17.お勉強③
『基本マナー』と『ダンス』は・・・体育だった。
「アリステアお嬢様、マナーはまず挨拶です。初対面の短い時間で自身を伝える。それが挨拶です」
「はい。ミカム夫人」
「では、挨拶をしてください」
「承知いたしました」
「アリステア・ルーン=ディルタニアです。よろしくお願いいたします」
「はい、ではその状態でいてくださいね」
スッとカーテシーをして、簡単な挨拶をすると、ストップがかかった。
「まず、あごをもっと引いてください。背中が丸まっています。中心に芯を感じてください。膝はもう少し伸ばしてください。後ろの足はもう半歩後ろに引いて・・・」
カーテシーをしては直して
カーテシーをしては直して
・・・・・
・・・・・
・・・・・
若い体は筋肉痛がはやくくる・・・就寝時間前には動けなくてピクピクしているところを、ルーリーとリナがベッドに運んでくれた。
若い体は回復も早い。
ベッドから起き上がれなくなるかと思ったが、朝には回復していた。
『ダンス』は体を動かす覚悟をしていたが、『基本マナー』で酷使するとは思っていなかった。
・・・・この2科目が連日になっているスケジュールで大丈夫か心配になってきた。
「アリステアお嬢様、本日からよろしくお願いいたしますね」
「はい。よろしくお願いいたします。カミラ夫人」
「では、まず基礎体力向上と柔軟からですわ」
「基礎体力と柔軟・・・」
「あら、表情がすぐれませんわね。昨日のマナーではだいぶ苦労されたと聞いています」
「うっ・・・はい」
「なので本日は柔軟を主にやっていただきます。柔軟は毎日の積み重ねですから、今から毎日行っていただきたい内容を覚えていただきますね」
「わかりました」
「では、ルーリーとリナに手伝ってもらいましょうね!」
「へ?」
「お嬢様、ではいきますよー」
「息を吐き切ってください」
「いだだだだだだだだだぁぁぁぁぁ!」
控えていたルーリーとリナが、私を服を動きやすいものに着替えさせると、柔軟のサポートに入ってくれたが・・・
どえらい目にあった・・・
『基本マナー』とは別のところが痛い。
連続で、ルーリーとリナにベッドへ運ばれてしまった。
そして、今日は楽しみにしていた『魔法』の授業だ。
身体は2日間の訓練?の名残なのか、若干動きが鈍い。
『魔法』は書斎で行われると知った時は、心からほっとした。
「ユリウスさん、本日からよろしくお願いいたします!」
「ああ」
お互い椅子に座ると、さっそく始まった。
「まず、『魔法』を使うにあたり、必要なものがわかるか?」
「まず魔素ですよね、あとは正しく使うための知識、知識と魔素を実際に使うための訓練でしょうか」
「そうだ。あとは魔法工具や魔法具があれば、魔法の発動が素早くなり、普段使用できない魔法の種類を使うことや、力を増幅することもできる」
「魔法具ですか?」
「魔法工具は今使っているペンが身近だな。魔法具は杖や球などの形状をしていることが多い。魔法具は人が魔法を発動するときに補助するもののことを言う」
「あ、たしかルーン大司教は水晶が付いた杖を使っていました」
「ルーン大司教?」
「はい。あ、前に体調を崩した時に来ていただいたことがあって、その時見ました」
「・・・そういえば、君は珍しい現象で長い間苦しんでいたのだったな」
うぐっ・・・やばい。余分な話をしてしまった。
どうか『アリステア』の噂は知りませんように・・・
「以前は聞くに堪えないような言動をする人間だったそうだな」
「うっ・・・言い訳の仕様がありません」
がっつり知っていた。
言いわけはできるけど、『アリステア』の記憶を持っているので、私がやったことではありません!とは言い切れない。
「くっ・・・」
「?」
どんな反応をされるか怖かったので俯いてしまうと、声を抑えるような音が聞こえたので、顔をあげると。
口元を抑えたユリウスが面白そうなものを見るように私を見ていた。
「どうやら、人格が変わったという噂も本当のようだな。君は面白そうだ」
「面白そう・・・ですか?」
「ああ。珍しい経験をしているという点もそうだが、私を怖がらない」
「怖がらない?」
「ああ」
「今のところ、たしかに怖いとは感じませんが、その・・・怒られないように気を付けます」
ユリウスさんは「怒ったら怖い人」で有名なのだろうか。
イケメンに怒られたら確かに怖そう。というか、心のダメージが大きそうだ。
理詰めタイプなのだろうか、それとも魔法で一撃タイプなのだろうか。
「くくっ・・・君が気を付けるのか?」
「はい。怒られない自信は・・・ないです」
「そこは善処してくれたまえ」
「はい」
表情が変わらない怖い人なのかと思ったら、なんか結構笑う人かも?
濃紺の長いサラサラした髪が揺れ、神秘的なグレーの瞳が細められる表情は、いつまでも見ていたくなる。
「ユリウスさんは闇と光の属性ですか?」
「なぜそう思う?」
「髪はきれいな夜空の濃紺色なので闇属性、グレーの瞳は星のような光があるので光属性かと思ったのですが、ちがいますか?」
「・・・・・・・・」
なぜか、すごく驚いた表情をしている。
やっぱり表情豊かだね。
「正しい。だが、当てられるとは思わなかった」
「そうですか?」
「紺色の闇属性はいるが、グレーの瞳は土属性が多い」
「そうなのですか?色と属性の関係性がまだ把握できていないので、先入観がなかったので当てられたんですね」
「・・・そのようだな」
グレーが土属性って、なんでだろう?あ、石がグレーかな?
「・・・・君は・・・もう少し言葉を選んだ方がいい」
「え、どういうことですか?何か失礼な表現でしたか?」
「いや、逆だ」
「逆?」
「君が妙齢になった時に同じ言い回しをされると、誤解する者がいるだろう」
スッと真剣な顔でユリウスさんがよくわからないことを言った。
大人になった時に誤解される言い方なんかしたかな?失礼ではないから良いことだよね?
「気を付けます?」
「よくわかっていないのに、返事をするな」
「すみません。失礼ではないならいいかなっと思ってしまいました」
「はぁ・・・君が困ることになるのだ。人を表現するときは、簡潔にするように」
「あ、はい。分かりました」
男性にきれいっていうのは変に感じられたのかな?語彙力強化しなきゃね。
「では、まず基本的な属性を言ってみろ」
「はい。光、火、水、木、金、土、闇の7つです」
「よろしい。私の属性が分かったということは、属性と色の関係はなんとなくは把握しているようだな」
「神話の授業で少し習いました」
「そうか。代表的なものは、光は金、白。火は赤やピンク。水は青や水色。木は緑。金は黄色。土は茶、グレー。闇は黒や濃紺、銀だ。その中で特に特別視される色があるが、わかるか?」
「王族の黒ですか?」
「そうだ。だが、他にもある。君の金色と、銀、赤、青色だ」
「思ったより多いですね」
「ああ。だが、色にも質がある」
「質?」
「より鮮やかな色が、同じ色でも上位になる」
なるほど。
薄い水色より、はっきりとした濃い水色の方が貴重ってことだね。
「君の家族は全員、色の中でも上位にあたる。身近な人間が貴重な色ばかりだと、認識しづらいが、外部ではとても貴重とされ、それだけでも尊ばれるのだ」
・・・・・うちの家族、本当に神様扱いされてそうで怖い。私は静かにのんびり暮らしたいのだが、世の中に紛れて生きられるだろうか。
「私のように、まれに混ざった色が生まれることがある」
「混ざった?」
「瞳だ。薄いグレーのように見えるが、白に濃い銀が混ざっているのだ」
「なるほど!だからキラキラしてきれいなのですね!」
「・・・・・・・・・・先ほど注意したことをもう忘れたのか?」
「あ、す、すみません」
ユリウスさんの眉間にしわが・・・
しまった。またきれいと言ってしまった。本当にきれいなのに、難しいね。
「はぁ・・・混ざった色の者は、数が少ない。だから『混ざり者』と言って。自然と忌避されることが多い」
「え?怖がれちゃうのですか?」
「端的に言えばそうだな」
「よくわからないですね」
「そうか・・・まぁ、そういうものだと覚えておけばいい」
「わかりました」
「君の家族の金と銀以外だと、三大公爵家一つであるトゥルクエル家の赤。そしてグレイシャー家の青色だ」
「グレイシャー家は青なのですね」
「ああ。俺は末席だから青ではない」
「でも紺色だから、系統でいうなら青ですよね?」
「・・・・・・まぁな」
あれ?触れられたくない話題?
「神話を習ったのならば、属性は色以外に象徴する意味を持つことも知っているな」
「はい。火は燃え上がり、力を。水は流れ、浄化を。木は成長し、希望を。金は学び、繁栄を。土は育み、豊穣を。ですよね」
「ああ。正しい。その意味を把握し、単体または組み合わせることで魔法となる」
「組み合わせる?」
「そうだ。例えば、火を大きく燃え上がらせたいとするなら、どんな属性を使うと思う?」
「組み合わせて、大きな火・・・火と木属性ですか?」
「・・・・正しい。それはなぜだ?」
「まず火なので、火の属性で、大きくするなら、物が燃えるのと同じように、燃やすための植物や、風を送り込んで威力を底上げする必要があると思いました」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ち、違いますか?」
「いや、正しい」
なんか変な間があったような。
「では植物の成長を促すには?」
「えっと・・・木属性がベースで、水属性で水分と土属性で養分を与える感じでしょうか」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ち、違いますか?」
「いや、正しい。正しいが・・・・問題がある」
ユリウスさんの表情が渋い。ちょっと怖いかも。
あれ?善処するって言ったけど、さっそく怒らせたかな?
「な、何が問題でしょうか?」
「・・・・・・・・・・・・・いや、こちらの問題だ。気にするな」
すごく気になります。
「では土壁の強化はどうする?」
「それは・・・・・」
そこからは色んなパターンの組み合わせについての問答が続いた。
時々、「・・・・その組み合わせは考えたことがなかった」と、ユリウスさんはつぶやきながらメモをとっていた。
なんか研究しているみたいで私も楽しくて、色んな組み合わせを思いつくまま話してみた。
「・・・・いや、その組み合わせでは効率が悪い。この組み合わせの方がシンプルだ。この組み合わせについてどう思う?」
「あ、確かにそうですね。水属性と言うより、氷として組み合わせると・・・・」
「お時間ですが・・・何をしているのですか?」
声のする方を見ると、書斎の扉の前に顔は笑っているけど、目が怒っているルーファが立っていた。
「ノックをしても返事がなかったので、入らせていただきました」
「何とはなんだ。授業だ」
「そんなに接近して、紙に色々メモ書き散らすのが授業ですか?お嬢様の部屋があなたの研究室のようになっているのですが、お気づきですか?」
そういえば、紙が部屋のあちこちに落ちていた。いつのまに。
「・・・・・・・片づける」
「当たり前です。やはり、お嬢様の講師は別の人に頼みましょう。お嬢様に変なことを教えてしまいそうです」
「だめだ」
「はい?」
「お前に権限はないはずだ。お前は進捗管理を行うまとめ役ではあるが、講師の任命権は当主様だろ」
「ですが、問題を進言することはできます」
「問題はない。そうだろう?アリステア」
「はい。ユリウスさんとの授業は楽しかったです。引き続きお願いしたいです」
「ユリウス・・・貴様、お嬢様を呼び捨てにすることは許さないですよ」
あれ?そういえば、さっきサラッと名前で呼ばれたね。
「お前の許可はいらない。アリステア、かまわないな」
「あ、はい」
「私のことも、ユリウスと呼べ」
「わかりました。よろしくお願いします。ユリウス」
ユリウスが満足そうな表情でうなづく。
「いけません!!お嬢様が呼ぶ分には良いですが、ユリウスはいけません!!」
「・・・授業中のみだ。外では呼ばない」
「当たり前です!!あなたという人は」
「どうしたのです?ルーファ様」
「っ・・・ヒルデですか。ユリウスが」
「私はこれで失礼する。では、またな」
「あ、はい。またよろしくお願いいたします」
ルーファとユリウスのやり取りが外まで聞こえて、ヒルデが心配してきてくれたのだろう。
ヒルデの登場で、ルーファの意識がそれた瞬間、ユリウスはさっさと退出してしまった。
いつの間に拾ったのか、部屋に散らばっていた紙はしっかり持ち帰ったようだ。
「ユリウス!まちなさい」
ルーファも行ってしまった。
何が問題だったのだろうか。
「はぁ・・・お嬢様、大丈夫ですか?」
「はい。よくわかりませんが、『魔法』の授業はとても楽しかったです」
「・・・・お嬢様が楽しく学ばれたのでしたらよかったです」
ヒルデが困ったような顔をしていたが、それ以上に何か聞かれることはなかった。