29.お茶会⑥
そっと息を吐き、イーディスさまの方を見る。
・・・・見事な仁王立ち。
傲慢さが全身からあふれてる・・・
きっと『アリステア』もこんな感じだったんだろうなと思うと、自分を見ているような気がして気が滅入る。
さっさと話しを終わらせてしまおう!
「私に何か御用でしょうか」
「私はあなたなんかに用なんてないわよ。殿下がお呼びよ!来なさい!」
げっ・・・殿下?!
殿下たちがいるであろうテーブルの方を見ると、マルティネス殿下はテーブルを見つめていたが、ヨルムド殿下がこちらを見ていた。
テオドールさまは身の置き場がないのか、縮こまっている。かわいそうに。
お呼びの殿下って、ヨルムド殿下よね・・・今日はもう話さなくていいかと思ったけどあまかったか・・・
「・・・わかりました」
「ふん!!さっさとついて来なさい!この下品女」
・・・もはや何か言い返す気にもなれない。
要注意人物のイーディスさまは敵対しても、仲良くなっても危ない未来につながりそうなので、迂闊対応ができない。
諦めておとなしくイーディスさまの後について歩き始めた。
テーブルに着くと、ヨルムド殿下が笑顔で迎えてくれた。
口の半分を上げる嫌な感じの笑顔で・・・
さっき遠目で見た時は普通の・・・と言うか、王族らしい外面っぽい、きれいな笑顔だった。
しかし、今はの口の半分を上げる笑顔は何か意味があるかもしれない・・・印象と同じく、嫌な意味が。
「さ、僕の隣にどうぞ」
示された席は、さっきまでイーディスさまが座っていた席。
「ヨルムド殿下!そこは私の席ですわ!!この女はテオドールの隣で充分です。そもそも、このテーブルで一緒に座るなんて・・・」
「イーディス」
「・・・っ」
ひぇぇぇぇ・・・イーディスさまにめっちゃ睨まれてる!!
逃げ道は・・・
「わ、私はまだマナーの勉強中なので、ヨルムド殿下とイーディスさまのを会話を学ばせていただきたく思います。なので、テオドールさまの隣に座らせていただきます」
「・・・・・・・」
「あら、自分の立場はわかっているようね」
今度はヨルムド殿下がきれいな笑顔で睨んできてる・・・本当は席に座りたくもないところを何とか踏みとどまったのに・・・うぅ・・・帰りたい。
どうしよう勝手に座ってもいいかな?
――――ガタッ
え?
「・・・こ、ちらへ」
声のする方を見ると、テオドールさまが震えながら椅子を引いてくれた。
引いて・・・というか、座っている状態なので、椅子を少し動かしただけだけど、私にとっては天の助けに感じた。ありがたい!
「ありがとうございます。テオドールさま」
ヨルムド殿下の隣を回避できたことが嬉しくて自然と笑顔になる。
「い、いえ・・・」
テオドールさまは赤い顔をしてモジモジしている。
怖い思いをしているだろうに、頑張ってくれたんだね!いい子だ!
きっとイーディスさまっていう強烈なお姉さまの存在で鍛えられているたんだろうけど・・・将来、闇落ちとかしないといいな・・・
小説や漫画にあるあるだよね、悪役に手を貸しちゃう弟ポジション・・・悪役進化する前に、路線変更出来たらいいんだけど。
とりあえず、ヨルムド殿下から横やりが入る前にさっさと席に座る。
席に座ると、すぐにお茶がテーブルに置かれる。
緊張で喉が渇いていたので、すぐにお茶を手に取る。
いい香り・・・フルーツの香りがする。
この紅茶飲み終わったら、席離れちゃだめかな?
「・・・あ、あの、僕はテオドール・ミット=グレイシャーです・・・テオドールとお呼びください」
しまった。せっかく助けてくれたのに、挨拶もしないでお茶飲んじゃった。
「失礼しました。テオドールさま。私はアリステア・ルーン=ディルタニアです。私のことはアリステアとお呼びください」
「い、いえ。よろしくお願いします。アリステアさま」
「あら?私に挨拶もないの?」
・・・無視したい。
「私はアリステア・ルーン=ディルタニアです」
「本当はあなたなんかに名乗りたくはないけど、私は優しいから教えてあげるわ。私はイーディス・ドラム=グレイシャーよ。よく覚えておくことね!!オホホホ!!」
・・・なんと見事な小物感漂う悪役令嬢っぷり。
水色の髪と瞳で、整った顔立ちなので、黙っていれば可愛らしい令嬢なのにね。
まぁ『アリステア』の記憶だと、『アリステア』も同じようなセリフで挨拶をしていたみたい・・・穴があったら入りたい。
「こ、紅茶、お好き、なんでしょうか」
自然と視線が下がってしまったところに、テオドールさまが声をかけてくれた。
「はい。好きです。詳しくないので種類はわかりませんが、この紅茶もおいしいです」
「これは・・・フルーツフレーバーティー、です。クセの少ない・・・セイロンの茶葉に・・・ドライフルーツの、アプリコットを入れているのだと、思い・・・ます」
「そうなのですね?!何のフルーツかなっと思っていたのですが、アプリコットでしたか。テオドールさまはお詳しいのですね」
「っ・・・くわ、しくはないです」
「どうして私が紅茶が好きだと思われたのですか?」
「・・・昼食の時も、今も、嬉しそうに・・・見えましたし、砂糖もミルクも・・・入れていなかったので、紅茶自体が・・・お好きなのかと・・・」
なんと。お昼も見られていたのか。私なんて視線が怖くて食事から目を離さないように必死だったのに。
「そうですね。砂糖やミルクを入れた甘い味も好きですが、紅茶の香りも楽して、さっぱりするストレートの方が好みです。テオドールさまも紅茶はお好きですか?」
「はい・・・す、す・・・すき、です」
うんうん。真っ赤になってポツリポツリと頑張って話す姿はかわいいね。
ウエーブがかっている青色の髪は一つに結ばれており、瞳はサファイアのような濃い青色。
整った容姿のテオドールさまは海の妖精ように見える。
プルプル震える姿は、なんだか守ってあげたくなってしまう。
ユリウスの話だと、テオドールさまは極度の人見知りだと言っていたけど、まったく話せないほどじゃなかったんだね。
「テオドールさまの好きな紅茶は何ですか?」
「僕の・・・好きな紅茶ですか?えっと・・・あ、アールグレイです。あと、オレンジとハチミツを入れたフレーバーティも、好きです」
「オレンジとハチミツ!それはおいしそうですね!」
「僕はバラのフレーバーティーが好きだよ」
「・・・そうなんですね」
せっかくテオドールさまとの会話を楽しんでいたのに、ヨルムド殿下の余分な声が聞こえた。
邪魔しないでいただきたい。
無視することもできないので、とりあえず笑顔で相槌だけしておく。
「私はミルクティが一番ですわ!ストレートなんて渋くて飲めませんもの。甘くて可愛らしい飲み物が一番よ」
ミルクティが可愛いかはよくわからないけど、イーディスさまは甘いのが好きなのね。
「そうだ、アリステア。せっかくのバラ園だ。一緒に歩かないかい?とても良い香りがするよ」
・・・いやです。
とは言えないのだろうか。
「でしたら私がご一緒いたしますわ!バラは私にこそ似合う花ですもの!!」
よし!イーディスさま行ってらっしゃい!!
発言内容は残念だけど、ヨルムド殿下とイーディスさまが一緒に行動してくれるのはありがたい!
「ヨルムド殿下とイーディスさま、是非お二人で行ってきてくださいませ」
「・・・では、皆で行きましょう。マルティネス兄さま、いかがですか?」
「・・・行こう」
「まぁ!マルティネス殿下もご一緒してくださいますの!さぁ、行きましょう!!」
何ですと?
ヨルムド殿下がマルティネス殿下を誘ってしまった。
せっかく苦手な2人が離れてくれることろだったのに・・・
――――ガタッ
「い、行きましょう」
テオドールさまが立ち上がり、エスコートするように震える手を伸ばしてくれていた。
ユリウス!!テオドールさまは、とても紳士的ですよ!!
次の授業でちゃんと報告してあげよう。
「ありがとうございます」
嬉しくてテオドールさまの手を取った。
――――チッ
・・・・何も聞こえないよ。聞いてないよ。ヨルムド殿下の舌打ちなんて。
「奥の方にある、背が高いバラの壁が見えるかい?あの裏は迷路になっているんだ。皆で試してみようじゃないか」
イーディスさまが腕に巻き付いているヨルムド殿下が、まったく興味がわかない提案をしてきた。
・・・ものすごく、どうでもいい。
「さぁ、行こう」
ヨルムド殿下とイーディスさまが先頭を歩き、マルティネス殿下が一人で続き、テオドールさまと私が最後尾を歩く。
高いバラの壁の前に立つと、迷路への入り口が2つあった。
「ここからは1人ずつ行動しよう。どちらかの入り口かを選び、入っていく。一番早く出口にたどり着いた人には・・・そうだな、僕の権限でできる範囲なら、何か1つ願いごとを叶えてあげるよ。僕が一番になったら・・・何か願いをかなえてもらおうかな」
ひぃ!!これは参加した時点でアウトなデスゲームだった!!
城にある迷路なんて、王子達2人に圧倒的に有利じゃない!
「あの・・・1人ずつと言っても、入り口が2つしかないのですが・・・」
「そうだね、テオドール。公平にするために、僕とマルティネス兄さまは一番最後に迷路に入ろう。1番はじめに、幼いテオドールとアリステアがそれぞれの入り口から入り、30秒過ぎたらイーディスがどちらかの入り口から入る。さらに30秒後に、僕とマルティネス兄さまが迷路に入る。これならいいだろう?」
まったく良くない。
どの程度の規模の迷路かわからないが、1分もハンデをあげても余裕の規模だと考えると、簡単ではなさそうだ。
辞退できないかな・・・足を痛めたとか、お腹が急に、とか・・・それはそれで、どこに連れて行かれるかわからないんだったぁ!!
「さぁ、テオドールとアリステアは入り口に立って」
何とか逃げ道はないかと考えこんでいると、テオドールさまがエスコートしてくれている手を握った。
「が、がんばりましょう。一番になればいいの、です。難しいかもしれませんが・・・」
最後は消えそうな声になっていたが、テオドールさまにとって最大限の励ましの言葉だったのだろう。
こんな小さい子に心配されてしまうとは不甲斐無い・・・
「ありがとうございます。テオドールさま」
笑顔でうなずき、手を離し、入り口に立った。
そうよ。迷路なんて最速で抜けてやるんだから!!
「はじめ!」
ヨルムド殿下の号令と共に、私は走り出した。