礼!!」
「「は!!」」
「忙しいところ邪魔する、シラン副騎士団長」
「とんでもございません、当主」
作業をしていた騎士たちがいつの間にか集まって整列していた。
男性だけでなく、女性も3分の1くらいの人数がいる。
騎士団だから男性ばかりかと思いきや、ちゃんと女性もいるし、整列している順番をみても、特に男女での序列があるようには感じなかった。
うんうん。こういうところもホワイト感があるね。
「お嬢は時々そうやって頭振ってうなづているけど、どういう意味です?」
「え?私うなずいてた?」
「あー、癖みたいなものなんですね。何考えてたんですか」
この世界のホワイト感について・・・とは言えまい。
「えー・・・と、騎士団の雰囲気が良い感じだなーって?」
「はは、なんでお嬢が疑問形なんですか?・・・何か考えて納得したときの癖みたいですね」
「スタン。アリステアの観察はやめろ。お前の観察眼はかっているが、家族に向けられると気持ちいいものではない」
「すみません。イデュール騎士団長」
「え?イデュールお兄さまが騎士団長なの?」
「ああ。父上から私に引き継がれたばかりだがな。ディルタニア家の後継者としての務めの1つだ」
「でもイデュール兄さまは近衛騎士団の副騎士団長でもありますよね?・・・忙しそう」
「覚えることは多いが、忙しくはない。家の騎士団長は代々当主か次期当主の役目だ。実際統率して日々の指揮を担っているのは、今父上と話しているシラン副騎士団長だ」
「シラン副騎士団長・・・」
「経験も豊富で、判断力、実力共に優れ、長きにわたり父上に仕えている。私も頼りにしている人物だ」
シラン副騎士団長をみると、白髪に白い髭、ゴリマッチョな体躯に、いかつい顔つきと、強い光を宿した瞳は赤色、深いシワと傷が顔にある。
お父さまも背が高いけど、それ以上・・・190㎝以上ありそう。
いままで周りにいた人達がみんな眉目秀麗な人たちばっかりだったから、なんだか安心する。
騎士団の人たちも普段から鍛えているのだろう、みな引き締まった体に、きりっとした顔つきの人が多いが、特別美しい顔をしている人ばかりというわけではないようだ。
「イデュール騎士団長、スタン。アリステアお嬢様にご挨拶させていただいても?」
「もちろん」
スタンに降ろして貰うと、シラン副騎士団長が片膝をついて目線を合わせて挨拶をしてくれた。
「お初にお目にかかる。ディルタニア家騎士団の副騎士団長の任を受けております、シラン・キットローと申します。身命をとしてアリステアお嬢様をお守りをすると誓います。以後お見知りおきを」
おぉ・・・かっこいい。
見た目は大きなゴリマッチョで怖いけど、正義感とか騎士道とかが染みついてるって感じ。
「ディルタニア家の次女、アリステア・ルーン=ディルタニアです。シラン副騎士団長、これからよろしくお願いいたします」
ニコリっと微笑むと、シラン副騎士団長は驚いたような表情をした。
「すごい・・・シラン副騎士団長の顔を見ても泣かない子どもはじめてみましたよ」
―――ギロッ
「うわっ!怖いですよシラン副騎士団長!!」
「・・・戻ってきたらしごいてやる。覚悟しろ、スタン」
「嫌です。今日はずっとアリステアお嬢のそばにいるように命を受けています。もどりません。離れません」
「安心しろ。明日でも、明後日でも待ってやる」
「なんで!!シラン副騎士団長が怖いのは俺のせいじゃないじゃないですか!!」
「余分なことをべらべら話してんのはてめぇの口だろうが」
「ふふっ」
スタンとシラン副騎士団長のやりとりが面白くて思わず笑うと、2人がこちらを驚いた顔で見てきた。
「あ、ごめんなさい」
「いえ・・・お嬢はほんと肝が据わってますねぇ。強くなりそうだ」
―――ゴンッ
「いったぁぁ!!」
「アリステアお嬢様、部下の非礼をお許しください」
「いいえ、スタンは優しくて面白いわ。お手柔らかにお願いします」
「・・・承知いたしました。お嬢様」
「はぁ・・・シラン。グリフォン隊をみてもよいか?」
「もちろんです。イデュール騎士団長。こちらへ」
「わぁ・・・グリフォンかっこいい」
鷲の頭と翼、身体はライオンのグリフォン。
茶色の身体と頭、緑の瞳、黄色の鋭いくちばしと爪。
手入れが行き届いているようで、毛並みはつややかで、羽根はふかふかで柔らかそう。
大きさは、サラ姉さまのペガサスと同じくらいの競走馬のサラブレッドサイズ。
太い脚は力強そうで、甲冑を纏った騎士が乗っても問題なさそうだ。
―――クルルルルッ
鳴き声は怖い感じは全くない。
むしろ緑色の瞳も鳴き声も優し気に感じた。
これも受け入れられたってことかな。
触ろうとトコトコ近寄ったら、ヒョイとイデュール兄さまに抱き上げられた。
超絶エルフ顔イケメンが間近で緊張するかと思ったが、なぜかスンッっとなった。
やっぱり、人の枠を超えすぎたイケメンには、免疫の低い私の感覚が振り切れたのか、何にも感じなくなったんだろう。
「これで触れるか?」
「ありがとうございます。イデュール兄さま」
私が触りやすいように抱き上げてくれたのか。
手を伸ばすと、グリフォンの方から頭を寄せてくれた。
頭は鷲なので、羽根で覆われており、触るとモフっとした。
モフモフ!!!癒される!!
―――クルルルルッ
両手で抱き着くと答えるようにグリフォンが優しく鳴いた。
「ふむ。アリステアはグリフォンとも仲良くできそうだな」
「父上はあまりグリフォンに近づかないでくださいね。グリフォンが怯えます」
「・・・イデュール。それはわかっているが、もう少し私に優しくしてくれてもいいのではないか?」
「言葉は選んだつもりです」
「グリフォンはお父さまが怖いのですか?」
「父上は火竜のドラフェスタと契約しているため、ドラフェスタの気配を纏っているのだ。ドラフェスタは魔獣の中でも最上位種と言えるほど強い。そんな圧倒的で凶悪な力をもった存在が近づいてきたら、魔獣は本能的におびえるのだ」
「・・・イデュールよ。本当に言葉を選んでいるか?」
「アリステアー」
「サラ姉さま?!そのグリフォンは?!」
獣舎の外から私を呼ぶ声が聞こえたので、イデュール兄さまに運ばれて声のする方に行くと、そこには黄金色のグリフォンに乗ったサラ姉さまがいた。
キラキラ女神がキラキラ生物に乗っている・・・
「黄金色のグリフォン・・・あ!!私のペンの羽根の?生きてたんだ・・・」
「あの黄金のグリフォンの羽根を使ったペンをつかっているのか・・・私も欲しいな」
おお・・・イデュール兄さまも黄金のグリフォンの羽根ペン欲しいんだ。
かっこいいものね。
「すごいだろう?少し前、北の山に行ったときに見つけてね。戦って従えた。かっこよいだろう」
「はい。すごくかっこいいです!!強そうですし、キラキラで素敵です・・・でもなんで黄金色なんですか?」
「このグリフォンは『色変わり』だ」
「『色変わり』ですか?」
「ああ、普通のグリフォンは茶色が多いけれど、まれに違う属性を持つ子が生まれる。それが『色変わり』。『色変わり』は大体通常の色持ちより強いことが多いのよ。しかもこれは黄金色で光属性持ち。私との相性は最高」
「そのグリフォンもサラ姉さまの契約魔獣ですか?」
「もちろん。黄金のグリフォン、マテリアと名付けた」
「契約は複数の魔獣とできるのですが?」
「できるわよ。膨大な魔素がないとできないけどね。必要な魔素は魔獣によって個体差があるから、必要な魔素が少ない個体なら結構な数の魔獣と契約できるはずよ。理論上は」
精霊と契約すると、精霊に養分として魔素をあげるってサフィールが言っていたっけ。
魔獣も同じ感じみたいだね。
「アリステアちゃん。サラは魔獣が好きですぐに契約しちゃうけど、あんまり契約しすぎちゃだめよ。自分が弱っている時も魔素は契約魔獣に流れちゃうから、傷の治りが遅くななったりして大変なことになることもあるから、契約するときは慎重にね」
サラ姉さまの後ろから、お母さまがひょこっと顔を出した。
姿がみえないと思っていたら、サラ姉さまとグリフォンに乗っていたのか。
「みんな、屋敷にお茶の用意をしてあるからそろそろ帰りましょう」
サラ姉さまとお母さまは黄金のグリフォンに乗って、お父さま、イデュール兄さまは『駿脚』で、私はスタンに再び抱えられて屋敷に戻ることになった。