3.確認
「申し訳ございません。アリステアお嬢様、すぐにご家族の皆様をお呼び致しますね!まだ目覚められたばかりですからベッドでお待ち下さい」
抱きしめられるままにしていたが、しばらくすると泣きやんだメイドさんは私の手をとってベッドへ促す。
大人しくベッドに戻り、布団に入るのを確認すると、メイドさんは部屋を出て行った。
「言葉は…問題なさそうね」
外国語が苦手なので、心配だったが杞憂で安心した。
アリステアって名前からして、日本人ではなさそうなんだけど…所謂キラキラネームだったらあり?なのか?
ご家族って事は、この身体のって事なのか、元の、なのか…メイドさんの雰囲気からしてこの身体のお嬢様の方よね。
メイドさんも見た目は焦茶色の髪をしっかりと結って上にあげ、丈の長いメイド服を着ていた。
顔立ちは整っていて、やはり日本人っぽくはなかった。
うーん…メイドさんの雰囲気からすると何か極悪犯罪組織っていう感じもしないんだよね。
と、なるとこれは未来?
この身体は実はフルメタルのアンドロイドとか、冷凍保存しておいた私を再生して理想系に作り替えたとか…
小説とか、映画見過ぎかな…
いやいや!それぐらいのレベルじゃないと今の私の状況説明出来ないし!
それともスピリチュアル的な幽体離脱からの弱った身体に取り憑いたみたいな展開か?
あとは…
コンコン。
「あ、はい」
うんうん悩んでいたところにノック音がして、つい反射的に返事をしてしまった。
バンッ!!
「アリステア!!!」
ービクッ!!
ノックまでは静かなのに、なぜ扉を開ける音と、開けると同時の大声のセットなのだ。びっくりするではないか。
驚いている私に真っ先突っ込んできたのは少年だった。
年齢は12歳くらいだろうか?
泣きじゃくりながら私を抱きしめているので姿がよく見えない。
ぎゅうぎゅう抱きしめられて苦しい。
その上から、女性が私と少年を抱きしめ、さらに男性が皆を包むように抱きしめてきた。
く、苦しい。
私は声を出せずに手をばたつかせてヘルプをアピールした。
幸いメイドさんが気がついてくれて
「お嬢様が潰れてしまいます!」と声をかけてくれて潰れずにすんだ。
家族の奇跡の再会シーンだろうところ申し訳ないが、苦しいものは苦しいのだ。
「ごめんなさい、アリステア…嬉しくて…本当に嬉しいわ。私の愛しい娘」
涙を流しながら優しい目で見つめてくれるのは美しい女性。
愛しい娘って事はこのアリステアの母親って事かな。
メイドさんと同じくらいの年齢に見えるけど…年齢不詳タイプね。
見た目もウェーブした金髪で緑の瞳。鏡でみたアリステアの瞳より濃い色だが、顔立ちも似ているのでこれで血縁者じゃないと言う方が難しいだろう。
スラリとしているのに女性らしいラインが際立っている。このアリステアの身体が成長した姿というところだろうか。
「アリステア、苦しくないかい?大丈夫か?」
そっと頭を撫でてくれる美丈夫の男性は、サラサラした長い銀髪を肩の辺りで緩くむすび、青い瞳をしている。冷たい色の組み合わせなのに顔に浮かぶ表情はとても柔らかい。
背も高く、スラリとしているが、しっかり鍛えられている事が服越しでもわかる…イケメンってこう言う人の事ね。
この流れからすると、この人がアリステアの父親?
アリステアが見た目天使になるわけだ。
と、なるとこの泣きじゃくっている少年は兄…かな?
「さぁ、レオナ。気持ちは分かるけど可愛い妹を離してあげて」
母親にそっと声をかけられ、レオナ少年は名残惜しそうに私から離れた。
レオナ、と呼ばれた少年はフワフワの薄い金髪に青い瞳。アリステアと同じく整った顔立ちをしていた。何と言うか…妖精さんですね。うん。
父親が高身長だから、この子も背が高い方だとすると見た目より幼いかもしれない。
泣きじゃくっているのに、絵になるとはこの事か。
止まらない涙をごしごし服で擦るレオナ少年。
せっかくの妖精顔が傷ついてしまう。
「お兄さま、そんなにお顔を擦っては痛めてしまいます」
そっとレオナ少年の手を握ると、
レオナ少年はピタリと泣くのをやめて、同時に何故か場の空気が停止したのを感じた。
ーえっ…私間違えた?!
もしかして、お兄さんじゃない?!でもさっき母親的な人が妹って言ってたよね?!
それとも呼び方?普段『お兄さま』呼びじゃなかったとか?
私がぐるぐる考えながら冷や汗を流していると
「ア、アリステアがお兄さまって!優しい!!うわぁぁぁ」
レオナ兄さん?がさっきより激しく泣き出した。
ど、どういうこと?!正解か不正解か分からん!
「そう言えば先ほども私が思わず抱きしめてしまっても何もおっしゃりませんでした。てっきり起き上がられたばかりだからと思ったのですが…」
と、メイドが謎の感想を言う。
ますます分からない。
抱きしめられて何か言わなきゃいけなかったって事?
混乱した私はとりあえず優しそうな母親っぽい人と父親っぽい人に目を向けると、2人とも戸惑っている様だ。
「アリステア、私達の事は分かるかい?」
父親っぽい人が1番聞かれたくない事を聞いてくる。
くっ、的確に要点を質問してくるとは…この父親っぽい人仕事出来そう…じゃなくて!どうしよう…なんて答えたら…
ーズキッ
「うっ」
「「アリステア?!」」
鋭い頭痛を感じると、これぞ走馬灯という様な『アリステア』の人生の記憶が見えた。
走馬灯って今じゃないでしょ?!と、心の中でツッコミを入れている最中も記憶の波が頭の中を駆け巡る。
記憶の中のアリステアは我儘、傲慢令嬢と表現するしかない残念天使だった。
名前はアリステア・ルーン=ディルタニア
この国で1.2を争う地位の公爵家の次女。
上に兄が2人、姉が1人。
アリステアは末娘で現在6歳。
癇癪をすぐに起こしてメイド達に八つ当たりは当たり前、1つ年上のレオナ兄さんを弱虫と呼び、両親には無茶苦茶なおねだりばかりしていた。
そんなアリステアが突然高熱で倒れ、何日も寝込み、目覚めた第一声が
「お兄さま、そんなにお顔を擦っては痛めてしまいます」という優しい言葉と行動だったので、場がフリーズして、「誰この子?」となったわけだ。
記憶が洪水の様に押し寄せてきたので、頭の中がごちゃごちゃしているが、色々と腑に落ちた。
細かい事は後で整理するとして、一つの可能性にたどり着いた。
こ、これは事故当時に流行していた、『悪役令嬢』の転生系のアレか?!
ハイスペックなのに残念系女子が婚約破棄とか、断罪されたりして良くて国外追放、悪くて死罪、それを避ける為に奮闘する…アレか?!
それとも転生じゃなくて、そういうゲームか小説を体験する、脳にダイレクトにアクセスできる機器でも発明されて、ちょうど良く事故死した私で人体実験を?!
くっ…どちらにしろ、私の『今』はこのアリステアって事は変わらないのか。ど、どうする?!
「アリステア?!苦しいのか?」
「アリステア、大丈夫?」
「うわぁぁぁ、アリステアアア」
頭を抱えながら唸る私を心配する家族の声がする。
とりあえず、この場を何とかしなくては!
えっと、だいたい定番の対応はこういう大きな要因を期に『良い子』になる方が無難な選択肢に繋がるのよね。
「だ、大丈夫です。少し混乱して…何だかずっと、えっと…記憶にモヤがかかっていて、私が私でなかったような…それで倒れる前の私はずっともがいていたんです。そのモヤが今はなくなってすっきりはしているんです。だから大丈夫です」
「何だって?!では…今までアリステアはずっと1人でその不安と苦しみを戦っていたのか?」
あ、お父様がいい感じに解釈してくれた。
「アリステア!私のアリステア!気がついてあげられなくてごめんなさい!」
お母様が優しく抱きしめてくれた。
「アリステア…僕が誰か分かる?」
「もちろんです。レオナ兄さま。今まで色々ごめんなさい」
「っ…アリステアアアアア」
レオナ兄さまは弱虫というより、泣き虫ですね。
と、心の中でつぶやく。
「アリステア、まだ目覚めたばかりだから無理は良くない。ゆっくり休みなさい。夕方にはイデュールと、サラとも会えるはずだ」
成人して仕事をしているイデュール兄さまとサラ姉さまね。
「分かりました。お父様」
「前の様に『パパ』でも良いのだよ」
「あ…えっと、分かりました。ありがとう、パパ」
満足そうに微笑むお父様とお母様の反応に、とりあえず危機を回避したと判断して良さそうだ。
私がしっかり布団入った事を確認して、皆は部屋出た。
「扉の外に控えていますから、何かありましたらすぐにベルで教えて下さいね」
メイドの…ヒルデが最後に部屋を出る時に声をかけてくれた。
「ヒルデもごめんなさい。これからもよろしくね」
「っ…はい…」
ヒルデも涙を溜めながら答えてくれた。
バタン…
よし!!!!!!
扉の外にヒルデがいるだろうから、声は出せないけど、高らかに拳を突き上げてガッツポーズを決めた。
たぶん、やりきった!
夕方にもう一度ファミリーイベントが発生するみたいだけど、さっきの設定を崩さなければひとまず追い出されたり、狂ったとかで閉じ込められたりはしなさそう!
はぁ、疲れた…この身体の本来の持ち主でるアリステアの意識がどこに行ったのか分からないけど、生き残る為に誤魔化させてもらった。申し訳ないとは思うけど、仕方ない。
問題は私の意思と、元のアリステアの意識が不定期に入れ替わったりすると厄介だ。
ヒルデをはじめとしたメイド、家族にもそんな現象が起きたら教えて欲しいと伝えておかなくては。
布団を頭まで被ると眠気がやってきた。
幼い身体では、活動時間も限られるようだ。
とりあえず、しっかり寝て頭をスッキリさせる事が大事よね。
私は眠気に身を任せた。