37.誕生パーティー準備
誕生パーティーの準備は大変だ。
会場の設営、各種資材・食料の手配、招待客の選定して招待状の手配、装飾の細かな色やデザインを決定など、とにかくやることが盛りだくさんだ。
しかし、子どもの私はそんなものは親に丸投げである。
というか、お母さまか出される指示をこなすだけでいっぱいいっぱいだ。
授業以外の生活の中でもマナーについての課題が出され、ダンスも最低5曲は踊れるようにならなければならないらしい。
そして今、目の前にある招待客リスト・・・
もちろん、基本的な招待客リストの作成は終わって、招待状作成に取り掛かっているらしい。
今、私が手に握っている招待客リストは、お母さまより渡された子どもの招待客だ。
「アリステアちゃん、このリストの中から招待したくない人を選んでくれるかしら」
「招待したくない人ですか?」
受け取った紙には見たくもない名前が並んでした。
「第2王子のマルティネス殿下、第3皇子ヨルムド殿下、トゥルクエル家のサフィールさま、レティシアさま、リリアンさま、グレイシャー家のイーディスさま、テオドールさま・・・お茶会に参加されていた人たちですね」
「ええ。形式通りであれば、全員招待することになるのだけど、招待しないこともできるの。せっかくの誕生パーティーですもの、アリステアちゃんの希望を教えてくれるかしら」
・・・・・・・全員招待したくないです!
とは言えないよね・・・
「このリストには子供の名前だけだけど、それぞれの親は招待されていますか?」
「そうね、王族以外は」
「王族は招待しないのですか?」
「招待いたいの?」
「したくないです!!」
「ふふっ、外でそんなに全力で王族を否定しちゃだめよ」
「あ・・・」
「これもマナーの一つ。アリステアちゃんは時々大胆に返事しちゃう傾向があるから気を付けてね」
「はい・・・」
「王族の中でも王や王妃を招待することは基本出来ないの」
「王や王妃は招待できない?配下が招待するのは失礼だから?」
「それも理由の1つではあるけれど、王と王妃が来てしまうと、主役が王と王妃になってしまうでしょ」
「そうだけど・・・そうなると王と王妃は自分たちが主催する催し以外は参加できないことになりませんか?」
「そうよ。国の公式的な催し以外だと、主催しない限り参加することはできないわ。なかなか会うことはできない。そこに権威を感じるそうよ」
・・・・・・お母さまの言い方に何やら棘を感じるけど、王と王妃との接触機会が少ないのは嬉しい情報だ。
王と王妃は招待しない。
それなら、王子2人とも極力会いたくない・・・でも、ここで王子を招待しないと明らかに避けてると思われるよね。
でもお母さまが実現不可能なことや、失礼なことをすすめてくるとは思えない。
「もし、ここのリスト全員を招待しないと、何か不都合なことが起きたりしますか?」
「そうねぇ、レティシアが来ないとなると、レオナが残念がるとは思うわ。それ以外は特に問題わよ。成人していない子供の招待は比較的自由なの。今回はお茶会直後だから招待リストに入れているだけだから安心して。アリステアちゃんの『わがまま』にはならないわよ」
私が『アリステアのわがまま』に気を付けているこが見透かされているようだ。
それなら・・・
「私、王子達に会いたくないの・・・あとは・・・イーディスさまは怖いので避けたいです。テオドールさまには何かお礼がしたいので招待したいですが、姉を招待しないで弟だけ、というのは大丈夫でしょうか?」
そもそも人見知りのテオドールさまを誕生日パーティーに招待するというのは、逆に迷惑にならないだろうか。
「そうね~、王族主催の催しと違って、招待したとしても不参加の人はいるの。招待したいのであれば、招待だけして出欠の判断は相手にお任せしましょ」
そうか、王族のお茶会とはちがって、同格の公爵家には拒否権があるのか。
「では、王子2人とイーディスさま以外はこのまま招待客としてください」
「わかったわ」
レティシアさまとテオドールさまだけ招待ということも考えたが、私は別に人が嫌いなわけではない。
無難な関係はある程度必要だとは思っている。
友人は・・・できればもっと安全そうな権力を持たない人となりたい。
「テオドールさまへのお礼は何か考えているの?」
「いただいたのは紅茶の茶葉だったので、私も紅茶の茶葉をお返ししようかと思っています。たしか、アールグレイと、ハチミツとオレンジのフレーバーティーがお好きと言っていましたので」
「同じものを贈るだけだと、お礼としては少しさびしいわね・・・ハンカチを添えたらどうかしら」
「ハンカチですか?」
「ハンカチは一般的にお礼を意味するのよ。今後もハンカチを贈る機会は多いと思うから今から練習しておきなさい」
「ハンカチを贈る練習ですか?」
「正確に言うと、刺繍の練習よ」
「し、ししゅう・・・」
令嬢転生あるあるだね・・・淑女の嗜み、刺繍!
好きな小説や漫画の作品にあまりにも刺繍をするシーンがあるので、少しだけど刺繍をやったことがある。
クロスステッチ刺繡なら簡単だけど、きっとこの世界では一般的な細かい刺繍の方よね・・・あまり時間もないのに間に合うだろうか。
「小さめのデザインでワンポイントのシンプルなものなら、2、3日でできるはずよ。ルーリーとリナに習って試してみなさい」
「・・・はい」
課題が増えてしまった。
でも、この世界で刺繍のハンカチが多くやりとりされているのなら、練習は避けられない・・・それなら、ある程度技術は磨いておかないとね。
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「ディルタニア家のアリステアの誕生日パーティーにテオドールあなたが招待を受けたわ。準備しておくように」
「ぼ、僕が、アリステアさまの、誕生、パーティーに・・・招待されたのですか?」
「私は?どうしてテオドールが招待されて、私は招待されないのよ!!おかしいじゃない!!」
怒ったイーディス姉上に強く押されて、倒れてしまった。
倒れた後も、何かわめきながら僕を蹴っている。
いつものように体を丸めてじっとしていると、珍しく母上が止めた。
「・・・イーディス、やめなさい。パーティーがあるの・・・傷が残るわ」
「ふん!!」
パーティーで僕に傷あることが見られるのが問題であって、僕が怒鳴られて蹴られるのはいいのだろうか・・・
分かってはいるけれど、苦しくなる。
ぎゅっと自分のからだを自分で抱きしめて、もっと丸くなった。
イーディス姉上はもう蹴ってはこないけれど、自分の内側が痛い。
「・・・テオドール、部屋に戻りなさい。準備は追って連絡するわ」
「はい」
ゆっくり立ち上がり、部屋にもどる。
―――――パタン・・・
部屋に戻り、扉を閉めるとイーディス姉上に蹴られた身体のあちこちが痛くなってきた。
ベットに横になると、痛めた箇所が布に当たって痛みが増したが、今は横になって考えたい。
「僕が・・・アリステアさまの誕生日パーティーに招待された・・・また、会える」
美しくて、優しいアリステアさま、次に会えるのは何年後のことになるだろうかと思っていたが、まさかこんなにはやく再び会う機会がくるなんて・・・
うれしい・・・
優しい笑顔をまた僕に向けてくれるだろうか・・・
エスコートしたときの左手を見つめる。
また、触れることができるだろうか。
身体の痛みは変わらないけれど、内側の痛みはいつの間にか和らいでいた。
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「私も、アリステアさまの誕生日パーティーに招待されているのですか?」
「そうよ、サフィール」
「やったぁ!!サフィールお兄さま、アリステアさまにまた会える!!リリアン嬉しい!」
「あぁ・・・私も嬉しいよ」
「仕方ないわね。レオナの妹ですもの、仲良くしてあげるわ」
リリアンは喜びを全身で表現してぴょこぴょこ跳ねている。
レティシアはお茶会でアリステア嬢と話ができるのを楽しみにしていたが、機会に恵まれなかったことを残念におもっていたので嬉しそうだ。
アリステア様に会える・・・しかも、この短期間で何度も。
無意識に手が自分の肩を握る。
アリステア嬢が触れた箇所。
お茶会の後、私はレティシアがレオナさまの招待でディルタニア家に行くのに同行させてほしいと母上に願った。
「サフィールが珍しくお願いをしてくると思ったら、ディルタニア家の招待に同行させてほしいなんて、お茶会で何かあったのかしら?」
「実は・・・」
お茶会での出来事を母上に説明した。
挨拶をかわし、会話の流れから、精霊と合わせると約束したこと。
そして正式ではないが、騎士の誓いを行い、信頼を受けて返したことを伝えた。
「へぇ、ディルタニア家のお嬢さん、なかなかやるじゃないか。サフィールの心を掴むなんて」
「っ・・・」
母上は面白いものを見るような目で私を見ている。
自然と顔に熱が集まるのが自分でもわかったが、自分がアリステア嬢に会いたいと言う気持ちの意味を自覚しているので、隠さず母上の目を見返す。
「いい目をするじゃない。いいわよ。ステラに聞いてあげる」
「ありがとうございます」
ディルタニア家のステラ公爵夫人から私の同行を許可する返事はすぐに届いた。
レオナの兄になる人と親交を深める機会に嬉しく思う・・・
と、返事には書かれていたらしい。
母上がどのような内容で手紙を書いたのかはわからないが、少しずれたメッセージのように感じた。
私の不満が分かったのか、母上が豪快に笑った。
「あははははは!何だ?アリステア嬢からの歓待の言葉でも書かれていると思ったのかい?」
「違います。ただ、私が同行を願った真意が伝わっていない気がします」
「サフィール、お前はまさかお茶会の出来事をそのまま手紙に書いて同行を願ったとでも思っているの?」
「違うのですか?」
「もちろん違う。『レティシアの兄として、お茶会では機会が少なかったレオナとの親交を深めたいと望んでいる』と書いたのさ」
「それは・・・嘘ではありませんが、それだけではありません」
私が親交を深めたいのはアリステア嬢だ。
「お前は駆け引きを覚えなくてはいけないよ」
「駆け引きですか?」
「サフィール、妹達に良く知らない男が突然会いたいと言ってきたらどう思う?」
「嫌ですね。何が狙いなのか、どんな男なのか分からない内は妹たちには会わせる気はにはなりません」
「そうだろう?」
「・・・・・・私が・・・知らない男と言うことですね」
「その通り。本当に欲しいものがあるのなら、回り道に思えても、不安要素や邪魔になるようなことはつぶしていかなければな」
「ディルタニア家のお嬢様に会いたいなどといきなり言われれば、家族は警戒する。というか、好意を持ったことが丸わかりだ。ディルタニア家がグレイシャー家のお前の想いを喜ぶとは限らない。幸いなことにレティシアとレオナの関係がある。わざわざ警戒されるようなことを言わずとも、アリステア嬢には会える方法があるのなら、どちらが賢い選択かは分かるな」
「はい。ありがとうございます。母上」
「ああ、構わないよ。我が家は精霊に特化した家系と思われがちだが、基本精神は騎士道だ。正々堂々は良い心がけだが、それで目的を見余ってはならない。力づくで奪うのではなく、相手の望みを知り、確実に手中に収める。よいな」
「母上、私は・・・手に入れます」
「頼もしいねぇ・・・まぁ、頑張りなさい」
レティシアに同行してディルタニア家に行くのは来週の火の月最初の週。
誕生パーティーが火の月の最終週。1つの月に2回も会える。
少しずつでも確実にアリステア嬢に近づいて見せる。
誓うように、アリステア嬢が触れた肩を握った。
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「やっぱり、避けられちゃったかぁ」
「・・・ルドリー様、あまり残念そうには感じませんが・・・」
「ふふっ、わかる?想定内だからね。むしろ順調かな」
黒ねこは小首をかしげる。
「順調とは?」
「ねぇ、犬は近くにいなかったの?声と姿が合ってないんだって言ったよね」
「すみません。なぜか犬には避けられていまして・・・餌付けを試みてはいるのですが、唸られてしまうのです」
可愛い姿の黒猫から聞こえてくるのは男性の野太い声。
「君の本体は死臭と殺気を常に纏っているから仕方ないよ。ふらりと現れるその黒猫ちゃんに感謝しなきゃね」
「・・・そうですね。次は鳥を試してみます」
「ははっ、そうだね。猛禽類の方が似合うよ。小鳥は似合わいから選ばないでね」
「・・・・・・はい」
小鳥を選ぶ気だったな・・・。
黒猫を操るのは、王族ではなく、僕個人に仕えてくれる貴重な存在。
動物などの身体を乗っ取り、思いのままに操ることができ、言葉も伝えられる。
しかし、人間のような複雑な思考を持つものや、自分の魔素保有レベルを超えるような存在は操ることはできない。
制限はあるが、諜報活動にはうってつけの存在だ。
今回黒猫が報告してきたのは、王城に届いたアリステアの誕生パーティーの招待者の報告についてだ。
各家で大きな催しが行われる場合、招待者リストを王族へ報告することになっている。
王族は招待を受けることはほとんどないので、そのリストから各家の交友関係を把握する。
招待を受けられる機会は、子ども時代にコネづくりを目的に数度でも経験できれば良いほうだ。
だから、今回も招待をされる可能性が低いことは分かっていた。それにお茶会では少し近づきすぎてしまった。
あんなに怯えて、全力で逃げられるとは・・・
「・・・楽しそうですね」
「あぁ、楽しいよ。すごくね」
美しくて可愛いアリステア。
恐怖しながら全力でにげる姿が愛しくてたまらない。
僕を不気味がる人は多いけれど、あんなにあからさまに王子の私を避けようとする子はいなかった。
逃げられたら、追わなきゃね。
「主、順調というのはなんでしょうか?」
「ん~、色々あるけど、取り合えずドレスが完成したんだ」
「ドレスですか?」
「そう。アリステアが着る予定のドレス。僕がアリステアの為にデザインして、素材を厳選したアリステアの為のドレス。僕はパーティーに行けないけど、誰よりもアリステアのそばいることができる。次の納品が楽しみだ。誰よりも先に僕が着飾ったアリステアを見れるんだ」
「・・・・・よかったですね」
黒猫が引いている気がするけど、かまわない。
僕は今、気分がいい。
「また、報告に伺います」
「うん。よろしく」
黒猫は深い夜の闇に溶けるように姿を消す。
「今日も月がきれいだ・・・ねぇ、アリステア」
ルドリーは微笑みを浮かべながら、店の中へ戻った。