10.この世界⑤
はぁ・・・・
ノートにミミズのような文字を書きながらため息がでる。
初めての専属注文で納品されたノートとペン。
ノートの紙は皮洋紙を想像していたが、植物紙だった。
一般大衆用で、まとめて購入しておいた。
特別仕様の紙は、記入した人しか文字が見えないものや、特定の人しか読めないもの、
ある程度の魔素保有レベル以上がなければ書くことができないものなど、様々なものがあり、発注に合わせて作られるらしい。
表紙は厚紙のものもあれば、豪華な装丁のものもある。
今書いているノートは、豪華な装丁の中でも特別仕様になっており、
登録された人以外は開くことができないようにカギ付きになっている。
表紙の中央にはめられた薄い白い丸石に指を当てると鍵が開く。
指紋認証みたい・・・原理は全く異なるらしいけど。
指紋を読み込むのではなく、鍵となる部分の丸い石を、登録する人の身体の一部で作るのだ。
後から登録できるタイプもあるようだが、それには魔素の扱いができるようになる10歳以降でないと使えないらしい。
それに、登録者の一部から作るものの方がセキュリティレベルが高くなるし、無くしたときに見つけやすいという。
ちなみに登録者の身体の一部というのは、体液などの血、髪の毛などなんでも良いそうで、今回は髪の毛を子どもの小指ほどの量をランスに渡した。
今後色々依頼予定なので、もっとたくさん渡しておきたかったが、鮮度が関係らしく、注文の度、必要な量を渡していくことになる。
ペンはインクの必要な大衆用の既製品も一応購入したが、メインは登録者専用の特別仕様のものだ。
見た目は羽ペン。
万年筆のようなペン先は、ディルタニア家の紋章であるライオンが彫られている。
羽の部分は、昔サラ姉さまが捕えた黄金のグリフォンの羽が使われている。さすが戦女神さま。
グリフォンってゲームやアニメで覚えている姿は、羽根が生えた、頭が鷲で身体がライオンの幻獣だった気がする。
金髪碧眼の絶世の美女が契約魔獣のペガサスに乗って、黄金のグリフォンを狩る・・・神話かな?やはり我が家族は私の知る人間の枠を大きく外れている気がする。
「アリステア様を想って作りました!」
顔を赤らめながら震える手でペンを差し出してくれたランスの姿を思い出す。
うん。ランス、可愛かったなぁ。とても人間らしい好感を持てる『良い子』だ。是非とも参考にしたい。
ペンにはめられた私の目と同じ新緑色の石をなでる。
この石に私の髪の毛が使われているらしい。
髪の毛を媒体に魔素を操って石を作る。
職人の腕によって石のデザインや透明度、品質やに差が出るそうだ。
納品の際に気になったことをランスに色々聞いてみたら、細かく説明してくれた。
本来、公爵家からの依頼であれば、工房の職人頭が務めるような仕事だが、
私のうっかり行動によりランスが専属が決まってしまったため、ランスが作ったとのこと。
そもそもペンは一流の人しか作れない逸品と聞いていたが、そう言われる要因が、職人の魔素の保有量に関係するからだそうだ。
ペンは使用頻度が高いうえに半永久的に使えるように耐久性が必要なため、必然的に作成に必要な魔素も多くなる。
さらに繊細な細工が施されることが多いため、職人としての細工技術も必要になる。故に一流の人しか作れない逸品と言われるのだ。
ランスは見習いではあるが、工房で幼いころから育ったため、他の見習いより経験が豊富で、魔素も金属性のクラウン級だからこそ作れたとグリームさんが言っていた。
そもそも、未熟すぎるような子を公爵家に同行はさせないそうだ。
グリームさんがランスにとても期待していることがわかる。
それに、年の近い私とレオナ兄さまと仲良くなって注文が増えたらいいな、くらいの気持ちはあったが、専属契約はさすがに想定外だったと言っていた。
レオナ兄さまは、ペンも紙もすでに持っていたので、他に勉強に必要なものを注文していた。
ダンスに必要な魔素の込められた靴、魔素が込められるお守り、魔法陣を書くための専用の素材、計算道具などなど
見るものすべてがデザインが凝ったものだし、そもそもどのように使うのかわからないものだったが、とても興味深かった。
計算道具がそろばんだったのはちょっと和んだ。
納品の際に新しい注文はないか聞かれたが、その時に思いつかなかったので、また何か依頼したくなったら連絡することにした。
「連絡・・・携帯電話があれば便利なんだけどね・・・」
「アリステア様、ケイタイデンワとは何でしょうか?」
「いつでも、どこでも会話ができる通信機と言えば伝わるかしら?」
「いつでも、どこでも?、通信鏡ではなく?」
「通信鏡?」
「はい。人の顔程の大きさの鏡で、同じものを持つ遠方の者と会話ができるものです」
・・・・そんなものがあったのか。普通に手紙しか連絡手段ないかと思ってた。さすが魔法が使える世界だ。
「人の顔程ですか、ちょっと持ち運びには不便ですね。できればもう少し小さな・・・手鏡かペンダントくらいだといいのだけど・・・」
「小型の通信鏡がお望みなのですか?」
「あ、いえ。小型のものがあれば、いつでもランスとお話できるのにと思っただけですから、気にしないでくださいね」
「っ!、ぼ、ぼくとですか?」
・・・・『良い子計画』の参考にしたい、とは言えないのでニコリと笑って誤魔化す。
「アリステア様、他に何かご希望はございますか?」
お母さまと会話を終えたグリームさんが声をかけてきた。
「いいえ、また何か必要になりましたらご連絡しますね」
「承知いたしました。では、行こうかランス」
「え!はい・・・では、アリステア様。ご連絡お待ちしております」
経緯はどうあれ、専属にしてしまったからにはお母さまの言う通り、注文することがランスにとって腕を磨く機会になる。
ランスに会う機会をつくるためにも、ランスにお願いするものを考えなくては。
『ランスに依頼するものを考える』とノートにメモを残す。
さて、明日からは、勉強開始だ。
カリキュラムが書かれた紙をお父さまからもらったが、文字が読めないので、ルーリーに読んでもらうと、私自身が希望したもの以外にもいくつか科目が書かれていた。
基礎文字と言語、算術、歴史、基本マナー、ダンス、魔法、その他教養
「その他教養って何だろう?」
「一般的な科目名ではないですね。このカリキュラムは旦那様とルーファ様がお作りになられたようなので、明日の顔合わせの時に説明いただけるかもしれませんね」
「そうね・・・」
必要なものが揃うのに合わせて、カリキュラムも完成させてくれたらしく、明日は先生となってくださる方々と顔合わせの予定である。
誰がどのような担当なのか書かれていなかったので楽しみだ。
『良い子計画』には一般常識が必須だものね!
ランスのようにうっかり専属契約などということは避けたい。
人の人生を左右する行動なんて怖すぎる。まずは自分の人生だ!
せっかくホワイトな世界に転生したのだ。
是非とも堪能したい。
悪役令嬢ものの小説によくある、婚約破棄からの追放や処刑による『ざまぁ』は絶対に避けたい。
怖くて確認していないが、今のところ私に婚約者がいるという話は聞いていない。
レオナ兄さまもまだいない様子。
有力な公爵家であれば、子供のうちに婚約者が決められてしまう可能性が高い。
対策を考える猶予期間は短いだろうが、なんとしても健全な関係を築いて没落や国外追放は避けたい。
「うーん。最低限の方針は決めておきたいよね」
①大前提として、アリステアは良い子でなくてはならない。
悪役令嬢は幼いころからその悪役っぷりで周囲を困らせた逸話がつきもの。
『前のアリステア』がやらかした分はカウントしない。過去は変えられないのだ。
帳消しにする『良い子』の逸話を残そうではないか。
②小説やゲームに出てくるようなキャラクターとの接触は必要最低限。
ヒロインとか、王族なんかはまず危ない。
ヒロインは誰かわかないが、聖女、平民だけど美女とかだろう。
王族は・・・まぁ、舞踏会とか式典、お茶会なんかの強制参加の時以外は極力避けて、
参加必須はとにかく空気になることに徹しよう。
あとは・・・騎士団長とか、有力貴族、教会関係、辺境伯とか、天才系も危険度が高いよね。
あ、落ちぶれ貴族は『悪役ルート』に繋がりそうで危ない・・・これはもう安全なのはモブ平民以外の選択肢ないのでは?
「公爵令嬢と平民の友人、婚約者・・・非現実的で逆に物語になりそう。これはこれで危ないね」
交友関係は要検討。安全と分かるまで外面全開で距離感を大切にしよう。
③独立または、国外追放に対応できる知識と教養を身につける。
これも大事。こちらがどんなに避けても『強制力』とやらに翻弄される話はよくある。
そうなったら個人の力ではどうにもならない。
いざとなったら頼れるのは己の力のみ!
なんだか切ないけど、身体は子供だけど頭脳は大人(ただし知能レベルは残念)のリーチを最大限活用したい。
若くしてゆったりのんびり生活をしたい!
欲を言えば、好きな時に旅行して、引きこもりたいときは一歩も外に出なくてもOK!好きな食べ物を食べ、欲しいものを買う・・・
そんな生活がしたい!!
まぁ、とりあえずこの3箇条は必須ね。
必要に応じて増やしていけばいいし、この3箇条を守れば少なくとも平凡な公爵令嬢生活ができるはずだ。
平凡な公爵令嬢・・・公爵令嬢な時点で平凡ではないけれど、神がかった両親と兄、姉、弟がいるのだ。
見た目がきれいで良い子、知識教養もほどほどであれば、逆に埋もれるはず!
似てないとか、1人だけ能力が劣るとかだと、逆に目立ってしまう。程よく紛れる。これに限る。
『のんびり暮らす!』
大きめの文字で書いて、ノートを閉じた。