105.情報整理と確認➂:テオドール
具体的な時間が書かれていなかったから心配だったけれど、家の人たちが皆寝静まるのを待って、指定された裏庭の森にある小屋に向かった。
警備の人達をいつもの様にかわしつつ、音を立てないように森の奥へと進んだ。
裏庭に隣接している森は、危険な動物が生息しないように管理されているが、深夜の森の中は明かりがない。
どうしようかと思っていたけれど、幸いなことに満月だったので思ったよりも明るくて助かった。
雨の季節のせいで、足元がぬかるんでいるところが多かったけれど、なんとか目的の小屋が見えてきた。
小屋には、森の整備用をするための道具が置かれている。
森の中には他にも建物はあるけれど、他は小屋という表現が合わないほど大きいものばかりなので、目的の場所は間違っていないはず。
しかし、辿り着いた小屋は真っ暗で、人の気配がなく、窓から小屋の中を覗いていたけれど、やはり誰もいなかった。
「遅くなっちゃったから、ユリウス様はもう帰られたのかな・・・」
もしくは、僕の手紙の内容に気分を害されたのかもしれない・・・
「そんなところにいたのか」
小屋の影でうずくまっていると、ユリウス様の声が聞こえて慌てて顔を上げた。
「ゆ・・・ユリウス様?」
「そうだ。なかなかの出来だろ?」
声はユリウス様だけれど、姿は見たこともない人だった。
茶色の髪に、薄い緑色の瞳で印象の薄い顔。
あえて言うなら、表情がなんとなくユリウス様を感じる程度だ。
「屋敷から出れないでいると思って迎えに行ったのだが、どうやらすれ違いになったようだ。私に見つからずにここにたどり着けるとはなかなか見どころがある」
表情にあまり変化はなかったけれど、声音からして僕を心配してくれていたのだろう。
ユリウス様に会えたことと、心配されたことがのが嬉しくて、思わず近寄ろうとしたがユリウス様の服装がいつものと違うことに気が付いた。
「その服装は・・・」
「ああ。王城の管理官のものを少々借りてきた。お前の分もあるぞ」
「僕の分・・・ですか?」
差し出された服はどう見ても大人用だった。
「そうだ、これも。小屋のなかで身に着けろ」
服の次に差し出されたのは、金色の指輪。
ユリウス様との手紙のやりとりで、何度か身に着けたことのある指輪の1つ。
金色の指輪は今のユリウス様のように、自分の色をごく一般的な色に変化させて印象が薄い顔に変化させるものだ。
しかし、これを身に着けたとしても、身長が変わらないので、大人の服を着れるようにはならない。
「指輪をよく見ろ」
ユリウス様は僕の疑問を感じ取ったのか、指輪を観察するように言った。
「・・・表にも魔法石がはめ込まれている?」
「そうだ。今までとは違うものを組み込んでみた」
・・・どんな魔法が組み込まれているか分からないが、きっと大人に変化できるようになっているのだろう。
―――――ガチャ
ユリウス様はスタスタと小屋の中に入っていったので、僕も渡されたものを落とさないように気を付けながら小屋の中へ入った。
ユリウス様は手慣れたように、隅にしまわれていた組み立て式の机と椅子を引っ張り出し、どこから出したのか、照明魔法工具も点けてくつろぎだした。
「あの・・・」
「なんだ?指輪の使い方は分かるだろ。着替えに手伝いが必要か?」
「い、いえ・・・机とか明かり」
「あぁ・・・この小屋は隠れるのにちょうどいいから、よく利用している」
だから、小屋の中は把握済みということなのだろう。
小屋の隅の方へ行き、服を脱ぐ。
大人用の下着もあったので履き替えて指輪をはめる。
「うわっ・・・」
今までは変化を感じることはなかったけれど、今回は違った。
一気にぐんと視線が高くなって、足がふらついた。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。ちょっとふらついただけです」
「そうか。着替えが終わったら教えてくれ」
「・・・はい」
ユリウス様は僕の方を見ようとせず、見たことのない不思議なカップでお茶を飲んでいた。
鏡はないのでわからないが、手足と身長が伸びて大人のような見た目になっているのだろう。
「手紙の件、不安にさせてすまなかったな」
「え?い、いえ、こちらの都合で申し訳ありません」
着たことのないサイズの服と僕が格闘していると、ユリウス様がこちらを見ずに話しかけてきた。
何を言われたのか一瞬わからなかったが、どうやら僕の書いた手紙の内容のことだったようだ。
『ユリウス様
遅くなるかもしれませんが、行きます。
申し訳ありませんが、手紙は夜にいただけると嬉しいです テオドール』
返信がなかったので、内容に不手際があったのではないかと心配していたが、違ったようで安心した。
「テオドール以外の人間が部屋にいない時に手紙が転送されるように魔法を組んでいたが、これからは念のために夜という条件も追加しておこう」
「そんな条件も組み込めるようになったのですか?」
「まぁな。ただ必要な素材が高価なものばかりだから、私以外は使えないな」
・・・・・どんな高価な素材が使われているのかわからないけれど、ユリウス様が高価というからには、きっととてつもなく貴重で高価なのだろう。
「あ、あの、できました」
着替えてみたけれど、鏡がないのでちゃんと切れているか確認ができなくて落ち着かない。
「うむ。良い出来だな。ちゃんと大人に見える。身体に異常はないか?」
「とくには・・・まだ、身体に不慣れですが、大丈夫そうです」
「そうか、ならいい。身体の違和感は移動してれば慣れてくる」
「移動?・・・あの、これからどこかに行くのですか?」
「もちろん、王城だ」
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