106.情報整理と確認④:テオドール
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誤字報告下さった皆様、とても助かります。いつもありがとうございます。
僕の着替えが終わると、ユリウス様は椅子や机を片づけ始めた。
「これも身に着けておきなさい」
「・・・ブレスレットですか?」
「そうだ」
ユリウス様から渡されたのは、丸くて黒色の魔法石がついた細いチェーンのブレスレットだった。
左手首につけてみたけれど、特に変化は感じなかった。
指輪の変身魔法と同じ様に、鏡を見ないと変化を確認できないタイプの魔法が組まれているのかもしれない。
「隠密の魔法を組んでいる。己では自分の姿は見えているが、他人からは見えなくなる魔法だ。石を握るとわずかに光って魔法が発動し、石から手を離せば解除できる。簡単だろ?」
「そう・・・ですね」
少し嬉しそうにユリウス様はブレスレットの魔法のことを教えてくれたが、その説明で気になったのは隠密という言葉だ。
人が寝静まる夜中に向かうのは王城・・・そしてこの隠密魔法のブレスレット・・・
「あ、あの・・・もしかして・・・」
「さぁ、行くぞ。ついてこい」
そう言うと、ユリウス様はスタスタと小屋を出て行った。
慌てて追いかけて小屋を出ると、ユリウス様は手に小さな照明魔法工具を持って森のさらに奥へと歩みを進めていた。
不慣れな身体でふらつきながら、なんとか追いつこうと身体を動かしていると、徐々に慣れてきたのかユリウス様に追い付き、同じスピードで歩けるようになってきた。
「身体の調子はもう良さそうだな」
「はい。もう違和感は感じません」
そういえば、ユリウス様と直接話すのはアリステア様の誕生パーティー以来だ。
手紙のやりとりをしていたせいか、とてもスムーズに話ができているような気がして嬉しい。
そして、ユリウス様の僕を気遣ってくれる言葉や雰囲気が嬉しくてたまらなかった。
「ここだ」
「大きな木・・・ですね」
「木だが、ただの木ではない」
―――――ガチャ
ユリウス様が木の枝を動かすと、扉の取っ手を動かした時と同じ音がして驚いた。
―――――ギー・・・
木の皮が扉の様に動いて開き、中が大きな鏡になっていた。
「行くぞ」
そういうと、ユリウス様は鏡の中にへ入ってしまった。
「ま、まってください!」
鏡に入ってしまったユリウス様をすぐに追いかけたかったけれど、入ろうとした鏡に映っていたのは、僕が変身したであろう見たこともない大人の姿だった。
思わず驚いて足が止まる。
「何をしている?」
「うわっ」
僕がもたもたしていたせいだろう。
鏡からユリウス様の上半身が出て来て、僕を掴むと僕を鏡の中に引きずり込んだ。
「ここは・・・」
「魔塔にある私の研究室だ」
研究室は、沢山の本と不思議な物が並んだ棚がに囲まれた部屋で、机の上と床には大量の紙が散乱していた。
「次はこっちだ」
ユリウス様は床に散乱する紙をかわしながら壁にかかっている別の大きな鏡の前に進み、再び鏡の中に入ってしまった。
次はユリウス様の手を煩わせるわけにいかない。
床の紙を踏まない様に気を付けながら、急いで鏡の前にすすみ、その勢いのまま鏡の中へ入った。
鏡から出ると、そこは薄暗い部屋だった。
「よし、来たな。ここから先は、さっき渡した隠密の魔法を使う。ただし、そのまま魔法を使うとお互いの姿が見えなくなって、声も聞こえなくなる。お前は私の服を掴んでいろ。そうすれば、お互いの声も聞こえるし、姿も見える」
「わ、わかりました」
「この魔法の注意点は2つ。1つ、魔法石から手を離すと隠密魔法は解除される。2つ、魔法発動中に身体、または服に生き物が触れると、その生き物には姿が見えるようになり、声も聞こえてしまう。いいか?」
「え、は、はい」
つまり、これから先に移動している間は、魔法石とユリウス様から手を離してはいけない。
そして、人に遭遇したら、接触しないように気を付ける必要がある・・・と。
「いくぞ」
ユリウス様は、僕がユリウス様の服のマントを掴んだのを確認すると、魔法石を握りこんだ。
それにならい、僕もマントを掴む左手を動かして魔法石を握った。
マントを掴みながら魔法石を握るのは、子どもの手では大変だっただろうけど、大人の手は大きいので問題なかった。
これで片手は空く。
移動に使った鏡をのぞいてみたが、姿が映っていない。
すごい・・・本当に消えてる。
「どうした?」
「あ、いえ、魔法が不思議で」
「なかなかの出来だろ?まだ改良の余地はある。お前の検証報告は読みやすいし、着眼点が良い。気が付いたことを、後日手紙で送ってくれ」
「わかりました!」
送っていた手紙こと検証報告を褒められたことは嬉しい。
僕なんかでも、役に立てている・・・それはとても誇らしい気持ちだった。
移動してきた部屋を出ると、薄暗い長い廊下に出た。
迷うことなく進むユリウス様につづいて進んでいくと、扉のプレートに『管理課保管庫』と書かれた部屋の前で止まった。
――――カチャカチャ・・・ガチャ
ユリウス様は慣れた様子でポケットから鍵を取り出し、扉の鍵を開けて部屋の中へと入った。
「よし、ここまでくれば大丈夫だ。隠密の魔法を解いていいぞ」
「はい」
手を離しても、特に視界に変化はないので実感はないけれど、手を離した時に魔法石がわずかに光ったので、きっと解除できたのだろう。
扉のプレートに『管理課保管庫』と書かれていたことから、何かを保管している倉庫のようなものだろうとおもったが、室内はとても広い書庫の様だった。
本棚がたくさん並び、紙の束や本がたくさん棚に収められていた。
「こっちだ」
声のした方を見ると、ユリウス様は棚が並んでいる部屋の奥へとどんどん進んでいた。
「このあたりか・・・よし、始めよう。まずはこれと・・・これ、あとこれも持っててくれ」
「は、はい」
渡された紙束を受け取ると、どんどん積まれていく。
何が書かれているんだろ・・・
機密書類・・・出入国記録・・・指定行動記録、輸入管理記録・・・
なんだろう・・・なんだが怖い文字が並んでいる・・・
そう言えば、僕は誰もいない薄暗い屋敷の中を歩くのに慣れているし、ユリウス様がいるので何も不安を感じていなかったけれど、よく考えれば、ここはきっと王城だ。
次々と移動して、新しい情報が与えられて思考が停止していたのか、今になって心配になってきた。
何の迷いも、不安な様子もなく、まるで我が家を歩いているかのように進むユリウス様の雰囲気で忘れていたけれど、改めて現状を振り返ると、だいぶ異常な行動をしているような気がする。
「あの・・・ユリウス様、ぼ、僕は今何をしているのでしょうか」
「問題ない。誰もお前がテオドールだと気づくことはない。これも持って」
「はい・・・」
そういう意味ではない・・・とは言えない。
「よし、あそこの机に運んでくれ」
不安になりながらも、ユリウス様の指示に従う。
ユリウス様は魔法石の付いた房飾りを取り出し、何やら呪文を唱えた。
その呪文に反応した魔法石から光の筋が出て、机の上に置いた紙束を照らした。
運んだすべての資料が光の中に納まるように、房飾りの金具を動かして筋の太さを調節して再び呪文を唱えると、今度は光が消えた。
「次だ」
資料をもとに戻し、別の資料を運んで光で映す。
それを5往復した。
「よし、戻ろう」
「はい・・・」
何事もなかったように、再び隠密の魔法を使って来た道をもどる。
薄暗い部屋につき、そして研究室に、最後に森の小屋へ。
小屋で指輪を外して着替えを終え、ユリウス様へ指輪を返した。
子どもの姿に戻ったけれど、不思議と慣れれば大人の身体のほうが動きやすかったような気がした。
「今日は助かった。これで情報が揃う」
「あの・・・」
「安心しろ、これは・・・グレイシャー家の役目の1つだ。本家では、当主しか知らないが、俺もヤミス師から引き継いだ。俺に何かあれば、お前が引き継ぐことになる。その練習だ」
「ど、どういうことですか?ユリウス様に何かあればって、引き継ぐって何を・・・」
「落ち着け、今日は疲れただろ。追々教える。まずは休め。部屋まで送るか?」
いっぱい聞きたいことはあったけれど、ユリウス様の雰囲気からして、きっと今は教えてくれない。
それに、確かに疲れて頭がうまく働いていない気がする。
「・・・いいえ、大丈夫です」
役目・・・僕にもそんなものがあるのだろうか。
期待と不安が混ざった、不思議な気持ちで僕は自分の部屋へと戻った。