2.目覚め
ふと目が覚めた。
ぼんやりとした視界に柔らかなシーツと枕、優しい光が差し込む窓が見えた。
上手く働いていない頭で考える。
…病院?
横向きになっていた体勢を仰向けにしてみる。
見慣れない天井…というか、病院っぽくない。
病院と言えば真っ白とか、クリーム色っぽい壁とか落ち着いた色味の天井だが、今見ている天井は豪華な花の絵が描かれているし、ベッドに天蓋もついている。
無菌室のビニール製ではなく、薄く柔らかな布とビロード生地を重ねた豪華なデザイン。
これは…事故の加害者がすっごいお金持ちとかで、事故を隠すために自宅に私を運んで治療したとか、そんな流れなんだろうか?
身体の感覚に集中してみると、痛みはない。
両手足の感覚もある。
ずっと寝ていたせいなのか、頭はぼんやりするけれど、
自分の名前も思い出せる。
私は、鈴木七海。
今年で35歳。会社帰りバスから降りて家に向かう途中で交通事故に巻き込まれた。
「よし。事故直後の記憶もあるね」
身体に痛みがないし、点滴などで繋がれているわけでもないのだから、起きて問題ないだろう。
「よっ、と」
掛け声を出して起き上がる。
「ん?…わわっ」
上手くバランスが取れずに、ぽすっと枕に倒れた。
「ずっと寝てたから、仕方ないよねー。それに30過ぎてから身体硬くなったし…ん?」
次はちゃんとうつ伏せから両手をついて起き上がろうとした時、自分の手が視界に入った。
「小さく…ないか?いや、小さいよね。何これ」
起き上がってベッドの上に座りながら、自分の手を開いたら閉じたりして確かめる。
「確かに感覚はあるから…これ、私の手?どう考えても子ども…幼稚園児並みの大きさなんだけど…え、手だけじゃない?!」
見てみれば、足も小さく短し、それなりの大きさがあった胸は真っ平だった。
「この髪…金髪?!」
ベッドに流れる柔らかなウェーブがかかった金糸の様な束を引っ張れば、頭皮に痛みがあった。
「人体実験?!え、脳だけ取り替えるとか現代医療で可能だっけ?!」
慌てて鏡を探すと、ベッドから少し離れた壁に姿見があった。
小さくなった身体ではベッドから降りるのにも苦労しつつも、鏡に近寄ると、そこには見た事もない人形のような子どもが写っていた。
長い金色の髪はゆるやかにウェーブしていて、大きな瞳は新緑の緑、色白の肌に整った顔立ち、身体のバランスも手足が長く、いかにも将来が楽しみな天使のような6歳くらいの子ども。
「これは…別格だわ…ひどい」
あまりにも前の姿と違っていた。
私の記憶にある、『私』の姿は、外見よりも中身が大事!清潔感さえあれば良いさ!と、自分で慰めてあげないといけない仕上がりだった。
黒髪ショートボブ、中肉中背…いや、ぽっちゃり系で、疲れた顔のおばさんだ。
触れば感覚があるのだから、自分の身体だと認識出来るけれど、鏡を見ているだけでは自分だと認識出来るわけがない。どんな技術で外見を変えられたのか分からないが、きっと、前の姿があまりにも残念だったから、変えてあげたよ!とか、そんな感じなのだろう。
美幼女は嬉しいけど、ひどい嫌がらせだ。
「これは…どう見ても日本人じゃないよね…外国人の身体使った人体実験なの?…もしかして、事故とか吹っ飛ぶくらいの組織犯罪に巻き込まれてるとか?」
自分の身体をペタペタ触りながら、思いつくまま独り言を話していると。
コンコン。
「お嬢様?」
「はい!!」
扉をノックする音に驚いて大きな声で返事をしてしまった。
「……………」
…………え。無反応ってどう言うこと?扉を開けるとか、返事するとかじゃないの?
何も反応のない扉を見つめていると。
バンっ!!
「お嬢様!!!お目覚めになられたのですね!!!」
「ひゃぁ?!」
若いメイド服を着た女性(と言ってもたぶん25.6歳くらい?)が扉を勢いよく開けて入ってきた。
無反応だったのは、返事が返ってくるはずがないと思っていたのに返事があったからフリーズしてたのだろう。
鏡の前に立つ私を見つけると、一瞬立ち止まり、次の瞬間に涙を流しながら私を抱きしめた。
「アリステアお嬢様、この時をどれほど…うぅっ」
どうやらこの身体は、『アリステア』という名前らしい。