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30.お茶会⑦

迷路の攻略と言えば、壁に左手か右手のどちらかをずっと当てていけばいい。

時間はかかるけど、変な罠や、ゴールが迷路の中にあるとかじゃなければ、確実な方法だものね!


問題の時間は、走って稼ぐ!

きっと他の子たちは貴族らしく歩くはず。

幸か不幸か、バラの壁はメイドや使用人たち大人の視界を防ぐほど高い。

走っている姿を見られて、はしたない子っと噂されることはないだろう。



っというか、メイドや使用人たちはもっとしっかり仕事した方がいいよ!

監視対象の子供たちが見えなくなるのは、問題じゃない?!


・・・もし、この場所にも王族の狙いがあるとしたら・・・

一刻も早く脱出しなきゃ!!何があるかわからないけど、碌なことじゃないに決まってる。

それにヨルムド殿下が、1番先に脱出してしまったら、何を言い出すか考えたくもない!




――――はぁ、はぁ



「結構走ったはずなのに・・・まだ出口に出れない・・・」


子どもの体力だから大きく感じるだけなのかな・・・




「すごいね。もうこんなところまでたどり着いているなんて。何か特別な攻略方法でもあるの?」


えっ


声の方へ振り向くと、そこには第2王子のマルティネス殿下が立っていた。


どうして・・・王子達との差は1分もあるはずなのに。



「どうして・・・」

「もちろん、僕がこの城に住む王子だからさ。ちなみに、この迷路は昨日ルート変更をかけたから、ヨルも簡単には出口にはたどり着けないから安心していいよ」



・・・本当に、マルティネス殿下なの?


容姿が変わったわけではない。でも、明らかに雰囲気が違う。

目が、人形のような真っ黒の瞳だったのに、今は生き物の輝きを宿している。


別人のよう・・・


腰のあたりまで伸ばされた、つややかなまっすぐな黒髪が動きに合わせてサラリと揺れ、光を宿した瞳は黒曜石のように輝き、柔らかな微笑みの表情を浮かべている。


「マルティネス・・・殿下?」

「はじめて名前を呼んでくれたね、アリステア。どうしてそんなに驚いているの?」


驚きで身体が固まっている私に近寄り、ニコリと笑みを深めると、私の顔を覗き込んできた。


「い、いえ」

「クスクス・・・ごめん、ごめん。そんな緊張しないで。ちょっと事情があってさ。詳しくは話せないけど、今の僕がマルティネスだよ」



今の僕・・・ってことはさっきまでの人形のような状態は一体?



「・・・僕のこと気になる?」



すごく優しい笑顔で微笑まれて、ドキッとする。



「その・・・気になると言いますか・・・不思議だな・・・と思います」

「そっか。まぁ、今はそれでもいいよ。僕はすごく君のことが気になるんだ」


「っ」


「クスクス・・・本当に面白いね。今、どんな顔をしているか気が付いてる?赤くなって可愛いのに、ものすごく嫌そう」


思いっきり表情に出ていたようだ。

魅力全開の王子が間近にいて赤くなってしまうのは仕方ないとしても、気に入られるのは意味が分からないし、嫌だった。



興味を引くような何かをした覚えがまったくない。

やっぱり、私の『1つの身体に2つの魂』という珍しい現象が原因なのだろうか。



「今、『どうして私に興味を持ったのだろう』って考えているね」

「あの・・・」


「たしかに君の『1つの身体に2つの魂』という特異な現象には興味があるけど、それ以上に、今日一日君の行動を見ていて、君自身に興味を持ったんだよ。一生懸命、僕たち・・・王族から逃げようと考えていたね。無難に行動して、視線から避けて・・・とても可愛いと思ったよ」


じりじりと近づいてきたマルティネス殿下から距離をとろうと一歩後ろに下がろうとしたが、いつの間にか壁際に来ていて、後ろには下がれなかった。



「ほら、今もどうやって逃げようか必死に考えている。どうして君は僕たち・・・僕から逃げようとするの?」

「お・・・恐れ多くて」


「そう?ならもっとたくさんの時間を一緒に過ごしたら、慣れてくれるのかな?」


スッと顔の方に手が伸びてきて、思わず目を閉じる。



――――ブチッ



ビクッ


耳元で聞こえた音に驚いて目を開けると、マルティネス殿下が一輪の黒バラの花を目の前に差し出していた。


「驚かせちゃったみたいだね。ちょうど君の後ろに素敵なバラが咲いていたんだ。アリステアは花も好きだろ?花の形に切ったフルーツをじっと見ていたよね」


そういいながら、バラを私の髪に差し、そのまま私の頬をなでる。


「きれいだ」




・・・・・・・・・ムリ!!!!



「失礼いたします!!!」



これ以上マルティネス殿下のそばにいると危ない気がする!


後ろは無理でも横には道がある。

横に飛んで、サッとお辞儀をして・・・走って逃げた。



令嬢としては美しくない行動だが、このままだとマルティネス殿下のペースに呑まれてしまう!!


そして、最初の角を曲がったところで、スカートの隠しポケットに忍ばせておいた『隠密の保護魔法』の黒水晶のピアスを握った。




自分の走る足音が消えた。


音は消えたけれど、別に自分の姿に変化はない。


・・・ちゃんと姿、消せてるのかな・・・


とにかくマルティネス殿下から距離を取りたくて、走り続けた。


いくつもの角を曲がったので、走るのをやめて息をつく。


「はぁ、はぁ・・・すこしは離れたよね」




――――ガサッ


ヒッ


「なんだよ・・・なんでルートが変わっているんだ?・・・チッ」


私の進んできた道とは違う方向の角から、現れたのは第3皇子のヨルムド殿下だった。


ブツブツと独り言を言いながら、私とすれ違い、私の進行方向とは別の道へ曲がって行った。



・・・ちゃんと姿は消せているみたいだね・・・すごい。


念のため、このまま黒水晶のピアスは握っておこう・・・



それにしても、マルティネス殿下って何者なの?

人形みたいだと思っていたのに、さっきの姿は同じ人間とはとても思えないほどの存在感があった。


マルティネス殿下が言っていたことを思い出す。

『ちょっと事情があってさ。詳しくは話せないけど、今の僕がマルティネスだよ』



絶対ちょっとどころではない事情があるに違いない。

私の『1つの身体に2つの魂』現象と似ている問題を抱えているとか?

その問題を解決するために私に接触してきたのかも・・・


そう考えると、王族が私に興味を示す意味が分かる気がする。


ある意味、婚約者候補よりも、危ない話なのかもしれない。


王族の秘密を知られったからには消すしかない・・・っていう展開はあるあるだよね!


だとしたら、すでにマルティネス殿下の本当の姿?を知ってしまった私はかなりピンチなのではないだろうか。




――――ガサガサッ



ひうっ!まずい!また誰かが来るかもしれない!!

今はとにかく、この迷路から早く脱出しなくちゃ!



再び私は走り出した。

途中でイーディスさまを見かけたが、もちろんスルーした。



休みを挟みながら、走り続けるとついに出口が見えた。

直ぐに出口に飛び込みたかったが、黒水晶のピアスを握ったままであることを思い出し、周りに人がいないことを確認して黒水晶のピアスから手を離し、息を整えて出口を出た。



やった!!!

まだ誰もいない!!



っと思ったが、少し離れたところで、王妃さまと公爵夫人達、レティシアさまとレオナ兄さま、サフィールさまにリリアンさま、そしてテオドールさまがテーブルでお茶を楽しんでいるのが見えた。



どういいうこと?


「お嬢様、あちらへ」


驚いて出口のところで立ち尽くしていると、メイド長に皆の方へと促された。


私が近づくと、お母さまとレオナ兄さまが私に気が付いた。


「アリステア!無事に出られたんだね!よかたぁ」

「心配したわ。話は聞きましたよ」


お母さまとレオナ兄さまの顔を見て、心からほっとした。

嬉しい!!私には迷路の脱出よりも、子供だけのお茶会の終わりが何よりうれしかった。



レオナ兄さまの隣に座り、出された冷たいジュースを飲んでいると、王妃がじっとこちらを見ていることに気が付いた。


な、なんだろう。表情からは何も読み取れないけど・・・


王妃の不気味な視線から逃れようと目線を下げると、迷路の出口の方から声が聞こえた。




「どういうことなんですの?!どうして2人も私たちより先に迷路から出て来ているのです?!きっと卑怯なことをしたに違いありませんわ!!」

「イーディス。そういう発言はしてはいけないよ」

「・・・・・・」


なんと3人そろって出口から出てきた。

話を聞くと、イーディスさまがヨルムド殿下と途中で遭遇して2人で歩いていたところ、出口付近でマルティネス殿下とも合流したらしい。


マルティネス殿下は、迷路の中で会ったときと違って、再び人形のような状態になっていた。


本当に私が会ったあの人はマルティネス殿下だったのだろうか。


そしてヨルムド殿下も王妃と同じように私の顔をじっと見つけてきた。

なんだろ・・・




「まさかテオドールが1番に脱出していたなんて!姉である私を差し置いて許せませんわ!」

「・・・イーディス、テオドールはとても頑張ったのよ。そのような言い方はやめなさい」

「っ・・・はい」


マドラム夫人が冷たい目線と言葉でイーディスさまを窘める。

それをうけたイーディスさまは、悔しそうに唇をかんで黙る。


マドラム夫人はイーディスさまに甘いのかとおもったけどそうでもなさそう。


「・・・テオドール。たしかヨルムド殿下が1番に迷路から出た者の願いを叶えてくれるとおっしゃったのでしょ。どんな願いをするのかしら?」



どうやら王妃や公爵夫人達には迷路脱出優勝者の景品ならぬ、願いを叶えるという褒美の話はすでに伝わっていたようだ。

マドラム夫人がテオドールに望みは何かと問いかける。


王子達に無理難題をふっかけられずに済むとわかったから、褒美のことを忘れかけてたよ・・・



「あ、あの・・・紅茶の茶葉が欲しいです。バラ園で出された、アプリコットの・・・」

「・・・・・・」

「そんなものでいいのか?」

「は、い」


「すぐに用意してくれ」

「承知いたしました」


テオドールさまの望みを聞いたヨルムド殿下はすぐに近くにいた使用人に指示を出す。


テオドールさま、紅茶が好きって言っていたものね。

王族にここぞとばかりに豪華な褒美を願うのはきっとマナー的によろしくないし、子同士の約束ならこれくらいが確かに丁度良いところだろう。


マドラム夫人がテオドールさまを微妙な顔で見ているが、まさか無理難題を言わせる気だったのだろうか・・・



すぐに用意された紅茶を、ヨルムド殿下がテオドールさまに渡される。


「先を越されてしまったな。約束通りの褒美だ。受け取れ」

「あ・・・ありが、とう、ございます」


受け取ったテオドールさまは、そのままなぜか私の方へ歩いてきた。



「あ、あの・・・」

「?」


テオドールさまは、私の目の前でとまると、渡されたばかりの紅茶の茶葉が入った袋をスッと私に差し出した。


「この、紅茶がお好きだと・・・おっしゃっていたので・・・受け取ってほしい、です」


「わ、私にですか?!」


コクリっと真っ赤な顔でうなづくテオドールさま。



なんでこうなった?!

確かに紅茶は好きだし、そんな会話はしたけれど、まさかこんな展開になるとは思わなかったよ?!どうしよう?!

あれかな?王族の褒美なんて何の恨みにつながるかわからないから、人に渡してしまえ!とかそんな感じかな?!


助けを求めてお母さまの方を見ると、私と同じくテオドールさまの行動に驚いたようだが、私の目線に気が付くとすぐに優しい笑顔でうなづいてくれた。


これは、受け取ってよいということよね?


「ありがとうございます。テオドールさま」

「い、いえ」


私が受け取ると、すぐに家族の方へ戻ってしまった。


どんな理由かわからないけれど、とりあえず、もらえるものはもらっておこう。

お母さまのOKが出ているのだから問題あるまい。


なんとなくヨルムド殿下の方から怒りの気配を感じるような気がするけど、きっと気のせいだろう。きっと・・・たぶん。



「では、今日のお茶会はここまでとしましょう。また皆に会えることを楽しみにしています」


王妃がお茶会の終了を告げた。


やっと帰れる!!



==============



馬車へ乗り込み、座ると同時に脱力した。

なんとか・・・やりきった・・・よね?


「アリステア、ごめんね!僕お兄さまなのに離れちゃって・・・大丈夫だった?」

「謝らないでください。私はなんとか・・・たぶん・・・大丈夫だっと思います。レティシアさまの怪我は大丈夫でしたか?」

「うん!軽く打っただけだって。冷やしていたら腫れもひいたよ」

「それはよかったです」



「アリステア、あなた全然大丈夫ではないわよ」

「え」


「その花・・・どうしたの?」

「花?」

「黒バラよ」

「黒ばら・・・はっ!!」


頭に手を当てると、確かにマルティネス殿下が差した黒バラがそこにあった。


「これは・・・もらったんです」

「どちらの殿下に?」

「なんで殿下と・・・」


「黒バラは王族の花よ。扱うことのできるのは、王族だけ。王族以外が手折ることを許されていないの」

「でも、あの場で誰も何も言わなかったですよね?」

「・・・言えなかったのよ。本来追求する立場の王族が誰も何も言わなかったから」


「つ・・・つまり」

「つまり、黒バラを誰が渡したのかわかっているということよ。おそらくはじめから、黒バラを渡す予定になっていたのだわ」

「そんな・・・」


「テオドール様に感謝しなくちゃね」

「どうして・・・」

「黒バラが王族の花だと知っているかはわからないけれど、はじめ身に着けていなかった花を身に着けているとしたら、それは誰かから贈られた花だということは大体想像できるわ。今日のような場では、だれか1人からの贈り物を身に着けるのは、贈った相手の好意を受け取ったことを皆に示すことになるのよ。でも、他の人からの贈り物も受け取った場合、それは誰か一人を優先としているわけではないということになるの。だからテオドール様に救われたってことよ」


「そんな意味が・・・」


危なかった・・・このまま誰からも何も贈られなかったら、私は王族の好意を優先して受け取りましたって公言して帰るところだったのか・・・


「それで、どちらの殿下なの?」


「・・・マルティネス殿下です」

「そう・・・わかったわ」


お母さまは私の答えを聞くと難しそうな顔をして、何やら黙って考えはじめてしまった。


私とレオナ兄さまは何か話しかけるわけにもいかない空気だったので黙って馬車に揺られていたが、お茶会で心身ともに疲れ切っていた私は、いつの間にか眠ってしまっていた。

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