14.顔合わせとカリキュラム
――――パチッ
目が覚めてしまった。
今日は講師達との顔合わせと、カリキュラムの説明を受ける日。
『のんびり暮らす』ための『良い子計画』本格始動だ。
この世界では10歳で洗礼式、16歳で成人。
『前の私』の感覚では、16歳は高校生くらい。
若いうちにあちこち旅行して、満足したら引きこもり生活がしたい。
まずは詰め込みの勉強をして、お金をためて国の辺境に目立たない程度の別宅を買っておく。
その別宅を拠点にして、成人と同時に旅に出発。
煩わしいイベント事や、人脈・政治的勢力争い云々からもおさらば。
10年か20年くらいしてから戻ってきて、辺境で引きこもり生活開始。
なんて理想的・・・
まだ何ができるかわからないけれど、一応公爵家に還元できる何かは考えないとね。
良好な家族関係をキープしつつ、引きこもり生活を許されるためには、「まぁ、しょうがないね。~をしてくれているし」
みたいな免罪符が必要だと思う。
婚姻による家同士の発展貢献や人脈拡大は論外。
そもそも、国の三大公爵家の一つであるディルタニア家が発展につながる婚姻なんて、同列の公爵家か王家、隣国に嫁ぐとかだ。
ホワイトな世界とは言え、権力が集まるところに悪意を持った人がいないわけがない。
絶対のんびりんて暮らせなくなる。そこは武よりの文武両道、圧倒的な美しさを誇る戦女神のお姉さまにお願いしたい。
となると、経営・・・私、仕事をしていた経験はあるけれど、損益計算管理は苦手だったのよね・・・細かな収支を確認し、効率重視で利益を出すフローを考えるとか・・・できなくはないけどやりたくない。そもそも数字に苦手意識がある。
まぁ、文句が出ない様に生活費は稼ぐ必要はあるけど・・・
・・・・うん!今のところ私にできることは思いつかないけど、そのための勉強だしね!
――――コンコン
「おはようございます。お嬢様」
「お目覚めの時間ですよ!」
落ち着いたルーリーの声と、明るいリナの声が今日の開始を告げた。
=========
「ではまず、科目の説明をいたします。わからないことがございましたら、質問してください」
ふわりと優し気な笑顔でルーファが話始めた。
今日もモノクルが似合う知的イケメンは目の保養である。
・・・若干、目の下にクマが見える気がする。忙しいのに時間を作ってくれたのだろう。申し訳ない。
「基礎文字と言語は、国語のドラルグ語、隣国のステール語、多くの国で使用されるキルルク語の習得」
え。いきなり三か国語?
「算術は基礎的な計算方式の習得から、経済・経営についての知識と実践までを想定しています」
ん?経済・経営?実践?
「歴史は我が国の歴史、近隣諸国の歴史、偉人の業績と伝説のほかに、地理学、宗教学もこちらに含みます」
歴史の幅よ・・・
「基本マナーは生活に必要なマナーから、社交場の対人交流のマナー、対王族マナーとなります」
基本とは?
「ダンスは国内の有名なパターン20種、海外での交流に必要と思われる10種のダンス習得。また、流行により増加することが想定されます」
最低30種のダンス?そんなにあるの?
「魔法は、論理知識の習得、練習、実践、応用を含み、10歳の洗礼式後に属性に特化した内容も加える予定です。また、魔法工具学、魔獣学、精霊学・・・など多岐にわたります」
多岐にわたりすぎでは? 精霊いるの?
「その他教養は、外部学習となります。外部学習とは、観劇や美術鑑賞、演奏会の参加、など屋敷外で行われる行事参加が主になります」
これは、楽しそう。
「科目の説明は以上になりますが、詳細は後日各講師より今後の進捗スケジュールも含め説明いたします。ここまでで何かご質問はございますか?」
・・・・・質問が多すぎて、何から聞いたらいいかわからない。
一つの科目の中に詰め込み過ぎではないか?
国内外のことをさらっと勉強して、後は旅行しながら実地で体験していくつもりだったのだけど、よく考えてみれば、「公爵家ならこれくらい知っていますよね」みたいなものがあるのだろう。
だとしたら、今説明された内容は「必須」程度なのかもしれない。
自分から勉強させて欲しいといいながら、「多い」とは言いづらい。
「随分と幅広いのね・・・」
同席しているお母様が私の心の声を言ってくれた。
「こちらの科目は成人までに習得を目指す内容になりますので、幅広く感じられるかもしれませんが、無理のない範囲かと思います。進捗にもよりますが、実際は王族の一部のみが継承する帝王学以外は、ほぼすべての基本は習得されることになるかと思います」
「まぁ。クスクスッ・・・ルーファはアリステアを王妃に育てるつもりなのかしら?」
ひぃ!!!
一番避けたいルートが話題に出て血の気が引く。
「いいえ、奥様。ある意味王妃も含みますが、あらゆる選択が可能な知識を習得いただきたいと思っています」
「あらゆる?」
「はい。あらゆるです。お嬢様が望むことを実現できるようにしたいのです」
王妃は絶対回避したいが、ある意味私の望みと一致しているのではないだろうか。
窮地に陥った時、知識は大事だ。学べるうちに学んでおきたい。
ネットのないこの世界では、いつでも必要な知識を得られるわけではない。
成人までに完了を想定しているのも、私の『のんびり暮らす』計画にちょうどいい。
「でも、学園でも学ぶ内容が重なるでしょ?」
「はい。しかし先に習得しておくことで、学園でのみ得られる経験に集中することができますし、公爵家としてより良好な人脈を築きやすくなるかと」
「そうね・・・たしかにアルフェとの短い学園生活で思い出を作れたのも、そのおかげだったわ・・・懐かしいわ」
「が、学園ですか?」
恐ろしい単語が出た来た!!
学園は小説やゲームのド定番の主戦場だ。
ヒロインの登場、攻略対象との出会いと多発するミッションとイベントの恐怖。
詳しく聞かねば!スルーはできない。
「アリステアちゃんには説明してなかったわね。貴族の子は13歳から16歳の3年間を学園で過ごすのよ」
「3年間・・・」
・・・年齢で考えると中学生か。
「貴族としての基本知識の習得と、人脈作りの場よ」
「貴族の子は必ず、全員行くですか?」
「そうね~・・・王族も基本的には学園で過ごすから、行かないという選択肢はないわね」
「お・・・おうぞく?」
「そうだわ!アリステアちゃんが学園で過ごすときは、第2王子様と第3皇子様と重なるわね!」
お・・・おわった。
やっぱり・・・この世界は何かのゲームか小説の可能性がありそう。
くらり、として思わず俯いて頭を抱えてしまった。
「お嬢様?!」
「頭が痛いのですか?」
「アリステアちゃん?」
しまった。つい反応してしまった。
ルーリーとリナ、お母さまの心配する声が聞こえたので、ごまかそうと顔を上げると、私の前で膝まづいたルーファが両手で私の頬を包み、至近距離で顔を覗き込まれて目があった。
あ、イケメン・・・ちがう。落ち着け、私。
「アリステアお嬢様・・・学園に行きたくないのですか?」
「っつ・・・」
本音は行きたくない。絶対サバイバル生活になる。
でも、変に目立つ行動も避けたい。お母さまのニュアンスだと、貴族であれば学園に行くのは当然のこと。
『学園に行かなかった公爵家の令嬢』・・・目立ちそう。
ルーファの視線から逃れるように視線を外したが、顔は解放されない。
「お嬢様が望まないのであれば、学園に行かずに生きることもできます」
「えっ」
再びルーファと目が合う。
「ですが、外部の人と接点を持つ機会としては、学園は最適です。学園を除くと、お茶会や式典、舞踏会などに積極的に参加する以外に方法がありません。そして成人後は学園で形成された派閥などで人脈が構成され、交流の場に呼ばれることもなくなり、必要な情報を得ることも難しくなります。それでも、学園を行かないことを望みますか?」
ド正論。
正直、成人後に交流の場に呼ばれないのは喜ばしいことだが、必要な情報を得る手段がなくなるのは困る。
それに、強制的に出席しなければならないイベントに参加したとき、絶対に注目を浴びてしまう。
必要最低限の交流・・・学園も必要最低限の範疇か。
「いいえ。学園には行きます」
「・・・わかりました」
ルーファの目を見ながら、今度ははっきりと答えると、安心したかのように、頬から手をはなしてくれた。
「安心したわ。ちょっと心配だったのよ。ルーファったらアリステアを独り占めしちゃうのかと思ってたわ」
「・・・何をおっしゃっているのですか、奥様。私はディルタニア家の発展を望む司書です。アリステアお嬢様を正しく導くことが私の役目です」
「ふふっ。そうね。杞憂だったわ」
・・・あれ?お母さまとルーファが微笑み合っているけど、両方とも目が笑っていない?な、なんだろ?
というか、ルーファってものすごく責任感が強いのね。
仕事でもよくあるけど、責任感が強い人ほど、ついつい全部自分でやりがちなのよね。
厳しくなりそうなのが若干怖いけど、ルーファにこまめに報連相(報告・連絡・相談)しよ。
「では、次は各講師をご紹介しますね」
ルーファはお母さまから視線を外し、私の方へいつもの優しい微笑みをむけてくれた。
「入ってください」
――――ガチャ
ルーファが扉に向けて声をかけると、
品がある老婦人、お母さまと歳の近そうな婦人、ローブを纏った若い男性の3人が入室し、私の前に並んだ。
「では、担当の科目と簡単に自己紹介をお願います」
スッと、品のある老婦人が一歩前に出る。
「私は『基本マナー』を担当させていただきます、ミカム・ナラ=フィラムです」
美しいカーテシーは、まさにお手本そのものだ。
「久しぶりね、ミカム夫人」
「はい、奥様。サラお嬢様のご成人式以来でございます」
「アリステア。ミカム夫人は私とサラのマナー教育も担当してくださった人なのよ」
なんと、それは心強い。けれど、比べられそうで怖い。
「アリステア・ルーン=ディルタニアです。これからご指導のほど、よろしくお願いいたします」
さっそく見様見真似でカーテシーをしてみる。
慣れた日本風のお辞儀ではないので、上手くできないのは当たり前。気持ちが大事だ。
「よろしいですわ。アリステアお嬢様、これからが楽しみです。よろしくお願いいたします」
・・・心意気は届いたが、カーテシーに関しては今後に期待、らしい。
スッと姿勢を正すと、柔和な表情の夫人と目があった。
薄い水色の瞳は深い知識を感じる。
白髪の髪はきっちりと結いあげられ、服は落ち着いた紺色。
学校の先生って感じだね。
ミカム夫人が一歩下がると、優雅にもう一人の婦人が一歩前に進み出た。
「アリステアお嬢様、『ダンス』講師をさせていただきます、カミラ・サダラカムです。お会いできるのを楽しみにしていましたわ」
なるほど、動きがが優雅なわけだ。
指の先、足の先まで意識がいきわたってるのに、とても柔らかい。
ミルクティ色の髪は綺麗に編み上げられ、ピンク色の瞳。黄緑色のドレスが良く似合う。
「舞踏会ではカミラ夫人と踊りたい殿方がいつも列をつくるのよ。旦那様はいつも心配だと言っていましたわ」
「まぁ。お恥ずかしい。夫には良い刺激ですのよ」
「アリステア・ルーン=ディルタニアです。これからご指導のほど、よろしくお願いいたします」
ミカム夫人と同じ言葉を返しながら、再びカーテシーにトライ。ちょっと優雅さを意識してみた。
「ふふっ。よろしくお願いいたします」
笑い方もキラキラして柔らかい。この先生からは魅力についても学べそうだ。
カミラ夫人が一歩下がると、ローブを着た男性が一歩前に進み出た。
「『魔法』を担当する、ユリウス・グレイシャーだ。よろしく」
さっぱりとした挨拶をした男性は、細かな銀の刺繍が施された黒いローブ姿。濃紺の長いサラサラした髪は後ろで一つに結んでいる。
切れ長だが二重で長いまつ毛に縁どられた瞳の色はグレー。
神秘的な魅力のある人だな・・・
「ユリウスさん、講師の件受けてくれて嬉しいわ」
「いえ」
「アリステア、ユリウスさんは魔法を専門とする政府機関の魔塔に勤める方なのよ。多くの魔法論文を書かれていて、新しい魔法の研究もされているとか」
「ええ」
会話が続かないタイプですね。
そして、危険な香りのするイケメン天才君。
まぁ、今後やってくる学園生活が主戦場になるだろうから、そんなに警戒することはなさそうだけど。
「アリステア・ルーン=ディルタニアです。これからご指導のほど、よろしくお願いいたします」
再びカーテシーにトライ。今度はちょっとキッチリを意識してみた。
「ああ」
返事とともにスッと目が細められた気がした。
なんとなく目を離しがたくて見つめ返していると、人影に遮られた。
「ユリウス。ヤミス師はどうした」
「はぁ・・・祖父は引退した。だから私が来た」
「講師依頼承諾の文にはそのようなことは書かれていなかったはずですが」
「返事を書いたあと、隣国で問題があって王から別の依頼が届いたのだから致し方あるまい。ディルタニア家の当主に許可は得ている」
「いつの話です?」
「昨日だ」
「ごめんなさいね、ルーファ。私も今朝聞いたのよ。でも知識、実力共に問題ないのだし、是非にとお願いしたの」
「旦那様と奥様がお決めになられたのでしたら・・・」
「ルーファとユリウスさんは友人なのですか?」
二人のやり取りから友人かと思って気軽に聞いたのだが、ルーファとユリウスさん両方から嫌そうな目で見られてしまった。
「「知り合いだ。です。」」
・・・仲がよろしいようで。
「ユリウスは学園時代が重なっていただけですよ」
ルーファがいつもより笑顔を深めて教えてくれる。
これは・・・これ以上聞いてくれるなということだな。
「残りの科目『基礎文字と言語』、『算術』、『歴史』は私が担当します。『その他教養』は内容や開催中のイベントに合わせて講師が順番に担当します」
なるほど。確かに「独り占め」みたいな表現になるかもしれない配分だね。
同性しか担当できないものと、専門性が特化したもの以外はルーファが担当してくれるのか。
本当に司書の仕事と共にできるのだろうか。
「カリキュラムは基本的に1日に1種の科目を順番に行います。時間は各講師と話し合って決めていくことになります」
「わかりました。皆さま、これからよろしくお願いします」
質問したいことはあるけれど、正直、学園の存在が気になりすぎて集中できない。
また個別に説明を受けられるだろうから、その時に色々細かく確認しよう。
さぁ、成人するまでの10年が勝負!
なんだか男性講師陣が心配だけど、頑張ろう!!