33.お茶会の報告②
はぁ~~~~~~
今週は結局ずっとお茶会のことを考えることになってしまった。
すっかり習慣になった特別仕様ノートへの覚書。
ミミズの様だった文字は、毎日書いているうちに多少は読めるようになってきた。
家族への報告の翌日、授業でお茶会対策の知恵を貸してくれたルーファにお茶会であったことを話したら・・・すっっごく怒られた。
「・・・私は注意してくださいとお話したと思っていたのですが?」
・・・私の知っている優しい癒し顔のルーファはどこに・・・笑顔なのに般若が見えるよ。
「えっと・・・できるだけ回避したんですけど・・・」
「その結果、黒バラと茶葉ですか・・・アリステアお嬢様のせいではありませんが、それでもあまり良い結果とは言えませんね。特に王族のあらかじめ計画されていたことはほぼ達成したのでしょう」
「ほぼ・・・ですか?」
「ええ。ほぼ、と言うのは、相手のすべてを把握できたいないためですが・・・王族の目的はまず、アリステアお嬢様に関する噂の真偽。これについては、噂は本当だったと認識されたでしょう。お話を聞いている限り目立った問題発言や行動はされていないように思いますので、初めて会った方々はアリステアお嬢様のことを、お嬢様風に言うところの『良い子』だと思ったにちがいありません」
「ちがいないの?」
「はい・・・もう少し悪い子でもよかったともいますが・・・でなければ贈り物など・・・はぁ」
「うっ・・・無難ではなく、『良い子』すぎたんでしょうか」
「いいえ。特別な言動はいらないのです。アリステアお嬢様はご自身の見た目についてどのような認識ですか?」
「え、見た目?・・・まぁ・・・自分で言うのもなんですけど、両親に似て・・・その、きれいな方かと・・・」
「はぁ・・・・・・」
そんな残念な子を見るような目をしないで欲しい。
やっぱり自分のことを『きれい』なんて言うんじゃなかった。
いまだに鏡に写る姿を自分だと認識できないんだもの。私だって言いたくて言ったわけじゃないよ・・・
「何を落ち込んでいるんです?・・・アリステアお嬢様はもっとご自身を知っておく必要があります」
「え?」
「『きれいな方』とはなんですか?言語の勉強では語彙力の強化も必要な課題のようですね・・・いいですか?アリステアお嬢様の髪は細くつややかで柔らかく波打ち、新緑の瞳は生きるものを惹きつけてやまない魅力を宿し、光の精霊のごとく眩く輝き、触れただけで壊れてしまうのではないかと思うほど繊細でしなやかな姿。目に映るのは幻かと疑うほどの存在ですよ」
「・・・え」
「お気に目にませんでしたか?では別の表現で・・・」
「ち、ちがいます!」
「何が違うのでしょう?」
「その・・・かっこいいルーファにそんな風に言ってもらえるとは思わなかったので・・・嬉しかったんです」
いまだに自分と認識できない姿だけど、褒められるのはやっぱり嬉しい。
確かに一級品の美少女だけども、なんか過剰な気はするけど、自分のペットが一番かわいいと思っちゃうのと同じ感じで、自分の教え子可愛いフィルターがかかっているのね・・・気の毒に。
「・・・・・・」
「?」
ルーファから返答がないので様子を伺うと、片手で口元を隠して、下の方を見ているが、顔が赤いのが隠せていない。
・・・イケメンのテレ顔。眼福。
こんなイケメンなのに家の司書で引きこもり生活をしているから、言われ慣れていないのね・・・
もっと社交界とかに出て、自分の価値を自覚してもらわなきゃね。
「・・・アリステアお嬢様の目には、私が好ましく見えるのですね?」
「はい。とても紳士的で、優しくて、顔も姿も、所作も私にはかっこよく見えます」
「・・・ありがとうございます」
本当はその柔らかそうな緑の髪を触らせてください、とか。大きな手で頭を撫でて欲しいとか言いたいけど、気持ち悪いと思われそうだったので、色々言わずにのみこんだ。
「ごほん・・・すみません。話がそれました。いいですか、お嬢様の美しさは、ただそこに存在するだけで人を圧倒するほどだと理解しなくてはいけません。つまり、何もしなくても印象はプラスに作用するのです。微笑まれれば目を奪われ、挨拶を交わせば心を奪われ、手を握られれば忠誠を誓わずにいられなくなるのです。奥様やサラ様はそこをよく理解されて行動されています」
「ルーファもそういう気持ちになるの?お母さまやサラ姉さまに対して」
「いえ、まったく。一般的な男性の場合です」
「・・・ルーファは一般的ではないの?」
「私は幼いころからディルタニア家に仕えていますので、耐性があります。美的感覚に自信はありますが、感情が伴うかは別の話です」
・・・なんだかやけにきっぱりと言うのね。
ずっとこの家にいるから、家族みたいなものだし、変に噂されたらお嫁に・・・いやいや、婚期が遅れちゃうものね!
ルーファには幸せになっていただきたい。
「とにかく、今後は何もしなくても好意を寄せられる前提で行動を検討する必要があります。私ももっとしっかりとお伝えするべきでしたが、アリステアお嬢様ご自身で今回実感されたと思います。王族のお茶会はすぐではなくともまた行われます。その時は今回のことを踏まえた対策を考えましょう」
「えっと、今回の王族の狙いって噂の真偽以外は何があったの?」
「そうでしたね。一番の狙いはお嬢様に黒バラを渡すことです。でなければ、バラ園の迷路のそばにお茶の用意はしないでしょうし、迷路から出てきた後に王妃が黒バラについて話題にしなかったことで分かるのは、渡すだけで目的が達成したと考えるべきでしょう。逆にそれ以上は望んでいない・・・それが若干に気になりますが」
「それ以上を望んでいない?」
「黒バラを渡すことは決めていたということは、王族に何らかの形で取り込む気はある。それなら渡した直後に何らかの約束か契約につながる何かをするはず。しかししていない。しかもそのあとに、テオドール様が茶葉を渡して、黒バラの効果が薄れた状態でも構わず、そのままお茶会を解散した。と言うことは、やはり『黒バラを渡す』までが計画だった考えられるということです」
「黒バラを渡してきたのはマルティネス殿下だったけど、それも決まっていたのかな?」
「どうでしょうか・・・決まっていなかった、と思われます。迷路に入った後の行動は、王子達に判断を委ねられていたのではないでしょうか。ヨルムド殿下は自分が有利であると思っていたようですが、実際はマルティネス殿下がお嬢様へ接触してきたんですよね」
「うん・・・別人みないなマルティネス殿下が」
「マルティネス殿下の変化も気になります。噂のマルティネス殿下は『関心が低い』と聞いていましたが、実際は人形のような人物で、さらに性格が変化をするというのははじめてききました。アリステアお嬢様とは異なり、人形のような性格に戻る・・・旦那様や奥様もその変化をご存知ではなかったというのも気になります。その姿を見たのはアリステアお嬢様だけ。でも口止めされるようなこともなかったのですよね」
「口止め・・・はい、なかったです」
「そうですか・・・私も直接会えれば何か分かるかもしれませんが、まだ幼い王子達は人の目に触れる機会は無いですから」
「不気味・・・ですよね」
「王族は不気味なものです。権力をめぐる闘争は日常、情報操作は当たり前、支配欲を持つ人の集まりです。ですが、表の顔はとても素晴らしいものです。平民への助けも手厚く、優しく、気高く、力強い国の守護者で象徴ですから・・・近づきすぎなければ良い面しか見えないでしょう」
・・・・・・・うん。
私はいい面しか見えない距離の関係でいたい。
王族の話をする時のルーファってちょっと怖い目をするような気がする。
司書をしていると、いろんな過去の情報にふれる機会が多いだろうから、きっと良い印象はないんだろうな。
「幸いなのは、王族や公爵家はお互いに交流の機会が少ないことですね。好意を持たれることは仕方のないこととは言え、贈り物を受け取るようなことは避けなければ・・・もしくは受け流す手段を身に着けるしかありませんね。今後も、何かあればすぐに相談してくださいね。かならず」
「はい・・・」
おう・・・おさまったかと思っていたけど、まだ怒ってた。
優しい笑顔の方を拝みたいです。
はぁ~~~~~~
ルーファの怒り笑顔は心臓に悪いのよね。
イケメンには笑っていて欲しいものだ。
笑顔と言えば、ルーファとは逆にユリウスは笑っていた。
笑っていたというか、笑われていたというか・・・
ルーファと同じく、授業の時にお茶会の様子を伝えた。
大活躍した黒水晶のピアスの使用感の報告を伝えたら、ユリウスは喜びそうだとおもったら、予想通りの反応をしてくれた。
「これ、黒水晶のピアスありがとうございました。すごく助かりました」
黒水晶のピアスを返そうとすると首を振られた。
「いや、持っていろ。また使う機会があるかもしれないしな」
「そんな機会、お断りなんですが・・・」
「使用感はどうだった?」
「自分の足音が聞こえなくなったので、魔法道具が作動したことが分かったのですが、自分の姿に変化がなかったので、本当に人から見えないか心配になりました。他は問題なかったような気がします」
「ああ。そうだな。はじめは起動と同時に自分の姿も見えなくしたんだが、この魔法道具はすり抜けの術は組み込んでいないからな。自分の服や荷物が見えなくなることで、物にぶつかったり、挟まったりして意外と不便だったんだ。だから見えるように調整したのだが・・・起動だけでも分かるように調整してみるか・・・」
さっそく紙に改善案を書いていくユリウスはとても楽しそうだった。
「しかし早速使うことになるとはな、くくっ・・・」
「笑い事ではないです!・・・人形みたいな人だと思っていたら、まったくの別人になって・・・」
「別人になる現象については君は詳しいのではないか?」
「私の時とは全然違います!わかって言っていますよね?!迷路を出たら戻っていたんです。家族の皆もマルティネス殿下のそんな話ははじめて聞いたって言っていましたし・・・」
「くくっ・・・すまない。アリステアの反応が面白くてな。殿下の変化とやらは私も情報を集めてみる。もともと気になることはあったんだが・・・まぁ王子達もこれからは少しずつ人前に出てくるだろう。そうすれば自然と情報も集まるさ。差し迫った問題はないのだろ?」
「・・・はい」
「なら、問題ない。何かあれば助けてやる」
「え」
「なんだ?自分の教え子を放置するような人間だと思っていたのか?」
「そういうわけじゃないですけど・・・相手は王族ですし」
「くくっ・・・なんだ?私の心配か?」
「当たり前です!」
「そう怒るな。すでに黒水晶のピアスを渡していたと思うが?」
「で、でもあれは保護魔法で・・・」
「王族の意に沿わないことをするという意味では一緒だ。子どもはおとなしく守られていろ」
うぐっ・・・ユリウスの銀色が混ざる不思議な魅力の瞳に見つめられると何も言えなくなる・・・
「これを渡しておく」
「・・・紙の束と封筒?」
「これは私直通の手紙だ」
「直通の手紙?」
「この紙と封筒で手紙を書き、封蠟をすれば自動的に私のところに送られるように魔法を組んである」
「え!それって一般的な送付方法なんですか?」
「そんなわけがあるか。郵便事業が破綻してしまう。これは・・・まぁ、私の実験の一環だ。この検証は一人ではできないからな。私に連絡したいことがあればこれを使え。授業時間以外でも自由な連絡手段があったほうがいいだろ?協力してくれ」
うぐ・・・なんともスマートな。私に負い目を感じさせない用に・・・いや、本当に検証が目的かも知れないけど、かっこいい・・・
「わかりました。使わせていただきます・・・ありがとうございます」
あ、でも私封蠟と印を持ってないや。
「封蠟や印は何でもいいんですか?」
「ああ。何でも構わないが・・・持っていないのか?」
「はい」
「そうか、作ってくればよかったな・・・そう言えば、専属の魔法工具師がいたな」
「え、ランスのことですか?どうして・・・」
「若い有能なクラウン級の魔法工具師がディルタニア家の専属になったと噂になっているぞ?まだロクに注文していないんだろ。せっかくだ、相談していくつか注文してみろ。それを使って手紙を送ってくれると嬉しい。噂の魔法工具師の実力も分かるしな」
「そんな噂が・・・確かに注文できていなかったので、お願いしてみます」
「ふむ。楽しみだ」
あ、そうだ。テオドールさまの話もしたいと思ってたんだ。
「そう言えば、テオドールさまにお茶会でたくさん助けてもらいました」
「・・・そうか」
「確かにすごく人見知り・・・というか怯えていましたけど、ちゃんと会話もできましたし、茶葉をくださったおかげで王族の黒バラの印象が薄くなったんです」
「迷路で一番に脱出できたら願いをきくというものだったか。テオドールにしては頑張ったな」
「いつかテオドールさまが困ったときには、私も何か力になれたらいいのですが・・・」
「・・・そうだな。まぁ、まずは自分のことは自分で何とかできるようになってから考えることだな」
「おっしゃる通りです」
「イーディスは大丈夫だったか?」
「・・・・・・・・・」
「くくっ・・・想像通りというとこか」
「そうですね。本当に見本のような人でした」
「歳の近い公爵家同士だ。嫌でも会う機会はある。慣れるんだな」
・・・ユリウスの余裕のある感じを思い出すと、なんだか何とかなるような気がしてくる。
『基本マナー』と『ダンス』の授業も、お茶会での動きをおさらいして・・・やっぱり怒られた。
自分ではイイ線いっていると思ったのだけど、色々あまかったみたい。
ぎこちない動きに、美しくない笑顔と姿勢・・・
今後はより一層厳しくなるらしい。
『基本マナー』と『ダンス』は始めっから厳しかったはずなんだけどなぁ。
はぁ~~~~~~
もう何回目のため息か・・・
とにかく今回のお茶会はいい教訓になったね。
しばらくはお茶会のことを考えたくない。
気持ちを切り替えるためにも、とりあえずユリウスへ手紙を書くために、封蠟と印をランスに注文をしよ・・・