108.情報整理と確認⑤:ルドリー
「これ・・・僕が作ったんですよね・・・」
「どうしたの?ルドリー、魔素乱れで部屋に籠っている間、少しずつ作ったって話してくれたのはあなたでしょ。身体がつらい時に作ったから記憶が曖昧なんじゃない?」
「そう、ですよね・・・」
「魔素乱れなのにこれだけのものが作れるなんてさすがね!これからも期待しているわ」
「はい、店長」
店長が褒めてくれたハンカチは、美しい金色の糸をふんだんに使った豪華に刺繍をしたハンカチ。
魔素乱れが治まり、店に戻っていつも通りに働く日々。
何も変わらない、いつもの日常。
でも、なんとも表現しづらい違和感がずっとある。
記憶はあるのに、その記憶に自信がない。
まるで夢の記憶のようなふわふわした感じがする。
その感覚の原因が、さっきはっきりした。
魔素乱れの時、確かに布団にもぐりながら、少しずつ作った記憶は確かにある。
だけど、身体にその感覚が残っていない。
僕はたくさんのものを作ってきて、針の一刺し一刺しの動きと感覚を身体が覚えている。
でも、半年ほどの記憶が身体に残っていない。
半年前の記憶なんて、勘違いの可能性の方が高いけれど、つい最近作ったこの金色のハンカチの感覚がないのはおかしい。
今日だって、針を持った手に違和感があった。
魔素乱れの最中だって針を手放さなかったのに、指先の感覚が鈍い。
「僕がアリステア様の為に作った・・・はず」
でも・・・
「なんだか・・・嫌な予感がする」
自分の記憶なのに自分ではないような感覚が気持ち悪い。
これをアリステア様に渡して、本当によいのだろうか。
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「で、いい感じの獲物は見つかった?」
城の地下。
牢屋や隠し部屋がたくさん並んでいる中の1室。
薄暗いけれど、中に設置されている調度品の質は良い。
僕は上段に置かれた椅子に座り、つまらない報告を受けていた。
「申し訳ございません。なかなか見つからず・・・アルティミア祭までには必ず」
「待てない・・・って言っても、仕方ないか。いいよ、待ってあげる。期待以上の結果を楽しみにしてる」
「・・・ご期待に添えるように尽力いたします」
床にへばりつくように頭を下げる男と、その横に、この小物を僕に紹介したハワード司教が、柔らかな微笑みの表情のまま立っている。
「ハワード司教、後処理の問題ないか?」
「もちろんです。『ルドリー』の再稼働は順調ですし、ディルタニア家が動いておりましたが、我々につながるような痕跡はありません。実行者の始末も終わっています。間もなく彼らが納得せざるを得ない証拠を提供しますので、動きもおさまるでしょう」
ハワード司教は微笑みの表情を変えずに、優しい声音で答えてくる。
「ふーん・・・あのクロヒョウの獣人はもったいなかったなぁ。相性も良かったし」
「ご希望でしたら、お作り致します。ですよね」
「は、はい!あのクロヒョウの獣31号は最高傑作です。データはしっかり残っておりますので、同じものの増産はすぐにでも可能です!!」
ハワード司教に話を振られた男は、ここぞとばかりに下げいていた頭を上げて、自分の研究の成果を売り込んでくる・・・実に惨めな姿だ。
「いや、今はいらないよ。君には優先してやらなきゃいけないことがあるでしょ」
「っ・・・す、すみません」
少しにらんだだけで真っ青な顔になって、再び床に頭を擦り付けた。
「ストル国では、本当にこんなつまらない研究員が優秀と言われているのか?」
「研究については優秀です。人間的な部分は・・・そうですね。調教次第では変えることもできますが、研究という分野では、どうも人間的な部分を残しておいた方が成果が高いのです」
「それは君の経験からかい?」
「はい。ただの指示に従う人間は調教する方が効果的ですが、その人間の能力を伸ばす分野の場合、固有の人間性が失われると、能力自体を失ってしまいます。例えば、研究意欲、発想力などを失ってしまうのです」
床に張り付いてる男は、自身に降りかかるかもしれない話に怯えて全身を振るわせているが、ハワード司教は口調も表情も、優しく落ち着いているのに、内容は残酷な人体実験の結果だ。
僕はこの不気味さが気に入っているが、多くの人々はこんな人間を崇め、心のよりの拠り所にしているらしい。
「もういいや。この男を下げて。かわりに最近可愛がっている奴がいるんだろ?」
「かしこまりました。すぐに連れて参ります」
―――――――バタン
ハワード司教がストル国の研究員を連れて部屋を出ていくと同時に、見慣れた黒猫が近寄ってきた。
「殿下」
「あぁ、お疲れ様。ハワード司教が言っていたことはどう?」
「おおむね正しいです。ただ、ディルタニア家は動きを止めないと思います」
「根拠は?」
「ユリウス様とヤミス師の存在です。注視すべき2人がディルタニア家とつながりがあります。何らかのアドバイスをするでしょう。そして、ローキという少年と『影』が直接違和感を感じられたのであれば、普通の工作では納得しないはずです。私も・・・納得しません」
「ふふっ。君がそう言うならそうだろうね。はぁ、やっぱり早く僕が直接動きたいなぁ」
「クロヒョウの獣人の身体はいかがでしたか?」
「いい感じだったよ。クロヒョウの獣人の身体ってとっても身軽だし、力も強い。思いっきり動き回って、直接この手で・・・楽しかった。本当は君用の身体として追加作成してもらっても良かったけど、今回の件で僕が使っちゃったから。ごめんね」
「いえ、私の能力では殿下ほど繊細な動きはできませんので、この姿が丁度良いです」
「そう」
口では何でもないように言っているが、しっぽはつまらなそうに揺れている。
「ブラックウルフ・・・なんてどう?」
「・・・ご指示とあらば」
先ほどとは違い、しっぽがぴくんと動き、今度は楽し気に揺れた。
繊細な動きはできないと言っていたが、感情を反映できているなら十分だ。
可愛い部下にはたまにはご褒美を用意しなくてはね。
―――――コンコン
「殿下、連れて参りました」
「ああ」
「殿下、お初にお目にかかります」
「なるほど、君か。たしか・・・ミンスだったかな?」
「・・・はい」
ハワード司教に連れられて部屋に入って来たのは、生気がなく表情の消えた顔をした、かつてフォーム子爵家だった少年。
「ふーん。こっちは調教済ってことか。いい仕事を期待しているよ」
「ありがとうございます」
機械のように返事をするミンスと対照的に、ハワード司教は楽しそうに微笑んだ。
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