41.魔獣①
「っは!!!はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「アリステアお嬢様?!」
「うなされていましたが、大丈夫ですか?」
「だ・・・大丈夫。たぶん。夢・・・でよかった・・・」
良い夢見れそうと思ってベッドに潜り込んだのに、ガッツリ悪夢見た。
真っ黒な鎖がどこかからか私の方に伸びてきて、首に巻き付きグイグイ引っ張られて闇の中に引きづりこまれそうになった。
夢って痛み感じないはずなのに、首にあたる冷たい鎖の感触と引きズレれる痛みを感じた気がする。
自分の身体を確認したけど、もちろん引きずられたような跡はない。
夢って、起きていた時の体験を脳内の情報整理をする時と見るっていうよね・・・
他にも夢占いとか予知とか色んな可能性があるって言われてるけど・・・怖かったり、痛い夢はお断りである。
見るなら、良い夢がよかったなぁ。
きっと久しぶりにブラックな企業や世界を思い出したからかも・・・なんたる呪縛。異世界でも影響してくるとは闇深いわぁ。
それとも時間外なのにランスと仕事に関係する話ばっかりだったからかな?
これからは連絡するにしても、できるだけ仕事の話は避けるべきね!私もホワイト世界の住人らしく生きねば!
「えっと・・・アリステアお嬢様?本当に大丈夫ですか?」
「アリステアお嬢様は朝が弱いですが、うなされている姿をはじめてみました。もしや寝苦しかったのでしょうか・・・寝具を買い替えた方がいいかしら」
「ルーリー、寝具もそうだけど、寝間着も良くないのかも」
「ちょっ、ちょっと待って!夢見が悪かっただけだから!そんなのもったいないよ!新しいのなんていらないかね」
「ですが、縁起がよくありませんよ」
「そうですよ~、嫌な夢なんて見たくないです」
「私も見たくはないけど、今まで同じ寝具や寝間着で変な夢見てないから、きっと問題はそこじゃないよ。続いたら何か対策考えなきゃだけど、大丈夫だから!!」
「そうですか?」
「まぁ、アリステアお嬢様がそうおうっしゃるなら・・・」
なぜ、ルーリーとリナが不服そうなのだ。
どうみても高品質の高価そうな寝具を嫌な夢みたからって変えてたらもったいなさ過ぎる・・・て感覚はこっちの世界にはないのだろうか。
「もしかして、寝具を新しものに変えたら、この寝具を誰かが使うような循環システムがあるの?下げ渡し?みたいな」
「いえ?そういうしきたりはありません。平民の間では古着屋や家具の使いまわしはありますが、貴族の品は安全のためにも何か理由がない限りは処分されます」
「安全のため?」
「はい。処分の際は最新の注意を払いますが、髪の毛などが残っていた場合、それで魔法石などを作られてしまったら、何に悪用されるかわかりませんので」
「あぁ、なるほどね・・・」
リサイクルできて、ついでにお金を稼げたらいいなぁ~なんて思ってたけど、そんな気軽なものじゃなかったね。
この世界が魔法のある世界だった。
ならば余計に物は大事にせねば。
「やはり処分いたしますか?」
「ううん!このまま使うわ」
「そうですか・・・承知いたしました」
「寝具については承知いたしましたが、本日は旦那様たちとのお約束はいかがいたしますか?」
「もしお加減が悪いようでしたら後日に・・・」
「大丈夫!!楽しみにしていたの!魔獣に会いたいわ!」
「ふふっ承知いたしました」
「さすがディルタニア家のお嬢様、魔獣がお好きなのですね」
動物は好きだけど、別に魔獣が特別好きと言うわけではない。
はじめて見た魔獣はルーファの蛇タイプの契約魔獣だから、正直『前の世界』の動物園のふれあいコーナーで触った蛇とおなじだったので、若干ファンタジー感は少なめだったんだよね。突然現れて消えたのは不思議だったけど。
サフィールさまの蝶の精霊シフォニーをみてから、他の魔獣や精霊にも会ってみたくなった。
精霊にどうやって会えるのかわからないが、契約魔獣なら家にいるはず。
家族の魔獣をみるところから始めてみようと思って、お母さまに相談した結果、お父さまが契約魔獣に会わせてくれることになった。
お父さまの仕事のスケジュール自体は忙しくはないが、元近衛騎士団長で現国の宰相というポジションは、やりたいことをやるのにはとても自由度の高いポジションらしい。
『前の世界』では、ポジションが高ければ不自由になることが多いのに、ホワイトな世界はそんなことはないようだ。
お父さまが私とほとんど会えないのは、仕事ではなく、規則正しい生活リズムと趣味に忙しいかららしい。
日が昇る時間に目覚め、家で軽いトレーニングし、家の書類仕事を終えたら、教育と自身の鍛錬のために騎士団に行き、王城で城の書類仕事を済ませて、各会議を済ませて屋敷に戻ると大体夜遅くになっているらしい。
まぁ、夜遅くと言っても、子供の寝る時間より遅いだけで、大人としては普通の活動時間らしい。
私はぐっすり眠っているので気が付いていないが、夜に寝顔をみにきているらしい。
なので、事前に会いたいと言えば、いつでも調整できるらいい。
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ルーリーとリナと共に屋敷の裏玄関に行くと、スタンが待っていた。
「では、今から獣舎へお連れしますね!アリステアお嬢様」
「スタン?スタンが案内してくれるの?」
「案内というより、馬車役ですかね」
「馬車役?」
「獣舎まではかなりの距離がありますので、お嬢様が普通に徒歩で進むと日が暮れてしまいます。かと言って馬車を使うほどの距離でもないので、僭越ながら私が抱えて運ばせていただくことになりました」
ニカッと笑った顔は、本当に気持ちのいい爽やかさだ。
観劇の時は御者に扮していたが、今日はマントや甲冑はないものの、家紋が入ったグレー色の動きやすそうな騎士団の服っぽい格好だ。
制服姿のオレンジの髪に薄い赤色の瞳の爽やかイケメンについ拝みたくなる。
「スタン、お嬢様をよろしくお願いいたします」
「ああ。任せてくれ」
「私たちは戻られたらお茶ができるように用意しておきますね」
「うん。よろしくね」
「おそらく皆様すでにお待ちだと思いますので、急ぎましょう。失礼いたしますね。よっと・・・」
さっとランスは私を抱えた。
「アリステアお嬢様、移動中は舌を噛まないように気を付けてくださいね」
「は、はい?」
「行きますね・・・『駿脚』」
スタンが何やらつぶやくと、スタンと私の周囲に風が渦巻いた。
「なにこ・・・うぇ!!」
次の瞬間、スタンが高速で動き出した。
どう考えても、人間が普通に走って出せるスピードではない。
多少揺れはするけれど、腕を振らずにこんなバイクみたいなスピード出せるわけがない。
よくみると、さっき周囲に渦巻いていた風がスタンの足の周りにあった。
低く遠くにジャンプするように飛んでいるようだ。
これは・・・風魔法なのかな?!すごい!!
「もう着きますよ~、っと。とうちゃ~く。大丈夫でしたか?お嬢。あ、いや、アリステアお嬢様」
あっという間に景色は変わり、もう屋敷は見えなかった。
代わりに5階建てビル並みの大きな建物が並んでいた。
「驚きましたが、大丈夫です。それと、お嬢呼びで大丈夫です」
「そうですか?はは!助かります」
「ここが契約魔獣の獣舎・・・おおきい」
「この国のなかでも1番大きい獣舎ですからね~」
「今のは風魔法ですか?」
「そうです。『駿脚』といいまして、基本魔法の一つですね。スピードや可能移動距離は個人差はありますが、お嬢も魔素が安定したら習うと思いますよ」
「すごいね・・・かっこよかった」
「え。あはは!恐ろしいほど可愛いお嬢に『駿脚』でかっこいいと言われるとは役得だ」
・・・可愛いは嬉しいけど、恐ろしいほどって。
「・・・私が迎えにいけば良かった」
「うわっ殺気?!って旦那様じゃないですか?!旦那様、ただでさえ顔怖いんですから殺気向けないでくださいよ!お嬢が怖がるじゃないですか」
「む。アリステア、私は怖くないぞ。少しスタンを殴りたくなっただけだからな」
「旦那様、さっきの殺気は殴るレベルではなかったですよ」
「気のせいだ。そしてはやくアリステアを降ろせ」
・・・神がかったイケメンお父さま。
日の光を受けて長い銀髪はキラキラ光ってるし、青い瞳は晴天よりも深くて濃い。
よく小説や漫画に出てくる氷の貴公子ってイメージそのまま。これで60歳に近い歳なんて・・・
殺気はよくわからなかったが、今は優しい微笑みでしゃがみ、降ろされた私に向けて両手を広げてニコニコしている。
これは子どもらしく駆け寄るのが正解だろうか。中身30歳オーバーの私には躊躇う行動だけど、家族関係は良好を維持しなくてはね。
「えっと・・・パパ~」
トテトテ―――ポスッ
駆け寄って抱き着くを実行すると、お父さまにやさしく抱き上げられた。
「・・・・・・・幸せだ」
「旦那さま・・・そんなに娘が可愛いなら、もっと娘に会ってあげればいいのに。触れて壊してしまいそうだとか、お嬢はそんな弱くないと思いますよ?」
「黙れスタン。凍らせるぞ」
「うっ!すみません!!なんでもありません」
・・・スタンとお父さまってとても仲がいいのね。
「アリステア、来たな。スタン、すまないな」
「とんでもございません。役得でした」
「役得?」
「イデュール兄さま?」
「ああ。父上がアリステアに契約魔獣を会わせると聞いてな。ついでに私の魔獣とも会わせてやろうと思って来た。サラと母上も奥にいる」
「え?!イデュール兄さま、サラ姉さま、お母さまも会わせてくれるの?!嬉しい!!」
「そうか、よかった」
お父さまと同じ銀髪に、お母さまと同じ緑の瞳の神がかったイケメン兄。
屋敷の外で会うの初めてだけど、エルフ感が半端ない。
イデュール兄さまは近衛騎士副団長とディルタニア家後継者の勉強で忙しそうだが、それでもお父さまより屋敷で遭遇する機会が時々あった。
挨拶だけだけど、繰り返していくうちに、気配の違いになれたのかイデュール兄さまの私への警戒心は徐々に薄れていったようだ。
「あれ?お母さまも契約魔獣がいるのですか?」
「あぁ。ほとんど自由にさせているから、あまり知られていないが、いる。会えばわかるさ」
お父さまに抱えられたまま、獣舎の前に着くとサラ姉さまとお母さまがいた。
他にも獣舎番の人たちなのか、何人も忙しそうに作業をしている。
「お母さま、サラ姉さまも今日はありがとうございます」
「いいのよ。本当は10歳になってからにしようかと思っていたけど、興味を持った時が学び時だと思うの」
「魔獣に興味を持つことは我が家の人間としては良いことよ」
「それでは、私の契約魔獣から紹介しよう」
そう言って、お父さまは獣舎の建物群の内、一番奥で一番大きな建物の前で私を降ろした。