13.閑話ルーファ②
「わぁ・・・すごい」
そろそろ書庫に奥様達が来るだろうと思い、扉近くの本棚の陰で控えていると、扉が開く音と共に聞こえてきたのは、6歳の子供らしい声だった。
見慣れぬ多くの本に興奮したのだろう。
・・・はぁ・・・奥様はまだか、面倒な。
まぁ、本を見て喜ぶ素養があるだけマシか。
「お待ちしておりました、アリステアお嬢様」
さっさとお嬢様と会って真贋の力を使って今後の対応を決めようと思い、本棚の陰から出て声をかけた。
ぞわり・・・とした。
全身を何かで絡めとられた様な感覚になった。
その時、表情を変えずに居られた自身を褒めたい。
朝起きた時に感じた気配。何かが始まるような、あの気配の意味はこれか・・・
私の『真贋の力』を使う方法は、大きく分けて2つある。
対象を見て、直観的に頭に浮かぶ印象と言葉を読み解く方法と、時間はかかるけれど、触れることでより詳しく読み取る方法だ。
アリステアお嬢様を見た瞬間に『世界に変化をもたらす尊き者』、『力と信心を破壊する者』、『正しさと伝説を導く者』という天啓のような言葉が次々と頭に浮かんだ。
次々と頭の中に浮かぶ言葉に意識がくらりとする。
今まで見てきた人たちの多くは、1人につき1つほどの印象と言葉で『心優しき者』、『惑いやすい者』、『怒りに囚われやすい者』など簡単なものだ。
ほとんどの場合、真贋の力を使う必要もない程度のものだ。
イデュール様でも『慈悲の戦いと共にある優しき戦士』、サラ様は『心正しき審判と愛情深き制裁者』という、読み解きやすいものだった。
何なんだ・・・歩く神話か?
詳しく・・・もっと詳しく知らねば。なんとか触れることはできないだろうか。
表情を変えない様に細心の注意をはらいながら、不信がれていないかとアリステアお嬢様を窺うと、急に顔を赤らめて胸を押さえて硬直した。
・・・何か感づかれたか?もしやお嬢様も特殊能力が?
気付かれないように表情は変えずにいたが、内心は余裕などなく、冷や汗が背を伝う。
どうする?
「い、いえ。大丈夫です。とても素敵な人だったので・・・」
・・・・・・・・素敵な人?とは、なんだ?
オタオタ、モジモジとするお嬢様を見て、好意を持った人と対峙したときの人の行動だとわかった・・・しかし、私に?
私の見た目は、緑の色持ちではあるが、比較的一般的な色だ。
長い緑色の髪は、整えるのが面倒なので適当に一つに結び、瞳の色はごくごく一般的な淡い黄色。
服装もきらびやかな物ではなく、研究者や魔法師が好む茶色のローブ。
装飾品と言えるものは、金細工が施された帯留めとモノクルくらいだ。
モノクルは『真贋の力』を増幅する魔法をほどこした特注品だが、デザインは一般的なもので、貴族が好む細工はほとんどない。
顔の造形は・・・悪くはないと思う。
致し方なく参加していたパーティーでは、歳の上下関わらず、多くの女性から声をかけられていた。
使えるものは何でも使うべきだ。今、優先すべきはアリステアお嬢様の正体だ。
一瞬の間で気持ちを切り替える。
できるだけ優し気な表情を作り、好意を持たれるような声音を意識して、名乗る。
硬直しているが、反応は悪くないことを確認すると、案内を口実にアリステアお嬢様が逃げないように抱き上げる。
そして真贋の力に集中するためにメイド達から距離をとるためにさっさと歩き始める。
アリステアお嬢様付きのメイドのルーリーとリナは、若いが能力が高いと聞いている。
幼いころから、一流のメイドとなるために教育を受け、メイドの仕事はもちろん、戦闘・魔法攻撃からの守護警護もできるらしい。
私の能力に気づかれたくはないので、できるだけ距離を取る。
都合がいいことに、なぜかアリステアお嬢様が先ほどとは違って、若干青ざめながら黙って静かに抱かれている。
間近にある顔を見れば、確かに間違いなくディルタニア家の血を引く子だとわかる。
金色の髪に緑色の瞳は、奥様が子供になったような姿だ。
聖女のような穏やかな雰囲気を纏う奥様とは異なり、アリステアお嬢様はもっと動的な空気を纏っている。
見た目は美しいが・・・見極めさせてもらうぞ。
意識を集中し、先ほどより濃く感じる、言葉と印象を読み取る。
『世界に変化をもたらす尊き者。大いなる力と広く崇められた信心を破壊し、理を復活させ人々を導く』
『数ある選択の時。結ばれる者が鍵を持つ。近く、出会いの場で試される』
閲覧兼休憩場についてしまった。
さらに詳しく見たいが、これ以上は具体的に読み取るには時間も力もたりないようだ。
・・・私は今、世界の予言を聞いているのか?試される時が迫っているだと?結ばれる者とはだれだ?
・・・っち、本来の力が引き出せないことがもどかしいな。
『真贋の力』を正しく使えるクラウン級であれば、もっとはっきり読み取れるのだろうか。
今回はあきらめて、書庫の説明をすることにした。
真贋の力を使うことはやめたが、何かしら感じ取れるかもしれないという思いから、お嬢様を手放す気になれず抱いたままにした。
文字が読めないことはわかっているので、と書庫の見取り図を見ながら、ざっくりと分類という考え方があること、本がルールにのっとって管理していることを説明して時間をつぶそうと、お嬢様へ声をかけると、予想外の答えが返ってきた。
「お嬢様、こちらをご覧ください」
「すみません。まだ文字が読めなくて、どんな分類になっているかわからないのです」
「・・・この文字が分類だと、どうしてお分かりになったのですか?」
「右側に文字と記号が書かれていて、左の見取り図に記号が書かれているので、分類と保管場所の表ですよね?」
文字が読めない子どもが、見取り図と表を見ただけで、本の分類と保管管理方法にたどり着けるものだろうか?
アリステアお嬢様はこれまでまともにに勉学をしてこなかったはず。
メイドに指示を出すことはあっても、何かを自身で整理整頓をすることもなかったはずだ。
しかも本に分類という認識があることが当然であり、記号が特定の文字と符合して意味を成すことも把握している?
文字と記号の区別もできている。
お嬢様自身は、文字が読めないことに落ち込んでいるようだが、
もし、文字が読めたのなら、今すぐこの表を見ただけで分類を把握し、自身のみで求める本をすぐに見つけることができるだろう。
・・・・これは、いけない。
己の異質さに気づいていない。
上手く表現できないが、順番がおかしい。
文字を知り、記号という概念を知り、本には分類があり、分類のもとに保管管理をすることを知る。
それでやっと、必要な本を探し見つけることが可能な運用体制が存在し、それにのっとって自身も書庫を活用する方法を把握するのだ。
アリステアお嬢様は、文字を知る以外のすべてを把握している。なぜだ?
恐怖に似た言い知れないものが頭をよぎり、アリステアお嬢様を抱く腕に力が入る。
正しく導く者がいなければ、己が他と違う感覚を持っていることに気付いた時、己の世界に閉じこもってしまうのではないだろうか。
私の読み取ったことが正しければ、アリステアお嬢様は多くの人々に影響を与える存在になる。
悪しき道を選ぶ者の多くは、孤独の中、独断で決断を下す者が多いことが歴史を読むとわかる。
きっとまだ、誰も気が付いていない。
・・・私がお嬢様を導くべきなのか?
私の腕の中にいるお嬢様を、決して孤独にせず、守り育て、愛と調和の意識へと導けるのか?
私の望みは、私の命を救い、育ててくださったディルタニア家の助けとなり、恩を返すこと。
お嬢様を導くことで、それが叶うのではないか?
アリステアお嬢様の瞳を見つめる。
きっと、美しく育つ。
ならば、多くの知識と教養も身に着けることで、さらに美しく輝くのではないか?身も心も。
そばで・・・お嬢様の側でその成長を見ていたい。
書庫に籠り、己の運命ばかり見つめてきた自分が、他の存在にこんなにも興味を持つとは思わなかった。
守りたい大切な存在はいるが、こんな運命のような離れがたい気持ちを抱くことはなかった。
気が付いた時には、お嬢様を誘導して私が教育を担当することを承諾させていた。
誘導しての結果だが、お嬢様に私という存在を望まれたような気持になり、言い知れない喜びがこみ上げる。
お嬢様の承諾を受けてすぐ、後からいらした奥様にも承諾をいただく。
旦那様から承諾を得やすくなるように、後で他のメイドや使用人たちにも根回しをしておかねば。
お茶をしながら、用意しておいた教材本を説明し、お嬢様と奥様達は書庫を出て行かれた。
私はしばらく、出ていかれた扉を一人動けずに見つめた。
これから忙しくなる・・・私のすべてをお嬢様に。
心でそっと誓うと、さっそく必要な情報、資料などを考えながら行動を開始した。
――――トントントン・・・・
アリステアお嬢様を一目見た時に感じた、絡めとられた様な感覚・・・今は心地よく感じる。
「あとは、明日お嬢様の意見を聞いて、再考しよう」
カリキュラムを書いた紙を握りしめ、自身を落ち着かせるように言い聞かせた。
本当は私1人ですべてを担当したかったが、女性視点の教養などは難しい。
それに人との接し方は、多くの人と直接会わねば得られない事がある。
しかし、お嬢様を導くためには教育の進捗は把握したい。
だから進捗管理を担えるように講師陣のまとめ役を旦那様へ願い出た。
願いはすんなりと受け入れられたことは幸いだった。
これで正式な立場でお嬢様の教育を把握できる。
私しか知りえないことを有効に使い、お嬢様を導く。
ディルタニア家のため、世界のため、お嬢様のため、そして・・・私自身のために。