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18.閑話ユリウス

――――パサッ・・・・



「ふぅ・・・」


文字がびっしりと書かれた紙が散らばった研究室に一人。

ユリウスは椅子にもたれるようにしながら、持ち帰ったメモを見直していた。


子どもの発想力とは、こんなにも豊かなものだろうか?

いや、少なくとも私の子ども時代、周囲にそんな人間はいなかった。私自身を含めて。



私、ユリウス・グレイシャーは20歳になったばかりだ。

祖父もかつて勤めていた政府機関の魔塔に研究員として勤めている。


祖父はすでに現役を退いているが、相談役として各所から常に声がかかり、親族の私ですら会うことが難しい。

そんな祖父に、講師になってほしいという馬鹿らしい依頼が来たのは2週間ほど前だったか・・・




祖父には依頼の手紙が大量に届くため、私が先に内容を確認し選別をしている。

いつもなら、定型の断りの返事を送るのだが、送ってきた相手が問題だった。


国の三大公爵家のディルタニア家当主。

本来、公爵家同士は不干渉が暗黙のルールだ。


グレイシャー家の末席とは言え、暗黙のルールに触れるようなことをディルタニア家当主がするとも思えない。

祖父本人に確認もせず、定型の断りで突き返すような無下な態度はできない。


「面倒な・・・」


念のためと思い、祖父へ対応を確認する連絡を入れた。

連絡は、毎日決まった時間に転送魔法で選別済の手紙をまとめて送っていた。


――すぐ帰る――


短い返信がきた。

いつもは送った時とは逆に、決まった時間に返信の対応のメモや、返信を書いた手紙が送られてくる。

しかし、今日は時間外にそれも送って1刻も経たずに。


「どういうことだ?」



「もどったぞ」


「なっ、どうして?」

「すぐ帰ると送ったじゃろ?」


いつの間にか研究室に祖父、ヤミス・グレイシャーが居た。



「魔獣討伐中のはずでは?」

「討伐だけで3日もかからぬわ。討伐がてら、騎士の教育もしておった。すこしばかり大きく変異した魔獣退治にいちいち呼ばれていては敵わんからな」


実際は少しばかりではない。通常でも手こずる熊の魔獣が10倍の大きさに突然変異し、暴れていたのだ。


「・・・では、すでに退治を?」

「当たり前じゃ、わしは天才ヤミスじゃぞ」


きっと突然討伐して、後処理は丸投げで戻ってきたに違いない。現場の騎士に若干同情する。


「はぁ・・・知っていますよ。それで、突然もどってきた理由はなんですか?」

「ディルタニア家の坊主がワシに依頼してきたじゃろ。あれじゃ」

「え、受けるんですか?講師」

「ああ・・・昔の約束じゃ」

「昔?」

「秘密じゃよ」


祖父には秘密が多い。公爵家の末席の末席でありながら、王や公爵家、貴族連中から一目置かれる存在。

見た目は髪も髭も真っ白。瞳は濃紺。藍色のくたびれたローブを愛用しているため、知らない人がみれば、どこにでもいるような老人だ。

しかし、見る人が見れば、敬意を払わずにはいられない存在感をもつ。


・・・いつものことだ。


祖父が「秘密」と言ったことは絶対に教えてくれない。

それ以外は、自分にとって価値が低いと思えば国家機密でもサラっと話してしまう。

それはそれで問題だが。


「で、他の依頼はどうするんです?」

「そこで、お主に協力してもうおうと思ってな」

「・・・しませんよ。研究を続けたいので」


「この研究室を自由に使えているのは誰のおかげじゃ?」

「・・・・・・・・」


「本来、お前の実力があれば、ワシ以上に忙しい生活をしなくてはならないところを、ワシを隠れ蓑に自分の情報を偽装して依頼がこないようにしているのことを各方面に伝えてもよいかのう?」

「・・・・・・・・はぁ、何をさせる気ですか」


「ほほ!素直が一番じゃ。何、大したことじゃない。ワシが週一回嬢ちゃんの講師ができるようにスケジュール調整をしてくれればよい」

「?まぁ、確かにそんなに難しいことではないですが・・・」

「どうしても連日かかるような依頼で、ワシしか対応できないような場合、ワシに変わって嬢ちゃんの講師をやってくれぬか?」

「・・・・・・・どうしても、致し方なく、他の手段がない場合は・・・検討します」


「そんなに嫌か?」

「嫌に決まっています。私が人付き合い・・・ましてや子どもの相手などできるわけがない」

「そうじゃの!だが、心配いらん。今の嬢ちゃんなら、きっとお前も興味を持つじゃろ」

「今の?」


そういえば、今回の依頼はディルタニア家の次女、アリステア嬢の講師だ。

アリステア嬢と言えば、容姿はディルタニア家の者だが、中身がとんでもなく悪辣だと聞いた。

すぐに大声で怒鳴りちらし、参加したお茶会はぶち壊す、舞踏会で人を罵る・・・ほかにも色々と耳にしている。

人と交流を極力避けている私にも届くほど。

だが、高熱が何日も続き、生死を彷徨ような重体の状態から回復すると、まったくの別人になったという。


「1つの身体に2つの魂でしたか?」

「そうじゃ。実に興味深い」

「研究対象にする気ですか?」

「悪いか?この世は未知の出来事にあふれておる」


祖父が急に講師を受ける気になった理由が分かった。

『昔の約束』とやらはわからないが、研究対象として面白そうだ。というのは理解できる。

祖父の願いを渋々受け入れることにした。



問題が起きたのは、顔合わせの日の前日。

いつものように手紙の仕分けをしていると、『至急』と書かれた手紙が届いた。黒色の封緘に嫌な予感がする。


――ヤミス・グレイシャー 至急登城せよ――


短いが、拒否権のない命令書。

即、祖父に送ると、直接城へ行くと返事が来た。


昼頃に祖父が研究室に現れた。


こんな気軽に転移できるのは祖父しかいない。

本来は色んな手順が必要だ。

手紙を送るのでも、大量の魔素と魔法陣をつかう。


「ユリウス」

「王家の依頼はなんでしたか」

「うむ・・・すまぬが、講師はお主が行ってくれぬか?」

「はぁ・・・初日からですか。どの程度かかりそうな依頼なんです?」

「・・・わからぬ」

「わからない?」


祖父は大方のことは1日で終わらせてしまう。

長くかかってもの1週間だ。


「それほどの?」

「うむ・・・」


普段とは違い、煮え切らない返事に心配になる。

いくら天才と言われていても、現役を退いているのだし、本来なら家でのんびりと暮らす年齢だ。


「お主、今非常に失礼なことを考えておるじゃろ」

「ご自身の年齢を覚えていますか?」

「さて、いくつだったかの。そのような細かいことは忘れたのぉ」


「はぁ・・・講師はやはり断って、私も同行します」

「だめじゃ。ワシの代わりにしっかり情報を得てくるのじゃ」

「私が王の依頼を受けて、あなたが講師をするのではいけないのですか?」

「ほほ!珍しいこともあるものじゃ。お主の実力が知られてしまうぞ?・・・ありがたい提案じゃが、無理じゃ」

「そうですか」


私では、実力が足りない・・・ということか。


「なに、ワシの命に係わることではない。今のところは」

「それは今後関わってくる可能性があるということじゃないですか!」

「何を言っておる。どんなことも些細な切っ掛けが命の危険を伴うのはわかっておるじゃろ」

「っ・・・」

「とにかく頼んだぞ。定期的な連絡は今まで通りじゃ」

「・・・はぁ。ちゃんと返信をくださいよ」

「ああ」



公爵家には講師が変わる旨を謝罪し、それでも講師の依頼を継続するか確認すると、『是非』と返信が来た。



顔合わせのために部屋に入ってから思い出した。あいつの存在を。


ルーファ・ダナテ。

ディルタニア家の庇護下にあるダナテの生き残り。


学園時代、ディルタニア兄妹の付き人のように常に側にいる印象だった。

話す機会が増えたのは、学園の魔法研究部に所属している時だ。


ディルタニア兄妹は騎士部だったが、ルーファは諸事情により騎士部には入れなかったらしい。

実力は問題なかったが、『ダナテ』が問題だったらしい。

私自身、家の問題でも噂されることが多かったためか、情報が耳に残った。


「おい、お前」

「・・・ユリウスだ」

「ユリウス。もう退出時間だ。今日は僕が研究室の戸締りの番なんだ。早く退出しろ」

「いや、もう少し・・・」

「だめだ。イデュール様とサラ様をお待たせしてしまう。さっさと片づけて素早く退出しろ」

「・・・・・・」

「無視するな!どうすれば短時間でここまで散らかすことができるんだ!床に紙を撒くな!」

「撒いてない。落ちただけだ」

「落とすな!拾え!そして早く部屋を出ろ!」


・・・初めて話したのはそんな感じだった気がする。


久しぶりに会ったが、口うるさいのは健在らしい。

そして何ぜか胡散臭い笑顔を張り付けていた。



「アリステア・ルーン=ディルタニアです。これからご指導のほど、よろしくお願いいたします」


これが噂のアリステア嬢か。

確かに見た目はディルタニア家だな。

高位の光属性を意味する金色の髪、整った容姿。

まだ10歳の洗礼前だからか、魔素の保有量が不明瞭だが、明らかに才能を秘めた雰囲気を持っている。


探るように見ると、なぜか見つめ返してきた。


私の瞳に怯えずに見返してくるか・・・


私の瞳は白に濃い銀色がグラデーションのように混ざった色をしている。

しっかり混ざっり切ったグレーか、銀色とは異なる色を持つ者。


『混ざり者』


『混ざり者』は忌避される。

知識としてではなく、まるで血に刻まれた記憶のように、その姿をみると恐怖を感じるそうだ。

貴族は基本的に自分の心情を悟られない様に表には出さないが、平民にとっては魔獣とかわらないらしい。

自分では感じようがないから分からないが。


だから私に声をかけてくる人は極端に少ない。

そういえば、ルーファも怯えるようなそぶりはなかったな。


「僕はそんなものに惑わされない」


そんなようなことを言っていたな。




実際の授業は、とりあえず学園の講義をすればいい・・・その程度の思いで臨んだが、想像以上の収穫があった。


祖父が興味を示すわけだ。

アリステア自身も十分に研究対象としての興味が魅かれるが、その発想は私の常識では思いつかないものばかりだった。

メモに書き記したものを一つ一つ検証したい。


できれば、アリステアと共に検証ができたら面白そうなのだが・・・


打てば響くような問答はなかなかできない経験だ。

確かに基本的な魔法や魔素の知識はないが、知識がないだけで感もよければ、発想力もある。

私に対しての忌避もない。


このまま必要な知識をつけて成長すると・・・


「やはり面白いな」


祖父の楽しみでもある。


「来週か・・・長いな」


私が人に会うのが楽しみになる日がくるとはな・・・


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